121、カナさんと
生活に変化があった。まだ柔らかいモノが多いが、今までよりも歯応えが大人の味付けになったのだ。
食事の変化はとても大きい。魔力の吸収量が大きく変わるからだ。
乾物は低かった。離乳食はそれよりもマシだ。煎り豆は離乳食より良かった。だが今回のご飯は煎り豆よりも多かった。
収穫からの経過時間が影響しているのかもしれない。新鮮なモノ程、保有している魔力の量が多い?
煎り豆は大豆を煎ったモノだ。だが赤子用にある程度冷ましたモノをくれた。
冷めているモノだったから時間が経っていた関係で魔力の吸収量が低かったのかもしれない。
「リク殿」
生物は多少なりと魔力を生成する? いや、植物が生成し、それを食べる動物が生体濃縮を行う?
生物は死んだ瞬間から魔力をその身から外へと散らしていく?
料理する事で吸収力が変わるなんてこともあるかもしれない。
わからない。だがもし魔力を多量に保有する生物を食べたらその魔力を吸収できるのだろうか?
もちろん上限はあるだろう。それでも上限を上げるためにも魔力量が必要だ。
……ニーナやゴーレム達には摂食による魔力の吸収はできないのだろうか?
「リク殿?」
できない理由はあるのか? 消化器は作っただろうか? たしか作った。
作らなければ空白の空間が出来てしまうため、未知の不具合が起きかねないからだ。
内臓を抜いた分の筋肉のバランスなども考える必要ができてしまう。
そこまで考えるのはなかなかの手間だ。
試作品をいくつか作らなければいけなくなるだろう。
あの時、そんな余地はなかった。一発勝負でそんな博打できない。
「リク君? こぼれるよ?」
もし俺が魔力の供給を出来なくなった場合、ニーナ達は魔力の吸収のために食べるのだろうか?
高い魔力をもつ生き物……。何が……。……王都の人々って魔力等級が高めだ。
やばいな。魔法が効かないゴーレムの動力源が魔力って危険すぎないか?
……考えようによっては食料のそばで楽して栄養をとるために行動しているモノだ。
人間を飼う吸血鬼みたいだ。あたかも人間が上位のようにみせかけているのが皮肉的だな。
逆らうのが事実上困難であるというのに、それを見せかけの主従関係だけで成り立たせようとしている。
「リク殿? どうしたであるか?」
気がつけば目の前にはニーナの黒い鼻がある。
視線を上げて顔を見れば、その大きな目は不思議そうだった。
何を考えているのか想像するような、話のとっかかりを作る顔だ。
ここでニーナを疑っていたなどと口にできるはずもない。
無難に食事を味わっていた事にするか? いや、食事に興味を覚えていたようには見えていなかっただろう。
今日の予定について物思いにふけっていた事にするか。
「今日の午前は体育の日ですよね」
同年齢は未知だ。何を考えているのかが全く分からない。
目に入ったモノに対して考えているのかもしれない。
だがそれは確実じゃない。理路整然と語ってくれるわけでもない。
1つの事に対して意識が集中したらそれを伝えるためにあまりない語彙を使う。
結果的に断片的にしかモノが伝わってこない。
初期の俺のように言葉を理解するために、試行錯誤している段階だから仕方がないのだと思う。
「そうであるな、何か不安でも?」
何を話せばいいのかがわからないのだ。
普通の幼児であればなんでも試してみたい年頃なのだろう。
だがその感覚が俺は前世含めてまるでわからない。
見た段階である程度の情報を認識できる。その認識を超える情報を入手するのは難しい。
知識の中で比較を繰り返し、感触や重さなどを想定してしまう。
ペットボトルの中身を見ずに重さを予測しろなどはできないが、見えている情報、木の枝ならどういう質感なのかなどはある程度は想像がつく。
「同い年の子供が何を考えているのかがわかりません」
1つ触れば類似のものは予想がつく。本による知識の補正もある。
木の中には枝や葉に毒をもつモノがある。さらにイラガなどの毒虫が潜んでいる可能性がある。
毒虫に触る危険性が高いところには触りたくない。
潔癖症とはまた違うと思うが、危険には極力触らない主義だ。……この辺りがおかしかったのか。
普通、男の子は怖いもの知らずに好奇心の赴くままに触っていくのだろう。
