134、裏庭
「ご飯? どういうご飯が欲しいの?」
今までご飯を必要としなかったゴーレムがいったいなぜ欲しているのか?
そしてなぜ周囲に誰もいない事を確認してからねだっているのか?
わからない。何を狙っているのだろうか?
「ご主人っ! ネネは花の蜜というのが食べたいのです!」
花の蜜? あぁ、ハチドリの主食か。
ハチドリは熱帯に住む鳥であり、年中花が咲いているところにいるのだ。
花の蜜を年中吸えるところでなければ本来生きていく事ができない。
「わかったよ、吸いたいなら吸えばいいんじゃないか?」
季節は冬に近い秋。どこかにまだ花が咲いているかもしれない。
まだ見つけられていないが、きっとどこかにあるだろう。
しかしいったいどうして急にお腹が空いたと言い出したのだろう?
「連れてってください!」
どこへだ。そもそも俺はお前を従者として扱っているわけではない。
だからどこにでも自由に行っていいんだ。俺の許可などいらないんだよ。
どうして離れようとしないのか、理解ができない。
「僕には花が咲いているところわからないんだ」
別に1人で吸いに行けばいいじゃないか。
そうやって突き放すのは簡単だ。だがそれでいいのだろうか?
あまり良くないだろう。秘密を握られている身としてはそんな事を言えるわけもない。
「じゃあ、一緒に探しましょう!」
ネネの声はとても明るい。そこに何も悪意を感じる事はない。
純粋な子供の誘いに感じられる。本当に一緒に探したいだけなのかもしれない。
だが俺にはそれが信じられない。中の人を知っていると思えば思う程。
「どこに行こうか?」
俺はいったいどういう存在だろうか?
根暗? だろうな。根性悪い? そうだろうな。打算に満ち溢れた考えすらしているだろう。
子供の皮をかぶったおっさんだぞ? 気持ち悪くて仕方がないだろう。俺だって知れば気持ちが悪い。
「あっちなんてどうですか?」
転生してきたという事実、そういった弱みも知られている。
俺の考えだってある程度知っていて当然だろう。だとしたらなぜこんな真似をする? 意味が分からない。
魔法でどうにかできる存在でもない。俺は反撃手段もないだろう。
「校舎の裏側?」
校庭は散々駆け回ったがなかった。ここ以外を探すのは道理か。
それにまだ校舎の裏手には行っていない。未確認を減らすのはいい事だろう。
関係者以外立ち入り禁止にだけ気をつけて散策してみるか。
「行っこー!」
花が咲いていると考えると、屋外の土の部分を見ていくべきだろう。
草花には光が必要だろう。道沿いに進んでいれば出会えるかもしれない。
あぁ、そういえばこの世界には魔法があるんだ。年中花を咲かせるのは容易なことだろう。
畑とか行ってみたら面白いんじゃないだろうか?
限られた範囲しか畑を作れそうにない世界だ。
作付面積が狭い以上、回数を増やす事で生産量を増やすのがベストな判断だろう。
成長させるとなると栄養が必要だな。
植物は土の栄養だけで大きくなるわけじゃない。
加速させたところで日光から得られるエネルギー量は変わらない。
「ご主人ご主人っ! 空がきれいですね!」
日光も適切に浴びない事には正常に成長しない事だろう。
魔法使用を前提にした作物があってもおかしくない。
だとしたら? 魔力をエネルギーとして利用できる植物もあるかもしれない。
だが魔力はそんな万能なエネルギーなのだろうか?
ゴーレムの作成の際には原子核に作用するとか頭おかしい事をしていた。
だが原子そのものを作れるのではない。エネルギーとして利用できても物質になりえないのだろう。
日光を利用しないで、光合成を行わないで、二酸化炭素の固定反応を行っている?
いや日光のエネルギーの代わりに魔力をエネルギーに固定反応を行えばいいのだろうか?
水耕栽培の様に水に栄養を溶かせば、一定の濃度を保つように管理すれば、高速成長も問題なくできる?
「そうだね」
魔法使用が行わなければ、必要な栄養を確保できずに、一瞬で枯れそうな作物だな。
いっそ自分で魔力を使用して、自身を一気に成長させる作物を作っているとか?
その魔力はどういう風に供給すればいいかわからないな。
魔力補給目的に動物を食う植物になりそうだ。
まぁ、もし魔法で植物を育てるとしたら光がいらないということで、地下でも屋内でもどこでも作る事ができそうだ。
大分スペース効率が良くなりそうだ。虫害とか病気とかもかかる時間がないから安定して供給できそうな気がする。
問題は魔法を使う人員の確保になるだろうか?
