195、生きるのが下手
「そうは言われてもな……」
ぶっちゃけ過ぎたかな? 面倒が責任感を上回ってしまったか。
対応方法がわからないというのも大きいかもしれない。
こちらから提示された手段や誘導された手段は何か裏があるかもしれないと選べないだろう。
非常に面倒。俺が働くことをリドお姉さんに頷かせる事は俺の意思だけでは叶わない行為。
リドお姉さんの意思がある以上、俺はそれを強制させる事はできない。
一応だが強迫などは考えていない。出来るだろうが俺はそれをする事を嫌悪している。
強迫や脅迫などは狭い関係かつ短期的には有効かもしれない。
だが長期的には最悪の手なのだ。人間の関係とはそんな狭いモノにならないはずだから。
現代日本みたいにコンビニと職場と自宅を行き来していれば生活出来るなんておかしいんだよ。
「私はただ働きたいだけなの。それ以上は特には必要ないかな? 人間になったら魔力の生産が出来るらしいし、そうしたら私は食事も何もいらないし。現状は外から1等級相当かそれ以上の量の魔力の補給が必要だけど、それを安定供給してもらう事は困難だし」
現代日本は社会が充実しているからそんな風に個人が個人していても生きられた。
もしかしたらこちらの世界も社会が発展している以上、個人主義が強まっているかもしれない。
だが社会に出れば基本的に色々な人に出会い関係していく。
脅迫といった行為はその関係全てにまとめてケンカを吹っ掛ける行為に近い。
1人が3人に、3人が9人に、互いの結びつきが強い程ケンカを売る相手が多くなる。
この体ならちょっとした人数なら薙ぎ払えるかもしれないが、それをわざわざする必要はないだろう。
それに俺は自分を頂点とした王国を築きたいわけじゃない。
ただ自由にそこらの一般人みたいな生き方をしたいんだ。
そこには暴力なんて要らない。力は問答無用の暴力に対抗する時以外にしか使う意味がない。
「1等級相当って4等級のあたしが1000人必要だよな……」
1階級の差が10倍だっけ。馬鹿げた量だなぁ。
どんだけだよ。5等級を1としたら4等級は10、1等級は1万ってか。
作る時の魔力が多すぎだよな。その分高性能だけど。
どんなに高性能でも使い手がお粗末じゃこの通り何の役にも立たないか。
結局、俺の考え方は色々と間違えているのだろう。
思考の仕方がずれすぎなんだ。普通の思考の仕方がわからないが。
普通の思考がわからないから俺は人間として振舞えない。
はぐれ狼みたいにどこにも居着く事が出来ない。
化け物は化け物らしく生きられたら楽なのに、それも出来なかったな。
「私は生きたいだけ。それ以上は……まぁ、普通に生きられるならそれ以上は望んでないし、ほんと何もないよ。リドお姉さんの事は見た以上の事わからないし、必要としているモノも、現状私という日常を壊す異物をどうにかしたいとかそんな感情しか見えないし。私はただ生きたいだけだけど、むりなのかな」
あぁ、黒が出てる。情に訴えかけて言っている事の否定をさせたいヤツ。
本心でもある分演技の欠片もないのがクソ。人をいいように操りたいクソだわ。
嘆きにしてはまだ余裕がある。口先で言葉を弄んでいやがる。
散々っぱら黒い事を考えていたから、俯きながらちょっと泣き目なのもクソ。
闇の深い顔をして、諦めに近い表情を浮かべているのもクソ。
この私とやらは俺なのだろうか?
リク君の時も思ったな。人格が分かれているんじゃないか? って。
また都合よくそんな人格がいると思い込んだのか?
多重人格? いや、これは俺自身だ。俺以外の別人じゃない。
「……ごめん」
重すぎるんだよ。俺自身が。軽くなれよ。
他人はマンガの主人公じゃないんだ。容易く人の人生を背負えるヤツがいるか。
そもそもそんなヤツがそこら辺歩いていたら怖いわ。
人は自分の人生だけで手いっぱいだ。
人が他人に割ける容量がどれだけあると思う。
自分の人生すらギリギリなのに、他人の人生を丸々背負えるわけがない。
俺は「雇ってくれないと死ぬかもしれないから雇ってくれ」なんていうおかしな事を言っているんだ。
これが本当にただの子供で、親が見つかるか公的機関が預かってくれるまでのちょっとの時間なら、ほんともう少し気軽だったのだろう。
だが俺は自分が人間になるまでとかいう曖昧な判定基準な上、成れなければ死にます。これどうしろと? 目の前で死ぬのを見届けろと? そりゃ、リドお姉さんも困るわ。
「大丈夫です。私生きるのが下手なんで、こうなると思ってましたから」
ほんとね。ちゃんと上手く行った事って何回あるのかな?
