183、木の神様
名乗りからして目の前のこの男は木の神様だと予想される。
思考は読まれている前提で対峙するべきだろう。
魔力や魔法の関係からその親玉となる神様達が読み取れないのは考えられない。
「立っているのも疲れるだろう。そこの木にでも腰掛けてくれたまえ」
絵本の抽象化された絵を具体化したらこの姿になるだろうというくらいにまんまだ。
身にまとっている雰囲気も絵本で聞いたエピソードと合っている。
木の神様とされる存在はどれ程現行人類と接触しているのだろう。
「いい子だ。君は何か知りたい事とかあるかい?」
知りたい事? 大抵の事は考えたり調べればわかるし、実際に追った方が理解が出来るしな……。
思えば知らない事を聞く習慣なんて持ったことがないな。情報を集積したものなら本などがあるから。
その人なら持っていそうな情報を聞きたいという場合、そのほとんどが自分だと手がかかる実験の結果を聞くくらいじゃないだろうか? 他はなんだかんだ推察が出来るものだ。
誰かに聞く習慣などないから聞いて知りたい事なんて思いつかないぞ。
「大丈夫、君は大丈夫だよ」
憐れみの視線を向けられた!? 慰めなど要らない!
「さて知りたい事も特にないようだね」
さらっと話を戻された……。強いな。
それにしても木の神様は微笑みを絶やさない。目の前の失礼な薄汚れた人でなしに何を思うのだろう。
ホームレスが何を言おうと一般人は何も思わないのと同じで、住んでいる世界が違うモノに何を思われようと気にする事はないのだろう。
見た目などに惹かれてちょっと興味を持ったくらいでしかないのだろうか。
「まぁ、兄弟の写し身といってもそれだけでしかないからね」
やはり息をするように思考を読まれている。油断はできない。
それに神殿といったがここはカメの背中だろう。甲羅の頂上になぜ水が溜まっているのかわからない。
背骨が通っている位置だろう? そこは。背骨に触れない程度に甲羅を抉っているのか? この大きさなら甲羅は10m近くあるだろうし、2、3m抉れたところで生命維持に関わらないのかもしれない。
「君は本当に動物が好きだね、前世の記憶のせいかな?」
だとしたらどうするというのだろう。記憶を奪われたとして無垢な子供になれるとは思えない。
魂を入れ替えたらいける? それをする場合俺の器がなくなってしまう。
この器は俺が作り上げたんだ。器が欲しければ自分で作ってくれ。神様ならできるだろう?
「体を奪われる事は恐れるんだね。君はその体が不満である様に見えたけれど」
確かに不便ではある。食事でエネルギーを代用できる保証もないし、見た目でどこに行っても追われる恐れすらある。
だがこの体は俺のモノだ。この世界で俺が初めて手に入れた宝物だ。この体だけは譲れない。
顔やスタイルはバランスが整っているし、物理的魔法的に強い。そういう意味ではパーフェクトボディ。
「ふぅん。そっか。やっぱ直接聞いてみないとわからないことがあるね」
こういうのは考えるまでもない事だからな。
それで何か用があって出てきたんじゃないのか?
呼ばれたからといって出てくる程暇な存在ではないだろう?
「さてどうだろうねー」
瞳は面白がる色が広がっている。愉快犯だろうか? いや、愉快犯か。
木の神様は絵本では物事の始まりを司る事が多い。土の神様がイベントを体験する主人公としたら木の神様はイベントの黒幕となって遊ぶ遊戯神だ。北欧神話のロキとかと同じだ。
事件だろうとイベントだろうと芽吹かせる神様だ。
「そうだね。でもって君は今回の土の神様だ」
今回の? 今回のというと前回の土の神様が居たように聞こえる。
そもそも写し身と言っていたんだ。本体は別にいるだろう。
今回例として使ったのは俺だ。主人公という意味で言ったのかもしれない。わからない。
「さてね。それじゃ本題行こうか。ここに来られると面倒だから街の方に行ってくれる?」
は? 魔力の補給手段に困る。この体の1番の弊害は魔力消費量だ。
その魔力の確保が出来ないのでは活動停止を待つばかりじゃないか。
そもそも現在地もわからない身としては街に行くこともできない。
「でもここに居られるのは僕が嫌だ」
言い方がずるい。瞳や口調が笑っている。俺を試そうとしているのが分かる。
一方的に内心を読み取られながら適当な言葉を返せと言うのだ。そんな難題できるか。
どういう理由で嫌なのかもわからない。
「君の選択肢は2つ。ここで魂を放逐されるか、大人しく街に向かうか。街に向かうなら方向を教えてあげるよ」
それ以外の選択肢を与えないという意味か。それは。
神様だから魂関連ができてもおかしくないだろう。ゴーレムのニーナですら出来たのだから。
作る事が出来る側ならいじる事も出来る事は十分想像できる。
「そうだね。で、どうする?」
魂は魔力の塊なのか。神様というのは魔力のみで意思を保てる存在なのか。神様には満たないが意思を保てる存在がニーナ達魔力なのだろうか? だが俺を抱え上げた以上実態もあるだろう。
生物の体内にいないという事は活性魔力ではないのだろうか? 神様は自身における活性魔力の割合が高い程出来る事が多くなる?
