138、俺と僕
「肩叩きですか?」
選択を間違ったか。さっきのは苦労を伝えた事による、察せよ? のフラグではなかったのか。
3歳児に察せというのもおかしな話か。いや、知能指数が高いと分かっているからあり得るだろう。
手伝ってほしいんだとか、労わってほしいんだとか、察せる子は察せるだろう。
しかし警戒心に満ちているだろう子供に対して察してはさすがにあり得ないだろう。
やはり間違えた選択をしてしまったのだと思われる。
あんなに若草色の瞳を丸くして、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしているのだ。予想外の発言だったに違いない。
いや、知能指数が高いと分かっているとは誰が決めた? クラス分けは学習習熟度の目安でしかないだろう。
頭のいいバカなんてたくさんいるのだ。そもそも俺は頭がいいわけではない。
ただ考えているだけなのだ。正しい行動が取れているわけではないだろう。
「はい。疲れている時って肩が凝るって聞きますので、どうかなと思いました」
考えても正しい行動が取れる保証はどこにもない。
前世に溢れる小説の主人公の様に俺は上手くいっているとは思えない。
チート染みているのは魔力量だけじゃないか。
それにしたところで他の人が出来ないわけがない。
誰にでも出来るとはさすがに言えないかもしれないが、魔力に憧れる転生者の中にはやってのける奴が1人や2人、いやもっと居てもおかしくないのだ。
現地組でも、いや現地組だからこそ、魔力に慣れ親しむ中で発達させる奴がいてもおかしくない。
俺にはチートと言えるものは何1つとしてないだろう。
中に俺が入っているからこの体も正当な発達が出来ない可能性が高い。
内部に抱えたもののストレス、外部の環境の変遷によるストレス、積み重なって成長がそこまで良くないんじゃないだろうか?
「……ふふふ、ありがとう」
チサ先生は一瞬ん? と考える表情をした後ちょっと笑って礼を言った。なんだかとても光属性の強い笑顔である。
内心しどろもどろの回答だったが、正解を引き当てられたのだろう。
運がよかった。もしもっと変な事を言っていたら目も当てられなかった。
それにしても俺はいったい何をやっているのだろう。生存ストラテジーゲームか?
生存ストラテジーゲームなら俺は下の下の道を歩んでいそうだ。
考えすぎて選択が遅すぎるのが問題だろう。
今のところは周囲に他の人影も見えない。
小屋に入る選択肢がミスになるかどうかはまだこれからの話だろう。
脅威は意識の死角にあるものだ。だからこそ隙間なく思考していきたい。
「チサ先生、肩は今叩きますか?」「せんせーい。お腹減った~」
忘れていたわけではない。ここに来た理由はネネのご飯だ。
タイミングがなかっただけである。断じて忘れていたわけではない。
蜜がどこにあるかを聞かなければならないのだ。
「ちょっと待ってね。今持ってくるから」
苦笑しながらチサ先生は小屋の奥へと歩いていく。
俺は扉の近くで灯りを掲げて棚の中を確認していくが、高いところにあるものはよく見えない。
低いところにあるのは根菜類のようだ。
はっ。呆けている場合じゃない。
暗い小屋の中で1人、灯りを持った状態で立っているとか、いい的じゃないか。
追わなければいけない。もしここで狙われたら俺は何もできないだろう。
「チサ先生っ! 僕も行きます!」
少し辺りを見渡している間に数m程離れた場所にチサ先生は行ってしまった。
気を付けなければいけないのに、何を気を抜いているのだろう?
予想していた事態がなかったからか? 入って数分もしていないだろう!
平和ボケか? あぁ、平和ボケしているに違いない。
頭の中できっとない、こんな思考はバカげている。そういう考えが脳裏にあるに違いない。
全く危機感が足りていないな。良くない傾向だ。
「寂しかったの?」
寂しいとは何だっただろうか。感じた事があるのだろうか?
寂しいとは頼る相手が居た事のあるモノの言葉だ。そんな感情などない。
でも何故だろう。ほほ笑まれていると何か内にあるものが溶けていく気がする。
毒気が抜かれていく。この世界は俺が考えているような危険な世界ではないのだろうか?
今のところ不自由する事はめったにない。これは子供だからだろう。
色々な場所を巡れる幸せな時期なのではないだろうか?
