202、覚醒
声が聞こえた気がした。
もう死んだはずなのに、何で聞こえるんだろうか?
そもそも今考えている俺は何だ?
「シロ。僕だよ、シロ」
溶けた意識が固まり、俺を形作っていく気がする。
俺が漂っている暗い海の中不意に白い光が正面から飛んできた。
何故俺はまた目を覚まそうとしているのだろう。
そんな価値もないだろうに。
「ほら起きて。君を脅かす物は全部なくなったよ」
……。
待って。
いや待って?
それどういう意味かな?
文明を滅ぼすとかしないと俺の恐れるモノはなくなったりしないんだが?!
「起きた?」
何が起きただ? バカ野郎!
お前自分が何を言い放ったか分かっているのか!
俺が恐れているモノを知っているならその言葉は出ないはずだ!
「何をしたんだ? 正直に言ってくれないか?」
目の前にいたのは……誰だ?
何この兄さん。体格はいいし、陽キャの雰囲気漂わせているし、でも瞳に黒い影がちらりちらりしているし……。
髪の色、瞳の色、全てリク君を指し示しているが、リク君はこんな青年じゃない。
「んー。そうだね。端的に言えば強くなったかな? 誰にも脅かされない様に、肉体的にも、政治力的にも強くなったんだよ」
あー、うん。なんかやばい迫力がしている。
背中に黒い執念の炎が宿って見える。
このお兄さん、なんかやばくない?
「お前誰だよ」
周囲は荒廃している様には見えない。
整えられた芝生。どこかのお屋敷の庭の様に見える。
俺は……なんか石の台座に座っていたんだが、なんでだ?
「リクだよ」
単独で俺を起こせる可能性があるのはそれこそリクくらいだろう。それは間違いない。
儀式みたいな感じで色んな人に魔力を込められても目は覚めるだけの魔力は貯まるだろう。
だが周囲に目の前の男以外の姿が見えない。
どれくらいの魔力で俺が起きられるのか、俺は知らないが少なくとも1等級を超える程度には魔力がないとムリだ。
1等級10人分、そんな0等級認定されたリクの魔力のほとんどを使って出来たんだ。
1等級1人程度では起こせないに決まっている。つまり目の前の男は状況証拠的にリクなのだろう。
だがリク君だとして、リク君はこんな男だっただろうか?
少しヤンデレフラグは立っていたが、基本的に光属性だろう? 彼は。
それに俺の知っているリク君は5歳児だ。
「嘘だ」
あの光属性の彼がなぜこんな顔をしている?
こんな裏側に闇をたくさん抱えた様な顔をしている?
わからない。わからない。
「僕はリクだ。……いや、シロにとって僕がリクであるかはそんなに重要じゃないよね」
……。
あぁ、そうだな。
深層を見ればリク君だって人間サンプルの1つに過ぎない。
そうとしか思えないから俺は壊れていると俺は俺を認識している。
そしてリク君もそれを知っている。俺を内側から見ていたリク君なら。
「シロは不思議な博愛主義者だもんね。全部素晴らしいって思うし、でも全部がどうでもいい」
……。間違ってない。間違ってないがニッコリ笑ってこちらを見ながら言う事じゃない。
こうやって人に言われると異質さを突き付けられる様で嫌だ。
こんな異常なヤツをなんでわざわざ起こしたんだ。
異常だとわかっていてなぜ起こすんだ。
起こすのがやたらと大変だし、手間の割に役に立たないヤツだ。
「こんなヤツ起こす価値ないだろ」
俺だったら間違いなく起こさない。手間も魔力もかかるし、無駄だから。
……まぁ、仕事関係なら猫の手よりかは役に立つとは思うが、その他の面で役に立つ事はないだろう。
いや、土の神様扱いすればその言動で扇動しやすいか? 悪用の仕方はいくらでもありそうだな。
「僕にとって必要なんだ」
クソ。ムダにイケメンフェイスしやがって。
そのムダにいい顔なら君を好いてくれる女子もそれこそ山ほどいた事だろう。今もきっといるな。
それに俺の性別が何なのかわかっている癖にその顔を向けるんじゃない。
「君ならいくらでも必要としてくれる子がいるだろう。俺に向けるな」
こんな偏屈で、ややこしくて、面倒くさいヤツ起こす価値などない。
スーパーボールよりも無軌道に俺自身にも予測できない方向に飛んでいく事が多いんだ。
こんな俺を起こしたところで制御出来るとは思うなかれ。
「君じゃないと嫌なんだ」
意味が分からない。
俺の様な生き物が欲しいというならそれこそいくらでも作れるだろう。
ニーナやネネといった愉快な仲間たちもいるだろう。彼らなら内輪の話も十分に出来るはずだ。
彼らは俺が分裂したモノでもない確固とした人格の持ち主だ。
そうだ、それがリク君のはずだ。
「俺以外の仲間はいくらでもいるはずだ。彼らを大事にしろ」
俺は……きっと疲れた。
人間にならないといけないだとか、よく分からない事を考えすぎて面倒くさくなった。
だからこのまま寝ていたいんだ。きっとそれが世界のためでもある。
「みんなはみんなだよ。シロはシロなんだ。代わりは利かないよ」
俺は根本的にはいいヤツではない。結果的にいいヤツではあっても、根本的には違うんだ。
この独善的なヤツは助ける価値などない。他人に見せる姿は気にすれど、他人を気にしていないんだ。
こういうヤツだから便利に使えても、信用して使っていい類のモノではない。
「お前は何を考えているんだ?」
俺の知っているリク君なら本気で言っているだろう。
裏表もなく純真で、その癖理知的な駄々っ子だから。
感情論はあれど、でも黒い感情はないあの子なら。
「シロがどうしたら僕の手を取ってくれるかかな?」
だが何年後のリクなのか、それすらも判断がつかない。
それ程までに時が過ぎたのだ。それで同じ考えをしているとは思えない。
三つ子の魂百までとは言えだ。根っこが変わってなくても、その思考のルートはいくらでも変わる。
「俺を拾い上げたところで意味はないぞ」
思考がとろい。起きたばかりだからだろうか?
