第8話
宇都は目覚まし時計の音で目覚めた。
日時は、月曜日の午後一時をまわっている。
彼は昨日、超能力者との一戦を交えた後、自宅に戻って風呂にも入らずそのまま寝落ちしてしまっていたのであった。
月曜日は大学であるが、月曜日に関しては午後3時から講義なのでゆっくり起きても何ら問題はないのである。
「シャワーでも浴びるかな」
彼は一人呟き、シャワーを浴び始める。
「そういえば逢沢、どうなったのだ?」
暖かいシャワーに打たれながら考える。
勢いで殴ってしまって精神的に辛くはないであろうか。
金の問題はどうなったであろうか。
シャワーを浴び終えた彼は、何気なく念力で(サイコキネシス)でテレビをつける。
すると、テレビに目を疑うニュースが飛び込んできた。
『速報::銀行連続現金窃盗犯、逮捕』
「なんだって!?」
宇都は部屋の中で一人叫ぶ。隣の住民にも聞こえるほどの声量で。
テレビの中のニュースキャスターは、真面目に淡々と原稿を読み上げる。
「先ほど入った情報によりますと、銀行の金庫から現金を盗み出し、それを繰り返したとして逢沢優、二十一歳の男子学生を逮捕しました。警察も全く手がかりの掴めない状態の中でしたが、犯人が自首をしたことにより緊急逮捕が決定されたそうです。今後の取り調べにおいて、逢沢容疑者の事件の詳しい経緯を事情聴取します。以上、速報でした」
とのことであった。
「何やってんだよ、あいつは! お前が捕まっちまったら終わりだろうが!」
宇都はソファの近くにあるタオルを掴んでは投げ掴んでは投げを繰り返す。
それは悔しさの表現である。まるで、運動会で二位のチームが一位のチームに僅差で敗北してしまったかのような悔しさが募る。
恐らく、逢沢は消される。国家によって。
消されるとは、この世から消されること。殺されることを意味する。
超能力はニュースで取り上げられると国家の立場からして少々よろしくない。故に、証拠隠滅の為に殺害するのだ。
国家は、カリキュラムを受けた学生がこのような事件を起こすことを配慮した上で力を授けたのであろうか。
宇都は国家の行動を初めて恨む。
こんな力を与えた国家の意図が分からない。
「ちくしょう!!」
宇都は近くに合った漫画を蹴り飛ばす。
それがタンスにぶち当たり、鈍い音が部屋の中に響き渡った。
それにしても、どうしたのであろうか。
逢沢優。
彼は、自首したことに何か意味を見出しているのだろうか。
自らお縄を頂戴した逢沢。
ただで縄にかかったわけでは無い事は宇都にも理解できた。
一体、何が起こったのか。
――時間は遡り、宇都が起きる前へ。
時刻は正午に近づいていた。
とあるアパートの一室。三人で暮らしている場所がある。
表札の名は逢沢。しかしドアや表札は一切手入れがされておらず、劣化しているため今にも崩れそうであった。
逢沢優が帰宅したのは夜が明けてからであった。
大金の入ったバックを抱えたまま。
彼は、ある決意をしていたのだ。
平素ならばこの時間は、彼は大学にいるのだが、この日は決着をつけるために自宅に待機していた。
「優、どうしたんだい? 大学はいいのかい?」
やつれた顔、そして元気のない弱弱しい声で優へ問いかけたのは、彼の母親であった。
「大丈夫だよ、母さん。もう終わらせるんだ」
「どういう事だい?」
「......」
優は何も答えない。彼の母親は心配の色で包まれているように見えた。
部屋の中は、生活用品以外何も存在しなかった。
冷蔵庫すらない家庭。食事に関しては安上がりのものを買って3人で分けたり、廃棄の弁当を店から頂戴して食い扶持を繋いできていた。
しかし、もう我慢の限界であろう。
優はこの状況を変えるべく犯罪に手をかけた。
(宇都、ありがとうな。勇気が出たよ。もう少しあがいてみる)
優は一人決意していると。
強めのノックの後、家の扉が勝手に開かれる。
「邪魔するぜ」
そう言って取立人の二人組が逢沢家へと足を踏み入れる。
一人はサングラスをかけた男性、もう一人は紳士のような身なりをした、真面目そうな男性であった。
二人は少々たじろぐ。
なぜならば、そこに超能力者という化け物がいるからだ。
その二人は痛い目にあった事を回顧し戦慄する。
「お、お前、なぜここにいる? 今の時間は大学ではないのか、この親不幸者め!」
サングラスの男が狼狽した。
発言には焦りの色が存分に含まれている。