選択肢を誤れば未来は閉ざされるに違いない。
憶測でしかモノを考えられないが、情報を集めて地盤を固めなければどの道生きていくのは大変だろう。
実績もないやつがいきなり大きい仕事を任される事などないのだ。
「そうですって言ったらどうしますか?」
頭の中でいくら考えても結局は1人言。
行動し口に出さなければ世界には何も影響が出ない。
口だけならいくらでもか。口も出せない奴は何も出来やしない。
考えて前に進まなければ生きていく事は出来ない。
ここで殺される可能性は実際低いだろう。だがだからといって油断は出来ない。
俺は爆弾みたいなモノである事には間違いないのだから。
「え?」
そしてリク君が何かやったようだぞ。おい。
恋愛脳が暴走しているんじゃないか? あ? え? お前マジこれどうするつもりなんだよ!
お前、何小悪魔ぶってるんだよ! このぶりっ子め!
本当にこれは俺なのか? 俺が言ったのか?
まじめにリク君っていう人格がこの体にいるんじゃないだろうか?
ほらなんかチサ先生が顔を真っ赤にしてるじゃないか!
「寂しいんです」
だからお前マジ誰なんだよ! 恋愛ゲームの主人公か? あ?
俺を恥ずかしめて殺したいのか? あぁ、そうか。俺を殺して体を取り戻すつもりだな?
OK! わかったとも! 戦争だ!
冷静になれ。ここには俺しかいない。
なんか上目遣いでチサ先生に抱き着いているリク君なんて……
おいお前何してんだよ! お前だよ! お前!
チサ先生が顔を真っ赤にして固まっているだろうが!
なんだ、この恋愛戦闘力が高いヤツは。どこからインストールされやがった!
本か? 俺の思考の本棚か? 自棄になって書庫にまで入り読み込んでいった俺の本棚か?
「ここは暗くて怖いんです」
だからお前誰だよ! 怖いという感情、お前にないだろ!
小悪魔装うのやめろよ! そんなことをしている俺が怖いわ! 理想のショタっ子でも演じているのか?
SNSに思考をやられたのか? そんな子供、現実にいないから!
「手……手繋ぎますか?」
別人格が過ぎる。本当に俺なのか? リク君本体が表層に現れているんじゃないだろうか?
少なくとも俺がやるはずのない行動だ。演じる事ができるような俺であるならここまで拗れるわけがない。
これはきっと別人格なのだろう。間違いない。
口や手に意識を向ければ動かせる。人格として上位なのはきっと俺なのだろう。
だが今ここで主導権を奪い返すのは不味い。俺には話術がないのだ。詐術と言ってもいい。
俺は嘘がつけない、思いつけないから、しどろもどろになってしまう。
「うんっ!」
予測は出来ても、対応する手段は思いつけても、冗談のような類は難しい。
あれは思考の飛躍だと思う。類似事項から引っ張ってきたのか、元にしたネタがあるのか、完全なるオリジナルの発想なのか。
俺にはその思考が作り切れない。面白い物が思いつけない。
そして考え事している間に何をやっているんじゃお前っ! どんだけショタっ子を演じているんだよ!
笑いながら手をつなぐ子供とか俺ではあり得ないじゃないか!
チサ先生の顔が蕩けているのは何故だろう。このリク君は気持ち悪くないのか?
俺がしたら確実におかしくなる挙動をしている。
真似しようとか、下心とか持ってはいけないとか、無垢でなければ出来ない挙動だ。
まぁいい。もし狙われてもこれ程近ければチサ先生を巻き込む確率があるので、チサ先生が共謀犯の場合攻撃される心配は少ないはずだ。
俺にはここまで思い切った行動は出来ない。だが最適解だ。
別人格だとした場合、こいつは俺の味方なのだろう。いや死にたくないだけか。
俺も死にたくない。こいつも死にたくない。きっとそうなのだろう。
こいつの名前はいったいどうしてやろう? プロトリクだろうか?
いや、恋愛脳だからラブと呼んでやろう。こいつはきっとピュアを演じる不純な奴だ。
間違いない。こいつはスパダリムーブを好んでしそうだ。
ケイ
31歳
役職:雑貨屋
属性:土
魔力2等級。
髪色:黒
虹彩色:茶
登場回:21話~26話
中郭で雑貨屋を営むおじさん。元々採取中心の冒険者をしていて、趣味と実益のためアイテムに関する知識をよく集めていた。冒険者時代の伝手で評判のいい職人や材料を集める知り合いが豊富。主に冒険者や旅の人向けの雑貨を得意としている。恐妻家。