カメを神殿にするという事は自分のエネルギー源としているという事だろうか? つまり俺はエネルギー源を奪おうとしている存在に当たるわけなのか?
「そうだよ。だから邪魔なんだ。あと君程度じゃ僕を吸収しきる事は出来ないし、その前に君をその器から引きはがせる」
人1人がそんな簡単に神様と呼ばれる存在を殺せるようであったら驚きしかない。
それに殺すにはまだ理由が足りない。ここに後から来たのは俺なんだから。
死ぬ時はみんなあっという間に死ぬのだし、殺しにかかる必要なんてない。
「君ってガチガチに警戒心強いのに、暴力に対しての抵抗感がすごいよね」
ケンカするなら殺す覚悟でだろう。人間は精密機械に等しく簡単に壊れるのだから。
多少なら大丈夫な時もあるが、事故が起きれば簡単に死ぬ。死ななくても障害が残る事がある。
殺す気もないのにケンカなんてするな。ケンカで人が簡単に死なないのは創作の中くらいだ。
「君って前世にケンカで人を殺したことでもあるの?」
ない。だが動物の体を少し知ればどこが何を司っているのかを知る事が出来る。あれは芸術だ。
そうしてみるとどういうのが危険な事なのか。そこを殴ると何が起こりやすいか想像がつく。
互いに臓器を補完し合う人の頑丈さも知ってはいるが、1度断絶すると動かなくなる部分が多い人のもろさも知っている以上、危険は冒したくない。
「君って言う事やる事極端だよねぇ」
言う事というが考えている事だ。考えている事は実際に行動を起こしてみると小さくなりがちだ。
そうありたくはないが、大きな行動は他人がつきものだ。他人を強制することは出来ない。
他人を巻き込む行動は関係各所に話を通してからでないと事を無用に荒立てる。
「辺境なら好き勝手出来るとか思ってたら僕が現れたから計算が狂ったかな?」
そう言われたらそうなるかもしれない。襲われたら反撃とか考えていた。
だがそれは他人の家に勝手に押し入って、住人に攻撃されたから反撃したという居直り強盗の理屈だ。
多少なら百歩譲って目を瞑ったとしても、居直られたら流石に怒るだろう。すまない。
「んー。まぁ、そういう事でいいや」
目の前の男性はカラカラと笑う。真意はそこにないけど、納得するならそれでいいと聞こえる。
この男性は俺で遊んでいるのだろうか? わからない。わからないがそんな気がする。
抱えてここまで運んできたのを見た感じ、俺に触れたところで問題ないというのも分かっている。
もしかして触れた事でけっこう消耗してたとかあるだろうか? だからすぐには追い出せない?
「ん? そんなにすぐ追い出されたいの?」
そういうわけじゃないんだ。あなたの真意が読めないんだ。
現状がどういう状況かを把握したいだけなんだ。
思考を読まれながら接するのは慣れていない。
「君の場合そうした方が話が早そうだったからね」
まるで否定できない。対応を予測したうえでベストな返しをするのが理想だから。
そこに真意があるかと言われたら、ない事の方が多いのは間違いがないだろう。
だからといっていきなり内心を読まれるのはいささか困る。
下手に出る事も出来やしない。
「君は自分を第三者として認識しているから、誰かを敬ったりもしないし見下しもしない。自分自身の話だというのにね。今の体をゲームのアバターとしてしか認識が出来ていないんじゃないかな。だからそんなにも魂が体に馴染んでいない。だから痛覚とかも認識が出来ない」
意味が分からない。
「君の体に魂が馴染めば自身で魔力の生成も出来る様になるよ。君の作った子、ニーナちゃんと同じようにね」
……。魔力の消費量を考えたらそうだよな。満タンで2日しか動けないのに、街を歩いているだけでそんな量を稼げるわけがない。てっきり省エネモードとか使っているのか? とか考えていた。
いや、ちょっと待て。つまりこの体は普通の人体と組成が同じとかそういう事になるのか?
あの巨大なヒレが多すぎる魚に食われても溶ける事もないし、跳躍したら数十m跳べるこの体が?
「そうだよ」






