169、キャッチ
原生生物の陰にいた事で声の元の男性の姿は俺からは見えない。
だが声からして仲間が近くに居そうだ。川底を這って進めば男たちにバレる事なく陸に上がれるだろうか。
呼吸不要というのがすごい便利。
「なんだ……この化け物は……」
思わず呟かれただろう男性の声が死骸を貪る鳥たちの甲高い声やこぽこぽと澱み流れを繰り返す水音の合間に聞こえた。
男性の声が低く、他の音と周波数が違うからだろうか。他の音に合成される事なく鮮明に届いた。
年齢は20歳くらいだろうか? 若そうだ。どういう立ち位置の人だろうか? 漁師?
川下に向かえば平地を行く以上流速は下がり川底は浅くなるのだろうか?
各地点から水があつまり水量が増えれば、流量が上がればそれだけ川底は深くなるか。
流速が下がれば川上から運搬された土砂が堆積して川底は浅く平らになる?
川の弧の内側は外側に比べて流速が低く、土砂が堆積しやすいので浅くなるはずだ。
そして曲がりくねっていない場合、流量が多い中央程深くなる。
パッと見ではどちらが弧の内側かわからないけれど、岸の方に向かって泳げばいつかは足がつくだろう。
大分下流に行けば誰にも見られる事なく岸に上がれるはずだ。
「兄さん! どうしよう!」
対応はある程度決まっているだろうな。
こんな大きなのが腐ったら魚が取れなくなるだろうし環境破壊になる。
そうなる前にだいたいはなくなると思うが気温的に微妙なラインだと思う。
クジラとかが浜辺に流れ着いた時と同じだろうな。
あれ? そういえばそういう大型動物が死んで腐った時中にガスが溜まって大爆発を起こすとか聞いたような。
まだ死にたてだから爆発の危険性は低いとはいえ、今後起こりうるのか。
「落ち着け。まずは……周囲に魚は浮かんでいないな。体液が毒の可能性は少ないだろう」
クジラの爆発といえばお腹に刃物を入れたら内臓が噴出するタイプの火気を供わないモノがほとんどだったか。
どこかの外国で「ダイナマイトで爆発させて細かくしたら鳥とかも食べやすいだろう」と言って爆発させたら、既に体内で腐敗が始まっており、体内で発生したメタンガスなどに引火して予想されていた範囲を超えた大規模の爆発が起きたみたいなタイプもある。
その場合の爆発で出た被害は20mくらい離れたところにあった車が飛んできた肉片でぺしゃんこになる程だ。
ちなみに解体をしようと試みない場合、自己消化で体内がドロドロに溶けて爆発はしないらしい。
あ、爆発の大半は腹部、内臓の腐敗でメタンガスなどが体内に、腹膜内に溜まった事が原因だ。
そして俺がお腹を食い破って出た以上、体内で発生したメタンガスは俺が出た穴から抜け出て爆発しない可能性が高い?
何らかの形でふさがれてしまったら溜まるから確実に爆発しないとは言えないが。
「でもこんなデカブツが死んでたら……」
声が近い気がする。そもそもどこから声が聞こえているんだろうか?
今、俺水中にいるんだぞ? 20mクラスの原生生物が漂着できるだけの深さがある水中だ。
岸から割かし離れた場所にいたはずだ。
弧の外側で水深が浅いところで引っかかったのか?
岸が俺が思ったよりも近い位置で原生生物は死んでいるのか?
だとしたらどうしようか? どうしようもないな。さっさとここから離れよう。
「今はしょうがない。後で上に報告して対応を仰ごう。見た事がない生き物だし、研究資料だとか言い始めるかもしれないし、下手に触って怒られるのは面倒だろう。とりあえず網だけ張ってこれ以上魚や鳥に食われるのを防ごう」
網を張るのか。巻き込まれない様に離れるか。
どの程度の網目だろうか? けっこう細かい網だろうか。
大きな魚が入れなければ問題ない? 鳥の方が問題か?
中に魚がいたら保護する意味がなくなるだろうな。
だとしたら原生生物の周囲から網を張っていくのだろうか?
いや、そもそもだ。この川、俺のような大物にすら平気で噛みつく魚多いし、人間にとってこの川は危険かもしれない。
「兄さん、僕魔力足りるかな?」
あー。この世界には魔法があるか。
魔法を使えば道具とかもそこまで必要じゃないだろうし。
魔法万能過ぎて思考が停止して嫌いだな。
いや、正確には出来る事が多すぎてめんどくさいだな。
魔力量や属性によって出来ない事はあるし、数値で計算できるメモリを持っていない。
見てすぐに何ができるという判断もできないのがだめだ。
「足りなかったら休み休みやればいいさ」
この2人は兄弟なんだろうな。
声からして年の差5歳以上あるだろうな。
歳の差ある兄弟って面白いな。
前世の感覚だと2、3歳差とか、年子とかの兄弟が多く感じる。
もしかしたら兄さんと言いながら実は叔父とか、従兄というパターンかもしれない。
おじさんと言われるともやっと来る年齢だろうしな。
「そんじゃ始めようか。俺が川下からやるから、川上からお願いしてもいいか?」
いいお兄さんだな。もし弟が流れてしまったとしても弟が川上なら川下で受け止める事が出来るだろう。
頼み方もあくまでも頼んでいるんであって、上から威圧しているわけじゃない。
ぶっきらぼうな口調だが優しさがある。
歳が近すぎないから虚勢を張ったり、マウントを取る必要を感じないのも大きいのだろうか。
兄さんにとって弟が尊敬している人の子供だったりするかもしれない。
慕われてるのも合わさり、いいお兄さんになっている……なんてことはないだろうか?
「はいっ!」
ととっと。ボケっとしている時間はない。
さっさと川を下るぞ。川にいるの見られたら化け物扱いだ。
それにそういえば魚くわえたままだった。河童かな。
川の水は血と泥で濁っている。
水の中からじゃ先はあまり見えない。
早いところ陸に上がらないと状況把握が難しいんだ。
万が一にも見つからないように川底を歩こう。
早く自由になりたい。情報量的に現状恵まれていない。
陸に上がればこの無敵の体だ。色々安全管理気にせず調べられるだろう。
洞窟とか雨が凌げる場所に行きたいな。
住居環境はある程度どうでもいいが、衣服だけは清潔でいたい。
原始人的な格好をしているのはできるだけ避けるべきだ。
もし人に見つかった時原始人的な格好は色々疑問を生む。
文明的な衣服を着ていればある程度汚れていても変わった人だなくらいにしか思われないはず。
この差はとても大きい。第一印象はとても大きいのだから。
あれ? これなんだ? なんか網っぽいような……。
いや、これ網だ! なんかくっつく! 手から離れないんだけど!
ちょっと待って! ウェイト! ウェイト!
「……。に、に、兄さーん! お、お、女の子が! 網に女の子が!」
べちょべちょ。ぬるぬる。べとべと。血みどろ。さらさら。最後は網で捕獲か。
俺がいったい何をしたっていうんだ。俺は自由に生きたいだけなんだ。生きさせてくれよ。
長男、三男が原生生物を捕獲している間に次男が行動していたみたいな感じなのか。血のつながらない叔父甥の関係だったらすごい楽だったのに。






