163、魔力を吸収する
ラスちゃんの手の内にあるスマホ。
黒いカバーが着けられてラスちゃんの小さな手には少しモノが大きい。
電気で動いているのだろうか? 魔力で動いているのだろうか? わからない。
その中身を推測するのは楽しいが、今より深く知る事の優先順位はモンスターの方が高いだろう。
観察は推測のための情報収集に重要だから。今見て知らなければ予測も何もできやしない。
何を見る? 体表とかか? 体の大きさから推測できる事はもういい。
紫色? 暗闇の中では見えにくい色だな。
モンスターはどういう過程で生まれたモノなのだろうか?
進化の過程でこういう色になったのだろうか?
「シロちゃん?」
サイズを基準に考えると必要な食物の量がすごい事になりそうだ。いや、案外少ないかもしれない。
体重数トンもあるゾウは1日に数百キロのご飯を摂るという。10分の1程度だ。
ちなみにネズミの場合体重の4分の1の量を1日で食べる。
体が大きくなる程、体重と比較した維持に必要な食事の量が少なくなるのだ。
恒温動物、体温を一定に保つ動物の場合はよりそれが顕著に表れるだろう。
体が大きくなれば消化出来るモノが増えるだろうし、より細かく消化する事が出来るだろう。
腸内細菌とかも活用すればどれだけのエネルギーを得られるか。
ただまぁ、カニは変温動物だ。ヘビとかと同じく触れば冷たく、周囲の気温などに体温が左右される。
変温動物は自分の体温を維持する必要がないから摂取カロリー量なども少なくても問題がない。
ヘビの場合は1月に1回食事を摂れば問題ないとかなんとか聞いた事がある。
「ねぇー。シロちゃん-。行くよー」
あのカニはどうなんだろうか? 少し食べたら満足するタイプだろうか?
そもそもモンスターはご飯を必要とするのだろうか?
あのモンスターはそもそも何故地上に現れたのだろうか?
体表は洗われたかのようにゴミなどもついていない。
白いフジツボの子供みたいなのがたくさんついていてもおかしくないというのに。
まるですぐそこで、この姿のまま生まれたのようなきれいさだ。
もしそうだとしたら面白い。
まるで俺が作ったゴーレムみたいじゃないか。
だとしたら俺もモンスターと言って過言ではないかもしれない。
ゴーレムは魔力を使い周辺のモノを加工して、生物体を模倣させて中に魔力の器を作り出来た存在なのだ。
もしモンスターも魔力を基に周辺のモノを加工して出来た、生殖活動を経ない存在だとしたらそれはそれで面白い。
魔力を基にしている以上、モンスターに人格がある可能性だって十分あるだろう。
それとも初期のゴーレム、球ゴーレムみたいに人格を持てないかもしれない。
いや、球ゴーレムが話せない理由は発声器官がなかったからかもしれない。
わからないな。だがモンスターが言語を持つ可能性はゼロではないだろう。
あのカニのモンスターはもしかしたら湿った表層部分から魔力を吸収したりとかしないだろうか?
物理でない魔法を撃ったら吸収とかするかもしれない。
俺が髪で出来るのだから出来てもおかしくない。
「なんであのモンスターあそこでジッとしているんだろ? シロちゃん何かしてる?」
こちらに向かって来ない事がおかしいみたいな言い方だ。
魔力を感知してくる生態なら魔力を吸収する俺がここにいる事で知覚出来なくなっているのだろう。
カニの視覚なんて大したモノではないだろうし、そう考えて問題ないはずだ。
モンスターが人を襲う生態だとしたら何故襲うのだろうか?
人を襲えば魔力を放出し自身のエネルギー源となるからだろうか?
だとしたら知性はないのだろうか? 対話能力がないのだろうか?
人に襲われたから逆襲しているとかはないだろうか?
普段生活する分には別段人を襲う必要がないとかそんな可能性はないだろうか?