「僕がシロを欲しがっているだけだから、シロは何もしなくていいんだ」
……。怖い。
「ペットになるつもりはない」
実質的な生殺与奪の力を持っているのが性質悪い。
気軽に起こせる程の魔力を持っている人間はリクだけだ。
神様なら起こせるだろうが、神様に俺を起こす理由はない。
リク君がここまで成長するまで起こされなかったのを見るからに間違いない。
「ペットだなんてとんでもない」
特定の誰かにご飯をもらわなければいけないモノなどペットとしか言いようがない。
自分でご飯を調達出来てこそ一個のしっかりした生き物なのだ。
それが出来ない時点で俺は生命として欠陥がある。
「お前に生かされ続けるのならそれはペットで間違いないだろう」
コンセプト通りなら、そこにあるだけで生きていける完全生命だったのに。
戦闘生命として生きれば自活出来るちゃんとした生命なのだろうか?
いや、それは神様に止められたし、俺の趣味でもなかった。
「僕に頼って生きるのが嫌なんだね? 大丈夫だよ、シロなら僕に頼らなくても生きていける」
……。やはり怖いな。
普通に怖い。
狂気しか感じられない。
「何がお前をそこまで駆り立てているんだ? 俺には理解が出来ない」
まぁ、俺が何かを理解したことなどないがな。全て表面的にしか追えていない。
深層的なモノを見ようとしたところで、見えるわけでもない。
憧れは理解から最も遠いとはどこで聞いた言葉か。一個人の見解など偏見の塊でしかない。
「理解なんて必要ないでしょ?」
瞳がイッてやがる……。叩けば直るだろうか? 叩いて喜んだら気持ち悪いな。止めておこう。
5歳だったリク君が大人になるくらいの時間が経っていると考えたらそれこそ色々あったのだろう。
宗教関係とか王家関係とか魔法関係とか……色々フラグだけは立てまくったからなぁ……。
お助けになるかわからないけれど、ニーナやネネ達もいるわけだし、俺と違ってコミュ力はあるだろうから凄い事になる萌芽はあっただろう。
俺が離れる時の感じを思い出すと俺が引き金なのだろうか? このリク君の異常状態は。
どうしたら直る? 俺が直さないとダメなのか? これは?
俺じゃないとリク君の暴走を止められないとか、そんなオチが待ってないか?
俺が直さなきゃダメですか? リク君の事。
このまま放置は気分が悪いし、しょうがないな。やるか。
没案に王子様のキスで起こすとかあったけど、そんな事やらかしたらシロは噛み殺しにかかる気がした。唇とか舌とか食いちぎるし、間違いなくスプラッタと化す……ヤツは絶対やる……。
次に後ろから抱え込まれていたら跳ね除けた後、ガルル……って唸ってるのもすぐに見えた。動物のクマとかならそのまま身を任せて抱えられる気がするけど、人間相手には体を委ねる事間違いなく有り得ない……。
獣には直接的な危害を加えられたりして血が出たりしても何も思わないけれど、人間相手にはやたらと警戒心が高いのほんとシロ……。人間なら年を経たリク君相手でも間違いなくそうなる……余程小さい子ならしょうがないと思って動物の括りにして特に気にしないんだろうけど、20歳くらいになったらもうムリ。
全く野生児(?)が過ぎて普通なるだろう「幼い頃生き別れになった半身が!」とか「半日とはいえ街を一緒に歩いた謎の美少女が忘れられない少年が!」とかみたいなラブコメルートには入れない←
全くとんでもないジャジャ馬娘(?)だぜ……。
そんな融通の利かない、普通じゃない子ですがまあ今後ともよろしくお願い致します。






