215、窓
俺はただただ気恥ずかしくて視線を窓の外へと向けた。
この角度だと雲海は見えない。青い高い空だけだ。
青い高い空、太陽はこちらの方向では見えない。
太陽が沈むか昇るかしていれば大まかな方角が分かっただろうに。
現在地がどこかはわからないが、覚えている地図の北東方面に冬眠? 前はいたと思う。
おおまかな位置としてそこから目的地の所在地が分かれば幸いだ。
幸い? 何が幸いなのだろう? わからない。
そもそも俺は地理がわかって何か役立てられたことがあるだろうか?
逃げる先検討とかも結局上手くやれていないのだ。
これを考えるのはきっと現実逃避だ。現実問題、俺は今やるべき指針が立っていない。
頭の一部はとにかく逃げたいと叫んでいるが、それをしても意味がないんだ。
かといって囚われ状態も嫌だ。自分の意思で行動するなら何でもいいが、それでやっていける程世の中甘くない。
……。
違う。俺が甘い状況にばかりいたんだ。
俺は人から逃げてばかりだから、自分で決着をつけられる場所にしか立たなかった。
それはとても簡単だ。そしてとても人間に対して軟弱に育つ。それに小さな事しか出来ない。
人間という存在の優位性は集団での行動にあるんだ。
社会という大きなくくりで役割を分割し、自分1人で全てをやらなくてもよくした。
それなのにそれを否定する様に、個人で行動するのは愚か極まりない。
個人で行動して自分は出来る様に見せたところで、その衣食住は文明がなければ得られないものだ。
個々で活動する獣とて、大きく見れば循環があり、そこから外れる事は出来ない。
1人でいきがるのは阿呆の所業なのだ。そんなに1人で生きたいなら砂漠に突っ込んでこいっていう話だ。いやそれは砂漠に迷惑か。
自責を拗らせても意味がない。先がない。
今はどうするべきかなんだ。とりあえず現状の場所は精神衛生上良くない。
しかしこれが人間への道なのだろうか?
距離感をこれで覚えろという話なのだろうか?
何がここで求められているのか。今何をしたら前進出来るのか。
……。リク君と話せという事だろうか。
いったい何を?
俺の考えている事は実生活で何の役にも立たないぞ。俺がその証明だ。
……。悲しいな。これ。でもしょうがないよな。だって俺、人間の輪の中に入れたことないもん。
理論ばかり固めても、実際に使わないなら食品サンプルと何ら変わらない。実際に食品として使えないところとかほんと美味しそうな見た目だけの食サン。良く見れば食べられないのが分かる雑魚。
あぁーっ! 口に出来る言葉に、独り言の時に出る程度の語彙があればいいのにな!
自分に対する言葉はいくら口汚くしても問題ないが、他人に対して話すとしたら最適な言葉があるはずなんだ。
言葉は文言だけで出来るものではない。状況や話し方、その他諸々が積み重なって出来上がるものだ。
全てを完璧にコントロール出来るのならとんでもない役者になれる事だろう。我が強過ぎる俺には無理だが。
そうだよ。俺は俺でしか話せないんだから、このまま話せばいいんだよ。
話す事何も思いつかないのが終わっているんだが、とりあえず誰か他人を演じる必要はないんだ。
なんか話ひり出せよ。この独り言マスターが。独り言出来るんだから何か話せるだろーが。
「抱えられていると外がよく見えない。あと近い。離して欲しい」
……おい。独り言マスター。お前は何を言っているんだ?
いや、確かに用件としてはそこが重要なのは間違いない。だがな。だがしかしな。
お前が独り言している語彙の何万分の1の語彙力だ? フラスコから出たばかりか?
見ろ。ぽかんとし……てないな。いや、そもそも散々語彙力がない言葉しか話してない。
語彙力低下具合に慣れたのか。人と話してないのが影響しているんだろうなとか思われていそうだ。
それはなんか癪に障る。
というか用件伝えたんだからこの抱え込んでいる腕放せや。
ニッコリマスター、ニッコリ以外の技を覚えろ!
