プロローグ、彼は死にました。
ぐれた原因は母親の押しつけだった。
末っ子だったからか、特別な思いがあったのかもしれない。
何をするにしても母親は俺に命令した。
俺が従わないとご飯抜きはデフォルト、部屋のブレーカーを落とすのは日常茶飯事、学校に行く定期券を更新しないぞと脅すのは定期的にくるお約束。
この勉強方法をやれ。勝手にやるならご飯を食うなよ? お母さんの言う事を聞きたくないならお母さんの与えるモノも必要ないでしょう? そんな事ばかり言われた。
スマホを取り上げたり、ちらつかせて来ることもよくあること。
小遣いの類もない。ゲームの類もできない。遊ぶこともできない。お菓子の類も食べれない。できる話もないから友達もできない。
勉強自体は好きだったけれど、そもそも生きる気力が消える。
いつも通学に乗る、まだ動いている電車にスレスレまで近づく。
誰かが背中を押して殺してくれないかな、なんて思いながら。
殺人者になんてなりたい人はいないようで、中学高校の6年間やっていたが背中を押す人はいなかった。高校の時は先生から口頭注意も受けていた。
原因が母親だと知っているから先生も踏み込むに踏み込めないようで、何も変わる事はなかった。
もともとの能力が高いせいか、私立の大学の薬学部に入学できていた。
授業中、常に図書館で借りた小説を読書しているとはいえ、起きている以上何を授業でやっているかは把握できるし、高校程度の内容は推測すればわかる程度のものだ。人名などの固有名詞は除く。
テスト前に人の声をBGMに小説を読んでいたら名詞だっていつの間に覚えてしまう。
うざい、目障り。小遣いなくて付き合いが悪く、ゲームの類もしていない、それでいて勉強もしない奴に友達なんて出来るわけがない。
話がしやすいようにラノベを読んだりしていた。見せつけるように人前で。ずっと。
けれどそれで話ができる程の関係にはなれなかった。ダメだった。
人と話すことが出来なかった。誰かと共有することが出来なかった。
だから現実を忘れられる小説の中だけが俺の楽しみになっていた。
図書館で借りれる小説以外に手が出せなかったけれど。
それ以外に俺の娯楽はなかった。
大学に入ってからはバイトをできる状態になれた。
俺はお金を貯めて部屋を借り実家を飛び出した。
父親を丸め込んで保証人となってもらい部屋を借りたのだ。
最低状態の俺が受かる程度の大学、俺は行きたいと思っていなかった。
だから中退した。俺は父親に保証人になってもらう条件の1つ、大学を続けることを守らなかった。
だから俺は実家に戻る顔がなくなった。
俺は母親に影響されず勉強できる環境で本来の学力に戻し、その能力で行ける大学に行こうと思っていた。
母親が俺に構い始めたため、高校以降では邪魔をされなかった兄達は一流国立大学に入学。
だから俺も母親に影響されなければ国立大学に行けるんじゃないかと思ったのだ。
あの干渉さえなければ潜在的な能力は兄達と同じ、いや超えられるとすら思っていた。
けれど出来なかった。
家賃や光熱費、食費など諸々の経費が毎月十数万飛んでいく。
その十数万を稼ぐためにはそれまでのバイトではとても足りない。
空き時間に日雇いのバイトをする。
あまり長時間固定のシフトで入れるようなところは少なかったから日雇いに。
人手が足りないところに移動し働くバイトだ。
仕事がなくなることはないといってもいい。
けれど交通費もかかる。時給も安い。
さらに時間がなくなる。
日雇いというのは技術職ではない。肉体労働だ。
それまでの食生活が不規則で、もやしで貧弱な俺にはつらいものがあった。
とても疲れてしまう。何かをする体力なんて残らない。筋トレでもできれば先で余裕が出来たかもしれない、と思い調べはしてもやる体力がなかった。
結局勉強ができなかった。
そして大学受験をするなんて余裕はなかった。
日々を乗り越えるだけで時間が経つ。
気づけば25歳も過ぎた。
勉強もほとんどできていない。
物覚えはきっと悪くなっているんじゃないだろうか。
もれきこえる家族の噂、上2人の兄、エリート達は順調に出世街道を駆けていた。
従姉妹は俺が20歳になる頃には結婚していた。
もう子供も大きくなっていることだろう。
振り返ってみれば俺が家を出てから増えたのは年齢だけだった。
何か出来るようになったのかといえばせいぜい以前よりも重いものが持てるようになった程度だろうか。
それにしたって成長期の不規則な生活が影響したのか、周りの人と比べれば劣っている。
このもやしが。
力が欲しい。
筋力が欲しい。
生活を安定できる経済力が欲しい。
一体、俺は何をしていたんだろう。
どこで狂ってしまったんだろう。
この先、体を壊してしまえば俺はあっという間に首が回らなくなりそうだ。
俺はどうしてこんなことになってしまったんだろう?
俺は作業を続ける。
もはやベテランといえるほど勤めている日雇いの仕事。
ある派遣会社に所属して日雇いのアルバイトをしていた。
社員の1歩手前までは進んでいる。
もう社員になってしまえばいいのに、いまだ諦めきれず大学進学という未来の可能性を捨てられない。
聞こえる噂に同級生の結婚なども含まれた。
本当に俺は何をしているのだろう。
どこを目指しているのだろう。
子供の頃の不規則な生活は大人になってから改善されてもその貧弱さは治らない。
既に貧弱な状態で成長しきってしまっているから。
俺は体からして肉体労働に向いていない。
資格もない、体力もない、一体、俺はこれからどうしていけば安定できるのだろう。
これから体力は下り坂の一方だろう。
働く場所もなくなってしまう。
生活は困窮して先行きはさらに暗くなる一方だろう。
「吊りものが通るぞっ!」
空中を行く貨物を見た。
とても重そうな鉄骨。
俺は下を通らないように気を付けた。
急に地面が激しく揺れる。
立っていられないほどの強烈な揺れ。
俺の場所に吊りものから外れた鉄骨が降り注いだ。