114、前世の価値観、今世の価値観
異常。異常なことは理解している。だがダメなのだ。
どうしても家族や人に対しての依存の気持ちが薄い。意識の上でどこまでも他人なのだ。
育ててくれた事への恩? それは感じている。それに報いる事は考えている。
人に頼るという事。その意味は理解していると思うのだが、だからといってできるかどうかはまた別問題なのだ。
できない事や自分がやるよりも早そうだと思うことは頼める。もしくは自分が手を出した方が丸く納まりそうだなと思えば手伝う。
それは必要だからできる。だが必要でない事はできない。考えようとしても考える事が上手くできない。
俺は誰に対しても対応は変わらないだろう。誰に対しても思い入れが足りていないから。
出会った人の事は覚えていても、思い入れがないから何も思っていないだろう。
親だろうと。他の誰だろうと。だからこんなにもおかしいのだ。
俺は俺自身に自信があるわけではない。
むしろ一番信用できないものが俺自身だとすら思う。
だからこそ理屈をこねくり回し、正しいと思う流れを求める。
異常だと感じているからこそ普通を求めている。
人の姿や行動とかけ離れているから、だからこの情動は異常だと判断ができる。
もしこの感覚が普通だと認識できる人がいたら、その人がいる環境に疑問を感じる。
前世の呪縛が未だに溶け切らないのだろう。前世のドロップアウトの原因。
俺は恨みこそしてはいないだろうが苦手意識が強く、人に対して淡白になってしまった。
価値観が前世を引きずり続けているからだ。価値観を引きずれば前世バレにつながってもおかしくない。
一歩引いた目で見てしまうから思考が常人とかけ離れてしまう。
直さないといけない。直すじゃなくて治すだろうか?
病気と同じだろう。治療だな。心の治療の領域だ。
「大丈夫? 速くない?」
歩いている俺にサラお姉さんは聞いた。
顔が楽しくなさそうだったからかもしれない。
考え事をしながら歩く様が怪しかったかもしれない。
もっと周りを意識して動かないといけない。ここのところ内側に意識が向かい過ぎている。
取得できた情報量は? この場所の間取りとかの想定は? 歩いているこの通路は?
全然ないじゃないか。まるで把握できていないじゃないか。抜けているぞ。雑魚が。
「はい、大丈夫です。ちょっと考え事をしてただけです」
現在向かっているのは王城。今歩いているのは廊下。どこの廊下?
連れてこられたお屋敷の廊下だ。赤い絨毯が敷き詰められている。
このお屋敷はどういうお屋敷なのだろうか? 王城と何か関係があってもおかしくない。
ここが既に王城の中という事はないだろうか? いや、さすがにないか?
だがあるかもしれない。信頼できる親族は王城周辺に固めて身辺警護に当たらせるとか。
王城はどこまでが王城なのか? それすらもわからない。
建物の中で過ごす事が多い。身長が足りない。移動も何もかも管理されている。
色々どうしようもない事が多いが、聞けば見せてもらえたかもしれない。
俺はそういう当たり前の興味すら人に聞く事が出来ていなかった。
「そう? 何を考えていたのか教えてくれる?」
思考そのままを伝えたら異常としか言う事ができない。
子供らしい事を言わないといけない。前世バレは収容だ。
家族との久しぶりの再会で何を話せばいいか迷っているとか伝えればいいだろうか?