1人当たり何人分の果実や野菜を作る事ができるだろう?
何かに魔力を蓄えさせて、それで魔法を常時かけ続ける?
魔法を使う機械なんてあるのだろうか?
「ご主人ご主人っ! 花が見当たらないです」
もし病気が発生した場合、成長速度が早ければ同一遺伝子である程、被害がひどくなる。病気に対する免疫が同じだからな。
病気の個体と周辺個体を隔離して、焼却処分を行いパンデミックを防ぐ?
病気に対する抗体を持った作物を選別して、次弾を無効化? どちらもできるな。
王都はけっこう広く感じるが、土地に余裕がないとかあるのだろうか?
タマネギ構造で狭く感じる度に外側に隔壁を作り、中の魔物を狩り安全領域を広げるとか?
古い隔壁は壊してもいいし、壊さなくてもいい。街を広げる事は意外と容易なのでは?
わからない。実際に見ない事には判断つかない事が本当に多い。どの程度の技術を使っているかなんてわからない。
パソコンの様に、理屈は分かっても基板から作り上げる事ができないモノだってある。
全てを完全に理解しようなど俺如きが出来るわけがない。
「そうだね。季節が悪いんじゃないかな?」
道なりに校舎周辺を歩いてみたが、広葉樹が木の葉を紅く染めている姿ばかり目に映る。
この世界でも広葉樹は紅い葉になり落ちていくのだ。
草木も緑で光合成が行われている証が無数にある。
原子や分子の構造や性質はさして変わらない事がわかるのかもしれない。
葉緑体なども正常に機能しているのだろう。これらは魔力と無関係の法則で出来ている。
魔力は後から来た存在なのだろうか? それとも濃度の問題なのだろうか?
「ご主人っ! あそこを見てください! 花がありますよ!」
建物の角から奥を覗き込むと池に浮かぶ紅い花々があった。
風に乗りリンゴのような甘い芳香が俺らへと届く。頭がぼうっとする程の強い香気。
蜜がたっぷり詰まった、よく熟れたリンゴを思い浮かべてしまう。
校舎の裏庭にある大きな池の中央には一段高くなったところがある。
滾々と水が湧く泉がその高いところにあるようで、水がゆっくりと流れ落ちていく様が確認できた。
流れ落ちる水は水流を起こし、花々をくるくると回転させていく。
「きれいだ」
池に近づいてみると花と葉だけで出来ているのが分かる。
蓮のように水底に根っこがあるわけでもなく、ただ浮かんで漂うこの花々はいったい何なのだろう?
見た目だけなら蓮にも見えるが違う。茎も見えない程に水面近くにこの花はある。
池の中を見ると底に無数の緑の石が沈んでいるのが見える。
宝石のようにも見える、透明度の高い石だ。
この池はどれ程透明なのだろう? こんなにもはっきりと水底が見えるなんて。
「ご主人っ! ネネはお花の蜜を吸ってみたいのっ!」
どれだけ水底を見ても魚は1匹もいない。
虫の1匹も辺りに見かけられない。
鳥の1匹も姿を見ていない。
「ちょっと待って、何かおかしい」
思い返してみれば俺はこの世界の動物を、人間以外の動物を見かけた事がないのではないだろうか?
魔物云々を置いておいて、通常いるであろう動物を1匹も見ていないのではないだろうか?
いや、蚊がいた。蚊だけがいた。他は見かけた覚えがない。
ふと見れば池に咲いていた花は萎み、香気は風に消えていく。
花の付け根にあった緑の膨らみが次第に大きくなっていく。
早送りで植物の成長を見ているかのようでとても奇妙で面白い。
「あら? リク君だったかしら? ここで何をしているの?」
ふと後ろを見ると先ほどルイ君とリラちゃんを連れてどこかに行ったチサ先生がいた。
その若草色の瞳を大きく丸くして、俺を見つめていた。
薄まった香気はどこか青臭さがあり、チサ先生が漂わせていたアロマな匂いとそっくりだった。
スイ
19歳
役職:若手の冒険者
属性:水
魔力4等級
髪色:栗
虹彩色:黒
登場回:セリフありは16、18話。16〜37話。
備考:一般的な冒険者。色々と器用なお兄さんだが、目立った強みがなく、その他大勢になりがち。






