9話
「魔王様、魔王様が魔物を調べた時に調べたっていう成分の話なのですが、どういう成分を調べたんですか?」
「うーん、詳しくいうと結構長くなってしまうんだけど・・・」
魔王様によると、成分の調査は、味に関する成分や栄養素、熱や水分に対する反応など、ストカ姫様に協力してもらって調べた勇者様の世界の知識を参考に成分を調べたそうです。
そういえば少し前に、ストカ姫さまから魔王様が何冊か勇者様の世界の本を取り寄せてもらっていた事がありましたね・・・。
なんでも、世界を混沌とするために必要なものだと言ってストカ姫様に取り寄せてもらったらしいのですが、ストカ姫様曰く、武器や兵器、軍事に関するような危険な書物ではないから大丈夫だと言っていましたので、あれのことでしょう。
「勇者様の世界の知識を参考に、ですか・・・」
「ん? もしかしてメイちゃんは、勇者の世界の知識ってのに、なにか思うところがでもあるの?」
「はい。・・・魔王様、魔力が物の味を変えるなんてことは考えられますか?」
「ん? 魔力が味に・・・ああっ! そういうことか!!」
どうやら、調べていなかったようですね。
勇者様の世界と私共が住む世界は、異なる発展の仕方をしています。
魔法というものがないことで、勇者様の世界ではこちらの世界よりも科学技術など、物質に関する研究が進んでいることは確かです。
しかし、その進んだ科学技術のすべてが、この世界で使えるものであるかといえば、それは違います。
なぜならこちらの世界には魔法が存在するからです。
物理学で説明できないこちらの世界の力。
この力が根底にあることで、勇者様の世界の知識だけでは対応できない物事というのも、いくつかあるはずです。
例えば、生まれた頃から魔力に触れてきた私たちは、その魔力を感じる能力を持っています。
その魔力を味としても感じるのかもしれないというのは、こちらの世界でしか試せない発想でしょう。
「基本的に生き物や魔物が死んだ時には、まとっている魔力は抜けていくもんだけど・・・うんやっぱりだ! しっかり強めに魔力を感知したら、残存してる魔力もいくらかある! って言うことは、これを抜いてやれば・・・」
魔王様が即席で魔法陣を構築し、その上にチョコを置きました。
どうやら、残っている魔力を抜く魔法をこの場で作ったみたいです。
ストカ姫様と比べてしまうとあれですが、魔王様もやはりたいがい規格外ですね。
魔法陣が光チョコが淡く光りました。
特に何かが変わったようには見えません。
「おっし成功! チョコに残っていた魔力は取り除けた! メイちゃん! 一緒に食べてみないか?」
「え? いいんですか?」
「もちろん、参考になる意見くれたんだし、全然構わねぇよ」
そう言うと、魔王様は魔力を抜いたいくつかあるうちのチョコの一つを私に渡しました。
笑顔でそれを受け取ります。
正直なところ、魔力で本当に味が変わるのか、興味があったんですよね。
「じゃあ、食べよっか」
「はい」
包みを外し、一口大のそれを二人一緒に口に放り込みました。
チョコは、口の中の温度で程よく溶け、すぐにその味が口の中全体に広がります。
とても苦く、エグさの強力なその味が・・・。
「げほ! げほ!」
思わずえづいて、口の中にあったチョコを吐き出してしまいます。
隣の魔王様を見ると、同じようにすごい形相でチョコを吐き出している魔王様の姿がありました。
「げほ! げほ! ごめんメイちゃん、魔力が味の原因で間違いないだろうって思って、わかりやすい完全失敗作のチョコの方で試しちゃったんだよ。まさか原因が魔力じゃないとは・・・」
「いえ、私も原因は魔力だと思い込んでいましたので、魔王様は悪くないです。お気遣いなく」
正直、この考えが浮かんだ時はドヤァって感じの顔をしていたと思います。
まさか違うとは・・・ちょっと恥ずかしいです。
「しかし魔力も原因じゃないのか・・・だとするとなんで魔物素材は不味いのか、結局振り出しに戻っちまったな」
「お役に立てず申し訳ないです」
「いや、大丈夫だよ。もともとだダメ元だったんだから」
しかし、魔物の食材が不味い理由が本当にわからないですね。
場所や殺し方で味が変わることなんかも、いかにも魔力が関係してそうな感じなんですが・・・。
もしかすると、この世界には魔力以外にも何か物や生き物に影響を与える力があるとか、そんな話なんでしょうか。
「魔王、ちょっとそのチョコ見せてもらえるかしら」
あら、ストカ姫様が勇者様観察をやめてこちらに来ました。
頻度としてはそんなに多くはないですが、魔王様と私が鏡の間で会話をしていると、ストカ姫様が会話に混ざっていらっしゃることがあります。
しかし、勇者様観察までやめてこちらにいらっしゃるのは初めてです。
なにか興味でも惹かれたのでしょうか?
