1、胎児
暗い。
一定のリズムで刻まれるドクンッという低い音。
まるで心臓の鼓動のごとく。
足を動かすと壁にぶつかりあまり大きく動かせない。
どうやらここは狭い空間のようだ。
俺は……。
鉄骨の下敷きになった。
重傷を負ったけれど生き残ったのだろうか?
視神経か眼球に重い障害でも受けたからこんなにも暗いのだろうか?
つらつらと考えるうちに頭が重くなってしまう。
「ghahklhaaga?」
理解できない音がくぐもっているけれど聞こえる。
穏やかなその調子に俺の頭はさらに重くなる。
眠気をこらえながらその音を覚える。
一定のテンポで聞こえるその音は言語のようにリズムがある。
聞いたことのない言語だ。
この音のアクセントはこの部分と、あの部分。
予測できる文法は少ない。
ただ日本語みたいな文法はやめてくれ。
日本語は主語が先頭と動詞がその次とか決まりがないから、その語句が何を指すのか推測が難しくなる。
単語、単語で指し示しながらであればわかるだろう。
ものを考えるほどに重くなりついに思考が落ちてしまった。
暗い空間と自由に動かせない体だけならば、事故の影響で植物状態になったのだろうと思えた。
だが聞いたことのない言葉の段階で違和感を覚えた。
脳の損傷で言語野がまともに働かなくなった可能性も考えたが、その場合今の思考は何なのか?というところで疑問が出てくる。
また絶えず響く鼓動は心臓の拍動に聞こえる。
有り得ない話だが小説であれば赤ん坊に転生するというのもなくはない話。
聞いたことのない言葉もそう考えれば違う知らない国の言葉だとわかる。
とりあえず赤ん坊に転生しているとでも考えておこう。
英語、ドイツ語、中国語は少しかじったことがあるけれど、その外国語ではないようだ。
ポルトガル語とかフランス語とかロシアの言葉だとか知らない外国語は多い。
ここはどこなのかが本当に判別つかないな……。
聞く音は決まり切っているものばかりでもう全て覚えた。
ただ指し示しているものがわからないと理解できないものが多い。
例えば俺に向かって言っているだろう単語が名前を指しているのか、それとも赤ん坊と言っているのかわからなかった。
俺は、言葉を聞いて考える以外の、体を動かさずにできることがないかを模索した。
自分の体の筋肉を動かし体の感覚を確かめる。
あまり力を入れようとすると壊れてしまいそうだ。
足は結構力を入れる上限が大きい気がする。
ムリをしない範囲内で動かし続ける。
特に首回りを入念に。
首が早く座ってほしいから。
臍帯から流れてくる血液を知覚しようと試みる。
……できるわけがないと思っていたらそれらしき感覚がひろえる。
赤ん坊はここまで神経が発達していただろうか?
過程を考えると末端の神経ほどまだ出来上がっていないはずなのだ。
確か神経の定着は生後6か月くらいまでかかったはず。
まだ神経がそこまで使えない。
だから原始反射などで近くの物をつかもうとしたり、授乳が教わらなくてもできるんだ。
この世界の赤ん坊は早い段階から神経が出来上がっていると思えばいいのだろうか?
それは生物として大丈夫なのか?
まぁ、いい。そういう詳しいことは情報が集まってから考えればいい。
絡まった糸をほぐすには糸の端が見つからないと難しい。
まずは触った糸をたどり糸の端を見つけることが先決だろう。
至急を要しているわけじゃないのだから。
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