123、鬼ごっこ
低学年が体育をする場所に案内されると、そこはとても広い校庭だった。
ただの校庭じゃない。校庭の中央は競技などが出来るように開けているが端の方はアスレチックが点在している。
一番端は高い塀で仕切られているようだ。例によって謎プラスチックで出来ているように見える。
塀の表面はツルツルとしていて、高さも3m近いだろう。
外部からの侵入や子供の脱出は魔法を使わない事にはできないだろう。
魔法に対する耐性が高い材質なのだと推測しているが、実際どうなのだろうか?
「ルイ君、あっちの方で遊ばない?」
俺が指をさしたのは木に覆われた小山のアスレチックだ。
中腹にトンネルがあったり、山と山をつなぐ太い丸太の橋があったりする。
安全性のためか橋と地面の距離は1mとない。
小山を駆ける事は足を鍛えるのに向いている。
丸太の橋はバランス感覚を鍛えるのにちょうどいい。
遊びとはいえ、真剣にやる事で身体はより強くなるだろう。
「いいよぅ!」
純真無垢、天真爛漫。
何かに害される危険など考えた事もない。
傷1つない心かな。
俺は少し過敏になっているのかもしれない。
だがそれは自衛の意味でも必要なものだ。
ルイ君にはその感情はまだ必要ないのだろう。
本気で笑えない俺のような存在はいらない。子供が笑っていられる世界がいい。
手負いの獣の様に、慣れない環境に移された野生動物の様に。
周囲を警戒し、隙を見せない様に気を張るのは不自然だ。
「じゃあ、まずあそこまで走ろう!」
「おぉ~!」
身体能力的にはルイ君が若干上の様だ。
睡眠の差だろうか? ストレスが影響しているかもしれない。
だが俺も多少は運動をしている。極端に引き離される事はない。
家にいる間の食生活はかなり安定しているだろう。
睡眠に関しては俺のメンタル的な問題で良質かどうかは明言できない。
ベッドやまくらに関しては良質だと思われる。
「いぇい!」
「負けちゃった~」
小山の頂上でピースしているルイ君の姿は微笑ましいものがある。
何を上からモノを見ているのだろう。保護者視点で見ているのがおかしいのだ。
どう見たら正しくモノが見えるのだろう?
大人げない行動? そもそも大人な行動とは?
全てが丸く治まる行動? 結果を考えた行動?
それはきれいな行動だろう。だがそれは相手を対等の目線で見ているだろうか?
「ねぇっ! 何して遊ぶ?」
ルイ君がその大きな目を大きくして見ていた。
その顔はとても明るくて、どこか太陽の日差しの気配がした。
浄化されそう。俺は闇属性だったかな?
鬼ごっこは前世を想起させすぎる。
ただ追いかけっこだとストーリー性にかける。
どうして追いかけるのか、その理由に欠ける。
「この紐をつけた木の枝を5分後に持っていた人が勝ちっ!
枝はずっと手にもっていなきゃダメ!
タッチされたら枝を渡して5秒その場で待機!」
ストーリー性は重要だ。
ケイ泥にしても、鬼ごっこにしても、かくれんぼにしても。
長く残るゲームには多少のストーリー性がある。
大人だとか子供だとか問わず、理由がわからない事は動き方がわからない人が大多数だろう。
詳しい事を詰める必要はない。そこまで理解する必要はない。
簡便なストーリーがゲームの方向性を決定づけて、ゲームの理解を簡単にする。
ルールが難しいゲームなんて、ゲームにまだ慣れていない子供には難しいのだ。
ルール自体は簡単でも対戦は考えないと勝てないように仕組むのがいい。
囲碁とか交互に石を置き、囲んだら陣地になる程度のルールしかない。
だが勝つために考えなくてはいけない事は山ほどあり、知らない事が多すぎて俺は手をだしていない。
「わかったぁっ!」
元気いいなぁ……。熱量が高い。
俺だとここまでの熱量を持つのが辛いだろう。
熱血だとか陽気な人というのはいったいどこにそのエネルギーを蓄えているのだろうか?
暑苦しいくらいに元気な人というのは大人になるにつれて見なくなっていく。
彼らはいったいどこに行ったのだろう。大人になると熱を隠していくのだろうか。
特定の分野でのみ、その熱量を発揮していくのだろうか?
