6話
「・・・よう。二週間ぶりだな」
ルギスカデ王国の王城、その最深部にある、限られたものしか入れない場所。
ストカ姫さまのために用意されたその場所に、ストカ姫様の宿敵である魔王様がいました。
「ストカ姫様、これはどういうことですか? 私、魔王様はもう召喚しないようにって言いましたよね?」
「私は召喚してないわよ?」
ストカ姫様が召喚してない?
なら、どうして魔王様がここにいるのだろう。
・・・まさか、
「ああ、今回は召喚されたんじゃなくて、自分で転移してきた。一度行った場所なら転移できるからな」
「転移ですか?」
転移魔法は、魔王様の言うとおり、一度行った場所に行ける魔法です。しかし・・・
「転移魔法は、莫大な魔力を使う上、王城には転移防止の結界が張られていたはずですが・・・」
王城に貼られた結界は当たり前の処置でしょう。
王城に一度でも招かれたものが好き勝手に王城に転移できたら、王族や重鎮の命は常に危険にさらされてしまいます。
転移をするためには結界を破らねばならず、もし結界を破ったのなら、王城のものが気づくはずなので、騒ぎになるはずです。
大丈夫なのでしょうか?
「この間俺がここ無理矢理召喚されただろ? ここに貼ってある結界って、召喚も遮断されるはずなのになんでだろうと思ってさ、たぶん姫さんの召喚が特殊なんだろうと思ったわけよ。で、召喚された時の空間感覚イメージして飛んだら、何とかなった。膨大な魔力の件は、まあ魔王だからな。結界のことがあるから、念の為、レベルは少し上げたけど」
ストカ姫様の召喚が王城の結界に弾かれていないのは、言われてみれば凄いことだったのですね。
他の凄いとこが多すぎて、気付いていませんでした。
しかし、魔王様も一度召喚されただけの空間感覚のみで、結界を破壊せずここに来たのは驚愕です。
それにレベルを上げたというのも驚きです。
レベル250の存在がレベルを上げるのにはどれだけの経験が必要になるのでしょう・・・軽く言ってますが、きっと、相応の苦労をされたことでしょう。
隣にいる2000万? まあ、ストカ姫様ですから。
「それで、王城に侵攻してきたと?」
「いや、攻撃なんかじゃないよ。攻撃するならここには飛んでこないし一人ではこないって。多少レベル上げたところで、こんなレベル差じゃ絶対に勝てないからな・・・俺がここに来た理由は別だ」
まあ確かに攻撃のために来たんなら、魔王一人というのはおかしいですね。
「もったいぶらないで、とっととここに来た理由を話しなさいよ! 私もヒマじゃないのよ?」
ストカ姫様が魔王様を急かします。
家庭教師によるお勉強の時間が終わって、勇者様を映す鏡の部屋に移動する所でしたからね。
邪魔されて不機嫌なんでしょう。
でもね、ストカ姫様、一応相手は世界を混沌にもたらすものである魔王様なんですから、もうちょっとは気を使いましょうよ?
「そのことなんだが、できれば、そこにいるメイドのメイさんと二人で話したいんだが・・・」
「メイと二人? なんでよ。私には聞かせられないっていうの?」
え、魔王様が用のあるのは私?
たしかに少しおかしい話ですね。
なんでしょう。想像もつきません。
私と二人でなく、姫様と二人というのであればまだわかります。なんたって、勇者の姫君なのですから。
しかし私は、王城に仕えるいちメイドに過ぎません。
魔王様と二人で話すことなんてないと思うんですが・・・。
「俺の・・・魔王のいうことなんて、信じてもらえないかもしれないが、決して悪意や害意はない。ただ、話を聞いてもらいたいだけなんだ、このとおりだ! 頼む!」
そう言って、魔王様は私に頭を下げようとします。
「王族が下々の者に頭を下げるなんて、やめて下さい魔王様!」
そう言って、魔王様が頭を下げようとするのを止めます。
私は王城に務めるメイドです。
相手が魔族、人類の敵とはいえ、その王族が下々の者に頭を下げるのを条件反射のように止めてしまいました。
こういうのは、長年の王城勤務で体に染み付いた性のようなものでして、気付いたら体が勝手に動いてしまっています。
止めてから、しまったと思いました。
頭を下げるのを止めておいて、貴方の言うことは効きませんとはいえません。
私は魔王様と二人で会話をしなければならないでしょう。
魔王様はそれをわかっているのか、ニヤリと笑います。
くっ、さすが、こっちの王族はそういう手管にも長けてますね・・・。
どの王族と比べたかって? 内緒ですよそんなの。
しかしまだです!
