126、あやとり
子供は体力が多いように見えて少ない。
一度に使える体力の上限が少ないが回復力が高くいつでも元気に動ける、という方が正確かもしれない。
昔、少年がマラソンを完走したなんて話を読んだ事がある気がする。
確かインドの少年だっただろうか?
心肺機能と疲労回復能力に優れていて、3、4歳にしてマラソンを完走したという話だ。
彼はタンパク質をエネルギー源に変える能力が高かったため、将来的に腎不全を起こしやすくなっていたので、トレーニング禁止を言い渡されたらしい。
彼の場合身体的欠陥があったからマラソンを完走出来る能力があったのかもしれない。
タンパク質をエネルギー源に変えなくてもいい様に適時栄養補給する事が出来れば問題なかったかもしれない。
「適時栄養補給していれば出来るかもしれない」は特に才能のない俺にも適用出来るだろう。
「……リク……僕の勝ちだよ……」
横で大の字になっていたルイ君は寝言を発した。
ルイ君に身体能力で負けているのか。
頭でっかちで身体を動かすのに、俺はワンテンポ行動が遅れているのだろう。
反射で身体を動かせる様にならないといけない。
「ルイ君……今回は君に勝利を譲ってあげる。でも次は勝つよ」
俺は負けず嫌いだ。だがフェアプレイ精神はある。
真剣勝負とはいえ、これはトレーニングであり、遊びだ。
対等の条件だからこそ、頭を使い身体を能力の限界値まで使って、夢中になれる。
「リク君、疲れてないの?」
リラちゃんが俺に声をかけたようだ。
ゲームの時は待ち構えて瞬発的に動いていたリラちゃん。だからかリラちゃんはそこまで疲れているようには見えない。
ルイ君は俺を追うために走りまくっていたのでこのざまだ。
「疲れたよ。でも大丈夫」
予測演算の方で糖分の消費は著しいが、動き自体は最小限に抑えてしまったため筋肉疲労はそれほどでもない。
それと柔軟を家でよくしているからだろう。
柔軟をしておくと血の巡りが良くなり、疲れが早く抜ける。
「さてと。……ルイ君、こんなところで寝てると身体痛めるよ。さぁ、起きた起きた」
ぷにぷにと頬を突くが起きない。
……ルイ君を持ち上げる事は出来るだろうか?
腕とか子供は本当に脱臼しやすいから胴体をつかまないといけない。
万歳と腕を大人基準で軽く持ち上げたら外れた、なんて話よくあるものだ。
「リク君? 手伝おうか?」
「お願い。ルイ君の背中を支えてくれる?」
リラちゃんの手助けを得て、ルイ君を俺はおんぶした。
はっきりいって過負荷だろう。
持てるか持てないかで言えばギリギリ持てるくらいだ。
「リク君、大丈夫?」
「大丈夫だよ」
肩からルイ君の腕がだらんとぶら下がった。
子供の体温、運動後だからかとても高い。
この体温の高さなら地面は冷たくて気持ちよかった事だろう。
「リラちゃん、ベッドとかお布団とか用意してあるところ教えて?」
「保健室ーっ!」
汗まみれになって、砂で汚れた俺の服の端をリラちゃんはつまんだ。
リラちゃんの手の導くままに校舎に入った。
ふと横を見ればいい顔で寝てやがる。
「……ありがと……」
ルイ君は寝言を言った。
その声は優しさと温もりに溢れていた。
やはり光属性だ。俺を溶かすつもりか?
「ルイ君、可愛い」
リラちゃんもそういえば光属性だった。
いや、むしろこの年齢で闇に落ちていた方がおかしいか。
いても内気くらいだろう。
「そうだね、よく眠ってる」
父親のような心持ちになりかけてる。
だがしかし舐めてはいけない。
この子は身体能力的に現在俺よりも高い。
あと今世的には同年代だ。
「リク君はこれからどうするの?」
あまり予定は聞いていない。
だが俺のクラス的に授業はないだろう。
テスト的なモノはあるかもしれない。
「クラスメイトがいるところに行くよ」
たぶんサラお姉さんは教室にいるだろう。
図書館には従者カップルがいると思う。
あれはカップルだ。間違いない。
「教室?」
白い目を丸くさせてリラちゃんは言った。
「僕は特別クラス」
ほへぇと言いそうな顔で、リラちゃんは俺を見た。
「リラちゃんはどこのクラス?」
「Aクラス!」
頭の中でABCと振り分けたが、何クラスまであるのだろう?
Aは通常では1番高いのだろうか?
