212、妥協
「どうだった? 面白かった?」
結局見れたのは通路だけなのだ。
通路も面白いと言えば間違いはないが、本題に辿り着けなかった。
面白いと言っていいのか、すごい悩む。
無用の敵対心をどうすればいいだろうか。
冷静ぶっても心がざわつき続ける。
どうすればいいんだろうか。
色々筋的に考えたら信じても大丈夫なヤツ。裏切る理由が思いつかない……わけでもないか。
とりあえず物語的展開で考えたらこの人が裏切ったら読者が離れるヤツ。道理ありきで本意は別にないとダメなヤツだ。
……俺が物語の登場人物なら間違いなくサブだろう。こんなめんどくさいヤツ。いや、サブでも置きたくないな。1秒経たずに思考が移り変わって意図が読めない、物語において雑音にしかならないヤツ。
「面白いよ」
ムダに言葉が少なくなる。
現実は俺が考える以上に内心の動きがあっておかしくない。
そう思うと目の前の動作にどれ程の情報が隠されていても分からない。
表層の情報は露出した一部に過ぎない。実際、顕在化する感情は少ない。
それは大人になればなるほど顕著になる。
空気を読む。それは自分の望みを叶えるために必要な技能だ。
自分の望みばっか口にしても周りは叶えてくれるわけじゃないと気づいた時子供は大人になる。
子供はいいんだ。自分では出来ない事が分かっているから大人が助けてくれる。
俺はどうだ? そういう意味では俺は初めから誰にも頼ろうと思えなかった。
出来ない事の質が違うから。出来る事は前世含めても始めから多かったから。
人間関係は自分でどうにかしなければいけない。
俺の出来ない部分はその人間関係がほぼ全てだ。
金で解決出来るモノでもない。
頭が全力で現実逃避しやがる……! 今考えるべき事はそれじゃないだろうが!
物語のスキップ機能は使えないのか? 使わせろ! メンタルがもたない!
作業すれば時間が吹き飛ぶけれど、こういう時は使わせてくれないのか!
「廊下くらいしか見る事が出来なかった。材質的な考察が出来て面白いが、それ以上はない。
出来れば機関部が見てみたい。知る事はムダにならないと思うから」
なんかムダに溜めて言ったような感覚!
ツンデレのデレが零れ落ちたみたいなそれだな! これは!
心の中の俺がのたうち回っていやがる! むずがゆすぎる!
すごいニッコリしていやがる! 笑みが深すぎて奈落に落ちるか? あん?!
恥ずかしくて視線が合わせられないからって俺は目線を下げるな!
このムダな乙女補正がかかるヤツ! 勘違いするな! これは俺だぞ!
客観視が臭すぎるんだよ! 俺はここにいるんだろ?!
あぁーもう……。落ち着け。モチつけ。ぺったんこ。
この体はつるぺただな。俺は何を言っているんだ?
「そっか」
そっか。じゃねぇよ! ちくせう。飛行中の機関部に入るのはダメだよな。異常があったら困るだろうから仕方がないよな。
あぁ、もうほんとそのニッコリは奈落か? くそぅ。わからない事だらけだ。
しれっと頭を撫でようとするんじゃねぇ。手が届かないところに行ったからって悲しそうにするな。ニッコリだけで喜怒哀楽を表現するな。器用だな、おい。
俺はこの体が傷つく事がないと信じていても、基本的に何であっても接触は避けるぞ。
前世からしてそうだが、いくら人間の皮膚が優秀で衛生的に優れているといっても、落ち葉などに付着している可能性があるイラガや微細な傷口に入り込む可能性がある嫌気性細菌などを恐れ、全てのモノに必要以上に触る事を拒否していたからな。
別に潔癖症というわけではないし、肌が荒れたら防御力が落ちるからアルコール消毒も回数は減らしていたりしたし、これはただの防御的な反応に過ぎない。
何を言い訳しているんだ? 俺は?
