11話
お茶を入れてストカ姫様と魔王様のもとに戻ると、お二人は何やら談笑されていました。
本当に、何か急激に仲がよくなったようですね。
大変好ましいことです。
「メイちゃんメイちゃん」
お二人の前にお茶を置くと、何やら魔王様が私を手招きします。
なんでしょう? なんだか、魔王様は少し警戒したくなるようないたずらっぽい笑みを浮かべている気がします。
しかし、呼ばれてそばにいかないわけにもいかないので、魔王様のそばに近づきます。
「ちょっと口開けて」
「え?」
思わず聞き返した口にチョコを押しこまれました。
魔王様っ!? それさっきストカ姫様がやったの怒ってらっしゃいましたよね?
「なるほど、確かにメイちゃんの驚いた顔、面白いし、かわいいな」
「でしょ? でもまあさっき魔王から言われてたみたいに、人からどう見られるかわからないから、からかうのは控えるつもりよ」
あの、人をおもちゃにしないでもらえます?
ストカ姫様が何も言わず急に私に何かするのは、私の反応を見るためだったのですか・・・そういわれると思い当たる節がいくつかある気がします。
「ところでメイちゃん。チョコの味はどう? それ実は一番不味いやつなんだけど」
言われて口にチョコを押しこまれたことを思い出しました。
体温で溶けてチョコが口の中に広がります。
そういえば、魔力を感じる力が味に関係するのかの検証はまだでしたね。
できれば、やはり前もって教えて欲しかったところですが、私がおもちゃになるのもお二人が仲良くするのに必要だというのであれば、異議はありません。
「・・・まだエグさを感じますね」
「なんだって? じゃあ、魔力の感知は味には関係ないってことか?」
「いえ、たしかにエグいですけど、先程食べた、思わずむせてしまうほどのエグさではないです。なんだかはっきりしない靄に包まれたようにエグさを感じます」
「・・・魔力を感じる力が味に関係するのは確かなようね。私が封じたのは一般的に認識されている魔力感知の能力だから、魔力による味覚の変化というのは、一般に言われているのとは違うか、もっと深い魔力認識であるのかもしれないわね」
なるほど、元々、魔力の微細な流れを味として感じているなんていう発想自体がなかったわけですから、現在この世界で魔力感知として認知されている能力だけを消しても、魔力を味として感じる力までが含まれているとは限らないんですね。
それでも、魔力感知能力を消せば、エグさを感じるのをうすくできているという事を考えると、全く別種の能力というわけではなく、同じ系統の能力ではあると言えるのでしょう。
それにしても、ストカ姫様が勇者様を放っておしゃべりに興じるなんていうのは初めてのことです。
勇者の姫君であり、他にすることがないと言っても、趣味が殿方の覗き・・・ゴホン! 勇者様の監視護衛だというのはあんまりでしたからね。
これを期に、友達とおしゃべりに花を咲かす普通の令嬢になってくれるのかもしれません。
魔力に関する新発見の話題が普通の令嬢のする話題かどうかは別ですが・・・。
「そろそろ私は勇者様の護衛監視に戻るわ。また面白そうなことを調べるときは呼びなさい」
・・・あまりにも儚い夢でした。
まだ結論の出ない中途半端な状況で飽きてしまうとは・・・。
まあ、ストカ姫様ですからね。
普通なんて言葉は似合わないですよ。
ええ、泣いてなんかいません。
「おう、色々ありがとな、姫さん! ここまでわかれば後は俺の方でなんとか調べられる。何か成果ができたら持ってくるよ」
魔王様がそんな風に言って気づきます。
そういえばこのチョコの研究は元々魔王様の研究です。
ここでストカ姫様が全てを研究をし尽くしてしまえば、研究を始めた魔王様の立つ瀬がありません。
今このタイミングで引いていったことは、飽きたように見せかけて、研究の締めを魔王様に譲ったとも取れます。
ストカ姫様の表情を探ります。
ほんのり顔が赤くなっているような気がします。
あの頬の赤みが、勇者様を見ていることで上気しているのか、魔王様に自分のカッコつけを見破られて照れているのかを詮索するのは野暮でしょうね。
それから暫くの間、魔王様の研究(と言う名の試食)にいくつか私は協力しました。
その後、小休止となったタイミングで、私はふと疑問に思ったことを魔王様に聞きます。
「そういえば魔王様、魔王様はどうしてチョコをお作りになろうと思ったのですか?」
これがストカ姫様なら勇者様の為以外にはありえないと思うので聞くまでもないのですが、相手は魔王様です。
魔王様も勇者様が大好きですが、ストカ姫様ほど、勇者様のためだけに動くといった感じの方ではありません。
もしかすると今回のチョコ作りには、深い意味があるのかもしれません。
「ん~、端的にいうと、半分くらいは勇者の為かな」
結局お前も男かよ! とズッコケそうになりましたが、なんとか踏みとどまりました。
「・・・いつか召喚される勇者様に食べさせて、懐柔するためですか?」
「それもあるっちゃあるけど、ほら、世界に混沌が起きないと、勇者召喚の許可は出されないんだろ? それ関係だよ」
チョコで世界を混沌?
