第7話
逢沢は、貧しい家庭の中で育っていた。
いや、貧しくなったと表現した方が妥当であろう。
逢沢の家族は四人家族だった。
今は、母、妹、優の三人で暮らしている。
金が必要になったのは逢沢が中学三年生になってからであった。
彼の父親は仕事をしていたものの、ギャンブルをすることに没頭していた。競馬や合法カジノ、パチンコなどは日課であった。
ある日、気分が高まった彼の父親は全財産をギャンブルに積み込み、破産してしまう。
金が無くなった父親は、ついに闇金へと手を出した。
金を借りるあてが無かったからである。
が、父親はその金をも全て使い果たしてしまう。
つまり、二度目の破産をするわけだ。
父親は仕事を持っていたものの、今から少しずつ働いて返していくには現実的に厳しい状況であった。
何しろ、利息が違法に高い。返す金額がおぞましい。
そこで父親のとった行動は、夜逃げ。しかも一人でだ。
愛する家族を置いて逃げてしまったのだ。
その日を境に、残された家族三人は、借金取りから執拗に金を回収されるようになった。
いつしか銀行の口座もほぼ零に近い状態になり、家にあるものも持っていかれるようになってしまった。
すべては、金のせい。そして父親のせい。
何とか生活保護を受けながらぎりぎりで生活をしていた逢沢一家であったが、優は奨学金を得て何とか高校へ通うことができるようになった。
しかし。
高校に入っても取り立ては続いた。
何度頭を下げたことか。何度妹が連れて行かれそうになったことか。
何度母親が殴られた事か。
数えきれないほど辛い経験をした。
そのような高校在学中、一つの希望の光が見える。
そう。
「超能力開発カリキュラム」である。
お伽噺のような話であったが、この教育により超能力を身につけることができたのだ。
彼は超能力を使用して、取立人を追い払ったり脅すことに成功した。
彼はほくそ笑んでいた。これで平和になる、と。
だが。取り立ては終わらなかった。
彼のいない時間帯に取立人が家に入り込んで物色したり暴力を振るわれたりするようになったのだ。
力をつけたとしても、結局変わらなかったのだ。
そして彼はついに、決心をする。
「金を、盗る。そしてやつらに返す。これで事態収拾だ」
それが犯罪であること自体は彼自身が良く理解していた。
宇都だって、薄々気づいていた。
逢沢が犯罪に態々手を染めるなど、何かあるに違いないことを。
そして、逢沢は自宅近くの銀行を襲撃し、というよりも隠密行動で完全犯罪を成功させたわけだ。
取り立ては今日の昼。この時間に金をすべて返すつもりであった。
広大な公園。捻じ曲げられた噴水の水。亀裂の入った地面。
楽しく遊ぶ目的であるはずの場所が、短時間にして異様な光景へと姿を変貌させていた。
「俺には......どうしても金が必要なんだ!! これ以上、家族の辛い顔を見たくない。俺がやらなきゃ。犯罪に手を染めようと、どうなってもいいんだよ!! 宇都、そこをどけ!!」
公園には二人の男子学生。逢沢と宇都だ。
逢沢は話を終えると、ゆっくりと立ち上がり宇都に向かって怒号を飛ばした。
「そうか、そういう事だったのか。とても辛いことを話させてしまって、すまなかった」
宇都は視線を逢沢から地面へと移す。
「そうだよ! 結局君に何ができる!? 正義感溢れることを発言したって、行動したって、結局何も変わらないんだよ!」
逢沢は涙目で訴えかけるように宇都へ怒鳴りつける。
時刻は深夜を過ぎている。時計は一時に差し掛かっていた。
静寂に包まれる公園の中、一人の学生の本音が虚空へと響き渡る。
「ふざけるなよ」
宇都が、目で確認できるほどぷるぷると震えていた。
彼の作る握りこぶしは、強く強く握られて作られている。
「は?」
逢沢は少々驚いた。ここまでの話をすれば、そうだったか。すまなかった。
止めるわけにはいかないな、じゃあな。
と返事をされると考えていたからだ。
宇都の返事はふざけるなであった。
「お前、盗られることの辛さを知っているんだろ? じゃあなんでそれを他人にやる! 取立人から盗られた物の数を覚えていないほどお前盗られたんだろ。辛かったんじゃなかったのか? じゃあ、お前の都合で銀行の金を奪っていいのかよ!? 銀行で勤務する職員の人はどうなる? 預けている私たちの金はどうなる?」
「......やめろ」
「いいか、逢沢。君の過去は壮絶で本当に解決が難しい。だが、解決に向けて何か努力したのか? 取立人を追い払ったり脅したりして取り立ての期間を先延ばしにしてきたみたいだが、それは直接的な解決には結びついていないだろう?」
「......やめてくれよ」
「どんな時があろうと、犯罪には決して手を染めてはならない。今だったら罪を償えるぞ」
「分かってるよそんなこと!! じゃあどうしろって言うんだ!? どうやって三千万なんて大金を用意する!? 取り立ては今日の昼! これしか出来ねえだろ!!」
逢沢の表情がどんどん崩れていく。
その顔は悲嘆の色に包まれていた。
宇都はまっすぐと逢沢の顔を見つめながら続けた。
「馬鹿野郎......!」
「え?」
「もう少しあがいてみろと言っているんだよ!!」
宇都は逢沢の胸ぐらを掴み、素手で殴った。
超能力は一切使用していない。
ゴン、と乾いた響きが広がる。
逢沢は突然の事に理解できていないのか、不意を突かれたそのままの顔で後ろへと倒れこんだ。
逢沢は暫く起き上がることができなかった。
じんわりとした痛み。心に訴えかけるような何か。
逢沢は今、痛みを感じている。
「本当に、もう。やめようぜ。こんな事」
宇都は、そのまま逢沢に背を向けて、公園を後にした。
宇都に殴られた逢沢は、言葉や行動の意図が分からず、短時間あっけにとられていた。
彼の目には澄み切った涙が一粒、二粒と流れているのを彼は感じた。
ちくしょう。負けた。
逢沢は疲れ切った体を起こし、ベンチへと腰かける。
もう少しあがいてみろ。これはどういう意図での発言なのだろう。
逢沢は宇都の伝えたいことを考えてみた。
それにしても。
宇都は本当にまっすぐな、馬鹿正直な正義感あふれる人物である。
逢沢もまたそれをよく理解していた。
(なんであんなに正義に拘るのだろう)
疑問点がふと浮かび上がったが、今は関係ないとその疑問を一蹴してしまう。
しかしながら。先ほどの宇都の発言は、全くその通りであった。
逢沢は借金に関して直接的な解決をしたことはないし、力で押さえつけてもこの手の人間は減るはずもない。問題解決にはつながらない。
では、どうするか。
頼み込むしかない。奴らに。
取引をして、うまく収めるしかないのである。
(もう少しあがいてみる、か。まっすぐ、泥臭い戦いをしてきますかね)
逢沢の心情が変化する。
諦めていたものを、もう一度挑戦するかのような。
後ろ向きな見方から、まっすぐ見た見方へとシフトチェンジする。
宇都の魂の訴えかけは、逢沢に響いたのである。
逢沢は何かを決意すると、ゆっくり歩き始めて自宅へと足を運ぶのであった。
2015/01/08
ちょっとべたすぎましたかね?
まあ、大丈夫でしょう(笑)
ぼちぼちやります。もう少しやろうかなー
2015/02/22 更新