だから冒険心旺盛というか、怖いモノ知らずにいくのだろう。
「リク殿……」
若干、呆れまじりの声を出された。何だか周囲の目が急に生温かくなった。
こう生温かい目で見られるのは理解はできるが、認めたくない気持ちが掻き立てられる。
人間らしさがこぼれ出ると微笑ましく見えるのだろう。
普段、幼児としておかしい行動をしている……と思う。
それを認めさせる、黙認させる、この子はこういう子なんだ、そういった状況に落とし込んでいるはずだ。
だがしかし、それは前世を抜きにしてしてもおかしくない行動という縛りをつけている。
「リク君。同い年の子と話すと何か発見があるかもしれないよ?」
カナさんがお皿を片付けながら微笑んだ。
俺はスープを飲み干し、自分のお皿を洗い場へと運んだ。
実際、子供というのは大人が考えていない行動をするものだ。
何を楽しいと感じ、何を面白いと思い、大人のお世辞抜きの欲求をぶつけていく。
面白いと思えば笑い、不安になれば怯えて泣く。自分に素直なのだ。
後先を考えない行動とも言えるだろう。だがだからこそ見えてくるものがある。
「発見はあると思うのですが、どうやって関わるかがわからないのです」
目的をもって行動するなら得意だ。目標があるから動きやすい。
だが自由行動といわれた時、何をするかが決まっていないのだ。
ほかの子供が駆け回っている時、理由がわからなくて困るのだ。
ただ走りたいだとか、体を動かしたくてたまらない。
それ自体は少しはわかる。あまりに体を動かさないでいると動きたくなるのだ。
だがそれは動かさないでいたからだ。常に動かしたいわけじゃないのだ。
「リク君は自分と違うものと同年齢の人達を見ていませんか?」
カナさんは洗い物をする手を止めて俺を見た。
とび色の瞳は優しそうだ。悲しそうではない。困っているわけではない。
ちょっと不思議? いや、可愛いモノを見たかのような? だろうか。
違うものと見ているかどうか? であれば確かに見ているだろう。
どうしたところで俺の思考回路が異常なのは確実だ。
この頭が通常であったら世の中が気持ち悪くなる。
何もかもがお約束で動く機械みたいな世界になる。多様性の欠片もない。
「見ていると思います」
断言するのは避けたい。断言してしまえば異質を際立てるだけだ。
角を立てるのは要らぬ軋轢を生むだけだろう。それはよくない。
そんなものはつまらない。嫌いだ。苦手だ。
自分とは違う。そう思うからこそ見えてくるものがあり、発見がある。
自分とは違う思考回路、違う環境だからこそ見えてくる物、全て俺からしてみれば面白い。
今は面白いと笑えるだけの余裕が足りないが、自立ができればそれもできるだろう。
「どうして違うと思うの?」
この思考回路がAと入力されたらBと返す機械のようだからだ。
マニュアル化された思考回路が見たものに対して分析を行う。
スマホのインターフェイスにジョークで負けるくらいの性能だ。雑魚め。
笑いの種類としていえばアメリカンジョークが好きだが、それを考えられる思考になっていない。
あの思考回路が欲しいものだ。心の中にアメリカ人を住まわせればいいのか?
貶すような笑いや障害を笑うモノは見てて不快だ。
「考え方がまるでわからないからです」
モノを見た時の反応でアメリカンジョークのような対応ができる人もいるのだ。
まぁ、あまりそういう事が出来る人を見る機会はないので、それは別人種としておこう。
極端な例をだしたが、人を笑わせるという目的がわかるが、その面白いと思えるモノにたどり着けるまでの思考がわからない。
笑いという面で今の事を言ったが、別に笑いでなくてもいい。研究者なども似た側面がありそうだ。
自分の分野というモノがあるともいえるのだろう。その分野に思考を飛躍させられる人の思考がわからないのだ。
俺も分類されているのかもしれないが、不思議系と呼ばれる脳内トリップ勢に至ってはその人にしか見えない世界を生きているだろう。
「そうだね、じゃあ、わからないで頭止めないで人の事を知ってみよう?
そうしたら共通点とかも見えてくるから。
頭止めているうちは相違点しか見えないよ?」






