105、魔法生物
「小鳥? いえ、しゃべった?」
ネネの存在はばれても問題ない。その存在で様々なモノを隠し通せるから。
転生者という秘密を隠すための小さな秘密。元々そのつもりでも連れてきた。
ネネがいれば話す内容にもなるだろうし、小動物はいるだけで空気を和らげる。
そしてネネは魔法に対しての防御手段として最高の存在だ。
物理的なモノに対してはどうにもならない。だがそれはそれだ。
偵察要員として見ればこれ以上となくいい存在だろう。
「ネネ? 苦しかった?」
ネネは目の前でゆったりと飛んでいた。
丸い黒い瞳は可愛く見える。純粋無垢な色合いは人の心を映し出す鏡となる。
小鳥が考える事は知らない。だが人はその瞳や仕草から予測しようとする。
小鳥が話すだろう言葉として、いや、話してほしいだろう言葉か、たいてい赤ちゃん言葉になる。
そこに人の生活などの哀愁を感じる。甘えてくれる存在である事を望んでいるのだから。
そして彼らも期待に対して応えようと、喜ぶ仕草を模索し始めて、行動様式は似たものになる。
「うん、ぎゅんぎゅん絞められて苦しかった!」
その点、ネネは言葉を話す。人が勝手に予測した言葉ではない。
子供らしい言葉だ。この言葉は演技ではないだろうか?
わからない。ネネの子供口調は演技だろうか?
もし俺と同じように演技で子供の皮を被っていたら?
問題は特にないか。その可能性は元から考慮に入れていた。
ネネはニーナと同じ魔力なのだから。
「その……ネネっていうの?」
「ネネはネネだよ!」
だから何? そう言いたい。だが言ってまともな言葉が返ってくるかわからない。
この言葉遣いは狙ってやっていることだと思う。
ニーナと同じ存在なのだから、ニーナと同程度の思考能力は持っていてもおかしくない。
サラお姉ちゃんも困惑顔で俺を見ている。
だがそこに興味の色が見える。見知らぬモノを楽しむ、子供らしい色が。
やっぱり上品で貴族、もしくは王族のお姫様だと言われても信じられる。
「ふーん。なるほど。君があのリク君か」
「?」
何故、俺の名前が?
いや、王族だとして。王族だとしたら? 中枢だと思われる機関の名称が王城なのだ。
この世界には王族がいるのだ。だとしたら俺のような要注意扱いを受けている子供の存在を知っていてもおかしくない?
いや、王族とはいえ、子供なのだ。王様の管轄する業務の一端を知っているのはおかしいだろう。
おかしいのか? そういえば王様が1人で一切の認可を下すなら、その業務の引継ぎもかねて、仕事の一部を見せたり、実際問題ない範囲の業務を任せたりとかしないのだろうか?
先がある程度見えていると関連する分野の勉強などは効果的になりやすい。一見は百聞に如かず、経験は知識を補強し、地盤を固める。
「リク君。君は賢い子だね」
サラお姉ちゃんの手が優しく体を撫でた。
目元は笑っているがその青い瞳は冷たく見えた。
権力闘争に利用できるコマと見られたのだろうか。
いや、まさか。あくまでサラお姉ちゃんが王族だった場合に考えられる話だ。
貴族のお嬢様が学内権力闘争に励んでますとか、そのレベルの異空間だ。
起こりえる可能性は低いと思いたい。貴族の犬として飼われる趣味はないのだ。
「リク君、その小鳥って魔法生物か?」
マル先輩がイスの背もたれに腕を乗せて振り返っていた。その後ろでカク先輩も興味深そうに見ていた。この2人ってそういう関係なのだろうか? いや、8歳くらいに見えるし、いやでも小学生でもそういう関係の子とかいるか。今はまだという関係かもしれない。
現実逃避はそこまでにしよう。
一定以上の知能を持っているであろう特別クラス。
その子供達が将来的に何も期待されていない事は考えられるだろうか?
「魔法生物って何ですか?」
ましてここは王都だ。王の名を冠するという事は王様や貴族のいる封建国家だろう。
有能な人材は子飼いにして、自派閥の力を強くしたいと考えてもおかしくない。
その中核となるリーダーはサラお姉ちゃんだろうか。
学園と聞いたがその正式名称は聞いた記憶がない。
この世界では正式名称は全体的に隠されるのだろうか?
人の名前ですら省略されたと思しい。
「魔法生物? 魔法の生物だな。神様が使った魔法で生まれたとされる生き物達だ。
その生き物は動物の姿をかたどりながらも人語を理解し、話す事が出来る超常の生物とのことだ。
有名所だと木帝ラミ様達と戦った黒龍のような神の忌み児達だな」
神の忌み児……。忌み嫌われている子供か。
誰に忌み嫌われているのかが気になるところだ。
人間か? それとも土の神様か? それとも神様全員か?
魔法生物ね。そういう枠組みがあるのか。
ゴーレムなんていう言葉は前世のモノだ。使えない。
ネネ達の事はこれからは魔法生物と言おうか。
「動物の姿で人語を理解するという存在は魔法生物以外寡聞にして耳にしたことがない。
リク君。君はその生き物の正体を知っているのか?」
「知りません。よく分かっていません」
俺が魔法で作ったが、中身に関してはどこの誰なのか実際分かったものじゃない。
ニーナとネネは魔力だというが、それは本人たちの自己申告に過ぎない。
異世界の悪魔でしたとか、この世界で何か企んでいますとか、一切分かったモノではない。
ただそんな事情はある意味どうでもいい。
重要なのはどうすれば動くのか、何を求めて動いてるのかだろう。
現状は俺の魔力を求めて動いている。ニーナは情報を集めて喜んでいる。
「そうか。そうなのか。知らずに連れているのか」
「別にそこは重要ではありませんから」
彼らの行動は動物的だ。そうあれと願ったからかもしれない。
利益を上回る不利益な行動をされなければどうでもいい。
だが彼らに頼りすぎるのは危険という意識だけは忘れないでおこう。
彼らが目的としている事は俺はまだ知らない。
そして俺はこの世界をまだ詳しく知らない。
俺はまだ俺の生きたい道を見つけられていない。
「リク君。ネネちゃんって何を食べるの?」
カク先輩の水色の瞳がすごくキラキラしている。あぁ。小さな子って本来こうだよな。
権力闘争とか陰謀とかを感じる瞳とか、生物学的な知識欲に塗れたマッドサイエンティストの瞳とか……。
サラお姉ちゃんもマル先輩も純粋さが足りないんじゃないか?
今の俺が3歳児程度の大きさしかないから、推定8歳のマル先輩やカク先輩、推定10歳のサラお姉ちゃんが大きく見えるだけで、係員のお姉さん、ハク先生とか大人の人と身長を比べれば、子供らしい背丈でしかないんだ。
「魔力?」
「うん、ネネは魔力があればいいよ! リク君の魔力は濃くて美味しいの!」
美味しいのか。知らなかった。魔力はそもそも味がするのか。
むりやり濃縮しているから濃さだけは確かに高いだろう。
そもそも魔力はエネルギーで問題ないのだろうか?
ネネやニーナは自身が魔力だというのに、魔力をエネルギー源として動いている。
これは共食いなのだろうか?
魔力の量が意識を持つかどうかの境なのだろうか? よくわからない。
「私の魔力も食べてみる?」






