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5話

「くっ! はあ・・・はあ・・・!」


魔王様の息が荒くなり、何やら苦しそうです。

もしかするとですが、勇者様のお姿を魔王様に見せるというのは、軽率だったのでしょうか?

魔王という存在がどういうものか知りませんが、魔王という存在は、勇者に対して強い拒絶反応のようなものがあるのかもしれません。

この場で自分を制御しきれなくなり、暴れだしでもしたら大変です。ここは王城ですし。

そう思って、警戒しながら恐る恐る魔王様の様子をうかがいます。

そーっ・・・・・・ん?

あれ? この表情、どこかで見たことあるような・・・。


「はあっ、はあっ、なんだ? 勇者を見ていると、心臓がドキドキして、身体が暑くなる・・・これが勇者の持つ力だというのか?」


どこかで聞いたようなセリフを魔王様が言い出しました。

魔王様の目はうるうるして、もともと赤い肌の顔は、更に真っ赤に染まっています。

え、魔王様? マジですか?


ちなみに言っておりませんでしたが、魔王様は女性です。

大変立派な大きさの胸をお持ちになっております。

え? なんですか? 紛らわしいんだよって?

知りませんよそんなの。

私は一言も魔王様が男だとか言ってませんし、魔王様の一人称が俺なのも、私がいわせているわけではないですからね。


魔王様が自分のことを俺と言うのは、ちゃんと理由があるそうです。

魔王と言っても、女性といっただけでなめた真似をしてくる部下がいるそうで、少しでも舐められないように、口調を強い男言葉にしているんだとか。

魔王様も、色々苦労してらっしゃるんですね・・・。


と、今はそんなことより魔王様です。

まさかとは思いますが、魔王様も勇者様に一目惚れしてしまったのでしょうか?

いや、まさかそんな、勇者の姫君に続いて、世界を混沌に導く魔王まで勇者様に一目惚れなんて・・・。


「なんでだ? 胸が苦しいくらいドキドキしてるのに、勇者から目が離せねぇ、状態異常系の魔法か? 俺は生まれつきすべての状態異常は無効のはずだぞ?」


これは明らかに一目惚れですね。

魅了系の状態異常でも今の魔王さまと同じような状態になることはありますが、状態異常が無効であるのなら、本物の一目惚れでしょう。

状態異常というのは、魔法や毒物なんかで強制的にその人の精神や体調をくずす物を差します。

それに対して一目惚れは、強制ではなく、自然の成り行きです。

異常な状態ではないわけです。

蘇生魔法は自然の成り行きである寿命で死んだ方には効きません。

それと同じように、自然の成り行きで好きになることに、状態異常無効の効果はないわけです。

つまり、魔王様のあの様子は自然の成り行き・・・。

なんでしょう、長年ストカ姫様に関わってきた私には、何やら厄介なことが起こりそうな気配をビンビンに感じています。

やめてくれません? 厄介事はストカ姫様だけで、許容量キャパシティオーバー気味なんですけど。

これ以上厄介事が増えるのは、一人の人間が行う仕事量としてはでは明らかにオーバーワークです。

一労働者として、断固拒否します。


「ま、まさか、ここに連れてきたのは罠だったのか!? 俺を勇者の力でどうにかして、魔族を支配するつもりとか・・・くっ、油断した!」


運命は私のオーバーワークを労ってはくれないみたいですね。

放置しておいたらより面倒なことになりそうです。

仕方ないからお仕事頑張りましょう。


「落ち着いて下さい魔王様、よく考えて下さい。魔族をどうこうするつもりなら、そんな面倒臭いことしなくても、ストカ姫様一人で何とかできます。先ほどの魔力見たでしょう? ストカ姫様は罠なんて使う必要ないんですよ」


