143、登校の車
「リクーっ! 学校行こーっ!」
とりあえず俺はゴーレム化に向けて魔力を蓄えよう。
次の外出まで1ミリも無駄に魔力を使わない様にしなければならない。
漏出している魔力を逃がさない様にするにはどうすればいい?
「もう準備終わるーっ! ちょっと待ってーっ!」
現状のスピードには慣れた。ならもっと速く回せるだろう。
今の速さよりももっと速く魔力を回せばきっと求心力が上がり漏出する魔力が減るはず。
流れを緩めず、むしろ周囲の魔力を全て巻き込むつもりで回していこう。
「早く早くーっ!」
そういえば魔力のエネルギー量って魔素の運動量なのだろうか?
魔素の運動量だとしたら加速させたら増えるだろうか?
いや、渦を作ったところで熱は上がらないはずだ。
物質としての運動にそのエネルギーが使われているから分子単体の運動量は増えない。
「はい。これでイケメンだね。行ってらっしゃいっ!」
ならどうすれば運動量が上がるのか。
この辺りを考えればより効率よく活性状態の魔力を貯める事ができるだろう。
分子の運動を魔素に応用できれば急速回復などもできるようになるかもしれない。
「ありがとうございます! ルイ君! お待たせっ!」
分子の運動量を上げるイメージとしてわかりやすいのは電子レンジだろうか?
物質に含まれる水分子にマイクロ波をぶつけて振動させる事で、電子レンジはモノを温めている。
マイクロ波、つまり電気で作られた微粒子の波。分子単体を振動させるために微粒子をぶつけている。
「遅いよーっ!」
この方法は今のところムリだな。俺はまだ魔素や魔素と同じサイズのモノを操る手段がない。
なら次は鍋を火にかけるイメージか? あれは火という高いエネルギーがあるから言える事だ。
運動量が高いところから低いところへ流れていくから、鍋の中の水は沸騰する事ができる。
「ルイ君が早いの!」
熱量の平均化は俺よりも上の魔力があって初めて成り立つ事だろう。
鍋の火なんてほとんど空気を温める事にエネルギーを使っているんじゃないか?
そこまで非効率じゃないと思いたいが、どっちみち外部からのエネルギー供給が必要だ。
「リクが準備遅いのーっ!」
外部からのエネルギー供給? 水の中にお湯を入れても水は熱くなるな。
取り入れる手段は食事か。食事で食物から魔力用のエネルギーを手に入れられているな。
粘膜からだと魔力を吸収しやすいとかあるだろうか?
「僕の準備は遅くないーっ!」
魔力をたくさん含んでいるモノといえば魔石があるな。
魔石はそのままだと石だから食べる事ができないだろう。
いや、そもそも口に含んで大丈夫なモノだろうか? 毒物の可能性は?
「はいはいっ! 言い争わないのっ! 声大きいっ!」
現地リク楽しそうだな。俺だとこんなスムーズに笑う事なんてできない。
話し合おうにも話し合い方がわからないのが問題だが。
同い年の仲のいい友人達と話し合うか。出来た事はあっただろうか?
「やーい、怒られてやんのー」
なかったな。いつだって考えすぎるから。
ワンテンポ遅れた返答になってしまう。
いざ話せたと思えば話し過ぎて痛い人になってしまう。
「ルイ君がだろ?」
現地リクはいつから思考し行動していたのだろう?
それは初めからか。言葉を覚えるのが早すぎたのも現地リクのサポートがあったからだろう。
現地リクにしても俺が対応表を作り上げるから簡単だったのかもしれない。
「どっちもだよ」
理想とする人間像はあれど、俺には才能がなかったから辿りつけなかった。
現地リクには妙なトラウマなどもないし、躊躇なくなる事ができるだろう。
俺という存在は体験した事でも、現地リクはそれを知る事が出来ても他人事だ。
「「はーい! すみませんでしたー!」」
現地リクは人の悪意などに対して知識はあれど体験はしていない。
むしろそれが純粋さに陰りを出さないし、けれど知識としてあるから対応しやすい。
大人になった俺は羞恥を覚えても、現地リクは羞恥を覚える筋合いがない。
俺はまどろこっしいのだろう。どうにか変えられないものだろうか?
