175、人はトイレで哲学者になる
案内されたトイレは室内の奥まったところにあり、周囲は砂利が敷かれていた。
トイレは謎プラスチックの板に穴が開いていて、その下にツボがあるという携行トイレのようなモノだった。
そりゃさすがに森の中に、魔物がいるだろう森の中に、下水設備を作れないよな……。
トイレの側には砕かれた貝殻などが置いてあり、その隣には魔力を熱に変える道具があった。
目の前で実演されたのは生石灰の作成。生石灰の粉を使用後に振りかけろという事らしい。
生石灰と水分で物が加熱され、消石灰とアンモニア成分が反応する事で消臭する仕組みで間違いないだろうか。
壁の下の方と上の方に隙間があり、湿気が溜まらない様に工夫されていた。
夏とか冬とか寒暖差が激しいとこの作りは出来ないな。ここはそういう気候なのだろうか?
確か地図上で川というか湖があったのは王都から見て東側だった。ここは東側で間違いないだろうか?
東というと木の神様の影響力が強い方で間違いなかっただろうか?
北が水で冬、南が火で夏、東が木で春、西が金で秋? 確かそんな感じだった気がする。
太陽は普通に昇っては沈む。地球みたいな惑星だとしたら、北が寒く南が暑いからここは北半球のはず。どうなっているんだろうか。
トイレの隙間はこの小さな体であっても抜け出す事が出来ない程に狭い。小さい体のメリットがない。
トイレから外に脱出するチャンスはなかったか。
子供が抜けだせる程隙間が広かったら魔物の侵入を危惧しなくちゃいけなくなるからムリだよな。
さてどうしよう。トイレに行きたいとは言ったが、正確にはトイレから外に脱出したいだったんだ。
それ以前に俺にトイレをする機能があるのだろうか? そもそも必要ないと思っているんだが。
ゴーレムはゴーレムでも生体ゴーレムだよな。構成物質の代謝があってもおかしくないか。
人体ってそこら辺すごいよな。必要なモノさえ摂取すれば代謝して、乱世とか栄養が不安定で全体的に寿命が短い時でも50年近く、栄養状態が良くなり長ければ120年近くも動き続けるのだから。
多少足りなくても他の栄養で補ったりするし、ケガなどの事故で負傷した場合ある程度は自分で治せる。
足とか身体的欠損が起きたとしても、バランスの調整を自分でしてくれるし、慣れてくれる。
もちろんそんな精密なモノだ。エラーを起こす時もある。何某かの理由で遺伝子の記述が欠けたとかね。
そもそも完璧に創られているものはどこにも存在しない。完璧といった場合成長を見込めない。
その時、その環境では至適かもしれないが、長期に渡った際エラーを起こすのはごく自然な事だ。
パソコンでもその時のソフトであれば問題なく対応できたとしても時が経てば動かなくなる。
ハッキング対策や動作の軽量化、ユーザーインターフェースの変更などで徐々にアップデートされるオペレーションソフトに合わなければ動かなくなる。
現実の環境であれば周囲の進化する病気や気候の変動などにも影響されていく事だろう。
余計な事を考えている間に下腹部を見たのだけれど……この身体って男でも女でもないんだな。
見た目から女の子かと思っていた。でもよく見たら小さなモノが見える。でも袋が見えない。代わりに割れ目が見える。
ゴーレムである以上生殖関係の仕組みはないと思う。基にした土の神様自体男女どちらか分からなかったけれど、まさかそれが影響で両性具有なのだろうか? いやこの場合は無性?
色んな意味で困る案件だな。
俺ってゴーレムだから成長しないと思っているけれど、これもし成長したらどうなるのだろう?
いや、成長しないから無意味な仮定か。オリジナルの土の神様も成長していないんだ。
ホルモンバランスに気分を左右されないと考えたらいいだろうか?
地球だと男女ともけっこうホルモンで思考が乱れている気がする。
元々そういう事がよく分からない側だったので、気にするモノでもないが。
神様の男女比率を考えた場合、5柱だから、男女等分にしようと思ったら1人がこうなるのは宿命か。
いや、北欧の神様とか思い出すとあれ男女関係ないな。ロキさん、普段男だけどスレイプニルを産む時メスの馬になってたし。ロキさんパネェす。
そう思うと土の神様は子供の象徴として考えたらいいのだろうか?
人間ってサルのネオテニー、性的に完全に成熟した個体でありながら非生殖器官に未成熟な個体、という話を聞くし、そう考えたら土属性つまり子供である事が適正なのだろうか?
ネオテニーがあると元の生物に比べて幼児期が長くなり、脳の成長が進むという噂を聞いたことがあるけれど本当だろうか?
そして聞いた話によると東洋人は特にネオテニーが大きく、だから外見が子供寄りだとかね。
それにしても強烈なネオテニーが起きた事でサルから人類へ進化したから頭部などの1部を除いてあまり濃い体毛が生えないという事で間違いはないのだろうか?
ネオテニーで有名なのはサンショウウオのアホロートル。ピンク色の体にエラからひらひら出ている奴。普通のサンショウウオは黒くてぬめぬめしている。アカハライモリに似ている。
そういえば前に考察したゴブリン、あれがもしネオテニーであった場合、教育を施せば非常に賢くなるのではないだろうか?
思えば異世界なのに、何故似たような進化の過程を辿ったと思うのだろう?
環境はこの通り不思議極まりないモノだ。だというのに俺が出会った人は髪色や瞳の色を除いて地球のそれとほとんど同じだ。
いっそこの世界は元々地球であり、時間軸をずらし、神と名乗る何かによって改変された世界だとか考えた方が自然かもしれない。
そもそも神様とは何なのか。ゴーレムのモデルは絵本の土の神様だが、ゴーレムの作成の仕組み、見た物や想像したものを組み立てるでは到底情報が足りていないはずだ。
魔力が保持しているデータを利用し、こういうの作りたいのだけどと素人がイメージ図を送って作業員の魔力がコイツだな? 承った! としているのでは?
俺の体はこの半陰陽というか、無性体というか、そんなよくわからないモノなのも、土の神様の体が本当にそういう仕組みになっているからと考えられる。
思考が散らばっている。とりあえずこの生石灰を振りまこう。トイレからは外に出られない。
お風呂はどうだろうか? 川を流れていたから汚れているといえば入れる予感がする。
だがここにお風呂はあるのだろうか? ぶっかける水を魔法で出せばいけるのだろうか?
お風呂、しかしその排水はどうする? どこに流す? 近場だとそこにいるというのをマーキングするような物だろう。
そういう事に気を使っているからトイレもこういう形式なのでは?
いや、排水設備を維持できないからか? トイレはモノもあるから仕方ないけれど、シャワーは水を蒸発させればいけるのか?
トイレの脇にあるこの紙を濡らして拭けって言っていたけれど、この紙はすごいゴワゴワして硬い。
これでお尻とかを拭いて痛くないのだろうか? というか魔力を放出すれば火も水も出せるって便利だな。
この世界、進んでいるのか遅れているのかよく分からない。
魔力。こいつが本当に何者なのかがわからない。
どこかのファンタジーみたいにナノマシンだ! とかするのだろうか?
そんな簡単に突き止められるものなら話が早いだろうな。
ナノマシンを世界に充満させて魔法がある世界を作りたいとか未来人が考えていたとか?
未来はロボットによって仕事がなくなり、余暇を過ごすだけの世界になったとか?
ゲームの中で人の温もりのある生活を送ろうという人は前世でもいたし、それが進行して全人類がその世界に? どこのSFだ。
「あ、お帰り。手洗いはそっちだよ」