「た、たしかに」


魔王様、それを認めちゃうんですか。

自分で言っといてなんですが、結構無茶苦茶なことを言ったと思うんですが。

まあ、ストカ姫様だしなぁ・・・。


「魔王様が今感じていらっしゃる魔王様の状態は、ストカ姫様にとっても予想できなかった事態なんです。罠なんかでは決してないです。落ち着いて下さい」


「わ、わかった。すーっ、ふーっ。すーっ、ふーっ。・・・だ、ダメだ! 勇者の顔が目に入るとドキドキして、全然落ち着けねぇ!」


・・・これは重傷ですね。

魔王様に、それは状態異常みたいな危険なものでなく、恋であるから安心してもいいと教えてもいいのですが、そうしていいものでしょうか?

教えて、魔王様までストカ姫様のような状態になったら困りますからね。

勇者様を召喚させるために、人間と魔族の戦争を引き起こされたらたまりません。

ストカ姫様的には勇者様を召喚できるので、それで成功なんでしょうが、個人の恋路に巻き込まれる魔族や人間がたまったものじゃないです。

ここは慎重に事を運ばなくては・・・。


「ストカ姫様、魔王様はお具合がわるいようです、今日のところはお帰りいただいたらどうでしょうか?」


私はそうストカ姫様に進言しました。

そう進言した理由は、問題の先送りです。

未来の私に投げ渡してやります。

がんばれー、未来の私。

魔王様の一目惚れは由々しき問題ですが、私のオーバーワークの方が、もっと由々しき問題です。

あとは、もしかしたら、時間を置けば魔王様も落ち着いて、勇者様への一目惚れのことなんか忘れちゃうんじゃないかとも思ってですね。

そうです。この問題の先送りは、戦略的なものなんです。

決して面倒くさくなって、先送りにしてるんじゃないんですよ。

だから運命様、これ以上私の仕事を増やさないでくださいね?


「え? なんでよ。まだ要件の話は終わってないわよ?」


ストカ姫様は魔王様のご様子がおかしいことに気付いていません。

当たり前です。

勇者様の映っている鏡がある部屋なのですから。

この部屋にいるときは、ストカ姫様は勇者様以外のことは目に入りません。

勇者の姫君にとっての宿敵、魔王がそばにいても変わらずです。

・・・別に少しくらいは気にしてもいいんですよ?


「ストカ姫様、周りの人の体調不良を気にかけれる女性は殿方に好かれますよ? もちろん勇者様にも」


「魔王! まあ! そんなに顔を赤くして・・・気づけなくって申し訳ありません! 『ヒール』・・・一応回復魔法はかけましたが、何かあったら大変ですわね。大事を取って、今日は帰ってお休みになられたほうがいいと思います」