「いいぜ、魔力抜いたのと抜いてないのどっちだ?」
「出来れば試作品、失敗作、魔力を抜いたもののすべてを見せて欲しいんだけど」
「わかった、これが試作品、これが魔力抜いてない失敗作、これが魔力を抜いた失敗作だ」
そう言いながら、魔王様は3つのチョコをテーブルに並べました。
並べられたチョコを一つ一つストカ姫様が見ていきます。
ひとしきり眺めると、ストカ姫様は鏡の方に戻っていきました。
「・・・なんだったんだ? さっきの」
「さあ、私もわかりかねます」
「異世界召喚!」
あ、ストカ姫様が何かを召喚したようです。
勇者様関連のものでしたらすぐ戻すように注意しないとですが、何を召喚したのでしょう・・・話の流れからすると、チョコかもしれません。
「今、勇者様の世界からチョコをいくつか召喚したわ」
なんと、本当にチョコみたいです。
しかも結構な数・・・これは絶対にいくつかもらえるはずです。
おもわず顔がにやけてしまいます。
食い意地が張ってるとか言わないでください。
「もしかして、なんで不味くなるのかわかったのか?」
「確信があるわけではありませんわ。魔王、いろいろと試してみたいから、一つずつじゃなくて幾つかずつチョコを出してもらっていいかしら」
「ああ、俺は手詰まりだし、試作品は研究用に多めに作ってあるから、いくらでも出して構わねえぜ」
そう言って魔王様はテーブルの上に三種類のチョコをたくさん並べました。
その横にストカ姫様は勇者様の世界から召喚したチョコを並べます。
ストカ姫様はそのチョコの中から、魔力を抜いていない失敗チョコと、勇者様の世界のチョコを手に取り見比べます。
すると、ストカ姫様はテーブルから少し離れて、失敗作チョコの方に魔力を込め始めました。
何をしているのでしょう・・・あれ、込める魔力を少しずつ大きくしていますね・・・ちょっと! ストカ姫様、その魔力は大きすぎです! そんな魔力で魔法を放ったら人間なら塵も残らず消し飛びますよ?
際限なく大きくなって行くと思われた魔力は、ある一定以上まで魔力が込められたところで、急速に萎み、霧散しました。
あれ? 今ストカ姫様はなんの魔法も発動しなかったように見えました。
魔力は集めても魔法に変えなければ何も起こりません。
ただ魔力を集めて何をしたのでしょうか?