大人になると我慢を覚えさせられるのだろうか。
明るい人がいることに何もデメリットはないだろうに。
明るい返事を強制するところもある。だが熱はその時だけしかない。
「ルイ君が5数えたら始めるよ!」
「5-!」
「ちゃんと1から数えてっ!」
「は~い」
もはやお約束か。誰でも考えるのだろう。
ルイ君が大きな声で数を数えている間に俺は小山の裏手に回った。
死角から死角へと動かないといけない。
ルイ君の足音を聞いて反対側に回ったり、自分の足音を殺す。
今はまだ完全に音を殺す事ができないだろう。筋力が足りない。
だが音を殺す動き方を常用できるようになれば強いだろう。
最善を尽くし、全力で勝ちに行く。
身体能力ではルイ君に劣る。伸び伸びと過ごしているからだろうか。
身体能力だけで勝負がつくのは勝敗が決まってしまう。
耳を研ぎ澄ませ。静かに行動せよ。けれど素早く。
ルイ君も戦い方を覚えたら? より隠密能力が高く、身体能力と聴覚に優れたものが勝つだろう。
負けてたまるか。
「ねぇ~っ! どーこーっ!」
乾いた木の葉が足元でかさりかさりと鳴ってしまう。
静かな空間の中、右側から枯れ葉を踏む音が聞こえてくる。
ふかふかした木の葉をしっかりと踏みしめ、出会わないように回り込んでいく。
枯れ葉を鳴らさないようにするのが難しい。
真上から足を乗せるのが一番音が出ないが、それでも木の葉が崩れる音が出る。
斜めに力をかければ木の葉同士がぶつかり合い、ガサッと音が響く。
「いーなーいーのーっ!」
人がよく歩き木の葉が粉々になっている道を歩くのが一番静かだ。
子供達が走り回って出来たであろう獣道。
きれいな道じゃない。大人が歩き固めた道に比べれば柔らかくふかふかとしている。
走るのは難しい道だ。靴はスニーカーと同品質だろうか?
完成品を知っている人がいるのが強いのだろう。
完全な模倣はできなくても、構造の理由を研究者程明確に判断できなくても、使い心地などを知っていれば代用できる技術で対応出来るのだろう。
だがそれでもなお。ふかふかの道は反動を殺し、足への負担を抑える代わりに、走りにくくする。
この走りにくさに慣れた時、硬い地面でのスピードが上がるだろう。
硬い地面を走るのに慣れるのはもっと体が出来上がってからでいい。
「どーこーなーのー! ねぇーっ!」
……流石に痕跡残さずは初心者に酷すぎたかもしれない。
声に涙が混ざってきている。もう少しレベルを下げてしないと。
これではいじめになってしまう。
身体能力でルイ君が上だとはいえ、経験値では俺の方が上だ。
からかう感じに見せていけばいいのか?
いや、声を出してヒントを出せばいいか?
「ルイ君っ! こっちこっちっ!」
「リク君? どこ? わかんないよーっ!」
聞こえてくるルイ君の声から悲痛な感じが消えた。
でも相変わらずどこどこと声出して探している。
自分の居場所を伝えながらじゃこのゲームは勝てないぞ。
それとこの場所が小山なのだ。
頂上からぐるっと見渡せばだいたいどこにいるかわかる。
その視線から隠れるにはトンネルに入らなくてはいけない。
「あ、リク君っ! 見ーつけたっ!」
トンネルに入ると立って走れない以上スピードが出せない。
逃げるのは難しく、反響音が激しく居場所がばれやすい。
立ち止まればすぐに動くのは難しい。つまり死地だ。
小山の上から見つけられた場合、駆け降りる鬼側の方がスピードが出やすいので捕まる確率自体高い。
トンネルに隠れてもタッチするだけでいい鬼が有利だろう。
つまりこのゲームは鬼側が圧倒的に有利なのだ。
物陰に隠れて息を殺す事で小休止を入れつつ、見つけられた際の瞬発的な逃走。
インターバルトレーニングとしてとてもいいと思う。
遊びを兼ねた強化トレーニングなのだ。
「じゃあ、ルイ君、思う存分逃げてね?」






