160、ラスちゃん
「キル君、その子誰? 彼女?」
金髪銀眼。金属性の1等級の形質だ。
親子関係を見ても髪や瞳の色に因果関係が感じられない。
何に影響されて髪や瞳の色は決まるのだろう?
この世界、遺伝子がちゃんと遺伝子しているのかすごく不審だ。
髪や瞳の色は魔力に左右されたりするのだろうか?
1等級がそうなのだから他でもその可能性が高い。
その色合いで魔力の質なども分かったりしたら面白いな。
いや、それで差別とかいじめとか起きたら面倒だな。
人は肌が白か黒かだけで戦争が出来るんだから。
「わからない。彼女じゃない。ただこの子の顔を見てどう思う?」
もしその辺を考えて調整されているとしたら色々な意味で怖いな。
人類の敵と守るモノを設定しているのも計画だろうか?
全てが調整された結果だとしたら面白くもあり、怖くもありだ。
人を上手くコントロールする方法は宗教と金だとは誰の言葉だったか。
最大派閥が土属性。魔力的な優劣では最下位だろうが、人類の神様という立ち位置を得ている不思議。
調整が入ったとしか思えない。どこの属性もある属性に頭が上がらない仕組みになっている。
調整がされ過ぎている気がする。そういえば他の宗教はあるのだろうか?
実際に神様がいるらしい属性教が最大手なのは間違いないだろう。
だが大手には従えない。何かしらの理由で離反した人。こういう人が主体になって邪教を作ってもおかしくない。
「可愛い子ねぇー。ねぇねぇ、名前は何ていうの?」
ラスという少女は俺の顔を覗き込んで微笑んだ。
いたずらっぽく人懐っこい顔をしている。遊び上手の気配がする。
お姉さんの顔をしている。リードが上手そうだ。
何を考えているのだろう。俺は前世と同じくらいの女の人が好きだ。
いや、待て。なんか見た目お姉さんしている人がうっかりしていて、小さい子の方がしっかりしていないか?
大人のお姉さん、もっとしっかりしてくれ……。
さて今回の選択肢は「シロ」「リク」そしてデタラメな名前を言うである。
リクの名前を言えば後々引っ掛かる可能性がある。だが言わなくても引っ掛かる可能性がある。
前世の名前を使うのは論外。まぁ、別に名前なんてその場しのぎで別にいいんだ。
犬にカラスと名前を付けたところで、犬がカラスに変わるわけじゃないんだから。
「シロだよ」
この名前はリク君がくれたものだが、それ以上でも以下でもない。
名前は祝いであり、呪いでもあるとは誰が言ったか忘れた。
言葉に縛られ生きるのは人の性。
人に呼ばれる度にその戒めは強くなる。
意味を認識する程に、好意的に思えば祝いに、否定的に捉えれば呪いになる。
俺はあまり人に名前を呼ばれた覚えがないからか、そういった呪いに囚われていないだろう。
人は名前を呼ばれる程、名前に繋ぎ止められるのだろうか?
名前を呼ばれない程、獣になっていくのだろうか?
俺は名前を呼ばれていないから獣なのだろうか?
「シロちゃんね! 私はラスだよ! よろすく!」
一瞬にして間を詰められた。ハグされた。此奴……出来るっ!
変わったアクセントや弾んだ声で敵対心を和らげ、パーソナルスペースに踏み込む事で親密感などを混乱させる。
心理的動揺を引き起こし、潜在的な敵対心を持っているモノをスタンさせる技だな!
あ、髪の毛いい匂い。……おい。髪の臭いなんて嗅ぐんじゃない。
この体の嗅覚がしっかり働いているのはいいとして、こうやってハグされているとどうしたらいいのかわからなくなる。
ハグし返せばいいのだろうか?
この世界に香料入りのシャンプーやトリートメントがきっとあるというのは今どうでもいい。
あまり気構えをせずに受けてしまったから思考がまとまりきらない。
きっと顔がとても面白い感じに固まっている事だろう。
どうでもいい事はどうしてこんなにすぐに思考が回るのだろう?
