130、少女は憧れる
「頼れるお姉様っ!」
リラちゃんの白い瞳は無数の星が見えそうな程キラキラしていた。
週末アニメを見て魔法少女に憧れる少女ってこんな感じなのだろうか?
かっこいいというくらいだ、憧れているのだろう。
しかしこの世界にはテレビやラジオのようなマスメディアは存在するのだろうか?
存在していてもおかしくはないのか。車があるという事はエネルギーの転換の技術はあるのだ。
エネルギーの転換が出来るのなら、振動を電気信号に変えて離れた場所で振動に戻すみたいな事だってできるだろう。
「お姉様?」
一軒家のリフォームの際にニーナに聞いた魔法の条件から考えれば機械を作り上げるのは容易いだろう。
電気の代わりに魔力を伝達物質として利用できるかもしれない。
思えば魔力と電気って似ているな。エネルギーの高低が機能するかどうかにつながっている。
だが振動で魔力にエネルギーを蓄えられるだろうか?
魔力に蓄えられたエネルギーを使うのは容易い様だが、魔力にエネルギーを蓄えるのは難しい。
ニーナから聞いた話では生体のみが魔力にエネルギーを込められる。
「お姉様なのっ! かっこいいのっ!」
念押しが強い。好きだという感情がすごく伝わってくる。
何だろう? そういえば1等級の3人組も父さんや母さんに対して興奮していたな。
ここまでくると何かの宗教みたく感じる。
娯楽が少ない環境なのだろうか? 可能性はあるだろう。
この世界には魔物がいる。敵が恒常的にいるのだ。
軍も身近に存在する。日本と比べて分かりやすい危険が多いのだ。
「『もう大丈夫っ! 君を傷つけさせない!』」
声真似だろうか? リラちゃんは不意に声の調子を変えた。
舌足らずで、幼さが残るその声は憧れが滲み出ていた。
そこまでの憧れを真っ直ぐに向けられる姿がどうにもまぶしくて仕方なかった。
俺は誰かに憧れた事があるのだろうか?
思い描く人間という偶像を羨ましがり、なろうとはしているだろう。
だが特定の誰かに憧れを抱いたことがあるだろうか?
「決め台詞かな?」
人に憧れるとはいったいどういう事なのだろう?
尊敬を抱き、追い求める事だろうか?
尊敬とはどういう事だろうか?
尊び敬う。尊敬とはそういう風に書く。
尊ぶとは対象物に価値を感じるという事だ。
敬うとは対象物を高位のモノとして礼を尽くす事だ。
「私のお母さんが助けられた時に言われたのっ!」
……。そりゃ、何とも身近な事で。
お母さんの思い出補正と実際に助けられた感動がプラスで、すごい美化されていそうだ。
……? 助けられた? どこで助けられたのだろう?
俺が生まれる前は辺境へ遠征に出かけていた。そうなると辺境遠征前の話になるだろう。
辺境遠征が何年かけたのかわからないが少なくとも1年で終わるとは思えない。
そうなると5、6年以上前に助けられたという事だろうか?
「お母さんが助けられたの?」
遠征参加のきっかけは王宮の中での魔物退治だとか聞いた覚えがある。
王宮に上がるまでのキャリアの中に市街地での魔物退治があってもおかしくない。
……。なんだろう。このシンデレラストーリー。
どこにでもいる? 3等級の魔力の持ち主で、好きなモノは魔法? だった少女。
少女はその魔法の才に目をかけられ、市街地での治安維持に努め、魔物退治をして功を積む。
王宮にて難しい魔物を退治し、辺境遠征に参加する機会を得て、黒竜の撃退? というある程度の成果を上げて、父さんと恋仲になり、幸せな生活を送る。
やはりどう考えてもシンデレラストーリーだな。
シンデレラストーリーのその後に俺という波乱の種が生まれるとかお約束過ぎる。
もしストーリーがあるとしたらそのストーリーの主人公は母さんの可能性が高くないだろうか?
