205、家への足
「とりあえず家に行こうか」
俺の頭を軽く撫でてリクは俺の前を歩いた。
5m程歩いたところでこちらを見てリクは微笑む。
駄々をこねる子供を見るような、温かい色を帯びた視線を感じた。
なんかむかついた。
「ばーか」
それしか言えないのか、この愚か者は。
ほんとガキだな、コイツ。いや俺か。
ほんとどうしようもない。
……そういえば俺は悪口を言う習慣などないな。
他人は他人の理屈で動く以上それを予期せずにミスするのは自分の責任だと思う。
基本的に誰が悪いかと言えば俺なのだ。
こういう点、人に期待していないというのが現れているのか。ダメな部分なんだな。
人に期待して行動するから人は人間なのだろうか?
そう思うと俺は人に期待できない時点でダメという事なのか。
……翻ってみると俺が悪口を言いたくなるリクは俺が何かを期待している人物となるのだろうか?
何を期待しているんだ? わからない。
何を期待するっていうんだ? わからない。
ツンデレって期待の裏返しだったりするのか? 意味が分からない。
「だっこする?」
「ふざけるな」
これは怒っていいだろう。
中身を知っている癖にこの言葉はあり得ない。
悪意なく笑っていようが許さない。
……中身を知っているからか。
俺の中身を知っているから「事情を知っている癖に」と思うのか。
いくら事情を知っていようが俺の事は俺でしか解決できない以上、どうしようもないだろ。
俺の事を何とかしてほしい? 助けてほしい?
そんな他力本願できるわけがないだろうが。
これは俺が壊れているから起きている問題なんだ。自力救済あるのみだ。
「俺は歩ける」
他人に頼る事も大事だと思う。だがこれは他人に頼るべき事じゃないだろう。
俺が俺自身を調整して、人と歩調を同じにする。それが出来なければいけないんだ。
歩幅が狭いなら数を増やせ。同じ速度で歩く努力をしろ。
俺は基本何でも出来る。見れば人並かそれ以上にたいていの物は出来る自信がある。
しかし出来たところで先がない。関心が持ちきれない。関心が足りない物は先を思い描ききれない。
ある程度出来ればたいていは事が足りてしまう。それ以上踏み込むにはコストがかかる。
コスト。習得にかかる時間だったり、器具などか。
行動の源泉は何にあるのか。どうしてそれに向かえるのか。わからない。
関心が足りていない。
これが最大の問題か。
「やっぱだっこする?」
「するか!」
そんな足が遅かったか?
いや、どちらに向かうかわからないからリクを先導に後ろを歩いているのがいけないのか?
子供は目を離すとどっか行ってしまうから、それで不安に思うのか?
俺はどっか行くでそのまま帰らなかったヤツだし、不安に思うのは仕方がないのか?
どこかに一か所に留まった事ないし、ふらつかせているのはあれなのか。
しかし抱きかかえられるのは性に合わない。
色んな意味で困るな。
俺が原因でこの言葉が出ているのが分かる分ダメだ。
しかしどうすればいいというのだろう。
「肩車「却下」どう?」
目が楽しんでいやがる。
どうすればいい? わからない。
とりあえずさっさと車に向かえばいいのか?
