217、リク君の対応
リク君は机を指先でタップした。
白い謎プラスチックの板に見えていた天板は特大の液晶タブレットの様に表面に色々映し出していく。
青いウィンドウの背景にフォルダやアプリがある。制御端末だったのだろうか? これは?
……いや、つうか、何この面白機能。
乗ってからは腕組んだりして俺は机に触ってなかったのが敗因か。
というかよく見たらボードゲームとか書いてあるフォルダがあるんだが、もしかしてこれで遊ぶつもりだった?
あぁ、うん、そうだな。
乗ってからずっと警戒心剥きだしにしてたもんな。
そりゃ、遊ぼうとか言い出しにくいわ。
リク君の指がカメラみたいなアプリ? をタップする。
カメラ1、カメラ2と総計16個のウィンドウが開いた。
ほとんどは青と白ばかりの中に、黒いのが混ざっていた。
「おや。よくセンサーに引っかからずにこんなのが」
ちょっと驚いた顔をして言うリク君。いや、反応ぬるいな。
そんな慌てた様子見せずに言うと安心できそうだが、なんか怖い。
そもそもセンサー? それに引っかからずにかかった事が怖い。
どんなセンサーだろう? 魔力に反応するのが1番あり得そうだな。
ある程度強い魔物なら相応の魔力を持っているはずだ。
そして大量の魔力を保持しているなら漏出魔力も多いだろう。
目視でなければ引っかからなかった事を考えれば魔力が1番有力な感知方法だろう。
だが魔力を狙って動く肉食獣の様な魔物が体外に魔力を漏出させるだろうか?
その魔力が狙われる生物や魔物を逃がしてしまうから、隠遁性能を思うと考えにくい。
音波感知? 考えられるか? 海中の生き物をソナーで見つける様なモノ?
コウモリを思えば出来ないとは思えない。有効距離がどの程度になるのだろう?
海底ならぬ地上まで音の反響を待つ必要はない? それこそ数百メートルに音が反響する程のモノがあるのがやばいのか?
判断がつかない。
とりあえず音波であれば先ほどの黒鞠は感知出来ないだろうとは思う。
目視であれば間違いなく見つけられるだろう。
魔力で感知出来ないとしたら分泌物の可能性が高い。つまり大型魔物が近くにいる可能性が高い。
「まぁ、大丈夫だよ。これは問題ないかな」
気楽だな。おい。
なんでだよ。分からない。
……攻撃手段がある?
いや、むしろなんでないと思った? むしろなくちゃおかしいだろう。
魔物がいる世界だぞ? 武装しなけりゃ空飛ぶご馳走になる。
隠匿性能に長けた船を作っているんだ。空の危険は重々承知なのは間違いない。
現代であれば機銃だろうが、生憎とここは魔法の世界だ。
気体を固体に変えるのは魔力の消費量的に割に合わない。火球を撃ちだすのが一番効率的だろう。
飛行船を作れる技術力があれば機銃を作る事も出来るだろうが、物資の重量や体積が飛行船のコンセプトと反してしまうので、俺なら選ばない。
……いや、攻撃の多彩さは重要か。魔物の性質は読めないのだから。
俺やニーナの様に魔法攻撃は無効化し、なんなら自分のエネルギーにしてしまうヤツもいるのだ。
だから推進力を魔力にして物理弾を発射するとかも無用ではないな。火薬は……魔力が十分にあるなら無用だろう。
まぁ、でも基本は火球が一番安定するだろう。魔力を熱エネルギーに変えるだけで済むしな。
小さくても火傷は面倒だし、小さくする程必要になるエネルギーは減る。
炭化した部分は治す時抉らないといけないし、必然傷口は広がる。
焼き固められた部分は動かす時に障害になるし、貫通出来なかったとしても敵の被害は大きい。
魔法の魔法たる所以で、冷却弾とかも放てるかもしれない。
相手の体内の液体成分を固体化出来たら、大抵の相手は動きを止められるだろう。
魔法をぶつけたところから熱を放散させるとか、熱エネルギーの吸収を行う物質の作成とか?
