218、図鑑
「うーん、とりあえずこれくらいかな?」
机のモニター画面に黒鞠が1つもなくなった事を確認したリク君はニコニコ言った。
大した事がないように言っているのが怖い。もしかしたらこういうのは日常茶飯事なのかもしれない。
いや、やっぱり強がりだろうか? だがニコニコには疲労の欠片も感じない。
……可能性はあるか。
そもそも処女航海とかそんな次元で作られた船だとは思えない。
何度の航海を経て現在のコンセプトの船になったのだろう? 分からない。
もしかしたら無人船を飛ばして即落とされたとかそんな話があってもおかしくない。
いや、雲海に潜んでいた魔物の数々を見ただろう?
あそこに無防備に突入したら即終了じゃないか。
スピードを出して振り切るには数が多すぎる。
だからこその隠匿性能だろう。
「この辺りからは早めに離れた方が良さそうだね」
リク君は何でもない事の様に言う。
そもそも地上にいた時にこれ程の数の魔物が空にいる事を知らなかった。
いや、地上は人が間引いているから少ないだけなのか。
あまり間引く余裕がない場所には魔物が住む。
それは地下水路や辺境といった場所だけじゃなくて、手の届かない高空もそう。
ただそれだけの話なのかもしれない。
こう考えると人は身勝手だな。自分の事しか考えない。
自分の生命を守るためだとはいえ、自分の種以外の動物を選択し排除している。
羊の群れの中で狼は生息できない。生息できる肉食動物は人と羊飼いの犬だけか。
傲慢。いや、ただの摂理だ。
アリの巣には共生する虫がいる。
人間にとっての家畜の様に。
どの生物も自分の種が生き残るために必死だ。
主食としているモノが絶滅しそうになって育てる事を覚えた種は人間以外にもいた。
キノコを栽培するアリもいた。これは種が選んだ生きる道だ。
誰かの正義は誰かにとっての理不尽。
アリからしたらアリクイは理不尽だろう。
ピンポイントに狙われるのはズルいと思うに違いない。
「大丈夫だよ」
気軽に言ってくれるな。
ライオンに襲われるシマウマを見て可哀想と思う。食べなければ餓えるというのに。
自分にとって弱者も強者もない。だから傍観者は他者を都合のいい様に考える。
傍観者は気楽でいいな。くそったれが。一番の傍観者は俺自身か。
動物園の肉は何の肉だ? 誰の肉だ? 食わせればいい。エサを与えればいい。
そういう誰かは目の前しか見ていない。陰で犠牲になっているモノを見たりしない。
目の前のモノを過大化、見えないモノをない事にする。バカかな。バカだよ。
俺が一番のバカだよ。
傍観者になるための体を作って、自分はピラミッドから外れたつもりか。
その果てが生きる事すらも傍観者になりかけている。
「そっか」
相槌の言葉数の少なさに草が生える。
この程度の言葉しか出せない。ほんとバカだ。
少しはまともな言葉を話してみろ。このバカは。
何か話したい事はないのか自問しても、驚く程にこれがないんだな。悲しいくらいに。
自分の中で全て完結させてしまうから話す事がない。お前の目は内向きか?
外を見ろよ。いや、見て何を話せばいいんだ?
人は自分の情報を共有する事で自己を知ってもらい、顔見知りを作る事で仕事を回していく。
そんなこと知っている癖に何も話せない大バカ者だ。だから何も出来ないというのに。
知っても行動出来ないのは雑魚だ。いや雑魚じゃ魚に失礼だ。これは生物としても不完全なんだから。
「そだ、窓から見るよりもこっちで見た方が面白いと思うよ」
リク君はイスに座り机をタップする。
中央にはホームメニューがあり、端の方に外の状況が映っている。
……大きい画面だから許される所業か。
リク君はウィンドウの1つをタップし、中央に大きく表示させた。
雲海の映る角度からして、真下よりの側面のカメラだろうか。
雲海から飛び出る魚の様な生き物の姿が見える。
魚の画像は拡大表示され、ウィンドウの端に図鑑のような説明が出てきた。
名前は「東方雲海トビウオ」らしい。体長1m弱。体重は死亡時1kg。骨は中空で雲海上層に群れ。
簡易情報の下には詳細という項目があり、タップすると解体した時のデータが出た。
生き物としての情報、行動の傾向、内臓などもしっかりデータが取られていた。
生物との違いや細胞の仕組みの違いなども事細かに記載されている。備考欄を覗くと憶測が記入されていた。
ザラっと項目と書かれている文量を見るに、お空の研究家がいる様に思えた。
「これは」
言葉が続かない。
すごい? お空の専門家がいるのか? いつから作られているのか?
