131、魔物について
「お母さんが逃げきれないくらい足が速いの!」
これは大人? 少なくとも10代後半の女の子が逃げられる程度の速度というとぬるそうだ。
だがここは魔法がある世界だ。その足の速さは魔法を使ってかもしれない。
魔法を使っての速さだとしたら? どの程度の速度かはわからない。
街中である事を考えて魔法未使用の場合である場合でも、ここの一般的な人の足の速さがわからない以上何ともいえない。
この世界の人間だぞ? まじめに走ったら時速20キロとか出してもおかしくないだろ?
魔力による強化だけでも地球の人間をも超える力を発揮してもおかしくない。
「どんな姿をしているの?」
転ばすというくらいだから重心が高くないと難しい。
重心が低い昆虫や四足獣などは考えにくいだろう。
1番転ばして影響が大きいのは人間のような2足歩行だろう。
魔物というからには人間と違った特徴があってもおかしくない。
いや、重心が高いと考えると馬のような足が長くてもおかしくないのか。
馬だと人間よりも速くないとおかしくないか?
「全体的に灰色で生きているようには見えないんだって!」
なるほど。屍みたいな存在なのか?
確かにそれは真っ当な生き物ではありえないだろう。
アンデッドは割かしファンタジー時空ではよく出てくる存在だな。
吸血鬼とかグールとかゾンビとか割と聞く存在が多かった。
その辺りで想像すればいいだろうか?
スケルトンのような骸骨のパターンも考えられるか。
「それって人間みたいな姿しているの?」
人間みたいな姿であればゾンビと呼称してもいいだろう。
ゾンビの個体性能はどれくらいなのかが知りたいが、聞いただけではわからないモノが多いだろう。
ゾンビは1度死んで蘇ったものを称するモノか?
死んだのではなく、死体に近い状態で生まれた場合、ゾンビではなく何と呼ぶべきか?
人を襲おうとしていたところから考えて、人食いなのだろうか?
だとしたら人食い鬼とか、グールとでも言えばいいのだろうか?
「ん~とっ! 小っちゃくてガニ股なの!」
小さいガニ股の灰色の奴……。
とりあえず二足歩行なのだろう。
小さいからスモールグールとでもしとけばいいだろうか?
そういえばゴブリンとかファンタジーの雑魚敵ってよくガニ股だが、あれって何か訳があるのだろうか?
重心が低くなる事を考えると倒されにくくしたりとか、踏ん張りやすくなるとか、意味はありそうだが、雑魚なのにその辺りは理解しているのか。不思議だな。
むしろ主人公勢の方が戦う姿勢になってない事が多い気がする。
「どれくらい小さいの?」
大きい魔物なら足の長さから追い付く事は簡単かもしれない。
だが足の短い小さな魔物ならどれだけ足の回転数を上げられるかが勝負になるだろう。
ガニ股は踏ん張りやすいが、走りにくいのは間違いない。
それをムリして走っていたのだから転ばしやすかったと思うと納得ができる。
いや、これでやりやすかったからといってお母さんが弱いと言いたいわけじゃない。
いかに雑魚敵だったとしても適切な威力で周囲に被害を出す事なく無力化できるかは腕を問われるだろう。
「私達よりもちょっと大きいくらい!」
となると100cm以上はあるわけか。しかもガニ股で。
足を伸ばしたら120cmくらいはあるかもしれない。
けっこう思っていたよりも大きそうだ。
しかもさっきの戦闘方法を聞いたところ、反撃の余地を与えていなかった。
つまり何を使う敵なのかはまだわからない。
もし簡単に倒せる敵ならリラちゃんのお母さんは逃げずに倒せたことだろう。
「強いのかな?」
いったいどういう攻撃方法が考えられるだろうか?