ここで私が魔王様に従わざる負えなくても、それを覆す命令権を持っているものがいます。
そうです! ストカ姫様です!
魔王様は王族、私はうかつに無礼な行いをできませんが、直属の主人の命令なら話は別です。
さあストカ姫様! そんなことはできないと魔王様に断って下さい!
「わかったわ、メイを貸してあげる。二人で話してきなさい」
「え?」
ストカ姫様の言葉に、思わず声に出して驚きます。
なぜ急に魔王様に対して協力的になったのでしょう。
先ほどまで勇者様に対する変態行為・・・ゴホン! 護衛監視を邪魔されて、不機嫌でしたのに、どういう風の吹き回しでしょう?
ハッ! 勇者様の監視!
「メイと魔王が話している間、私は鏡の間にいるから、ゆっくり話をしてくるといいわ」
そう言って、ストカ姫様はお一人で勇者様が映る鏡をおいてある部屋に入っていってしまいました。
やられた!
ストカ姫様は通常、私が共にいない時に鏡の間、勇者様が映る鏡のある部屋にはいることを禁止されています。
そうでないと、どんな変態的行為をするか・・・ゴホン! 万が一のことがあった時に大変だからです。
あの遠見の魔法はストカ姫様が作られたオリジナル魔法。
研究され尽くしている他の魔法と違い、どんなことが起こるかわかりません。
急に魔力が暴走して姫様が危険にさらされないとは限らないのです。
まあ、これはただの建前なのですが・・・。
実のところ、ストカ姫様が変なことや、王族としてあるまじきことをしないかを監視する目的の方が重要ですからね。
勇者様がお風呂に入られる時間はまだ先です・・・ですがトイレのタイミングまでは予測できません。
そんなものをストカ姫様が覗くのを許すわけには参りません。
他にも、あんな事やこんな事をしでかすかも・・・。
姫様が王族として・・・いいえ、人間として踏み外すような行為を行うことはなんとしても止めねばなりません。
くっ、ストカ姫様はこういうことには頭が回るから困ります。
仕方ありません。
急いで魔王様の用件を聞き、一刻も早く姫様の所に向かうのが最善でしょう。
「すいません魔王様、私は王族に仕える身、あまり長い時間姫様をお一人にするわけにはまいりません。大変失礼ではあるのですが、できるだけ早く要件をすませていただくと助かります」
「ああ、わかってる、すぐ済むよ」
そう言って魔王様は、魔力を練り始めました。
「え?」
あまりに予想外の出来事に、なんの反応できませんでした。
魔王様の魔力はすぐに練上がり、魔法を構築していきます。
魔族、魔を支配する種族の王だけあって、その構築スピードは大したものです、ストカ姫様ほどではないでしょうが。
なんて冷静に分析している場合ではありません、逃げなくては!
そう思って体を動かそうとするのですが、身体がうまく動きません。
これはあれでしょうか、物語や王城に務める騎士の話で聞く、死に直面する危機に出会った時、時間が引き伸ばされたように長く感じるというあれ。
確かに、そんな現象でもなければ、魔王なんていう存在が魔法を放つ一瞬に、こんなに悠長に考えを紡いでいる時間はないでしょう。
しかし、そんな時間ももうおしまいのようです。
魔王様が紡いだ魔法が完成し、それが放たれたのです。