誰が書いたのか? もしかしてリク君が作ったのか? どこまで調べたのか?
個体差も考慮されているのか? 先ほどの黒鞠もデータがあるのか?
聞きたい事が喉で詰まった。
いつ書いた物かも気になる。伝承並みに起源が古ければ情報の信憑性が低くなる。
……低くなるのか? 伝聞情報とかもあるのだろうか? 可能性の話は残るか。
誇張されたデータに価値はないか? どの程度知られているかの判断の目安になるか。
自分の内で答えを出そうとするからコミュニケーションがとれないんだ! このバカ!
「すごい」
まずどれを聞けばいい?
オタクの早口は熱が伝わるかもしれない。だがそれだけだ。
順序良く、聞きたい事を選べ。10も20も答えさせたら疲れるに決まっているんだ。
作成者が誰か? そんなのはある意味どうでもいい。
名前を言われてもリク君以外分からない。いや、関わった事がある人ならワンチャン。
分かったところでどうしようもないか。情報の確度なんてすぐに確かめようがない。
知っている人が関わっているかどうかだけでも聞いた方がいいだろうか?
聞いたところで「あの人が……へぇ……」くらいの反応しか出来ないだろう。
……それも重要か。情報は持って損はないし、いざという時知らなかったでは通じない。
「やっぱこういうの好きでしょ?」
リク君は嬉しそうに、楽しそうに笑う。
サプライズプレゼントが成功した様な笑い方だ。
花がほころぶ様な笑顔と言えばいいだろうか。咲かせた花は朝顔か。
俺のメンタル、お花畑か? 急にどうした? 浄化されそうか?
カビ生えた辛気臭い口曲がりな捻くれ者が情緒に満ちた表現し始めたらオワリだろ。
爽やかな文学少年になら似合うだろうが、爽やかと程遠いんだ。あきらめろん。
……こんなダジャレを言うくらいに俺はおっさんなんだ……。
そうだな、俺はおっさん。忘れるなかれ。
説教臭くて、ダジャレを言い、理想ばかり語る実績もなんもないおっさん。
……。悲しくなってきた。ダメなおっさんじゃん。かっこよくない。
いや、元々かっこいいおっさんは目指してなかったな。
むしろちょいダメ親父タイプで、誰とでも仲良くなれるコミュ力高いおっさんが良かった。
それがどうだ? コミュ力は壊滅的で、中身はマダオで見た目は少女? 終わっている。終わりすぎている。
マダオの美少女転生? やばい、酒をかっ食らって博打打って金をなくしていそう。
そういう意味ではまだ性格は終わっていない? いや、趣味もないし取り柄も欠片もない時点で話して面白そうな存在じゃないだろうし、さらに終わっている。
「まぁ、そう……好きかな」
おいこら何ツンデレのデレ出してんだ? このコミュ力もないマダオは?
何を意識しだしているのか意味が分からない。雰囲気にのまれ過ぎだろうが。
人を意識し過ぎて思考がとち狂っていやがる。
あぁ、言葉にツッコミ入れると動画配信サイトのコメント弾幕を思い浮かべてしまう。
ほんと文句をつけるのだけはいっちょ前だな。足を止めるには一言あれば十分か。
マダオには足を進める信念が足りない。ちょっとの思考で路肩に乗り上げて止まってしまう。
臆せず話せ。足を止めたところで何も得られないし世界は進み続ける。マダオを待たない。
マダオが引きこもっている間に、同級生は結婚し子供を育てるし、海外を飛び回ったりする。
反省は後回し。とにかく現状を良くするために歩け。動け。考える前に手や口を動かせ。
「これはリク君が作った?」