私はチョコと世界の混沌に関連が思いつかず、首を傾げます。
「厳密にはチョコだけで世界を混沌とさせるつもりはないんだ。必要なのは資金。それを集めるための手段の一つとして、チョコを作ってみたんだよ」
なるほど、資金集めですか。
たしかにチョコレートなら売れそうな気がします。
「戦争の資金集めということですか?」
「いや違うよ。魔族は高い筋力と強力な魔法があるから武器は使わないし、移動も馬やら他の生き物を使うよりも自分たちで走ったり飛んだりしたほうが早い、食べ物も魔力があれば必要ないから、戦争に資金なんてほとんど使わないんだよ」
戦争にお金がかからないとは・・・。
大量の武器や食料、馬の飼料や工兵の使う資材、薬など、一度の戦争にかなりの費用が必要な人間とはえらい違いです。
改めて、魔族という存在に脅威を覚えます。
「ではなぜ資金集めを?」
「商会と学校を作ろうと思ってるんだ」
「商会と学校・・・? どういうことですか?」
「最終目的は人間と魔族の和平、で、その過程で混沌が起きるかも、みたいな?」
「・・・はぁ」
正直良くわかりません。
「なんていうか、和平のために色々やってたらチョコ作りに行き着いたって感じなんだよ。順番に話すと・・・」
それから魔王様が語った内容をまとめますとこんな感じです。
魔王様はストカ姫との初めての会合の前から、色々と人間との接触を図っていたそうです。
その接触の方法のメインとして行おうとしたのが、学校を作りでした。
できるだけ多くの人間に読み書き計算の仕方や歴史の知識を広めようとしたのだとか。
知識を持てば、人間が『人間と魔族』の関係について考える機会が増えるのではないかと考えたそうです。
しかし、学校づくりは難航したそうです。
最初はテストとして、とある小さな農村で、人間に扮した魔族(厭戦派の魔王様の協力者)が子供たちや必要な大人には無償で読み書きと計算を教えると触れ回って青空教室のようなことをしようとしたそうですが、参加者は一人も来なかったそうです。
農村などの子供は、ある程度大きくなれば農場の手伝いや、新しく生まれた兄弟の世話、家事の手伝いなどをさせられています。
文字を読んだり書いたり、難しい計算はできなくても生活はしていけますし、もしそれらができたところで生活が良くなるという保障もありません。
いくら読み書きや計算が便利なものだとしても、それを使わなくても十分に生活出来ている人たちにそれを広めるのは大変です。
だから魔王様は考えました。
勉強をすればご褒美を貰える・・・という状況にすれば、教育を受けてくれるのではないかと。
最初は勉強をすればパンや卵などを支給するという触れ込みで、青空教室を再度進めようとしたのですが、それでも参加者はゼロ。
それらは別に貴重品というわけではないのでどの家庭でも作れるし、物々交換で簡単に手に入る物でもあります。
その上、青空教室なんて言うわけのわからないことをしようとするよそ者で得体のしれない人物が配るものということも、余計に警戒心を強めるきっかけとなったようです。
ならばと魔族の宝物を売って、それで買った貴重品で教育しようとしたのですが、それは魔王様の配下に止められたようです。
なんでも、魔族の宝物は確かに人間界では貴重な物で価値が有るのですが、それを金銭に換えたり、誰かにあげたりすると、巡り巡って魔族の関与を調べられる結果になるとか。
魔族がお金を稼ぐ手段や人を操る手段として自身の宝物を手放すことはよくあることだったそうで、そういう品が市場に出ると、今は警戒されてしまうそうです。
それではと、今度は信頼やお金を作るために行商人の真似事をしようとしたとか。
しかしそれも失敗、どうやら行商人の大多数は商人ギルドという、商人の相互補助組織のメンバーであり、その商人ギルドへの所属が信用の元になっています。
そして、それに所属するためには魔族かどうかの判定を受ける必要があったらしいのです。
なんでも昔、商人になりすまして貴族や勇者に接触した魔族がいたのだとか。
もはや打つ手なしのように思えますが、そんな状況でも魔王様は諦めず、なんとか信頼やお金を集める手段を講じてきたようです。
開拓民に混じって農業をしてみたり、吟遊詩人として旅をしてみたり、料理人や鍛冶職人に弟子入りしてみたり。
チョコはその色々やってみる中で講じる手段の一つにすぎないらしいです。
「学校作りのはずが巡り巡ってチョコ作りになるというのは、変な話ですね」
「俺もそう思うよ。色々試してみて改めて思ったけど、人間と魔族の間にある問題は、かなり根深くなってる。そんな状況でなるだけ血を流さず和解の道を作ろうっていうんだ。チョコだろうとなんだろうと作ってやるさ」
「チョコレートの案が成功して資金ができたら、改めて学校作りですか?」
「そこが難しいところで、まとまったお金が入ったらそれだけ人の目が集まることになるだろ? だから、集まる視線をそらす存在が必要になる。できれば魔族でない信用できる人間の協力者だな。それも集団であれば目をそらしやすく、と言うか隠れやすくなる」
「なるほど、だから商会ですか」
「そういうことだ。なるだけ既存の商会を頼るのでなく、信頼できる人間と一から作った商会にしたい。そこを窓口にして、他の商会とのつなぎを作ったほうが、バレにくいだろうからな」
木を隠すには森のなかといいますからね。
人が多ければ、隠れやすくなるでしょう。
「しかし、そんなに都合よく信用できる人間をたくさん集められるものですか?」
「難しいところだな・・・一応各地に散ってもらっている部下たちに信頼できるというか、仲良くなれた人間というのは一定数できているらしい。だが、もし相手が魔族とわかった時にどういう反応をするかまでは不確定だ」
「私やストカ姫様のツテは期待しないでくださいね?」
「わかってる。というかもしツテがあったとしても断っているよ。こういう信頼を得ることは、いずれ越えなきゃいけない壁だ。部下たちにはいくら仲良くなれても、裏切られたり、騙されたりする可能性のほうがずっと高いだろうことを覚悟させている。もし騙されたり裏切られたりしても、決して逆上せずに、即座に姿を消す用に指示してる。いくらこちらが不利益を受けたとしてもな。もとよりゼロからのスタートだ。ゼロに戻るくらいは覚悟しないとな。問題は、それ以下になることだ」
・・・この人、ほんとに魔王なんでしょうか?