どこか悲しそうにほほ笑むんじゃない!
体をゆっくりと回転させて、テーブルに手をつく。抵抗は特にない。
……。これは俺が降りようと思えばいつでも降りれたとか、そんな話ないよな?
ムリに腕をどけたりしたらケガさせてしまうのではとかそんな配慮いらなかった疑惑?
だが力加減は信用できないから何かを押したりは基本避けたい。
速度も自分ではゆっくりとしているつもりでも速かったら惨事が起きる。
出来るだけ力を振るわない様に慎重にいきたいものだ。
「あーあ」
もう何だよ! そのわざとらしい溜め息は!
息多めでなんでやたらと艶っぽくするんだ! お前は何を考えているんだ!?
微笑むなよ! 分からないんだよ!
お前は俺に何を求めているんだよ!? 理解が出来ないんだ!
中身を知っている以上、女性みたいに思っているわけないよな?
何なんだよ! 理解出来ないんだよ!
お前はその思わせぶりな態度で何をしているんだよ!
まさかお前、俺で遊んでいるのか? 遊んでいるんだな?
おっさんで遊ぶとひどい目に遭うぞ? 分かっているのか?
「なんだよ?」
頭の中のチンピラがメンチを切っているな、これ。
そういえばメンチってなんだろ? 切るならメンチカツがいいな。
下からにらみつける様をメンチを切るっていうんで合ってたっけ。
目元をくしゃっとさせて笑っているのがなんかいらつく。
俺が虚像を相手に独り相撲しているから仕方がないのだが。
虚像が虚像だと分かっていても可能性がある限り、それに対し威嚇してしまうのも俺の防衛本能的に間違いはない。
防衛本能。ほんと防衛本能だよな、これ。気を許すとかそういう事ほんと出来ないし。
前世の頃からだが、そもそもこの過剰防衛が生きる上ですごい邪魔なんだよな。
そもそも俺は大きなケガを負った事がないし、イジメも受けた事がないのに何故こうも防衛本能が強いのかが分からない。
ケガを負った事がない、つまり必要以上にケガを恐れているからなのでは?
ある程度ケガを負った事があれば、ここまでは大丈夫だというのがなんとなくわかるものだ。
俺は傷を負う経験が少ないもんだから、どこまで傷ついても動けるかが分からないみたいなもんかもしれない。
人的ストレスに曝される事が足りていないから現在の過剰反応が起きる。
精神が某金属スライムみたいに逃げ足が速くて体力少ないのか。あ、はぐれもいたな。
あいつら、経験値たくさんくれるけど、弱小パーティだと呪文攻撃で死ねるんだよな。
「なんでもないよ」
リク君はまた笑った。
綺麗に笑うんだよな。ほんと。
俺の見た人は笑いに自嘲とか諂いとか諦めとかそういったマイナスの感情が見えていた。
でもリク君にはそういうのが見えないんだ。ほんとに楽しそうに笑うんだ。
だから綺麗に見える。
光が強すぎる。
陰を探してしまう。
少しでも悪意があればもっと気が楽だっただろう。
悪意なら叩き潰しても気にならない。悪意なら利用しても何も思わない。
でもリク君には悪意が見えなくて、ひたすら楽しそうに笑うのだ。
だから悩んでしまう。
純粋に手を伸ばしてくれていると思うと悲しくなる。
俺はその手を取るのに相応しい人ではないから。
その手を疑い、噛んでしまう、小っちゃいヤツだから。
「ばーか」
バカは俺なのだ。
俺は最初に座っていた席から窓へ近づいた。
窓に顔をくっつけてリク君を見えなくする。
そうしないと俺自身を今以上に嫌いになりそうだから。
そうして見た窓の外、下の方何か黒いモノが張り付いていた。