爪に毒とかだろうか? 感染症はよくある事だろう。
ファンタジーやゲームの毒みたいな簡単に消せるモノは考えられない。
ファンタジーやゲームの毒ってあれはもはや呪いとか同じだろう。
HPの割合に応じて削れるとか、固定値削れるとか、そんな都合がいい毒なんてあるか。
そして街の薬屋でたいてい治せるとかもう都合が良すぎる。
「んっ! 強いよ!」
毒などの特殊能力がなくても純粋なスペックとして強い事も考えられるか。
スペックが高いとしても、転ばせれば力を込める事が出来なくなる。
倒れた相手も転がしておけば這い進む事も出来なくなる。
「ありがとう。参考になったよ」
先入観が強ければ実際の時に困る事になる。
使うと思う攻撃と、使わないと思う攻撃に警戒が抜ける可能性がある。
この世界で油断したら簡単に死ぬだろう。
「いいの? これだけで?」
リラちゃんがきょとんとした顔をしている。
確かにもう少し根掘り葉掘り聞きたい部分もある。
けれどこれは又聞きなのだ。所詮又聞きに過ぎないのだ。
「助かったよ」
人は話す時に重要な部分しか話さない。
相手に興味を持ってもらうためにはどうしてもそうなってしまう。
重要な部分しか話さないものだから、聞いた人は自分の中で情報を補完する。
「むぅ……」
きっとこうだろう、こうに違いない。
そういう思い込みが噂に尾ひれをつけるという状態になる。
だから又聞きにはあまり信頼性はない。
「あ、そろそろいい時間だね」
けっこうな時間話し込んでいた。
俺はいいが、リラちゃんは教室に戻った方がいいだろう。
ふと視線を感じたので後ろを見ると、ルイ君がベッドの中から見ていた。
「ルイ君、いつから起きてたの?」
話に入るに入れなかった小さい子みたいな感じがある。
いや、実際そうなんだろう。
ルイ君はバカじゃないし、空気を読むくらいしてもおかしくない。
「さっきーっ!」
ここの子供の知能指数はどれだけ高いんだろうか?
俺は元の性質が問題だが、幼児教育の水準が高そうな気がする。
生活水準も非常に高いと予想も出来る。
「初めましてー! リラです!」
若干間延びした声で、ルイ君にリラちゃんが挨拶をした。
棒取りをしたがまだ正式に挨拶をしてなかったのだろう。
ゆっくりした声が聞き取りやすい。
「初めまして! ルイです!」
元気に溢れる男の子だなぁ。やっぱり。
活動的な性格が声にまで出ている気がする。
布団から身を起こし、ルイ君は手を振った。
「それじゃ、僕はリクです。よろしくね」
挨拶したとは思うが、念の為、流れに合わせて名乗っておこう。
印象も丸くなりやすいだろうしいい事だ。
で、問題は時間な気がする。
「リラちゃんとルイ君は時間大丈夫なのかな?」
保健室の先生はどこにいるのだろう?
休憩時間だとしたらもうそろそろ帰ってきてもおかしくない。
むしろ保健室にいなくて大丈夫なのだろうか?
「時間?」
そういえば気分的にお昼だったが、今は1限目くらいの時間だ。
こんな早い時間帯にいなくてもおかしくないのか?
職員会議とかしていたりしていてもおかしくない?
「リラちゃんとルイ君には授業があるでしょ?」
あれ? あるのか? この世界だからあってもおかしくない。
でも3歳に教えるとしてどんな内容を教えるのだろう?
簡単な文字だろうか? 確か俺もそのくらいの時期に平仮名とか習った気がする。
「知らなーいっ!」
ルイ君が知らないのはしょうがないかもしれない。
ルイ君は今日がここ初めてのはずだから。
リラちゃんも条件は同じかもしれない。
「うーん、それじゃあ、わかる人探そっか」
思えば誰かに報告してここに来たわけじゃない。
校舎を勝手に歩き回って保健室に向かったのだ。
先生方が心配していてもおかしくない。
「「はーいっ!」」
リラちゃんとルイ君の2人は大きな声で返事した。
その声が大きかったからか、扉の外に人影が見えた。
扉が開かれるとネックタグを着けた男性が不思議そうな顔でこちらを見ていた。
「あれ? 今、お遊戯の時間じゃなかったっけ? 君たちどっかケガしたの?」
白衣とか着ていないし、保健室の先生だとは思えない。
いや、もしかしたら保健室の先生かもしれないが、可能性は低そうだ。
考えられるのは見回りの先生だろう。
「あ、すみません!」