100、子供の園
「リク殿、準備はいいかの?」
「大丈夫、問題ないよ」
これから行く場所。
それは3歳くらいの子供が集まる場所。
理屈の通じない、好奇心の塊の巣窟である。
だがこれは必要な試練だろう。
俺の精神はお高くとまっていやがる……と言いたくなる程、近寄りにくいはずだ。
ぼっちマインドだな。
まずはここを崩さなければいけない。
我関せず、そんな傍観者マインドは同じ傍観者としか話せない。
傍観者が何人集まっても、出資者になれても、生産者になれない。消費者だ。
1に行動、2に行動、3、4がなくて、5に行動。
いやそこまでしなくてもいいかな?
考えないと間違った行動をしてしまう可能性がある。
だが客観的思考が多くなると行動遅いになる。それはよくない。
反射的に行動できる程でなければ会話に齟齬が出来る。
ツッコミとボケの関係だろう。ボケがいくらボケていてもツッコミがまどろっこしかったらつまらない。
俺は優秀なツッコミができるだろうか? ボケは大変そうだ。
「ご主人、ネネはついていっても大丈夫だよね」
「僕はいいよ、カナ先生。ネネはついていっても大丈夫だよね?」
「大丈夫ですよ。ネネちゃん、いい子にしてるのよ?」
「はーいっ!」
カナ先生は俺の服のしわを伸ばし、前と後ろを確認すると満足そうな顔をした。
幼稚園児用の服はなんでこう……ポンチョのような貫頭衣なのだろうか?
これは転生者の入れ知恵か? 服装を統一すると各家庭の経済格差が分かりにくくなるとか、ぐんぐん身長が伸びるこの時期の子供用にサイズ変更がしやすいとか……。
コンコンと扉が叩かれるとカナ先生が玄関のドアを開けた。
ドアの向こうには、赤い髪とカーキ色の軍服、そして凛とした綺麗な顔。
ミラ先生だ。ミラ先生の後ろにはいつもの車。そして車の窓からはミラ先生の子供のルイ君の姿が見えた。
「おはよう。準備は出来たか?」
ミラ先生はいつも通り絵になる人だな。
玄関に立つから丁度バックに太陽を背負い、俺に向かって手を差し伸べる。
差し伸べられた白く細い指先だが、武術をする人特有の硬質感がある。
俺がその手に近づくと抱きかかえられた。
ふわっとした感覚はもう慣れたモノだ。
この感覚は大きくなれば感じる機会がほとんどなくなるだろう。
「カナ、じゃあリク君を預かるよ」
「ミラ、帰りはお茶する?」
「少し時間あるからしようかな」
「そ、じゃあお菓子作っておくね」
「あぁ、楽しみにしてるよ」
この2人が友達なのは知っているけれど、男らしいミラ先生と女らしいカナ先生の組み合わせってカップルみたいに見える。
髪を後ろに1つにまとめ下げて笑うカナ先生。軍帽を被りきりっとした瞳のミラ先生。
カナ先生の方が少し身長が低くて上目遣いになり、ミラ先生が優しくその顔を見る。
ミラ先生が軽く手を振り、カナ先生も手を振り返した。
ミラ先生が俺を抱えて車に乗る頃、家の窓からユエ先生が俺を見ている事に気づいた。
俺が手を振るとユエ先生は軽く微笑んで手を振り返してくれた。
「だぁ!」
「なぁ!」
後ろから思いっきり突進食らったよ……。
想定すべきだった。窓から顔を見せていたという事は座席に固定されているわけがないじゃないか。
変な声が出た。目の前ではミラ先生が微笑んでいた。
座席を見るといつもの形じゃない。
運転席は普通の座席だが、後部座席はクッションで出来た箱といえばいいだろうか?
座席を外してクッションを敷き詰めて、窓枠や側面もふわふわのクッションがくっついている。
床から出ているロープとルイ君が繋がれていた。
あのロープは意味があるのだろうか?