実際、この問題はとても大きいだろう。
今まで何をしていたのか伝えるとか、近況報告がいいのだろうが、どこまでが話していいレベルなのかを考えると難しい。
子供らしい次元で話した方がいいのか、それともある程度隠さないレベルで話した方がいいのか。
「僕ってお母さん達にとってどういう存在なんでしょうか?」
周囲の視線が一気に俺へと集まった。
好奇の視線のようにも感じる。そういう発言はすると思っていなかったのだろうか。
確かに今までの俺の言動からして人にどう見られているかという具体的な問いかけは考えにくいだろう。
どちらかというとこう思われているからこういう風に行動すればいいだろう。
そういう内側に抱え込んで人前では出さないようにするタイプに見られていたはずだ。
実際、こんな状況にもならなければ発意しないだろうから。
「可愛いんじゃない? 心配しているくらいだから」
サラお姉さんはそう少し冷たく言った。その青い瞳はどこか悲しそうだ。
王族ともなれば家族で集まる機会なんてほとんどないのかもしれない。
各人がどこかしらの派閥のトップとして機能していなければおかしいから。
家族という存在は遠い場所にあるのかもしれない。
だからお姉ちゃん呼びを喜んだりしているのかもしれない。
憶測に過ぎないことだ。間違っている可能性が高い。
あのリサお姉さんのラフなフットワークを考えてみれば行こうと思えばすぐに会いに行けるだろう。
想像よりももっと家族関係は良好であってもおかしくない。
憶測ばかり頭に浮かべていると現実が見えなくなる。少し控えなければ。
「だといいんですけれど何だかわからなくて。僕って言ってしまえば爆弾ですよね。
下手につつけば周囲に甚大な被害を出す、迷惑な人ですよね」
俺は自分を信用が出来ない。空想の眼鏡をかけて現実を歪めてしまうから。
正しい姿を見つける事が出来ていない。だからこそ正しい姿に近づきたい。
母さんはよく俺の側にいたが、気づけば心配顔で俺を見ていた。
可愛いというよりも心配という言葉が正しい。
心配だから目を離したくないだけで、可愛いからという理由で見ているとは思えなかった。
自分が産んだ子供が人様に迷惑をかけていると考えると嫌だ。そんな理由かもしれない。
「そんな事気にしてたのか?」
マル先輩が不意に口を開いた。紫の瞳がちょっと笑っている。苦笑だろうか?
目線を合わせるためにかマル先輩はその場に腰を落とした。ヤンキー座りといえばいいだろうか?
この座り方、目線は低いのだけど猫背になる関係で、上から抑え込みにかかる一歩手前に見えるのだ。
「人間だれしも爆弾だ。何かあれば大なり小なり被害は出るさ。
リク君。確かにお前は魔力が多い分大きな被害が出るだろう。だがそれがどうした?」
どうしたもこうしたもないだろう。
危険なのだ。町中に爆弾が転がっているようなものだ。
普通にアウトだろう。どれだけ危険だと思っているんだ。
「王都にいる連中のほとんどが家を一軒吹き飛ばせる。
それが町1つ分になったところで範囲が変わっただけだ。
お前は爆発騒ぎを起こすほどバカじゃないだろ? それさえ分かってれば何も問題ない」
そうだ。前世基準で考えれば道を歩いている人は爆弾ではないだろう。
だがこの世界では魔力という爆弾のエネルギーは大なり小なり持っているものだ。
誰しもが爆弾として機能する。爆弾じゃない人がそもそもいないのだ。
爆弾が爆弾を怖がって隔離したところで、自分が爆発したら他人を巻き込むのだ。
被害の規模で考えるのではなく、被害があるかないかで考えたら誰しもあるのだ。
目糞鼻糞を笑う。五十歩百歩。そんな事を気にしているのは前世のある自分だけなのかもしれない。
いや、もちろん、爆弾に触りたくない、近づきたくないっていう人もいるだろう。
むしろ居て当然だろう。だがその比率は前世に比べたら少ないのだろう。
人との距離を縮めて、普通の人、異物排除に引っかからない人になるためには価値観を直さないといけない。
「ありがとうございます。少し気が楽になりました」
「お前に怯える人はいるだろうが、そんな深く考えんなよ。
俺に相談すれば粗方こたえてやるからさ」
紫の瞳を細めてマル先輩は自信たっぷりに笑っていた。
カク先輩も穏やかな顔でうんうんと頷いていた。
こうして見ているとただの仲良しグループの輪に入ったかのように感じた。