「え? あ、うん。そうだな。これ以上勇者の顔を見ていると、なんだかおかしくなりそうだ・・・すまないが、今日は帰らせてもらっていいか?」


「わかりましたわ、またおあいしましょう『送還』」


ストカ姫様が唱えると、魔王は光りに包まれ、消えてしまいました。

無事に魔王城に戻ったことでしょう。

これで問題は無事に先送りされました。

先に送られただけです。いつか対応しないといけない・・・はぁ。

先ほどストカ姫様が魔王様にかけた『ヒール』ですが、これは回復魔法です。

通常ヒールは、傷ついた体力を少し癒やすくらいの効果しかないんですが、ストカ姫様のヒールはひと味違います。

まず回復量ですが通常の人間なら、瀕死だろうが致命傷だろうが、白骨化や腐敗が始まっていない死体くらいまでなら、完全回復させることができます。

毒などの状態異常も全て完治し、それだけでなく、回復後は自己回復力が通常より上がり、潜在的な耐久力も上がるという、過剰回復魔法に仕上がっています。

勇者がどんな状況になっても助けるためにストカ姫様が回復魔法を改造したのです。はっきり言ってやり過ぎだと思います。

ちなみにヒールにはハイヒール、スーパーヒールなどの、上位回復魔法があります。

ヒールですら過剰回復なのに、上位回復魔法ってどうなるんでしょうね? 不老不死とかになりそう・・・。


「メイ、言われた通り魔王を戻したけど、次はいつ頃呼び出したらいいかしら? 1時間後くらい?」


1時間後って・・・辛坊なさすぎです。

私としては、もう二度と魔王様が王城に来ることを無くしたいところですが、姫様の性格的に無理でしょう。

せめて1年、いや半年くらいは、問題を先延ばしにしたいのです。

さて、どう言い含めたものですかね。


「・・・ストカ姫様、魔王様は今日、敵地である王城に抵抗することもできず召喚されました。そのうえ、少し偽ったとはいえ姫様の持つ高いレベルの事や、遠見の魔法、異世界のこと、改造された回復魔法などの情報を得たわけです」


「そうね」


「これらの情報を魔王様に与えたということは、それだけこちらが持っている手の内を、敵に知られたということになります。これは知られた情報の分だけ、勇者様が不利になったと言っても過言ではありません」


ドサッ


私の言葉を聞いて、姫様が倒れます。

顔は青くなり、頭を抑えています。


「ああ、私はなんと軽率なことをしてしまったのでしょう! 私の行いで勇者様を危険にさらしてしまうなんて!」


「大丈夫です姫様、まだ取り返しはつきます」


「そ、そうね! 今からでも魔王がここで知ったことの記憶を消し去ってしまえば・・・」


「姫様! それは絶対にやってはいけません!」


「な、なんで?」


「精神や記憶を操作する魔法は禁忌だからです。禁忌なのにも理由があります。まず、人の精神や記憶を操ってしまうことは、相手の人生を容易に変えてしまえます。無垢な農業を営む村人を、忠誠心の塊の軍隊に変えたり、命令をせねば何もできない奴隷にすることもできます。そんな力は危険すぎます」


「・・・・・・そうね」


「それに、精神や記憶を操る魔法を使う者自身も、歯止めが効かなくなります。一度使ってしまえば、記憶を消してしまえばいい。心を変えてしまえばいいと、安易に使うようになってしまいます。例えばですが、ストカ姫様がもし勇者にそでにされてしまった時に相手の精神を操る魔法を持っていたら、使ってしまわないと断言できますか?」


「そ、それは・・・」


「そのような魔法で勇者様から愛を得ても、それはまやかしです。自分の思い通りのシナリオにできる、お人形遊びとなんらかわりがありません。そのようなものは、ストカ姫様の求める愛ではないでしょう?」


「・・・その通りね、わかったわ。精神や記憶を操るような魔法は使わないし、研究もしないわ」


ここまで必死になって、精神や記憶を操る魔法の使用を止めるのには訳があります。

もし、ストカ姫様がそのような魔法を手に入れたら、一番犠牲になるのは、そばにいる私達だからです。

例えば、怒られたくないから記憶を消されたり、うるさく言われるのが嫌だから性格を変えられる。

ストカ姫様はご聡明な方なので、簡単にそのようなことをする方ではないのはわかりますが、一度使ってしまって歯止めが聞かなくなったり、御心を崩されて正常な判断ができない時に、不意に使ってしまうということもあるでしょう。

そのような事になれば、私達が被害をうけるのはもちろんですが、使ってしまったストカ姫様自身も、酷く傷ついてしまうでしょう。

そのようなことはさせるわけには参りません。

まあ、自分が被害者になりたくないからというのが一番デカイですが。


「でも、それならば、魔王に知られてしまった情報のことは、どうすればいいの?」


「それは簡単な事ですよ。知られた情報なんて些細な事にすぎないくらい、こちらを強化してしまうか、知られた情報で相手がしてくるだろう対策を逆手に取って、こちらが有利になる情報を創りだしてしまえばいいのです」