考えずに行動すればいい? そんなムチャな。
ノリと経験則で動くのは昔行けたから行けるだろうと穴の開いた木船で海に出るようなもんだ。
年経て朽ちれば船に穴が開く。修繕と時代に合わせた改良をしなければいずれ沈む。
浅瀬でぱちゃぱちゃしているうちは取り返しがつくけれど、深みに漕ぎ出したら取り返しのない失敗につながってしまう。
考えるというのは乗ろうとしている船に穴が開いてないか確認する行為に等しい。
ただでさえいつ沈むか、いつ死ぬかわからないのだ。
考えるなというのは無理無茶が過ぎる。俺は生きたいのだ。
ノリで生きるなんて俺にはできない。
テンションだけで生きられる人でいたかった。
ノリとコミュニケーション能力だけで生きられる人は生きられるのだろう。
そちらの頭が優れているから周囲の潤滑油として調整役となれる。
今の俺にはムリだ。気持ちのいい会話のテンポをつかめない。
今世では現地リクが頑張っているからまだ言われていないが「セリフみたいな」「テンプレを使っているみたいな」言葉になるのも危険だ。
あぁ、どこまでも噛み合わないな。
「リクー? どうしたの?」
意識を黒くするな。現地リクに見られているのだぞ。
今までが今までだ? 取り繕う意味がない? そんなわけあるか。
現地リクは幼子だ。俺を見て学んでいるところがあるんだ。
下手な見本を見せたら教育に悪いだろうが。
「んんーっ! 何でもないーっ!」
ごめんな。君のいるところに俺が居座ってしまって。
早いところ俺はおさらばして君を自由にしないといけない。
俺が居座る事は決していい事じゃないからな。
「リクってたまに難しい顔をするよねー」
3歳児ってどこまで考えているのだろう?
ルイ君にしてもリラちゃんにしてもなぜそこまで複雑な思考を既にできるのだろう?
これも異世界補正が入っているのだろうか?
「そうかなー?」
そもそも転生者とはいったい何なのかと思う。
異世界に魂が流れて別の器に宿る? それはおかしくないだろうか?
神様が魂をコントロールしているっていうのも信じにくい。
「うん! 心ここにあらずっていう感じ!」
魂の塗り潰し? 意思が脆弱な魂だったら現地の意識に塗り潰されて過去を思い出せなくなる?
過去の魂を上書きするから精神年齢が高めになったりする?
だから幼少の頃から賢い?
「僕の心はここにあるよー!」
そういった現地リクの手は心臓のある辺りを押さえていた。
心はこの世界でも心臓にあると思われているのだろうか?
ドクンと鼓動する心臓は確かに感情と同期しているだろう。
そう考えたら心臓は心の在処と思われても仕方がない。
「なんか遠くを見てたよー!」
もう完全に俺は話す言葉に干渉していない。
やはり現地リクの中に俺がいるのは確実だろう。
俺は邪魔しかしていないのは間違いない。
「そんなことないよー」
後ろ向きな思考は良くない。
現地リクまで暗くしてしまうからな。
早いところゴーレム化を果たさないといけない。
「ふーん? そっかー」
ルイ君が意地悪な気配をまとった気がした。半眼になった気がする。
なんかふと思い浮かんだのは「素直にならない幼馴染にご立腹でどうにか本音を引きずりだしたい小悪魔系僕ちゃん」だった。
現地リクは男である。同人誌的だとルイ君が攻めで現地リク君がウケか。
いや、ルイ君が始め攻めだけど途中で逆転されて現地リクが攻めに変わる?
俺は一体どこの電波を受信したんだ……。一気に腐ったぞ……。
サラ=ファンロン
9歳
役職:学園少等部学生、第3王女
属性:水
魔力:2等級
髪色:黒
虹彩:碧
策謀家の雰囲気を漂わせる優等生の少女。マル、カクの2人を配下に特別クラスでまとめ役をしている。物思いに耽る事が多く、その際に周囲に人がいる事を嫌うため、たいてい1人で過ごしている。王家の娘として国の頂点に立つ事を夢見て将来への備えを怠らない。事ある毎に構いたがる姉のリサには苦手意識がある。