さてどうしようかな。死ぬまでに何がしたい?
綺麗なモノが見たいな。どうせ辺境に行くのは間に合わないし、死は免れないだろう。
タマゴみたいに形が残るのかな? それとも残らない?
あぁ、街を行く人の姿を見るのも面白いかも。
結局俺には届かなかったモノだ。人には人生がある。それぞれが面白い。
昔は本を通してしか見えなかった。今世は自分に手いっぱい過ぎた。何も見えていない。
生きるのが下手。ほんとそうだよな。見て想像して、勝手に察し、人に話を聞かなかった。
答えを知っている人がいるとは思えない、聞けない内容ばかりだったけど。
でも聞かなかったし、勝手に判断してここにたどり着いたのは俺なんだ。
「すみません、出口はどちらになりますか? それとお風呂ありがとうございました。出来るだけ汚さない様に使ったつもりですが、旅の汚れが酷かったので後が大変かもしれません。申し訳ありません。最期に綺麗になれて良かったです」
どこかいい坂とかないかな。街が一望できるところ。
坂の上から日の出や日没を見たり、ゆっくり夜空を眺めたいな。
雨なら雨でいい光景が見られるだろう。
魔力で硬度を保っているなら、魔力が切れたら壊れるかな?
砂の様に砕け散れば後腐れがなくていいな。サラサラと風で崩れてしまえばいい。
死んだと思われず、そこにいたと思われないのが1番都合がいい。事故物件扱いは可哀想だし。
残っちゃったらどうしよう?
いや、残っちゃった場合、壊せない可能性があるし、人間とは思われず、誰かが置いた人形って思われるんじゃないかな?
ジャンク置き場に捨てられてたら面白いな。誰かにこの体を弄られる可能性とかもあるけど、そんなのどうだっていいよな。
「……あー、もやもやする。何サッパリした顔をしているんだよ。どうしてそんないきなり欲がこそげ落ちた顔が出来るのさ。分からないよ」
「終わるモノだからじゃないですか? 普通に生きてみたいって思ってましたが、まぁ、根本的に向いてなかったですし。何の因果か得てしまった今世ですが、それもただの賜りもの。誰かのせいではなく、私自身のせいで今この状況があるわけです。全部私のせいですよ」
「切り替えが早すぎてお姉さんついていけないんだけど、今の一瞬で何があったの?」
欲がこそげ落ちたというより、そうあるべきだと思っていたモノを捨てようと思ったのが近いか。
人間とは? そんな事意識し過ぎて思考がワガママになっていた。
俺は別に人に変えて欲しいとは思っていないんだ。自分が自分で変わるべきなのだから。
俺が望んでいたのは何だったのだろう?
俺が望んでいるモノを全部叶えられたら聖人が出来そうだ。
聖人ってぶっちゃけ人間じゃないよな。理想の人間過ぎて非現実的だ。
そんな人間がいたら綺麗すぎて気味が悪がられるのが関の山だ。
そうならなかったというのは何かしらの力があったか、そういう環境だったか。
少なくとも俺にはないものがあったのだろう。それを見つけられなかったのが今回の敗因か。
「吊っていた紐が切れたみたいなものですよ。それじゃ、ばいばい」
思考がおかしい俺が悪いんだ。
多少高くても俺の体だ。飛び降りたところでケガすらしない。
円筒形の塔だとして、外に出るのはこの弧が長い方についている扉だろう。
ここが地下なら上がればいいだけの話だ。
近くにあった扉を開ければまた扉。その扉を開くと空が見えた。
高く青い空だ。ここについたのはお昼かおやつ時だったのだろうか?
どうなんだろうな。わからない。だが死ぬにはいい日だ。
ベランダの柵を跳び越えて、指で塔の壁をなぞり減速する。
昔の俺は死なないと分かっていても怖がっていただろうな。
そういうヤツだから。人を傷つけたくないけど、自分も傷つきたくない。
ほんと何も傷つけずに生きていくのが1番って理想論だ。
人を傷つけたくないから自傷するタイプの人は話に聞く。
だが1番傷つきたくないのは俺自身だろう。
塔の上、柵から身を乗り出して見ているリドお姉さんを見ろ。
唖然としているじゃないか。きっと色々悔やんだりするだろうな。
そういうの想像すると俺自身が傷つく。あーあ、イヤだ。
せめて心配ないとでも思ってもらえる様に手でも振っておくか。
生きるのがほんと下手。