213、抱っこされた
「ムリはしなくていいんだよ?」
頭をポンポンされた。この体勢だと日常モードだと避けられないのが無念。
日常モードとは音を立てず、周囲を壊さない様にゆっくりと、でもできるだけ自然に動くモード。
なお定義は今決めた。戦闘モードが別モードか。
しかしどうしたもんだ。なぜ俺は抱きついた? 吹っ切れすぎか。
まぁ、あざとそうな行動をしようと思ったわけだからな。
ペット的なモノを望まれている気がしたからそんな行動をとってみたわけだ。
……。大分とち狂った所業である。
見た目には合うが、内心の死に具合が凄まじい。
本来取らない行動というか、俺という人格に障害が発生していなければやらないことだ。
接触を拒否するという事を前段階で意識してしまったから、反動で起こしたのだろう。
……死ねる。
「あ、ね、ちょっと……いや、けっこう痛いかな!」
気づかず力が入ってしまったようだ。
にっこりしているのに、苦痛が見て取れる。
……苦痛をにっこりで表現するとかどんだけにっこりマスターなんだ?
……どうすればいい? いや、離れればいいんだが、突き放す様に離れるのは違う気がする。
というか痛いと言われたタイミングで離れれば良かったんだが、思考が逸れてしまってなんかタイミングを見失った。困った。
いや、今ゆっくり離れればいいのか? そうだよな。ゆっくり離れれば問題ないはずだ。
……離れようとすると徐々ににっこりに悲しみの色を混ぜていくとは……さすがにっこりマスター。
嫌がっていたらすぐ離れられるのに……。狙っているのか? わからない。
意図的にこれをやっているとしたら相当な策士だ。俺の特徴を理解したヤバいヤツだ。
「立っているのもあれだし、窓の近くに行こうよ。飛行船内部は地上に降りた時でも見られるけど、この高さの光景は今しか見られないよ?」
……。メリットを伝えて、動かそうとするのもほんといいお兄さんだな、おい。
ヒネクレ野郎の僻みだ。そんな甘言には乗りたくない。ほんとはそれに乗った方がいいなとか思っているけれど、乗りたくない。
素直な子なら、気持ちのいい人なら、この言葉に素直に乗れたことだろう。
素直な子じゃなくて悪かったな。しかしそれが俺だ!
……内心でなんかムダにドヤ顔アップのしろちゃんが出てきた。
……うん、そうだね。前世のおっさんがドヤ顔してたらネタ的にはいいけど映えないし。
いや、マンガ的に考えたらしろちゃんの背後霊的な感じで前世おっさんドヤ顔もいい? ギャップが美味しくないか?
時を戻そう。
戻せなかった。なんか運ばれてた。時は無情にも進み続けていた。
何が起きた? 意識が飛び過ぎている。
たぶん思考が飛躍している最中、抱えあげられたのだろう。
ネコか? これはネコの扱いでは? このネコボケ過ぎだな。
……顔が近い。
それにしてもこの体は軽いんだな。普通に抱えあげられる程度には。
いや、森を歩いている感じ、足の沈み具合を考えれば体重はそこまでないのは分かっていたはずだ。
何かしらの力でセーブされて、そこまで沈まなかった可能性がちょっと脳裏にはあった。
中腰になっていたところにしがみついたから、体の距離的に抱えあげられても特に感じなかった?
視覚的な変位が少ないと移動感薄いよな。体は動いていないのにゲーム、特にレーシング系は移動している感じが強いのとかあるし。
あと振動がないのも大きい。飛行機や新幹線の方が速いのは頭で理解していても、電車の方が移動している気がするみたいな感じとか特に。
……なんか顔が近いと気恥ずかしい。
パーソナルスペースが元々俺は広いのである。人との距離は4m欲しい。ぼっちだからな!
3mで警戒範囲。2mで近いなって思う。1mで危機を感じる。電車とか苦手だった。
何かされる事はないと思っていても、される可能性が否めない距離は恐い。人間なんて何を持っているか何を考えているのかわからない生き物だからな。
全力で現実逃避をしようとしているが近いから難しい。
落とされても傷つく事がないとはいえ、落とされる可能性を考えると身動きが取れない。
わんこを抱きかかえる時とか思いだすと、腕の中で暴れられると非常に持ちにくくて、変な軌道で落ちてしまいそうで怖かったな。
今その抱えあげられているわんこ状態ですが!
