101、入学テストと振り分け
「こんにちわ。お名前を教えてくれるかな?」
「リクです。よろしくお願いします」
カウンターまで歩いていくと爽やかな顔をしたお姉さんがいい笑顔で言った。
ザ・ニコニコ。これこそがニコニコな顔だと言わんばかりのいい笑顔だ。
中腰の状態で目線の高さを合わせて、正面からいい顔で見ていた。
髪の色は水色で、眼の色も黒……。この人は水の1等級かもしれない。
ミラ先生と同い年くらいじゃないだろうか?
ミラ先生……教官。この人……係員。……1等級の人は囲われるのかと思ったが職業選択の自由はあるのかもしれない。
「リク君。それじゃあ、今日はテストをしようか」
「テストですか?」
職業選択の自由がなくて、もし暴れられたら損害の方が利益よりも大きいからだろうか?
持っている力が強いという事はそれだけ色々なところに融通を利かせてもらえるのだろう。
教官にしても、係員にしても、1等級である事のメリットはあるだろうから。
この場所の係員なら、誘拐などの抑止力になるだろう。
1等級が守っている、そう言えるだけで看板となりそうだ。
10年に1度3人というから、ミラ先生と係員さんとあと1人いるんじゃないだろうか。
あと1人は何をしているのだろうか?
「リク君がどのくらい出来るのかな~? っていうテストだよ。じゃあ、ついてきて」
「はい」
何をテストするのだろうか? 学力とかかもしれない。識字能力や計算能力は日常的に必要となる。
叙述的な表現はあまり必要なくても、クッション言葉を入れる事で相手を不快にさせない話し方とか出来るようになる。
計算は日々の生活で重要だろう。日常の買い物だけではない。先の見通しを立てるために、今手持ちにいくら持っていて、今後どの程度の収入が予測出来て、だからこのくらいまでなら使ってもいい、そういった判断にも必要になる。
化学や薬学、経済学、機械工学、建築学など色々な学問に利用できるだけじゃない。
そこまで本格的に踏み込むわけではなくても出来るのと出来ないのでは差がかなりある。
できることが多ければ選べる道は広い。
ただ今回はどこまで出して大丈夫なのだろうか?
過去の神童、今の凡人。素直に出しても別に何ら問題ないかもしれない。
前世でも似たような状態になったのだ。地頭はいいけど人付き合いが不器用って言われる。
「それじゃあ、この文字は読めるかな?」
「あ、です」
勉強なんて見ればわかる。理解するために作られているものだ。
理解できないわけがない。名詞とか覚えるのが面倒なだけだ。
名詞だなんだは人に伝えるために必要だが、自分で把握するためにはさして必要ない。
機能だけ予測できれば、全体像をつかむのはたやすいから。
むしろ先に名詞だけ覚えると先入観に囚われて、実際の機能を見失いかねない。
初めに発見した時はこういう類の機能があるぞ、と言われてそればかり見ていたら実はもっと他に果たしている役割があった。
そんな事は化学の世界では良くあることだ。
「じゃあ、この文章はどう?」
「木の上で子猫が鳴いていた、です」
視野を狭めるな。言葉にごまかされるな。
世界は自分が想像しているよりも何倍何十倍も奥深い。
決めつけるのは簡単で気を楽にしやすいだろう。だが柔軟性が利かなくなり、道を捨てる事になる。
係員さんの質問はやがて紙になった。
文章題も出てきた。四則混合も出てきた。図形も出てきた。
小学生レベルの問題だった。
「すごいね~。うーん、どうしようかな? もっと難しくても解いちゃいそうだね」
「どうしますか?」
「とりあえず体力測定もしようか!」
少し走ったり、ジャンプしたり、物を持ち上げたりしてみた。
平均よりかは上だが、身体能力はあまり高くないようだった。
反射的な行動が弱い。今後の課題は最適な行動を反射的に出来るようになるかだろう。
「それじゃ、測定の結果をお伝えします!」
係員さんは紙を1枚俺に渡した。コピー用紙の様な紙だった。
製紙技術の高さは現代とさほど違いがないようだ。
紙には言語や計算などの項目とその隣にクラスが書かれている。
「テストの結果ですが、リク君は学科は満点で特別クラス。体育は3歳のBクラスに決まりました!」
「おぉ~」
「それじゃ、移動しようか! クラスのみんなが待っているよ!」
係員さんについて歩くと学校のような建物に着いた。
先程のテストを受けた場所が校庭と小屋なのだろうか。
それで遊具と置かれている場所が子供達の遊び場……。小学校かな?
「着いたよ。ここがリク君の教室。勉強特別クラスの教室だ」
そこには本の山があった。
いや、違う。入り口の近くに机の上に山ほど本を置いている女の子がいるだけだ。
ひたすら本を読む黒髪の女の子。年齢は10歳くらいだろうか?
係員さんが扉を開けたのに気付いているのかも定かではない。
黒髪の女の子は青い瞳を細めながらずっと本を読み続けていた。
本のタイトルは「転生悪役令嬢は2度笑う」とあり、表紙には妖艶に笑うドレス姿の眼のきついお姉さんが描かれていた。
転生者の中に小説家がいたのかもしれない。イラストレーターがいたのかもしれない。
いや、小説を読んでいた転生者の話を聞いて、こういう風なんじゃないか? といった2次創作かもしれない。
真相は不明だが、あの女の子の瞳を見れば楽しんでいることはわかる。
「サラちゃん、新しいクラスメイトが来たよ!」
「ハク先生、今いいとこだからちょっと待って」
「そう言って読み終わるまで止まらないんでしょ? ほら。挨拶だけでもいいからさ」
「はぁーい」
サラちゃんと呼ばれた女の子はこちらを見るとその青い瞳をまんまるにした。
そしてハク先生と呼ばれた係員のお姉さんの顔と俺の顔を2度見した。
胸元にまで伸びた黒い髪は艶やかに光を反射させながら揺れた。
「ハク先生……冗談ですか?」
「本気本気。リク君っていうんだけどね。もう小児部で教えられるのは体育くらいなもんよ。
サラちゃんと同じくね。今日からここで一緒に本を読んだり、文章題を解いたりする仲になるから」
「随分、優秀なんですね……何歳なんですか?」
「3歳」
「……何かの間違いじゃないですか?」
「入学テストで学科満点だから、間違いじゃないね」
「ふーん。この子が……」
メガネはかけていないが、すごくメガネが似合いそうな女の子だ。この子。
身長は140cmくらいあるかな。胸はない。貧乳である。肉もあまりついていない。
転生者でなければこの子は素の天才児かもしれない。
「よろしくお願いします。僕はリクと言います。サラお姉さん」
「え、えぇ、よろしくね。私の事はサラお姉ちゃんでいいわ」
「はい、サラお姉ちゃん!」
「ハク先生……この子、可愛い」
「そうかそうか。このクラスの事教えておいてね。私は仕事に戻るよ」
「はーい」