222、スーツ
声はスピーカーから出ている様だ。そしてスピーカーの所在は目の前の机。
見知らぬ声にビビリ思わず後ろに向かって跳ねて座席の後ろに隠れてしまったがそれは些細な事。
些細な事だ、いいね?
……野生動物か! 俺はノラネコか何かか! バカ!
イスの陰から机の方を見ると、画面の隅の方におじさんの顔が出ていた。
リク君は若干唇を尖らせてそっぽを向き、見事なまでの拗ね顔をしていた。
何か弱みを握られている? いや、正論を言われる相手だから苦手意識がある?
びっくりしてとった行動に俺自身が1番驚いたが、それよりも艦長だと?
いや、まぁ、多少は想像はしていた。だが想像していただけだ。来賓とか装備枠が一番あり得るって思っていた。
小説なら、小説の主人公ならこれくらいの事をしてもおかしくないが、これは現実だろう? どんだけだよ。
「何かな? ユラさん、そんなに大変な事が起きたの?」
冷静を取り繕っているが、なんか複雑で読みにくい顔をしているリク君であった。
目元は笑っているのに、口元がすごくぴくぴくしている。纏っている雰囲気は柔らかい。
これは怒っている? 笑うのを堪えている? どういう感情だろうか?
まぁ、今の俺の行動を見て真顔を保つのはとても難しいだろう。
俺自身、こんな行動をしているのを見たら……いや(え、何こいつ……)ってなるな。
やべぇヤツ見る目で見るわ。ドン引きだわ。なんかごめん。
あ、これガチ引きの顔かなんか納得したわ。
そりゃそうだな。やっている事頭おかしいもん。
ネコがやれば可愛いかもしれないが、人並みの知性があるヤツの行動じゃない。
「デカい魔物だ。アレで出撃をお願いしたい」
アレ? アレとは? 色んな意味で分からない。
というかこの状況はいったい何なんだ? 分からない。
状況とか含めて理解が追いつかない。
そもそもこの人は誰だ? 顔はおじさんだし、リク君よりも年上だよな?
どういう関係の人だろうか? 全然分からない。
艦長という事はこの人はリク君の部下なのか? ヤバいな。
名目だけ艦長なのかもしれない。だとしたらどういう名目で? 分からない。
名目じゃないとして、何か重要な役割を持っているのだろうか? それとも持ち主だからとか?
持ち主っていうのは色々想像しにくい。どうやってそこまでの力を手に入れた?
「あれが必要な程の事態か。分かった。急いで向かうよ」
なんかさらっと言っているけど、なんかちょっと偉そうだな。鼻にかけている様な感じがする。
どうしてこんなに偉そうに感じる? いや、偉そうにじゃなくて、そう振舞っている?
偉そうに振舞わないといけない理由とかあるだろうか?
例えば神様の威光を振りかざして権力を手に入れたとかどうだろうか?
それが出来る素地は実際ある。むしろそうした方が色々権力を得やすそうだ。
どうしてそこまでして権力を欲したかは分からない。誰にも邪魔をされたくなかったとかか?
取れるものは取っておくという感じかもしれない。
権力の大きさは責任の大きさだが、同時に社会的防御力や影響力、知識へのアクセス権にもなりえる。
目的が出来た時最短距離で行くために権力を得た可能性、あるかもしれない。
「お願いする」
にしてもこの人も部下というには態度がおかしい。分からない。
部下だけど、上の人からの監査みたいなものの可能性があるかもしれない。
若造には高価な玩具だ、みたいな扱いを受けていたとか色々想像が湧く。
それにしてもあれって何だろうか? わからないな。
リク君はなんか伸びをしてるし、体を動かす何かなのだろうか?
魔物相手なら俺が出れば一瞬で終わると思うんだが、それじゃダメだろうか?
あ、そういえば空中での移動手段がないな。
飛行船を足場にする? 外装が壊れたらダメだな。下手したら沈む。
それに相手の体に移る事が出来たとして飛行船への復帰手段がない。
「シロ、ごめんね。僕はちょっと行ってくるよ」
軽く屈伸したり、体を動かしていたリク君はそう言って笑った。
イスの陰から見るその姿はヤレヤレ感が漂っている表情をしているのになんか晴れやかで大きかった。
自分本来の仕事が出来るからとかそういうのがありそうな雰囲気がする。
空で強敵を相手にする仕事か。
たぶん魔力をたくさん必要とするモノだろう。
操作パネルがあるのを考えてみると戦闘機?