モンスターが人に襲われる理由は素材が欲しいとか、転生者がモンスターは狩るモノだと刷り込んだとか、考えようと思えばいくらでも出来るな。
ゴーレムに近いなら生態として生殖行為を必要としない可能性が高いだろう。
その場合、余計なエネルギーを蓄える必要がないはずだ。
それどころか生まれては朽ちる生態にすらなりそうだ。
「シロちゃん。黙ってちゃ分からないんだけど何かしてる?」
俺は見ているだけだな。能動的には何もしていない。
もし魔力を吸収する事でモンスターに、カニのモンスターに気づかれなくなるとしたら。
その場合は受動的ではあるがしているな。
俺のコミュ力の無さが全て悪い。
笑顔で尋ねているけれどそろそろ怒られてもおかしくないだろう。
何を答えればいいかわからないんだけど。
外部へのインターフェイスになっていたリク君がいないとマジで俺ってダメだな。
「私は何もしていないよ」
俺の手を握っているラスちゃんの手は徐々に力がこもっていっている。
本格的に怒られそうだな。しかしそうとしか言えないのだ。怒られても困る。
ラスちゃんって表面的には大人しそうだけれど、内側に獅子でも飼っていそうだ。
カニは静かにその足を地面に降ろしていった。
見た目はガシャコガシャコと大きな音を立てそうだが、殻が擦れる音すらさせることなく動いていた。
カニの向かう先を見れば近くの家から人が出ようとしているところだった。
何がきっかけで感知したのかわからない。
魔力の波動だとしたらその感度はとても高いだろう。
そもそも魔力はそんなに早くカニのところに届くモノなのだろうか?
「シロちゃん、ほんとの事教えて?」
カニの動きが次第に速くなっている。
家から出てきた人はまだカニに気づいてない様だ。
カニは人を襲うつもりだろうか? 可能性が高い。
もし俺の体が優れているとして。
カニが人を襲うまでに走って到着できるなら。
その勢いのままカニに突撃すれば突飛ばせないだろうか?
まぁ、予想よりも遅かったとしたら途中で止まるという事で。
「シロちゃんっ!」
魔力をつま先に。1歩の飛距離を大きく。出来るだけ低く。足が回るのはどれくらい?
足元。目の前。サンダルが壊れそう。
でも意外と壊れない。
どうやってぶつかろう? 肩から?
あぁ、もういいや。
最後の1歩。上に向かえ。
この体はこんな事しても壊れやしない。ぐしゃりと音がした。
擦り傷だって出来ない。ずずっと引き摺られる音がした。
だってこの体はゴーレムだから。体は何かで濡れていた。
最強のゴーレムだから。体はまるで痛みがなかった。
ゴーレムって物理で最強でしょ? だって俺は傷がついていない。
「シロちゃん!」
焦った声が聞こえる。ラスちゃんの声だ。
目の前にはカニが倒れている。甲羅にひびが入りひっくり返っていた。
足はまだ動いている。痙攣する様にぐらぐらさせていた。
カニがこの程度で死ぬわけがない。長期的に見れば死ぬかもしれない。
衝撃でひっくり返っているだけに違いない。
人は頭を殴られただけで簡単に死ぬというのに。
まぁいいや。もういいや。これで人間ごっこはお終い。
俺って人間が好きなのかな? 顔も見てない見ず知らずの人を助けようとしたし。
いやまぁ、手遅れになるなら諦めようとか思っていたしそんなでもないか。
自己保身も加味してやっていたんだからきっと冷たいだろう。
ちょうどいい実験くらいの感覚だったんじゃないか?
冷たいな。このままだとカニが起きるだろう。とどめをささないといけないな。
モンスターって魔力をエネルギー源にしているのかな? 吸い取れないだろうか?
戦闘って体を動かすのに頭を使うから思考が回らないな。
戦闘をしながら思考を回そうと思ったら並行かつ高速になるだろう。
今の速度じゃ日常動作しか出来ないし、そこまで物事を並行出来てない。
あぁ、体がカニ臭い。
興奮し過ぎて嗅覚を使わない感覚と切り捨てたのか。
モンスターのカニもカニの臭いがするんだな。
どこまでカニを再現しているのだろう?
「……シロちゃん……?」
カニの中を検めてみれば何か面白いモノが見つかるかもしれない。
地球でのカニの中身をちゃんと覚えているわけじゃないからどれがあったらおかしい臓器か分からない可能性が高いな。
まぁ、だとしても臓器の意味を考えたら外観から何かわかるかもしれないか。
エラとか浮袋とかはさすがにわかるだろう。いやでも深海のカニだよな?
浮袋とかあるのか? 人体とは臓器の形状はけっこう変わるだろうし、そういう意味でもちょっとつらいか?
あと巨大化をした場合小さい時はおざなりでよかった心臓などの部分がしっかり作られている可能性もあるだろう。むしろそうしないと血流を回すのが大変困難だ。
見ても分からない可能性は高いが、生きている今のうちに観察すればいろいろ分かるかもしれない。
俺はそう思いカニの甲羅のヒビに手を突っ込んだ。
俺は酸素を吸入した時のように一気に頭がスッと冴える感覚を覚え、カニはゆるく動かしていた足を次第に停めた。