後々知る機会はあるだろう。知っても知らなくても特段問題はない。
「リラちゃんはすごいんだね」
女児の方が知恵づくのが早いと言う。
男に比べて身体を守る必要性が高いからだろうか?
危機管理能力が高いのはいい事だ。
不潔などの細菌的なところからどんどん改善してくれる。
まぁ、男も女も遺伝子の組み合わせが少し違えば変わっていた程度の違いしかない。
筋力的な面では優劣が大きくなりやすいが、それ以外は特にないだろう。
筋力にしても前世のモヤシなら大抵の女性に負けるからな……。
「僕はルイ君を寝かしつけておくけど、リラちゃんはどうする?」
筋肉不足は深刻だ。
これは戦闘だけの問題ではない。
肩凝り腰痛手足の冷えなど、体調不良の原因にもなりやすい。
「私も一緒にいるっ!」
筋肉は骨を支え、神経を守り、血管を保護するものだ。
また熱を作り、グリコーゲンなどエネルギーの保管場所にもなる。
痩せているとエネルギーの消費量が少ないが、保存量も少なくて、瞬発力も持久力もなくなる。
「時間は大丈夫なの?」
体力切れまで1時間とかからなかったから、本来の終了時刻のお昼までは時間がある。
だがクラスが違えばカリキュラムも変わる事だろう。
何時まで大丈夫なのかわからない。
「大丈夫っ! チャイムが鳴るまで一緒に居よう!」
すごく元気がいい。光属性は元気印だろうか?
まぁ、厳密に、魔力の属性に光はないはずだが……。
木火土金水の5属性で間違いはないはずだ。
「何する?」
木火土金水……。五行の考え方のはずだ。
という事は陰陽の考え方もあっておかしくないのか?
少なくとも相生相克の関係はあった。
木は土を弱くし、土は水を弱くする。
「何するの?」
甲乙、丙丁、戊己、庚辛、壬癸。十干だ。
木の兄と書いてきのえ、甲。
木の弟と書いてきのと、乙。
「身体使うの疲れちゃったから、手遊びでもしようか」
兄弟。兄は陽、弟は陰。
陰陽五行説はあまり詳しくないがこれくらいなら知っている。
陰陽師物の小説を読む時に気になって少し調べたから。
「手遊び?」
この辺りは調べてみると面白いものが多い。
昔の日本の考え方が見えて来るのだ。
十干と十二支を合わせて干支にしたりとかだ。
「僕はあまり詳しくないんだけど、ここに1本のヒモがあります」
干支について身近なところで言えば甲子園球場。
甲子園球場の甲子。これは「きのえね」とも読む。
甲子園球場は甲子の年に建てられたから甲子園球場なのだ。
「これの端を結んで輪っかにします」
戊辰戦争は「つちのえたつ」の年に起きた。
庚午年籍は「かのえうま」の年に作られた。
還暦は60年。干支が一回りするのと合わせられた。
「これをこうしてこうすると……何に見える?」
干支の考え方は昔の日本では生活にまで浸透していた。
だから知っているとより深くものが見えた。
考え方の流れがわかった。
「えっと……何?」
……ここは日本じゃない。
日本という概念はとても薄いだろう。
異世界の中の一国家に過ぎない。
「ほうきみたく見えない?」
干支の話にしたところで知っている人は少ない。
それで誰と話せるわけでもない。
ただ見て勝手にわかったフリをして、1人過ごすだけだった。
「ほうき……ほうき……ほうきっ!」
人は自分の役に立つモノを面白いと思う。
知らないうえに、知ったところで特に使う用途もないモノを面白いとは思えない。
「こうやって輪っかをいじって、モノの形を象っていく遊び。一緒にしてみようよ?」
近所の料理店の美味しいメニューの情報。
趣味のジャンルの新しい情報。
そういったモノは面白いと思えるだろう。ワクワクするだろう。
それらは自分にとって有益な情報だからだ。
映画などで他者の追体験をしたり、自分に関係する話題で人の意見を聞く事など、自分では得られない知見などもまた面白いと思うだろう。
漫然と口を開けて情報が落ちてくるのを待っていても、面白いと思える話は出来るわけがない。
誰もが知っている情報なんて、もう面白いなんて思えるわけがないのだから。
自分で行動して、見つけて、初めて面白いと思える情報が拾えるものだろう。
コミユニケーション能力が高いというのは、面白いと思える情報をどれだけ持っているのか、だと思う。
人によって興味のジャンルは違うだろうし、だから面白いと思うモノは違う。
さて目の前のリラちゃんは何に興味があるのだろうか?