もし激しく揺れてあっちこっちに一気に吹っ飛ぶようじゃ危険……。
あちこちに投げ飛ばされて赤ちゃんがむち打ちや下手したら死んでしまう。
そういえばシートベルトって一気に引っ張られたら巻き取られるように出来ていたな。
もし似たような仕組みができるなら、事故が起きた際、あのロープは一気に引っ張られるだろうから巻き取られ、床に赤ちゃんを固定する事が出来る?
一定以上の長さが出ないように設定されていて、一気に引っ張られたら巻き取られるとか。
「リク君。それじゃ今日は後部座席でお願いな」
ミラ先生がそう言うと床からロープを引っ張り出し、そのロープを俺の体に着けた。
やはり床に何かロープのドラムとか仕込んでいるのだろう。
安全装置としても役立つように作られているのは間違いない。
「この装置は技術局の新作なんだ。実用試験などは済んでいるんだが、まだそこまで普及していない。
その装置を有名人も使っている、と言いたいがために押し付けられたんだが、ちょっと不思議で面白いだろう?」
「そうなんですね」
ミラ先生はシニカルに笑った。押し付けられた部分に不満があるのかもしれない。
心の底からは面白いとは思っていないのかもしれない。
押し付けられた以上、少しだけ使ってみるか、そのくらいの感覚かもしれない。
俺はどう応えるのが正解だっただろうか?
子供っぽく無邪気に? それは俺がやったら皮肉的だろう。
感情を逆なでするのはよくない。
「だぁ!」
「わぁ!」
後ろからがばっと抱き着かれた。びっくりして変な声が出たよ……。パート2……。
大人から抱きかかえられるのは慣れてしまったが、そういうのは前兆があるから体勢を整えられる。
だがルイ君と会うのは大分久し振りで、同い年か年頃の近い子供と会う事がそもそもなかった。
今後はこういう事は増えるのは覚悟しなければだ。
とりあえずルイ君はどうしようか。
くすぐりでやり返してやろうか。この関係に言葉はまだ必要ない。
「ルイ! リク! 着いたよ! いつまで寝てるんだい!」
長い……長い攻防だった。
俺が正面からルイ君を腕ごと抱きしめる事で腕を封印。
そして背中をくすぐるとルイ君はキャッキャッと笑いもぞもぞと動いた。
だが腕を封印した俺が一方的に攻め続けると、パンツを下ろされそうになりついルイ君の腕を解放してしまうと今度はルイ君が攻め始めたのだ。
一気に動くとシートベルトが危険動作と判断して床に引っ張り倒されるので、ルイ君はよく床に仰向けにされていた。
狙い時だったので足の裏をくすぐってたら、後ろに近づかれころころと背中に張り付かれるとお腹をくすぐられた。
先に寝落ちたのは派手に笑っていたルイ君だった。
その姿を確認した俺は気が抜けて眠りに落ちた。
眠りに落ちる最後の瞬間、運転席を見ると微笑むミラ先生の顔が見えていた。
騒いでいたのは終ぞ怒られることはなかった。
「リク! いつまで寝ぼけてるんだ! ほら、ルイ君はもう先に行っているぞ!」
ミラ先生が指さす方を見ると遊具に向かって走るルイ君の姿があった。
君の体力はいったいどうなっているんだ。
俺はのろのろと車から降りると辺りを見回した。
緑にあふれた空間だ。芝生に覆われた丘。
所々に木が生えていて、中にはブランコやシーソー、ジャングルジムなどの遊具が置かれている。
足を降ろしてわかるが、地面は大分ふかふかしていて少し勢いをつけて転がってもケガはしにくいだろう。
入口でミラ先生が係員のところで何かを記入していた。
子供の名前などを記入しているのだろうか?
もし子供が勝手にどこかに行ってしまったら大変だろう。もしかしたら誘拐されているかもしれない。
「リク君。それじゃ、あそこの係員のところに向かって行ってくれ。
アタシはこれからちょっと用事があるからここにはいられないんだ。
いい子にしているんだぞ? じゃあ、いってらっしゃい」
ミラ先生は俺の背中を押すと自分は車へと向かって歩いていった。
ここはいったい何なのだろうか? 見た目は公園のように見えるんだが。
とりあえず言われた通りに係員さんのところに向かうか。
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