そもそも敵はどんなヤツなんだろうか?
黒蹴鞠がイモムシっぽい外見という事はガみたいなヤツな気がしてならない。
なんかあれの親玉の気がする。別件とかむしろあるだろうか?
しかしどうやって大物を倒す?
もし想像している通り魔力を吸収する系の攻撃がメインなら魔力での攻撃は効かないだろう。
物理的な攻撃? 質量はどうするんだ? 爆発とかで物理エネルギーをぶつける? 難しそうだな。
「あ、シロ。たぶん画面で敵影が見えると思うから探してくれる?」
客室? の後ろの方を見ると天井部分から棚を降ろし着替えを始めているリク君の姿があった。
ローブみたいな服を脱ぐと細身ながらしっかりした筋肉がついたボディが見えた。
手に持っているのは……スーツ? タイツみたいなスーツだった。
なんかじっと人の着替えを見ているのは気持ち悪いな。
あぁ、うん、とりあえずリク君に言われた通り敵影を探そう。
画面を適当に操作してっと、これが外部センサーだよな?
青。青。青。白。……黒。これかな。
イモムシみたいな脚が見える。この周辺のカメラはどれだろう?
とりあえず適当に動かしていこうか。
「あ、見つけた?」
頭の上からどこか抜けた様な声が聞こえた。無視したい。
横から覗き込んでくるから視界の端を影がうろちょろして気が散る。
手順を適当に意識して、思考の幅を狭めようとしたのにな。
にしても対象はこれでいいのか?
この黒蹴鞠が対象ならタマゴで対処できるだろう。
これの親元はどこにいる?
方向はこちら側の可能性が高い。もっと目を走らせよう。
敵影を確認するとして、親玉が近距離に来ている可能性は低い?
この黒蹴鞠が追われている可能性も若干ある? わからない。
「黒いのまた来てたんだ。うーん、指令室じゃないと遠距離の状況は分からないし、行ってくるしかないか。あ、シロはそこで待ってて! もしかしたら戦闘は画面で見られるよ!」
リク君は笑う。ヘラヘラと軽く笑う。戦いに行くというよりもゴミでも捨てるくらいの気楽さを感じる。
リク君の言葉に命のやり取りをするモノの重みは感じられない。言葉の軽さが気に入らない。
いや違う。俺はただ何も出来ない自分の不甲斐なさを八つ当たりしているだけだ。
口だけ。カタログスペック。
実践投入されてない。コンバットプローブンが得られていない事。
結局いつまで経っても前に進めていない。
強引に出て行っても自己防衛ばかり考えて進まない。
明るい事を言われても、肯定感が足りないから素直に受け止められない。
肯定感か? なんか違う気がする。自信とも違うだろう。よく分からない。
「わかった」
笑顔で手を振るリク君に軽く手を振り返す。
出来ない言い訳やしてはいけない理由付けはいくらでも思いつくのに。
俺は自分の手足を使う理由すら見つけられない。
前に進む勇気がない? そうなのかもしれない。
きっかけを与えられないと前に進めない? そうかもしれない。
目的意識が低い? そうかもしれない。
結局受動的に動き過ぎなんだ。
時はいつだって流れる。俺の意思とは関係なく。
今の俺は川で流される流木か何かと同じだろう。
いつか川原に転がる日を待っているのか? それとも海まで流されるのを?
流される事で見える世界は変わる事もあるだろう。でもそれで俺が望むモノは手に入らない。
リク君は自分で選択を重ねたからこの状況を作りあげたのだろう。
扉の向こうに消えたリク君は現在の地位につくまで何をしてきたのだろう。
どれだけの事をやってきたのだろう? 自分の意にそぐわぬ事もあっただろう。
俺は自分が嫌なモノになんだかんだ理由をつけてやっていない。それも悪いだろう。
「失礼。物思いに耽っているところ悪いがお嬢さん、少々話を聞いてもいいだろうか」
……。
心臓が停まりそう……。






