98、ハチドリの名づけ
「またしゃべった……」
「喋っちゃダメなの?」
「ううん」
また使いにくい……。
自意識があるのは使うという意識で扱いにくい……。
もしかして一定以上の複雑なゴーレムを作ると魔力が入り込むのだろうか?
タマゴは喋らなかった。
喋る機構自体がなかったというのもあるか。
いや、そもそもだ。喋ると使いにくいという要望を伝えたはず……。
意図的か。わざと無視したのか。
生物を模すとダメなのだろうか?
生物というのは進化の結果、生存率の低い物を淘汰した結果の代物なのだ。
環境適応し、最適化されたフォルム。
それは骨格だけではなく、神経系や筋肉の質、表皮の形状に至るまで言える。
生物の始まりは単細胞、いや、細胞ですらない分子の塊だった。
それが細胞になり、中に様々な器官を持つようになり、細胞が集まり多細胞生物になり……。
古代からの進化の結果であり、過程である代物が今の生物なのだ。
「喋っちゃイヤ?」
「ううん」
喋れるのに喋らないように強いるのは性にあわない。
出来る事を出来なくするのは嫌いだ。
少なくとも俺はそれをする行為をしない。
俺は自由がいい。人に強制する程ではないが、俺が権限ある場所で不自由であって欲しくない。
余裕がある人は色々なモノを生み出す。余裕がない人は歯車にしかなれない。
余裕は自由と同じだ。やろうと思えばできる自由さが余裕と言える。
「ねぇー、ご主人。僕は何ていう名前?」
……。決めてない。
フィーリングで決めるか。
そうなって欲しいという思いで名前はつけるものだろう。
緑色の翼は宝石の様に煌めいている。緑の宝石といえば翡翠やエメラルドだろうか。
翡翠は透明感がなく緑白色だから、この緑には程遠い。
この緑はエメラルドの粉をまぶしたような、そう例えるのが正しいんじゃないだろうか。
エメラルドを意味するこちらの言葉を知らない。
もしエメラルドを日本語に近い発音で名付けてしまった場合、転生バレする可能性がある。
それはいけない。
「ねぇー、まーだー?」
2文字ルールとかも気にしないといけないかな?
本名は別にある……みたいなルールがありそうだ。
本名に誓ってという誓約を行うと特別みたいなルールがあってもおかしくない。
魔力を測定する時に会った教会のリンさんには短い名前だけではなく、この名前に置いて保証すると言った時に使っていた本名があった。
ハチドリはまだこの世界で見た事がない。
それに即した名前も転生バレの原因になるだろう。
どうしようか。
「ねぇーねぇー、まだー?」
そういえばハチドリは、いや小動物の場合は大概、起きている時間のほとんどをご飯のために使っているという。
アリと象のように生き物によって体感している時間が違うのだ。
もしかしたらこの子は1秒が1分に感じているのかもしれない。
動物に似せたからといってそこまで似るものなのだろうか?
そう考えたらニーナの思考もゴールデンレトリバーの賢しさや思いやりぶりが感じられる。
元になった動物に近しい思考を持った魔力が中に組み込まれるのかもしれない。
「ネネ」
「ネネ?」
ねぇねぇうるさかったから他に名前が思いつかなかった。
だがネネという名前で思い出すのは豊臣秀吉の妻の寧々姫だ。
秀吉の嫁と言われるとワガママな茶々姫の方が有名だが、寧々姫は高潔な人格者だと有名だ。
ズバズバものを言われるのは苦手だが、議論とは身を切ってこそ無駄が削がれる。
余計な保守は削らないといけない。
守るべきものと守らなくてもいいもの。
個人的な損得勘定で結果的に将来損してしまう判断をしてしまうかもしれない。
「ネネだよ」
「ネネ……ネネ……」
踏み込まない理由を人は無意識に作りやすい。
しなければいけない、そう思った時に初めて声を出す、そんな人が多い。俺だな。
当たり障りのない、そんなウナギのようなつかめない、存在でいる事は人的トラブルが起こりにくいという意味ではいいかもしれない。
だがそれで人と知り合う事はあるだろうか? 何か仕事につながるだろうか?
何かを作り上げる時に全部自分だけで完成させるとしたら、出来たとしてもどのくらい時間を使う事になる? 関わる人が増える程に出来る仕事や細工の量の上限を上げられるのだ。
もっと上を見ていこう。もっと人と知り合おう。出来る事を増やそう。
踏み込まない理由を作るのはたやすい。
踏み込む理由を作るのはいいが、迷惑を考えないといけないだろう。
だが迷惑ばかり気にしていてもしょうがない。
人は自分の時間で生きている。
そこに他人が入るにはその人が時間を作らなければいけない。
その人に他人の事をする時間を割かせるのだから、その人のしたい事をする時間奪う迷惑なのだ。
その迷惑を本当の迷惑にするか、有意義な時間にするかがその人にとってのその他人の価値になるだろう。
秀吉の妻だった寧々姫は実務的であり、単刀直入に物事をズバズバと言う人だったという。
そういう人は俺の周りにいて欲しい。
率直な物言いは事実の確認や判断事の際に大きなプラスになる。
「ネネ。いい名前でしょ?」
ネネは首をひねるような仕草を止めて俺を見つめた。
寧々の黒い瞳には今の俺の姿が写っていた。
前世とは違う、明るい栗毛の子供。金色の瞳はどこか冷たかった。
今の俺は外から見てどうなのだろうか?
子供らしさはあるのだろうか?
わからない。
「うん! ネネ! いい名前!」
ネネは軽く空へと飛び上がった。
スッと空へと上がり、真っ直ぐ垂直に降下、地面近くでホバリングしたかと思えば、左右に水平移動、極めつけは後ろに向かってバック進行……。
一連の飛行を正面を向いたまま行い、その飛び方の自由さをアピール(?)していくと俺の肩に止まった。
「ご主人、よろしくね。僕、頑張るよ」
中性的な子供のようなネネの耳元で囁く声は頭の中で静かに響いた。