110、パーティは始まる
黒のリムジンは内部には音も振動も感じさせなかった。
サングラスのように黒くカラーリングされ流れていく外の景色。
窓の外の景色から多くの屋敷が現れては消えを繰り返し、やがて1つの屋敷に入った。
抜き身の刀を思わせる、サラお姉さんに爺と呼ばれたおじさんがサラお姉さん達をエスコートし、屋敷へと導かれた。
視界に映る光景は物語のお屋敷、もしくは外国の大使館のような、緑の芝生が鮮やかな空間だった。
こげ茶のレンガのような外装のお屋敷には大きな窓があったり、とがった緑の屋根が印象的だ。
サラお姉さんに抱えられたまま……いつまで抱えられたままなのだろうか……。
抱えられたまま辺りを見渡せば、足元のレンガで出来た道は100mは続いているだろうし、庭だと思う広い芝生やところどころに植えられた木々はどこまでも続くかのよう。
遠くに見えるあの壁はどれくらい離れているのだろうか。
「お帰りなさいませ。サラお嬢様」
爺の手で開けられたお屋敷の扉の向こうには1人のメイドのお姉さんがいた。
黒のロングスカートに白のエプロン。頭には白のカチューシャがあった。
年齢は20代後半じゃないだろうか? 少し丸みがかった顔立ちは柔らかな慈愛を帯びた表情を浮かべていた。
ただのメイドのお姉さん……なわけがない。
見る限り落ち着き方が尋常ではない。あのどっしりとした落ち着き方、何があっても対応ができそうだ。
メイドの中のチーフ、メイド長に値する立場かもしれない。
いや、違う。それだと玄関前で待っているのはおかしいのではないだろうか? 何より若すぎる。
帰る時間が予想が出来ている? だから来客などの対応で指示を出す立場の人間がそこにいてもおかしくない?
だとしたら次期メイド長くらいの立場だろうか? 平よりも立場が上のメイドのお姉さんではないだろうか?
「サラお嬢様、ホームパーティーの準備整っております」
へまをする可能性のある見習いメイドさんを玄関で来客させるとは考えられない。
案内する人間が途中で切り替わるのはそれはそれでおかしい。途中で引き継ぎなどを行うのは手間がある。
だとすれば案内する人間は他のメイドさんに指示だしを出来る立場でないと困る。案内している間に先に部屋の用意などをさせる必要があるから。
誰が何ができて何ができないのか把握していなければ、人に指示だしは出来ない。
出来るだろう、そんな判断が大きなミスを生む可能性がある。
だろう運転を貴族相手にするとは思えない。ミスないように動いてしかるべきだろう。
「ありがとう、ミナ。それではパーティー会場に案内お願いするわ」
ミナと呼ばれたメイドのお姉さんは軽く一礼すると一瞬廊下の向こうへと視線を向けた。
首の後ろで黒のリボンで結び、背中へと一筋流された濃い紅い髪が左右に揺れた。
顔を前に戻したメイドのお姉さんの瞳の色は綺麗なとび色をしていた。
「かしこまりました」
そういえばホームパーティーの連絡はいつしたのだろうか?
遠距離と連絡をとる技術はきっとあるのだろう。
携帯電話レベルの手軽さで連絡が取れてもおかしくない。
サラお姉さんがしていた気配はなかった。
いや、もしかしたら魔法を使ってしていたのかもしれない?