「メイ、口を開けてくれる?」
「え?」
急に何をいうのかと思わず聞き返して開いてしまった私の口に、無理矢理にストカ姫様がチョコを押し込みました。
不味い方のチョコをです。
「味はどう?」
突然のことに目を白黒させていると、ストカ姫様がそんなことを聞きます。
口に入れられたチョコが私の体温でとろけて、口の中に広がります。
またあの思わず咳き込んでしまうほどの強烈なえぐ味がくちにひろがることを覚悟して身構えていたのですが、それはいつまで経っても訪れませんでした。
代わりに訪れたのは優しいほろ苦さと程よい甘み。
それは、いつかストカ姫様に頂いた、勇者様の世界のチョコとよく似た味でした。
「あの、美味しいです。ストカ姫様、イタズラでチョコを入れ替えたんですか?」
「イタズラなんて子供っぽいこと、私はしませんわ」
いや貴方数年前までかくれんぼでさんざん私ども従者を苦しめてましたよね?
まあそのことは今言ってもしかたのないことですし、今は美味しいチョコの話です。
「本当にあのエグさのきついチョコだったんですか? 信じられません。エグさは全く感じず、勇者様の世界のチョコと似た味がしました」
「本当か!? 姫さんどういうことだ? 説明してくれ。さっき込めた魔力と関係があるのか?」
私の言葉に魔王様がストカ姫様に詰め寄ります。
「魔力の流れが複雑に入り組んだ状態になっていましたの。だからそれを高い魔力で無理矢理矯正したのですわ」
「魔力の流れ? どういうことだ? 説明してくれ」
「説明するより見たほうが早いわ。その美味しくない方のチョコの魔力の流れをよく見てご覧なさい」
「お、おう! わかった・・・」
そう言って魔王様がチョコを手にとってチョコを真剣に眺めます。
ついでなので私もチョコを手にとって眺めます。
・・・・・・。
「・・・姫さん、ごめん。わかんねえや。って言うか、魔力の流れって、死んだら止まるはずだろ?」
「だからよく見ろって言ってんでしょ。視覚を200倍から400倍の倍率に強化して魔力を眺めてみなさいよ。微細魔力流を見るのよ」
「はっ? え、いやいや道具もなくそんなことできねえよ。こっちの世界のじゃなく勇者のいる世界の道具でもなきゃ・・・えっ、もしかして姫さんはできんの?」
できるんでしょうね、ストカ姫様ですから。
「出来ないんだったらそういうスキル編み出せばいいじゃない。私も今作ったわよ?」
あ、元々できたんじゃなく、今できるようになったんですね・・・まあ、ストカ姫様ですからね。
「いやいや、そんな簡単にスキル作れって言われても・・・あ、作れたわ」
おまえもできるんかーい!
思わずズッコケそうになりましたが、なんとか踏みとどまりました。
まあ魔王様ですからね、そういうこともあるのでしょう。
「おお、確かに視覚を拡大してみてみると、魔力が複雑に流れてるのがわかるな・・・かなり細かな魔力の流れだから普通に見ると止まって見えてたのか」
「で、こっちが勇者様の世界から召喚したチョコレートよ。こっちの魔力の流れもよく見てみて」
魔王様がストカ姫様からチョコを受け取ります。
「おお、魔力の流れがぜんぜん違うな! かなり均質で整ったラインで魔力が流れてる」
「勇者様の世界の物質には元々魔力がないのだけれど、時空間を渡るときに物質が最適化されて、適切な魔力を持つようになるわ。元々魔法のない世界の物質を最適化するってことから考えても、そのチョコが一番魔力の流れの整ったチョコだといえるんじゃないかと思うわ。他に検証材料がないからまだ推測だけどね」
「なるほどな。それで・・・」
その後お二人は一時間程、微細な魔力の流れと味の変化についていろいろ話し合っていらっしゃいました。
その内容を簡単にまとめます。
・微細な魔力流の流れが整っているほど、素材そのものの味を感じる。
・魔力を取り除いても魔力の流れを起こす力場は残る。なので魔力を取り除いた食材でも、食べた人の魔力がその力場に反応し、微細な魔力の流れが起こるので、味は変わらない。