まあ、実際の所、そんなことをしなくてもストカ姫様一人が規格外過ぎて、なんの問題も起こらない気もしますが。


「な、なるほど! それで、具体的にはどうすればいいの?」


「具体的な案は、ストカ姫様が自分で考えるんですよ」


「え! そんな・・・」


「姫様は勇者様との旅の中で、すべての戦術を勇者様お一人に考えさせるおつもりですか? 今回の件はストカ姫様が漏らした情報がもたらした事態です。ご自分で考えて解決するのが筋だと思いますよ?」


「・・・確かにそうね。あ、でも、魔王に世界を混沌とさせてもらう話はどうするの?」


「その点も心配ないと思います。こちらから何か行動しなくても、魔王様がストカ姫様から得たこちらの情報から判断して、なんらかの対抗処置を準備するでしょう。

魔族がこちらが与えた情報に対する対抗処置のために動けば、そこで多少の人間と魔族の小競り合いが生まれる可能性があります。

与えてしまった情報はそれだけ魔族にとって危険な情報ですからね。その多少の小競り合いを見て、国が世界が混沌としている兆候ありと判断すれば、勇者召喚の要請が来るでしょう。

それに、魔王様にこれ以上世界の混沌の催促をすれば、ストカ姫様が世界を混沌とさせた張本人ということになってしまいますよ? つまり、勇者様に倒されるのがストカ姫様になってしまうわけです。それは嫌でしょう? ですので、ストカ姫様はこれ以上魔王様と接触するのはよした方がいいかと思います」


魔王様がストカ姫様対策を行うかどうかは微妙なところでしょう。

なぜなら、魔王様が人間と魔族の共存を望まれているからです。

無抵抗に誘拐されてしまったことや勇者様の件があるので、その考えが今後変わらないという保障はないですが、私の勘では、今回の件で魔王様の考えが変わることはないように思えます。

人間と魔族の共存を望んでいるのなら、魔王様は今回体験し、知ってしまった様々な情報を、誰にも話さず、うまくごまかすはずです。

なぜなら、敵陣の王を召喚してしまう魔法や、世界中すべての場所を好きにのぞき見できてしまう魔法というのは、それを所持しているだけで危険なものと判断されてしまうからです。

魔王様は今回、ストカ姫様を直に確認して、それらの危険な能力を魔族との戦争のために使うつもりは、勇者が召喚されるまではないと判断するでしょう。

しかし、周りの魔王様の配下の者達は、そんなストカ姫様の事を知りません。

危険な魔法の存在を知れば、その危険の排除のために全力で動いてしまい、結果的に勇者様を召喚させてしまえば、魔族は破滅です。

そのことを魔王様がちゃんと理解できていれば、うかつにこちらの能力のことを話すことはないと思うのです。


問題としては、今回、魔王様はお風呂の最中に、魔王城から忽然と姿を消しています。

そのことがどれだけ魔王城で騒ぎになっているか、ですかね

その騒ぎの大きさ次第では、多少ごまかしても不審に思う連中が出てくるかもしれないでしょうから。

まあ、そこら辺は魔王様の腕の見せどころでしょう。


少し懸念があるとすれば、魔王様が勇者様に一目惚れしてしまった件でしょうか。

まあ、魔王様はあれを一目惚れとは理解できてなかったみたいですし、時間を置いて落ち着けば、勇者様のことなんて忘れてしまうかもしれません。

まあ、大丈夫でしょう。


さて、ストカ姫様はこれでどのくらいおとなしくしていてくれるでしょうか・・・希望としては2,3年はおとなしくしておいて欲しいところですが、長くて一年、短かったら3ヶ月くらいは、問題を起こさず辛抱してくれる気がします。

それまでは少し休めることでしょう。


私のこの予想は、結果から言うと、わずか2週間ほどで覆されることになりました。


ストカ姫様が魔王様を召喚し、魔王城に返した2週間後、魔王様は再び王城に現れたのです。

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