155、外出するためには
手足を動かしてみても違和感は覚えない。
違和感を覚えないレベルでこの体に同調出来たという事だろうか?
なんだかんだ1日慣らし時間があったからかもしれない。いや、おかしいな?
腕をなくせば腕があった時の感覚に動揺させられる。
在った時の記憶が、体に痛みを覚えさせる。幻肢痛だ。
それがないというのがおかしい。幻肢痛は脳に影響されるのだろうか?
「シロ……やっぱり話してくれない……」
ニーナの助力があったからだろうか?
意識をこの体に至適状態に整えたのかもしれない。
他に何を仕込まれているのだろう? わからない。
魔力を動かす感覚は人間体と変わらないようだ。
これをどうすれば身体能力を上げる方向に持っていけるだろうか?
やろうとしているのは体内で魔法を使うようなものかもしれない。
「シロ……」
わからない。やらなければわからない。
自分が何が出来て、外に何があるのか、今の自分は何をすべきなのか。
俺は何を求めるべきだろうか?
鏡の前に立てば表情の抜け落ちた小さな女の子の姿。怪しい。
子供らしくない顔だ。どんな境遇に陥ればこういう顔をした子供になるのだろう?
笑顔を張り付けて人間の偽装をしよう。
笑顔ってどういうものだっただろう?
口角を上げて……。……。これでは次回死ぬ人の顎芸だ。
人を笑わせるためにはいいかもしれないが、偽装にはならないな。
ゆるく微笑む感じに頬を緩めて、筋肉を弛緩させれば……まだましだな。
まだ怪しいが、それでも無表情よりかはマシだろう。
リク君がインストールされてないとこうなるのが必定か。
服装は白のセパレートタイプのワンピースだ。
窓の外を見ても人を見かけないから、この服装が外に出てもおかしくないか判断がつかない。
人混みに溶け込める服装がいいのだけれど、今は高望みか。
小説によくある冒険者ギルドみたいなところはありそうだが、それで金銭面は解決できるだろうか?
登録が簡単だといいな。ゴーレムは登録できませんとかなったらお終いだ。
そもそもお金がないと登録も出来ませんとなったら門前払いか。
「シロ……お話してほしいよ……」
この世界、戸籍の仕組みがない方がおかしいだろう。
俺の戸籍がどうなっているかがわからないが、戸籍と照らし合わせて登録とかだと色々と俺は引っかかる場所が多い。
どうやってお金を稼げばいいだろう? 物の売買も司法が整った場所であれば売り手の身元をはっきりさせるだろうし難しいな。
道端で行商でもしてみるか? 盗賊に襲われている行商とか探して武力の押し売り?
都市の外に出れば非合法な金稼ぎの手段もあるだろう。
まずはこの体がどの程度の能力があるのか知らないといけないか。
「……ずるい」
ドアはあそこだがカナさんが傍にいるので通りにくい。
いや、別に気にする必要はそんなにないか。
自然に外に出て行けばいい。何も問題はない。
踵を地面につけない歩き方は膝と踵をクッションにするので、普通よりも音が出ない。
それでいて踵を地面すれすれにすれば普通に歩いているように見える。
若干身長が高くなるし、見かけ年齢を少し上に見てもらえるかもしれない。
「神子様、神様とケンカしちゃいましたか?」
外に出たらどこに行こう?
とりあえず歩いて周辺地理を頭に入れるべきか?
人混みに紛れられれば充電も出来るし、追手が来ても安全に撒けるだろう。
市場を目指して歩いていけばいいか。
……さて突然ですが問題です。俺が今困っている事は何か?
佐藤君、教卓の陰で読書しない。仁科さん、剛田君の背中に隠れて読書しない。剛田君は堂々と読書しない! 鎌田君、読む本がなくなったからってふて寝しない!
はい、そこまで正解は靴がない事。
流石に靴を履いていない子供が歩いていたら通報されるだろう。いや、通報されるのだろうか? 通報されそうだな。
スラムとかもしあるとしたら裸足の子供がいても不思議じゃないが、スラムが出来るのは大抵都市の外のはずだ。
王都の中心で、しかも比較的裕福で治安がいいと目される場所にそんな不審者がいたら驚きだ。
「ケンカじゃないもん」
屋根の上を走ればいいだろうか?
脚力の確認も出来ていないのに、そんな事をしたら屋根に穴が開くか途中で落ちるかしてしまいそうだ。
足も汚れるのは間違いない。
ニーナの上に跨って山犬の姫みたくしたら?
ニーナはリク君の仲間で、俺の仲間とは違うだろう。
そもそもそんな事したら目立つことは避けられない。
「神様は神様なので色々考える事があるのでしょう」
くっ……、1人で探索するには色々足りない物が多すぎるな。
ユエさんに頼んだらたぶん叶うだろうが、頼りすぎるのは危険だと思う。
今でさえこの見た目になってから目の色がおかしいのだ。
リク君の中に居た時であれば指導する立ち位置のお姉さんだった。
だが今じゃ平伏しかねない有り様なんだ。
命令したら何でもやりかねない。危険だ。
「シロはシロだよ……」
俺はただ平和に自分の実力を発揮できる場所が欲しいだけだ。
自分がどこまで行けるのかを知りたいだけなんだ。
崇拝もとい過保護状態なんてヤバい気配しかない。
ああいうのは俺が神様じゃないと気づいた時、狂気に駆られて壊しにきそうなんだ。
多分厳密に言えばリク君も英雄や神子じゃない。
器の拡張が上手くいっただけのただの人なのだ。
「神様でなければあの理知的な表情はなんでしょう? あの知性に満ち溢れた瞳が一介の凡俗のモノだと? 神様は神様なんですよ」
知性? 痴性の間違いだろう?
で、どうする? 頼るのは危険だと思うが最短ルートだろう。
服と靴をもらい外を歩くだけの事だ。外を見ればこの世界の事ももっと分かるだろう。
物価とか人の雰囲気の傾向、自然環境何から何まで見なければ分からない。
自然を見れば、その法則を知れば、応用して転用できる。
まぁ、考えてその通りに全てなるのであれば苦労がないが。
何にしろ見ない事には事実を知ることができない。
動かなければこの体で何が出来るのか知ることができない。
何が出来るのか試している間に、前への進め方を見つけられるかもしれない。
人でなしが何かになれたらこれ程面白い事なんてない。
「でもシロはシロなの、シロを神様だと思うのはいいけどシロはシロなの」
借りたものは返せばいい。
返せないモノは借りなければいい。
靴も服も派手なモノは必要ない。
一般市民に混ざって世界を見れればそれでいいのだ。
特別扱いは欲しくない。普通が見えなくなるから。
共有できる経験がなければ人から遊離してしまう。
「ユエさん、私は外に出たいので、靴と服を用意していただけませんか?」
見た目に合わせた言葉使いは大事だ。
それに狂信者の相手だ。我を通して暴力に訴えられてはたまらない。
体術も魔法も優れたお姉さんだ。暴力の被害は狭い範囲に収まる訳がない。
俺だろうが、私だろうが、俺は俺なんだよ。俺。俺。俺。
リク君は俺の人格の1つなのか、いまだに思い悩む事がある。
私を使う事で仮面が出来て、人格が分かれる事はないだろうか?
リク君と俺はかけ離れているはずだ。あんなに人に甘える事を俺には出来ない。
それこそ俺という過去を持っていたら出来るわけがない。
だからリク君と俺は別の人だっていうのは確かなはずだ。
「神様、かしこまりました。それでは至急用意して参ります」