自分も傷つくのは嫌だが、自分が原因で何かが傷つくのも嫌だ。それの過剰反応だな。これはきっと。
傷ついた表情をされたからだ。そんな表情をされると俺はとてもモヤる。何をすればいいか分からなくなるから。
しかし頭を撫でるのはダメだ。それはいけない。道すがらクマにセクハラしたのは触れてはいけない。
混乱が激しい。
「リク。俺はどうしたら普通になれると思う?」
俺は何を言っているんだろう。答えなどないだろう事を言っているんだ。
そもそも普通とはなんだ? 人間らしさ? 意味が分からない。
実際の人間と俺が思う人間と俺が許容できる俺である人間は全て相容れない。
俺が思う人間とは欲がしっかりしているモノだ。欲とは3大欲求もそうだし、他もそうだ。
……というか俺の場合、そもそも3大欲求が無縁な時点で終わっているのでは?
潔癖症というわけじゃなく、単純に理解が出来ないのがダメすぎる。生物としてダメだな。
3大欲求が死滅している段階で、俺は子孫を残すという生物にとって重要なシステムから外されているのだと思う。
これ神様にお前は生物じゃないからいらないだろ? って言われている感がすごい。
いやしかしその癖、この平和を尊び勤労を是とする思考はなんだ? 奴隷生物か何かか?
いらないと言外に伝えられているから普通を欲しているのかもしれない。
「大丈夫」
何が大丈夫なんだよ。
何も大丈夫なモノはないんだよ。
なんでそんなにニッコリしているんだよ。
意味が分からないんだよ。
俺に何を求めているんだよ。
微笑むなよ。分からないんだよ。怖いんだよ。
理解出来ないんだよ。理解しようと思うからダメなのか?
そうだな。理解を諦めればいいんだ。
……それが出来たら苦労しないな。
人に興味を持たないと俺は人間にはなれない。
何も考えないでいい相手と過ごしても意味はないんだ。
それこそ調べ尽くされた古いゲームを遊び続ける様なものだ。
同じ反応を見続ける事には何も意味はなく、郷愁に浸り過去だけを見続けるモノになってしまう。
それはとても悲しい生き物だ。それで言い訳がない。
「バーカ」
リク君が大丈夫としか言わないのは、下手に踏み込むと変な地雷を踏む事が分かっているからだろう。
分かっていますよアピールは害悪。分かっていると言って似た様な経験を話したところでダメなのだ。
同じアニメを見ても感想は違うし、兄弟だからといって同じ感想を抱くわけでもない。
似た様な境遇、環境、経験、どんなに近い関係でも、感想は人によって違うのは当然なのだ。
話を逸らそうとすれば人によっては疎外感や味方ではないヤツ=敵と思うヤツもいる。
特にヒートアップしているのが分かっている相手程理不尽なモノはいない。
何を話したところで聞く耳など彼らには持ち合わせていないのだから。
だからリク君は言葉少なく、とにかく自分は安心してもいい人物だよとアピールを続ける。
追い詰められている野生動物を相手にする様にとにかく慎重に。
自分が警戒しているとは思わせない様に、リラックスした顔を見せて。
こうやって想像していくとリク君が俺を懐柔しようとしている様に思えてダメだな。
それにしてもバーカってお前ほんと語彙力がないな。バカは俺だな。
一度身を任せてみるしかないんだよな。分かっているんだ。
それが分かっているから飛行船に乗り込んだのだ。
思考力は慌てる程に落ちていく。視野も狭まる。
大丈夫だ。俺を即座に殺す方法はそんなに多く存在しない。
罠にはめて壊される可能性は直近では薄い。石になっている間に壊さなかったのが証拠だ。
俺に何をさせたいのか、それを知る機会もきっとあるはずだ。
「バーカ」
リク君。今は監察してやる。その真意を暴いてやる。
だからバカな俺はお前の求めているだろう姿を演じてやろうじゃないか。
こうやって上目遣いで言ってやればいいか? あ?
「……ごめん、気持ち悪い」
ひどい。