「うんっ! 今から8年前、王都の路地裏から出てきた魔物にお母さんが追われたの」
ちょっと待て。王都の路地裏って魔物が飛び出してくるのか?
どんだけ危険地帯なんだ? 今まで魔物は割と遠い存在だと思っていたが、けっこう近いのか?
そもそも魔物ってどんな存在なんだ?
動物とどんな違いがあるのだろう?
煎り豆にも魔力は宿っていた。通常の動物にも魔力は存在しているのは間違いないだろう。
動物という言葉自体は存在している。魔物の定義が分からない。
「それで?」
人を襲う動物が魔物なのだろうか?
いや、そういえば海嘯という魔物の氾濫がこの世界にはあるんだったか?
その海嘯は常に王都を目指して突き進んでいくという。
そう考えると王都には魔物が狙う何かがあるのかもしれない。
だとしたら? 魔物という集団には何かしらの大きな意思があるのかもしれない。
その大きな意思に干渉される動物が魔物なのだろうか?
「お母さんを追っている魔物がいきなり横に弾き飛ばされたのっ!
でねっ! でねっ! お母さんびっくりして振り向いたのっ!
そしたら『もう大丈夫っ! 君を傷つけさせない!』ってエリ様が魔物を睨みつけながらお母さんに言ってくれたんだってっ!」
リラちゃんはお母さんの話をよく聞いて憧れているのかもしれない。
よく考えればリラちゃんは3歳なのだ。今更何を言うのかと自分でも思うが3歳なのだ。
主要な情報源はいつも一緒にいる親なのが普通なのだ。
そして3歳児に追求されてしまうぐらい、ひどいコミュニケーション能力なのが俺なのだ。
本当の意味で赤ちゃんがやり直しているのにいつになれば俺は人間になれるのだろうか?
頑張って人間目指そう。人間にならないといつ殺処分対象になるかわかったもんじゃない。
「すごいね」
語彙力が足りない。いや、これは語彙力なのか? 共感能力なのか?
しかしこの場合、何といえば正解だろうか?
感想を長々とするのは違うと思う。先を促したりするのも違うだろう。
相手が気持ちよく話しているのだから、適度な相槌が正答なのだろうか?
いや、それは無難な対応であって、面白い対応ではない。
無難な対応は不快にはしないが、つまらない対応ともいえる。
「すごいの! お母さんの目の前で魔物とエリ様が戦ったんだけど、それはもう一方的なモノだったんだって!
ちょっとでも動けば魔法をぶつけて、もうコロコロと転がして最後にはドッカンと!」
身振りも大きく、とても楽しそうにリラちゃんは話していく。
リラちゃんのお母さんもこういう風にリラちゃんに話しているのかもしれない。
いや、自分の中で想像を膨らませて、リラちゃんのお母さんに聞いて想像を現実に近づけているのかもしれない。
戦闘の詳細をそこまで見取れるリラちゃんのお母さんもすごいな。
……。いや、この世界なら当然なのか? 魔物が街中に出るのだ。
戦闘を多少嗜んでいても何も不思議な話じゃない。
「リラちゃん、ちなみにどんな魔物が相手だったの?」
体勢を崩して転がすというのは中々難しいものがある。
重心が高い人型なら歩いている瞬間に後ろから力を加えれば転がせるが、四足獣は横から力を加えないと容易には転がせない。
ましてスライムのようなゲル状の魔物の場合、地面にくっつかれると容易にひっくり返せない。
人型の魔物といえばゴブリンとか思いだすがこの世界にはいるのだろうか?
いるとしたらどういった生態なのか気になる。
ゴブリンは色々な物語に登場するがその性質は物語によって大分違うから。
「WYREGだよっ!」
知らない単語だ。単語の語感から類推するのも難しい。
こういう時、予測が上手く出来ないから困る。言語チートのある世界が羨ましい。
いや、言語チートのある世界ってつまり対応するモノが現代にあるモノしか対応できないんじゃないか?
地道が正道か。仕方あるまい。
「それってどんな魔物なのかな?」