冷凍光線は意味が分からない。エネルギーをぶつけて、エネルギーを減らすとかワケわからないな。
エネルギー保存則はどうした? って話だ。光はエネルギーだぞ。
冷凍ビームって液体窒素でもぶつけているのだろうか? それなら液体窒素が熱を吸収していくから凍るっていうのは分かるんだが。
熱変化による変化は楽だ。たいていのモノに効く。
次点は物理的な力による破壊か。銃弾とかもたいていのモノに効く。
物理的な変化による破壊、毒物の使用は相手によっては有効だろう。
ゴーレムとかは神経毒は効きにくいだろうが、酸やアルカリによる物質構造の変化は対応しにくい。
「あ、来た来た。ちょっと遅かったけど、迎撃システムが発動したよ」
画面を指さすリク君は無邪気に笑っていた。
子供がオモチャを誇る様にも見える。
まぁ、実際本人としては見ていて楽しいのだろう。
俺も同じ状況なら興奮するだろうし。
俺は何を考えているのだろう? 否定的な事だろうか?
現状に疑義を抱えていて、それがこの批判的な目線になっているのかもしれない。
相手がポジティブだからネガティブになっているのか? 0が好きなのか?
冷静でいたいから0になろうとしているのかもしれない。
なんで冷静でいたいのだろう。冷静でいたところで辛いだけなのに。
高い位置から転ぶよりも、低い位置で転んだ方が痛くないから?
黒鞠は熱にやられてか、毛が縮れていく。
赤熱化したタマゴがぶつかり、黒鞠は見ている間に落ちていった。
黒鞠の全貌は毛虫みたいに見えた。
……タマゴって消耗品なのだろうか?
俺が作ったそれと同じだとしたらそこそこの重さがあったと思う。
あれをたくさん載せていたらけっこう場所も積載量の割合も食いそうなんだが。
いや、空に浮かべているんだ。浮力を考えるとほぼ0gに近い状態になっているはずだ。
見ている限り大きさはある。だがその中身がほぼ水素だとかヘリウムなのかもしれない。
内部に置いておくならともかく、外で船体にくっつけるのなら場所を取る事もないだろう。
実態は分からない。見ている限り防御装置としてそこそこの役割を果たせるのだろう。
火球が便利だと思ったが、火であるなら酸素が必要になるだろうし、何か熱を保持させるモノが必要になると思えばタマゴはちょうどいいのだろう。
発熱能力も浮力を稼ぐ手段だとしたら、それをオーバーヒートさせただけなのかもしれない。
高空に住まう魔物は大概モフモフしているとしたら熱で焦がすのが一番楽な倒し方とかそんなオチもありそうだ。
「ね? 大丈夫でしょ?」
確かに俺が外に出る必要もなく片付いた。
だがそのニコニコ顔はなんかちょっと腹が立つ。
困難に対し何も出来なかった自分自身にも腹が立つ。
俺は今のこの状況において何か働きたかったのかもしれない。
自分が何も出来ない子供である事が嫌なのだろう。
誰かに頼り切る事に慣れていないし、それを堕落と感じるから。
危機があればそこに立ち向かう事で自分の価値を証明できたと思う。
それが内心求めていたモノだとしたら最悪だな。
不幸に立ち向かう事でしか自分を証明できないのだから。
「ばーか」
幸せに慣れていない。
普通の幸せを追い求めている癖に、不幸を望んでいるのは誰だ。
笑えない大馬鹿者は俺だ。
不幸は楽だ。自分が不幸だと思うだけでいくらでも理由を見つけられるから。
不幸は楽だ。その不幸を適当に嘆いていればいいから。
不幸は楽だ。それに対する対応を考えるだけでいいから。
不幸は怠惰だ。生産性もなく、想像に欠け、ただ自分で掘った穴を埋めるのだから。
人を頼れ。それが人が人間足らしめるモノだと何度考えた?
結局それが出来ていないのは俺なんだ。出来ない理由を見つけるのは簡単なんだ。
出来ない理由を探すな。出来る方法ややり方を覚えろ。
頼り切りが嫌? あぁ、そうだろう。
自分だけで出来る事をやればいい? それが現状を招いたんだろう。
この大馬鹿者が招いた状況だ。これがお前の仕出かした事の結末だ。
リク君はとてもいい顔でニッコリしている。
正面からその顔を見る事は俺には出来なかった。






