116、決別
「そう、よかったわね」
そうお母さんは微笑んだ。柔らかい表情。声も優しい。
やはりこの言葉で選択は間違っていなかったな。
マル先輩やカク先輩、サラお姉さんをお母さんは見ているかもしれない。
だが考えてみよう。この3人は友達と言っていい関係なのか?
きっと違うだろう。上司と先輩、会社のような、仕事の間柄の方が正確だろう。
今回俺が友達といった相手はゴーレム達の方だな。
俺は作っただけ。今の俺は魔力だけは持っている無力な存在だ。
彼らは作ったという1つの理由だけを頼りに俺の周りにいてくれる。
どちらが上か。そんなものはない。彼らはいつだってどこにだって行けるのだから。
「ネネ、出てきて」
胸元からネネが飛び出すと一瞬大人達に緊張が走ったのが見て取れた。
そういえばあの爆発の後、ゴーレムが出来ている事は伝わっていたのだろうか?
爆発の規模に反してゴーレムの大きさが小さすぎて認識されていなかった可能性はあるかもしれない。
だがネネはそんな大人達の様子を気にすることもなく自由に空を飛び回った。
彼? いや、彼女か? 精神体の性別などわからない。そもそも性別があるのかすらわからない。
筋肉を伸ばすように気が済むまでネネが空を飛ぶと俺の目の前まで来た。
「どうしたの? ご主人?」
この「ご主人」は俺の先輩やお姉さんくらいの意味合いだろうな。
自分のキャラクターに合わせて、個人の関係の位置づけをするための他愛無い呼び方。
あやふやな言い方だ。かちりとしまった呼び方ではないだろう。
役柄を作ればその立場からモノを考えれば良くなるから楽だろうな。
自分からそこの立場に納まるのだ。その立場が妥当というか、いてくれたら楽だ、くらいに思われていれば、わざわざその立場から移動させようとなどしない。
立ち位置を決めるのが上手いのだろう。
「ネネ。僕の友達の1人です!」
「え? え? ネネはネネだよ?」
なんかネネが戸惑っているが問題ないだろう。
いくらネネが戸惑っていても、俺はネネを友達だと思っているから!
下位存在でいようとするなんて許さない。
部下の責任は上司の責任。部下のミスは上司のミス。
でもさ。部下じゃなくて、友達なら責任も何もない。
というかだ。ネネの方が今の俺よりも能力値高いだろう。
魔力の攻撃に対しては無効化される以上、俺を殺しても自分は死なないなんていられるんだからな。
隠れ蓑にして責任だけぶん投げられたら嫌だぞ。
管理下にない奴が都合いい時だけ懐に納まろうとするのは嫌だ。
ここにネネがいるのは今はここが都合がいいからにすぎないだろう。
「うんうん、そっか」
お母さんに苦笑された。いや、苦笑じゃない? しょうがないなという感じの笑い方だ。
だがまぁ、悪く見られてはいなさそうだ。ならばいいか。
それにこういうのは割と言ったもん勝ちだ。
否定する程ではないがちょっと違う? と思われてもだ。
否定というのは慣れている人でなければけっこう遠慮してしまったりする。
その結果、立ち位置が気づけばその場所に納まっているなんて事が起きる。
立ち位置というのは日頃の言動が大きく左右するのだ。
だからこそ口は禍の元だ。しゃべってもしゃべらなくても禍を起こす。
ならばせめて考えて口に出し、俺の思う道へと進まないといけない。
「うん!」
にっこり。満面の笑みを浮かべてお母さんに微笑むと反射的だろうか? 笑い返してくれた。
見上げたお母さんの顔はちょっと微笑み崩れていた。騙している気分が罪悪感を覚えさせる。
だが今を乗り切らなければ先がない。力が欲しい。今は雌伏の時。
「リク。よかったな」
「うん!」
父さんはお母さんの後ろからそういった。
扉の外から聞いたあの声から察するに心配しているけれどそれを当人の前では出せない感じか。
そんな見栄っ張り、ほほえましく感じる。父親に対して何上から目線で言ってるんだってやつだが。
「感動の再会はそこまでにしておいて、ひとまず今後の話をしようか」
今までソファーに腰かけたままでいたカイと呼ばれていたおじさんが俺たちに声をかけた。
その手元には各種書類が揃えられていた。机の上に広げられた書類を見れば学校など記載されている。
住居関係などもどうなるのだろうか? 今はいろいろな場所に移動しているが。
「リクは私たちのところに引き取ります」
「だからそれはリク君の作ったニーナ殿を引き取れない関係上ムリだ」
あ、簡単に移動できない理由が出来ていたから問題が発生していたのか。
確かに一般家庭にニーナは住めないだろう。体高が3m近いのだから。
かといって引き離すわけにもいかない。どんな問題が起きるか不明瞭だから。
もし引き離された際、ニーナが暴れるなどの事が起きたら惨事だろう。
魔法は通じない。魔力で強化された体は強靭。倒せるのだろうか?
行動を封じる事自体は一時的にできるかもしれない。
そういえば教会でのあの行動を封じられていた。あれは本当に動けなかったのだろうか?
柱に鞭がまとわりついていた。もしムリヤリ動けば? 柱が壊れたのだろうか?
そしたらあの部屋は崩れていたのだろうか。その可能性があったからニーナは動けなかったのだろうか?
爪の鋭さなどは求めていなかった。だから鞭を斬る事が出来なかった?
可能性はありそうだ。建物が崩壊すれば助けるという目的を達成できなかった。
その力の底をまだ俺は見ていない。
「そうね。じゃあ、私達もリク君のところに行ってもいいかしら?」
「すまないがそれも出来ない。パワーバランスがあるんだ」
お母さんがそう告げるとカイおじさんがそう答えた。
パワーバランスか。どういったパワーが働いているのだろうか?
見えているだけでも王国政府と教会? いや、教会は牙を折られたはず。
あの誘拐事件のように、目に見えた失点は他派閥の負い目になるだろう。
教会派閥はこの世界だと大分大きな派閥だったはず。神様がいる世界だから。
一強体制から群雄割拠の戦国時代? 下手に移動させたら力関係がまた変わって大変になる?
お母さんや父さんはどこかの派閥の関係にある?
いや、違う。そもそもの影響力が高いから、その影響力を抱え込んだ派閥が大きくなりすぎる?
もうわからないな。とりあえず俺はどうしたらいい?
「パワーバランスだ、なんだってリクを政局の道具にしているのか?」
「しないように干渉禁止区域を作っているんだ。触らせないように互いが互いを牽制しあうように仕向けたりしているんだ。今、これ以上手を加えたらどこが手を出してくるのかわかったもんじゃない」
だとしたら今は? 今は裏ボスの管轄? 裏ボスの管理下だから自由にさせてもらえている?
だとしたらそこに両親が加わっていけない理由は? 裏ボスと両親の仲が悪いとか?
だから付け込まれる隙になる? わからない。
裏ボスの工作が上手くいけば生きやすいのか?
少なくとも危ない干渉を防げる壁となっている?
裏ボスの組織よりも安全な組織を知らなければ上手くいけないか?
「カイさん、わかりました。僕はこのままの環境で大丈夫です」
カイさんに対して怒り顔だったお父さんやお母さんの色のない冷たい笑顔が凍った。
カイさんは一瞬固まったが顔を少しほころばせた。
カイさんの黒い瞳が赤子を見るモノから1人の人を見るモノに切り替わっていた。