思考がおかしな方向へ回転し続けている!
この方向の思考は何も生まない! ただ気恥ずかしさが増長するだけだ!
アニメとか見た時の(あぁー、恋愛脳おつおつー)みたいな思いになる!
あれは可愛い女の子がやるから見れるのだ! おっさんがやってみろ! 絵面が汚い!
……しかし昨今の風潮を考えるとそれも独特なギャップ感が……これは天丼だ!
それに俺の思う昨今って絶対に昨今じゃないだろう。
んなぁぁぁあ!
意識の中だけでも叫んでみたらちょっと落ち着いた気がする。
実際の体で叫ぼうとしたら蚊の鳴くような感じになるけど。
叫ぶのって才能いるよね。俺、声を大きくするのは出来るけど、叫ぶ方向はなんか出来ない。
意識だけ弁慶め。その弁慶、体に出しやがれ。
やはり筋肉。見た目を伴わない力は意味がない。
筋肉だけが勝つ。
「かわいい」
ぎゃあああ!
にっこり顔で言うな! その言葉を俺に向けるな!
SAN値が! 正気度が! 俺の意識が! 壊される!
それは内面の伴ったカワイイ女の子に言うべきだ!
もし……もしだぞ? その言葉を正面から受け止める様になったら……。……怖いぞ。
外面がかわいいだろと誇るならまだ受け入れられる。コレクターが蒐集品を誇るのはいいんだ。
だがな、中身がおっさんだというのに、それを自分が受けたモノと認識するようになったら……死ねる。
これが自分以外に向けられていたならギャップがいいよね! とか言えるかもしれない。
だがこれは俺に向けて言っているんだ。それはにっこりマスターが言っているからわかってしまうんだ。
心のおっさんがさぶいぼ立ててダメージを受けている!
体がなんか石になったみたいに筋肉がカチコチしている……!
心のおっさんよ! 蘇ってくれ! 死ぬな! お前はまだやる事あるだろ!
……ないか。お前さんは概念だもんな……。そもそもお前は誰だ?
ボケてたら多少落ち着いた気がする。大丈夫だ、問題ない。おっさんは生贄になった。
概念おっさんを生贄にカチコチになった体は正常化した。
この後どうすればいい? とりあえず降りる? なんて言えばいい?
降りたい? ダメだ。変な補正が今頭をよぎった。無表情で言ってもお嬢補正が脳裏に来る。
降りさせろ? ……。ツンデレ補正が肝臓に拳を突き立てる。ナイスレバーブロー。
降ろせ? ツンデレ補正パートツー。投げっぱなしスープレックス。
しかしながら言わなければいけない。……。降ろせが許容範囲か。
「お、降ろせ」
どもるな! バカ! 恥ずかしがると余計恥ずかしいんだ! アホ!
ああああ! なんか顔が熱い! 心のおっさんゾンビがのたうち回ってる!
ゾンビ! 暴れるな! お前は死体に戻っておけ!
……ボケ入れると混乱からの復帰が早いな。おっさんよ、安らかに眠れ。
自分よりも慌てているヤツを見ると落ち着くっていう事象が成立したのだろうか?
イマジネーションフレンドを慌てさせるのは大分効果的な精神安定なのでは?
心のおっさんがフレンドかは置いておこう。多分心のおっさんは俺の憧れ枠なのだろうが。
さて……なぁ、降ろしてくれるよな? 恥ずかしかったんだ。恥ずかしかったんだからな!
……よく考えたら俺はこの体で俺が話すというのが恥ずかしいんだな。
中身を知っている相手と考えるとなおさら。
これを吹っ切らないとまともな会話をする事が出来ないのか。
……あれ、実はムリゲ?
いや、違う。落ち着いて話せばいいんだ。変なキャラがつかない様に、ゆっくりと自然に。
それが当然であるかのように話せば、内面の年齢で話す事に違和感がなくなる。
そして30歳の落ち着きを俺は得るのだ!