・残留する魔力の種類によっても若干の味の違いはあるようで、魔力を感じる力が高い人ほど味の違いを微細に感じれる。
・魔力の微細な流れを変えるには、かなり大規模な魔力が必要。複雑に絡まった魔力の流れほど、必要な魔力が大きい。
・完全失敗作のチョコと、変わり者の魔族に協力を得たチョコでは、魔力の流れの絡まり方が違い、協力を得た方のチョコの方が魔力の流れが整っている。
これらの内容が、今現在ある魔物素材製チョコからわかったようです。
「今のところ推論でしかないけれど、魔物は死ぬときに、自分の体の持つ微細な魔力の流れを変化させる性質があるのかもしれないわ。おそらくは、自分の死体をまずくすることで、種が食料として狩られることを回避する防衛本能みたいなものかも・・・」
「なるほど、だから殺し方を変えた食材に味の違いがあったのか・・・」
「人間にしても魔物にしても、死に直面すると魔力が急激に高まるわ。その魔力を使った呪いのような物で味が変わっているのだと仮定すれば、その魔力の流れを変えるために膨大な魔力が必要というのも説明がつくわね」
「呪い? おいおい、俺は状態異常無効だぜ? もし呪いなら俺がまずく感じるのはおかしいじゃないか」
「呪いのような物よ。状態異常無効は私もだし、こんな風に複雑に絡まった魔力の流れの食物を不味く感じるのは、幻覚や呪いみたいな状態異常による現象でなく、私達生きものの持つ正常な機能なんじゃないかしら」
「不味く感じるのが正常・・・たしかにそれなら状態異常ではないな」
「ちょっとメイ、こっちに来なさい」
ストカ姫様と魔王様がお二人でいろいろと盛り上がって議論を交わしているのを遠目で眺めていた私に急にお呼びがかかりました。
一体何でしょう、ちょっと嫌な予感がします。
「うーんと、・・・こんな感じかしらね」
そんなことを言いながら、ストカ姫様は魔力を込め、瞬時に魔法を構築され、私に放ちました。
突然のことに避けることもできず、私はストカ姫様の構築された魔法に包まれました。
「おいおい姫さん、いきなりなにしてんだよ! メイちゃん! 大丈夫か!?」
魔王様が心配そうに私に駆け寄ってきました。
「・・・だ、大丈夫です。何か少し違和感がありますが、体調には問題はないと思います」
「そうか、よかった。───で? 姫さん、メイちゃんに何したんだよ」
魔王様がストカ姫様を睨みつけます。
声には怒気がこもっており、明らかに怒っていらっしゃるようです。
いったいどうしてでしょう?
「先ほど話していた、魔力の流れを感じることで味に変化が起きてるというのを検証するために、メイが魔力を感じる能力を一時的に封印しましたの。さあメイ、このチョコを食べてみて」
そう言って、ストカ姫様は私に一番不味いチョコを差し出します。
なるほど、そういうことですか。
確かに魔力の流れを感じることが不味さを感じる原因であるのなら、それを感じなくしてしまえば普通のチョコの味に感じるはずですね。
先ほどから感じる違和感は、いつも肌などで感じている魔力を感じなくなってしまっているから感じた違和感でしょう。
今から食べるチョコを不味く感じるかどうかは、ストカ姫様の推論が正しいかどうか次第といったところですかね。
どうか推論が正しくありますように・・・。
わかりましたとストカ姫様からチョコを受け取ろうとした時、チョコを持つストカ姫様の手が、魔王様によって弾かれました。
「勝手に話を進めてるんじゃねえよ。俺が言ってるのは、どうして何も言わずそんな魔法をメイちゃんにかけたのかって聞いてるんだ」
魔王様の声にはさらに怒気が籠もり、憤怒の表情でストカ姫様を睨めつけています。
これは・・・、あのチョコよりもマズイ状況かもしれませんね。
よくよく考えるとちっとも恋愛してないなと思い、ジャンルを恋愛からコメディーにこっそり変えておきました。
着地点は頭のなかで出来上がってるのにそこに辿りつけない不思議・・・もっと短く終わるつもりだったんですがね。
文才がないんでしょうね。