私の持っている魔王像とかけ離れすぎていて、とても魔王とは思えないのですが。
「まあ、チョコが上手くいけばの話だけどな。製法はある程度隠すけど、材料に魔物を使っていることは明言して売り出すつもりだし」
「魔物が材料であると明かしてしまうのですか?」
「ああ、隠していてもいずれバレそうだからな。だったら、最初から魔物だって明かして売ったほうが心象はいいだろ?」
「そうかもしれませんが、全然売れないと思いますよ?」
魔物は不味い、その上チョコレートは見たこともない食べ物です。
とても口にしようとする人がいるとは思えません。
「まあ、地道にやるよ。なんたって、俺の最終目標は魔族と人間の和平っていう無理難題なんだから。コツコツやってくさ」
「・・・あれ? でも魔王様、チョコで世界を混沌とさせるっていう話じゃなかったですっけ? 今の話の流れだと、とても混沌となるように思えませんよ?」
「いや、たぶん、規模はわからないけど混沌は起こるよ。読み書き計算を覚えた市民、魔物を食べる方法、魔族が関わっていること、どれ一つとっても火種を抱えているから」
「そうなのですか?」
「ああ、読み書き計算を覚えた農民や畜産民が商品の値段やらで口をだすようになったり、言い方は悪いけど、小賢しくなることで不利益が出る人間が出てくるかもしれない。魔物を食べる方法も、食料の輸出で経済を潤している地方なんかは問題に思うだろう。魔族に対して持っている人間の忌避感は言わずもがなだしね。軽く考えただけでもこれだけ問題が起こる可能性があるんだ。すべて避けれるなんて思えないよ」
なるほど、確かに、それらの問題が絶対起こらないように事をすすめるのは難しいのかもしれません。
「だからといって何もしないでいたって、魔族と人間の和平は結べない。まあ、それでもなるだけ問題は避けるのと、血は流さないようにするつもりではあるけどね。問題が起こったら起こったで、勇者が召喚される可能性があるから、その時は俺が直接勇者との交渉をするつもりだ。勇者の言葉なら、少しは人も話を聞いてくれるかもしれないからな」
「そうですね・・・」
血を流さないのはもしかすると難しいのかもしれません。
王城の、ストカ姫の存在を知るものの間でかわされる噂では、ここ最近人間の国のほうが平和なのは、勇者の姫君が生まれたことを支配者階級の人達では情報共有しているから、という話もあるからです。
魔族という共通の仮想敵を持つことで、停戦や休戦を結んだからこそ平和になっているのだと。
もしそれが本当で、人の国々が魔族に対する軍備を整えているのであれば、魔族の発見やそれを予感させる怪しい動きがあった場合、大掛かりな作戦が組まれることになりかねません。
召喚された勇者様が魔王様にどういう対応を取るかも未知数です。
ストカ姫様のストーキング・・・ゴホン! 護衛監視で見える勇者様の性格は、悪いものには見えないです。
しかしそれが異世界やら異種族やらに触れることで、どう変化するかもわかりません。
当てにすることはできないでしょう。
「そんな顔しないでくれよ。始まってもいない争いのことを心配したって仕方ないだろ?」
「・・・はい、そうですね」
「よし! じゃあ、今日はこの辺で帰るかな。チョコの研究の続きもしなきゃだし」
そう言って魔王様は立ち上がり、別れの挨拶を済ませると、魔王城に転移で帰って行きました。
しかし、魔族と人間の和平ですか・・・。
ただのメイドには、荷が重すぎる案件です。
私がしてあげられるのは愚痴や相談を聞いてあげることくらいでしょうか・・・。
あの優しい魔王様の夢が、うまくいくことを願うばかりです。