車はどっちだ。
向かっている方向に庭園の出口らしいモノが見える。
とりあえずあちらに向かえばいいか。
「そんな急がなくてもいいのに」
俺の時間の残量は知らないが、一緒に行動するかもしれない人の行動できる時間は常に減り続けているんだ。
それはとても面倒だろう。俺にしか出来ない事はあるかもしれないが、その人にしか出来ない仕事もまたある。
今知らなくても、知るのが早い程出来る事は増える。やれる事もまた増えていく。
今という時間は希少なのだ。
友達。気が合う仲間同士でつるめば出来る事は大きくなる。
友達といえる対等な力関係
興味の矛先が合えばプロジェクトを組む事も出来るだろう。
ああいうのって仲間内での話から、ノリと勢いで進めるもんじゃないかって思う。
こんな事が出来たら面白いんじゃないか? じゃあやってみよう! みたいな感じで。
1人なら止める事は簡単だ。けれど何人も集まると1人がちょっと飽きても他の人が続けて……っていう感じで辞めるに辞められなくなる。
1人で見る夢はもろい。何がきっかけで止まるかわかったもんじゃない。
それこそ雨が降ったからみたいな理由で止まってしまう。止めるきっかけはなんだっていいのだ。
しかしそこに他人が関わると責任が生まれて、辞めにくくなる。
腐った理屈だが、走り始めた車を止めるのは難しい。それが大きくなる程に。
走っている以上それで利益を得ている一団もいるはずだし、ランニングコストも重くなる。
上手くいかない事の方が多いだろうが、それでもそこから上手くいくものも出てくる。
やがて会社と成り得る芽となる。
俺は会社を作りたいのだろうか? 組織として見れば強いが、組織である以上お国のルールに色々縛られるだろう。税金とか法人税とか。
ああいうの考えるのは趣味じゃない。やり繰りして安く済ませるのはパズルゲームの様だが、思考遊びにはつまらない。
動物とか見てどういう風に動いているのか、そういうの考えている方が好きだ。
「待った? こっちだよ」
リクは楽しそうだな。なんかすごく幸福そうな顔をしていやがる。
こういうシチュエーションに憧れでも持っていたのだろうか?
俺が相手では色っぽい展開になる事などなかろうに。
庭園の出口を抜けた先は道が二手に分かれていた。
リクの示した生垣に囲まれた道を抜けると車が止まっていた。
黒塗りのリムジン。高級感はすごいな。息がつまる。
ただ俺はキャンピングカーの方が好きだ。ワクワクするから。
リムジンが持っているだろう、防弾機能とかちょっと便利で快適な空間よりも、冒険をしたい。
ジャングルや砂漠などの悪路走行したり、休憩でコンソメスープを飲む方が絶対にいい。
「これか?」
車に揺られて王都までか? いや、そもそも既に王都にいる可能性もあるのか。
これで俺の一人旅は振りだしに戻ると。あぁ、エネルギーを金で解決できる普通の体が羨ましい。
魔物狩りはNGだされて、供給元の当ても現状リクしかない。自由とは得難いものだ。
「いや、あっち」
……。飛行船? ヘリウムとかで浮かぶあれか? 空色の外装はそこそこの近さにいるのにとても見えにくい。
リムジンに意識を持っていかれたとはいえすぐに気づけないってなんだあれ。
ステルス機能でも搭載しているのか? 遠距離からじゃ誰も気づけないんじゃないか?
それに周囲に浮いている無数のあれはなんだ? 銀色の球?
色々意味が分からない。良く分からない。意味が分からない。いや、科学も魔法もあるんだ。
リムジンが作れる技術があるんだから飛行船を作れてもなんらおかしくない。むしろ飛行機でない事に驚くべきか?
浮力で浮かぶ飛行船と揚力で飛ぶ飛行機だと積載荷重も大分違うだろう。
ぶっちゃけ気体の浮力だけで浮かぶ飛行船は大きさの割に積載できる重量が少ない。
飛行機と比べると滑走路がいらない事、燃料機関が小さく済むため静音である事、観光路線で行くなら航空速度が緩やかでいいため地上の観測をしやすい事……。意外とメリットあるな。
航空速度が緩やかでいいからバードストライクとかも大きな問題になりにくい。
しかし大きいし軽いから風に弱いという問題は大きいだろう。定点に係留するのは難しい。
だとしてもこの魔物のいる世界で騒音を立てて飛ぶのは自殺に近い行為になるから飛行機は使えない?
この空に溶け込むような外装も魔物を刺激しないためのモノなのだろうか?
「家に行く前にちょっと寄るところがあるんだ」