皮肉か。
「......あんたらにお願いがあるんだ」
彼は、そう言ってその場に跪いた。
「な、なんでしょう」
紳士の男は降伏宣言を受諾したことを十分承知していたが、一転しての態度の急変に驚倒する。
「頼む、一生かかっても絶対借金は返す。だから、毎月の取立の額を減らしてくれ」
優は取立人に向かって土下座をした。
漫画やアニメでよく見るような状況であった。
取立人に借金返済を詰め寄られ、後が無くなった人々が許しの乞いをする場面だ。
「はあ? 何言ってるんだよ、お前は。何度も何度も取り立ての額を減らせって言って泣きついてきたのはお前の母親であろう」
母親は、何も言えなかった。
借金返済のストレス、そして愛する息子が取立人に向かって土下座をする姿。
母親にとっては大きな衝撃であった。
「分かっている。だが、分かったんだ。俺はこのまま大学を辞め、就職する。勉強なんて、もういい。少しずつでも返していくから、頼む!!」
優の乞いにも熱が入る。
紳士の男性がやれやれ、と首を横に振りながら優を見下したように話し出す。
「よくいるんですよねえ、こういう方々が稀に。いいですか、こちらも商売なんです。サービスではありません。仕事ですから。金が無いと生活ができないのは私たちも同じなのですよ?」
優は頭を下げたまま微動だにしない。
サングラスの男性が続けた。
「いいか、これでもこの家庭には優しくしている方なんだぞ? 事情があるだろう、その考慮だ。しかし、これ以上この家庭だけ優遇するってわけにはいかないのだが。金を払えない。だとすると......」
「そ、それだけはやめてくれ!!」
優が顔を上げて叫ぶ。妹を連れて行かれてしまう。
「頼む! 毎月一万だけでもいい、取立の額を下げてくれ!!」
「うるせえって言ってんだろ!!!」
サングラスの男性が優をその大きい図体が蹴り飛ばす。
優は後方へ飛ばされ、布団を収納する襖を突き破る。バリバリと音を立て破壊され、無惨にも襖は大穴を開けて外れてしまった。
「も、もうやめてください」
母親は絶望を浮かべた顔をしている。
紳士の男性は静かに言い放つ。
「仕方ありませんね。何かもらって帰りましょうか」
優は危険を感じた。
もうここまでなのか。
だとすれば、最終手段に出るしかなかった。
超能力、ではない。それを使っても解決には繋がらないことは前回の事から承知をしていた。
「分かったよ、返すよ。三千万」
「何だと?」
「今すぐ。ここで」
母親が状況を飲み込めない顔を浮かべている。勿論、取り立ての二人も。
「本当に返せるんでしょうね?」
「ああ。その鞄、見てみてくれ」
紳士は、優が昨日持ってきた鞄を覗く。すると。
「な、なんだこれは! お前、どうやってこれを!?」
「さあ、もってけ。これで取立は終わりにしてくれ」
かくして、盗んだ金を渡すことによって事態は収拾された。
「優、お前どうやって......」
母親は驚愕した顔を未だ戻せずにいた。
「ごめん、母さん。こうするしかなかったんだ。親不孝かもしれないし、孝行かもしれないね。だけど、お願いがあるんだ」
優は母親から目を合わせようとせず、玄関へ向かってゆっくりと歩き出す。
「なんだい?」
「いつまでも、元気で過ごしてね。大好きだよ、母さん」
優はそのまま全力で家を後にする。
駆けて、駆けて、駆ける。
「優! どこへ行くの!? 優!」
背後から母親の声がこだまするが、振り返るわけにはいかない。
(ごめんね、母さん。いつまでも幸せに。ここまで頑張ってくれて、本当にありがとう)
優の顔には涙が溢れていた。それは綺麗で、非常に綺麗で。
全く混じりけのない、汚れの無い涙であった。
優はそれから警察に自首をした。
自らの悪事を反省するためだ。
警察は信じられないようで騒然としていたが、緊急逮捕を決定した。
調査は慎重に進められ、優の処分についてはまた後日になるであろう。
しかしながら。
彼は超能力者である。国家機密のモルモット。
事情聴取の前に消されることは間違いない。
逢沢優の決意は、逢沢家の解決不可能かと思われた問題を解決させた。
そして彼の正義は、家族の人生を転換させるほどの大きな鍵となったのである。
第一章 改心させてやるよ 完
やっと第一章完結。
次回、ヒロイン出てきます。
さて、今日もバイト頑張るか! 2015/01/09
更新 2015/02/23