「シロちゃんはどこから来たの? あっち?」
そういえばくねくねした道を来たから方角がわからない。
曇りで太陽の向きも確認出来なかった。太陽の方向で方角を確認するのはそもそも不得意だが。
いやそもそもスマホでマップを見て道を行く俺に方向感覚がない。
道なりに行けばきっと元来た道に戻れるだろう。多分。きっと。めいびー。
歩かないと道を覚えられないこの頭をどうにかしなければならない。
頭の中で距離感とか方角で地図を作れないと今みたいな時に困る。
あー、やっぱりポンコツだな。
「もしかして迷子? 道とか分からない感じ?」
結果的にそうと言えるだろう。
元来た道に戻れるかも大分怪しく思えてきた。
距離とか地図を頭に作れれば不思議なスペースとかを探検とか出来そうだよな。
やはり空間認識能力とか、地図製作能力とか鍛えないとだめだろうな。
太陽の南中高度やその時間を計測すれば惑星の大きさやそういった物を求める事が出来るのだ。
小さな事でも計測を積み重ねれば条件の摺り合わせで大きなモノが求められる。
知覚を疎かにして何が見えるというのか。
外に行こうとして思考が内側に向き過ぎている。
まずはインプットを増やさないといけない。
けれど当たり前と思い始めたらそれは思考の停止だ。
「キル君、誘拐でもしてきた?」
誘拐。誘って拐かす。誘い強引に連れ去る。
今回の案件は条件的に適合しているな。
つまりこれは誘拐というわけか。通算3度目か。され過ぎだ。
「おいっ! なんでコクコクとうなずいているんだ!」
キル君がその緑の瞳を三角にしながら俺を睨みつけていた。
いや、この感じだと今俺の肩に頭を乗せながらニヒヒと笑っているラスさんに向けてか。
苦々しさがよくわかる顔である。
「はいはい。怒鳴っちゃダメでしょ? シロちゃん怒っているお兄さん恐いもんねー」
頬を擦り付けられながら同意を求められ(その方が面白そうだから)頷く。
キル君が「ひどいっ!」って言いながら近くのソファーに倒れこんだ。
関西人ならもっと派手にアクションを取るだろうな。期待が重かったか。
「あのー。私散歩中だったんですが、散歩に戻ってもいいですか?」
この1言のために思考で6行分の労力をかけたと思うとやばい。
コミュニケーション能力が低すぎる。
どれだけコミュニケーションに適性がないんだ。
「あ! ねぇ、その散歩私もついていっていいかな?」
ラスちゃんのそのコミュ力の高さを少し俺に分けて欲しい。
断ってもいいのだけれど、なんて断るかが思いつかない。
俺は歩いて確認するだけだから、特に言葉が出ないのだけど大丈夫だろうか?
頭の中でいくら考えても、実際口から出る言葉はほとんどない。
頭の中で思い浮かべる言葉は全て自分に向けたモノだ。
自分に向けた言葉だから何の虚飾も必要なく、自儘にいられる。
他人に向ける言葉は相手に合わせて調整しないと向けた言葉を誤解される。
「んー。困っちゃう?」
困る。
適当な言葉が出せないから困る。
けれどこれを超えない事には俺は変わらないだろう。
「いいよ?」
なぜ末尾に ? がついたし。コミュニケーション能力が低すぎるわ。
とにかくだ。俺に人が興味を持っているうちに会話の経験を積まないと終わる。
適当な言葉使いを覚えないと未来で困る。
俺の正体というか、面倒な誤解を持っていない人と話が出来るのは大変貴重だろう。
リク君はリク君で面倒な感じになっちゃっているし、カナさんがワンチャンあったけれど、結局そこまで話せはしなかった。
コミュニケーションの機会が微妙過ぎる。
もっとしがらみの少ない話相手が欲しい。
ゴーレム達が比較的そんな感じだったけれど、俺の内面を知った上での対応なのだ。
そんなイレギュラーは普通に歩いていて出会えるか。
「わーい」
ラスちゃんは俺の肩をぎゅっと抱きしめた。