さすがにそれはわかるか。だとしたらサラお姉さんの爺がしたのだろう。
用意している時間を考えると連絡は車よりも速くないとおかしい。
車が怪しいな。トランシーバーのようなモノが付いていてもおかしくない。
魔法? 3等級以下なら魔法を使っても問題がないしあり得るのか。
魔法。魔法。魔法。
何ができるか、どこまでできるか、出来ないことは何か。
いや、出来ないなんて決めつけられない。ただ今の段階で出来ると判明している事とそれ以外しかない。
今できないだけで、未来でできることはたくさんあるものだ。
空を飛ぶことは昔は机上の空論に過ぎなかった。イカロスの翼のような形状すら考えていた。
だが現代を思い出せば空には毎日のように飛行機やヘリが飛び、宇宙へまで手を伸ばした。
過去の人々のイメージとは違ったとはいえ人は空を行くようになった。
歯車も組み合わせれば時計になる。
0と1。オンとオフしかない。そんな電気の流れも組み合わせればコンピューターになる。
様々なものを組み合わせて機械になる。
魔法も組み合わせれば出来ない事はなくなるだろう。
出来ないという概念自体がなくなるかもしれない。
だが0と1を理解しないでコンピューターは作れない。
基礎単位を理解する事で、応用が利かせられるようになる。
理解していない、何ができるかわからない、そんな状態では前に進めない。
実験したい。何ができるかを確かめたい。既存のモノはいい教材だ。1つの機能を示してくれる。
「本日はこちらのお部屋になります」
いくらか歩いた先、メイドのお姉さんに案内された部屋に着いた。
俺は歩いていないな……。いつになればだっこから解放されるのだろうか?
逃げられるだろうと考えられているのかもしれない。
赤子の歩く速さを考えると抱きかかえて歩く方がストレスが少ないのかもしれない。
魔法? によって筋力を補助されているから15キロ近いこの体を持ち運ぶことも苦にしていない?
魔法とかないと流石にこの細腕で抱え続けるのはつらいだろう。
サラお姉さんにしても身長は150にまだ届かないはず。
俺の身長はそろそろ1mに達するはず。測っていないからわからないが。
赤ん坊だとは言っても幼稚園児サイズなのだ。ベビーカーがきつくなるくらいのサイズだ。
「サラお嬢様、その子の席はこちらに用意しております」
メイドのお姉さんのアシスト。これに乗らなければ降りられない気がする。
今まで抱きかかえられていたのがおかしいのだ。
俺に自由を! 自由を!
「サラお姉ちゃん? 僕自分で歩けるよ。あそこまで行かせて?」
必殺っ! 上目遣い! あ、やばい。血反吐吐きそう。
まだこの口調がメンタルに来るのか……。いや、今までそこまで必要なかったし使ってなかったな。
俺が俺であり続けられるうちに自由にできる場所を作らなければ。
この裏を知っているのはニーナくらいなのか。
いや、ネネも知っていてもおかしくない。
ゴーレム達は作られた時に俺の情報を握っていく可能性があるのだ。
「いいわよ?」
サラお姉さんはすんなりと解放してくれた。
ここはサラお姉さんの家だからかもしれない。
逃げられても捕まえるのは容易いからかもしれない。
やはりここは危険地帯かもしれない。
だがここが本拠であればこそサラお姉さんの裏が見えてくるかもしれない。
危険性を確認しやすいという意味であればここに来たのは正解かもしれない。
「ありがとうございます」
この体のバランス維持機能はまだ弱い。
とてとてという擬音がつきそうだ。ずっと抱きかかえられていたせいもあるかもしれない。
ちょっと足がふらつきそうだ。もっと能力を上げなければいけない。
身体能力は大事だ。魔法で出来る事や機械を使ってできる事に比べたらわずかかもしれない。
だがそのわずかの差が魔法で出来る事や機械を使って出来る事の幅を決めてしまう。
一般人用の器具とアスリート用の器具が違うように。
さてこのイスに座れば戦闘の始まりだ。学校のは序章に過ぎない。
心理戦。今後の俺の立ち位置。居場所。そして情報収集。敵地だからこそわかることがある。
俺が求めている情報や今後の行く末を決める戦いがここから始まる。
「さてパーティを始めましょうか。乾杯しましょう」
サラお姉さんの瞳は静かだった。
サラお姉さんはスッと手に持ったグラスを掲げた。
それに倣うようにマル先輩とカク先輩もグラスを掲げたので、俺も倣ってグラスを掲げた。
「今日の出会いを祝して。乾杯」
ジュースの入ったグラスを1口だけ入れた。
炭酸が好きなのかもしれない。みんな。
いや、お酒の代用と考えたら炭酸があった方がらしいのか。