第5話
時刻は日曜日の夜になっていた。
午後十時時といった頃。
閑散とした住宅街の中、軽装で一人の超能力者が電柱の陰に隠れて獲物を待っていた。
名は宇都忠。
彼の立つ電柱のすぐ近くには「地獄だぜ銀行」の看板が発光している。
それは夜の住宅街を多少ではあるが照らしていた。
彼の待つ獲物。
それは、同級生。しかしながら犯罪者である。
パーティーの集まりでもないし遊びに行くわけでもない。
宇都は、同級生の悪事を阻止し、改心させるために力を使う予定であった。
しかしながら、無駄な戦闘はしたくない。
彼はあくまでも対話によって事態を収拾し、即刻超能力の悪用を止めるよう忠告する次第であった。
「それにしても、本当に来るのか。何事もなければそれでいいんだけどな」
彼は静寂に包まれる地獄だぜ銀行の前で一人呟いた。
電柱の中で身を潜め続ける宇都。
時刻はついに零時に差し掛かり、日付が一日進むかもしれない所まで来ていた。
地獄だぜ銀行の看板の発光も既に消えており、辺りは一層閑散とした雰囲気に包まれている。
宇都は、気長に待ち続けていた。
携帯を開いては来るはずのないメールボックスを何度も確認してみたり、そのばでストレッチをしてみたりしていた。
周りから見れば変な人にしか見えていなかったであろう。
「それにしても、本当に人って通らないんだな。安達とかいう警部も、この辺のパトロールを強化するように本部に要請していた気がするけれども」
宇都は大きな欠伸をした。
それは彼にとって退屈さのパラメータが溜まりに溜まっていることを表していた。
その時だった。
既に閉鎖されている地獄だぜ銀行の前に、一瞬にして黒づくめの者が表れた。それは、明らかに異常な光景であった。
何もない場所に突然人という物体が移動してきたのだ。
宇都はその瞬間を見逃さなかった。
「決まりだな。超能力者による犯行。今のは物体移動だな。よくもまあ、堂々と住宅街でやってくれるよ」
宇都はため息をついた。
誰かに見られたらどうするのであろうかという杞憂もあったが。
今はそのような事を気にしている場合ではない。
宇都は犯行の一部始終を見守る。
その男性は、テレポートを繰り返し、施錠されている壁の向こう側へと入っていったようであった。シャッターを下ろしているので、移動後の位置の発見がしにくかった。
宇都は透明色を使用して後を追跡する。
勿論、彼もまた超能力者。テレポートを使って男性の後を追った。
中は前に盗難にあった銀行の広さより少々窮屈であった。
職員が使っているであろう机の上は綺麗に整理整頓されていたが、一部の職員の机の上は資料やらお菓子やらパソコンやら置いてあって、まさにカオス状態である。綺麗なのか汚いのか判断しにくい部屋といってもいいであろう。
宇都は男性を追跡しようとしたが、すぐに見つかった。
カウンターの後ろの職員部屋の、さらに後ろ。
客からは絶対に見えないであろう位置に、それはあった。
強盗や泥棒ならば誰もが欲すであろう、金庫が。
男性は懐から大きめの鞄を取り出し、チャックを開けた。
中身は何もない。
すると、男性が金庫に手をかざすと、なんと金庫の中身がそっくりそのまま男性の持ち込んだ鞄の中にすっぽりと入ってしまったのである。
それは一瞬の出来事であった。
まるで、テレポートのよう。
(そうか、そういうことか。自身をテレポートさせるだけでなく、物体自体をテレポートさせて中身を入れていたのか。どうりで監視カメラにも赤外線にも、非常ベルにも引っかからないわけだ)
実は、透明色に関しては、超能力を身につけていない人には見えないが、同じ超能力者ならば透明色を見破ることができる。
超能力による能力だと分かっており、その仕組みも知っているから、超能力者に対する透明色は意味をなさないのである。
男性は銀行に入ったと同時に透明色を発動させていたようだが、宇都はそれを見破ることができていた。
しかしながら。
その逆もありうるのだ。宇都自身がその男性に発見される危険性も孕んでいる。宇都は十分すぎるほど警戒をしながら男性の犯行を観察していた。
(さて、種明かしも完了したことだし、表で待っているか)
宇都はテレポートで地獄だぜ銀行の外へ出た。
テレポートをする時は、幾分か不思議な感覚を襲うという。
まるで、トンネルを出たらいきなり海の中に放り出されるかのような感覚。
無理やり空間を繋ぎ、その中を移動して進むので、現実世界とかけ離れたものを感じてしまうのであった。
外へ出たその数秒後に、その男性も外へテレポートする。
宇都は、一瞬テレポートでで男性との距離を詰めた。
「!?」
男性は驚愕し、焦燥感にかられる。
何者かが自分と同じ能力を使用してきたこと、そして犯行がばれしてまった事。この事によるものであろう。
宇都は静かに、詩を詠うように言い放つ。
「一度につきテレポートができる距離は限られている。それは、人によって様々であり一般ならば十メートル程度、天才ならば百メートルほど、か?」
「お、お前! なんでここに!」
その反応からすると、やはり同級生みたいだ。
同級生は宇都の事を知っている。
そして、宇都はその声に聞き覚えがある。
「君か。逢沢優。本当に久しぶりだな」
宇都は旧友を懐かしむ口調で言った。
「久しぶりだ、じゃねえよ! なんでここにいるんだよ。まさか......見たのか?」
「まあ、ばっちりね。で、どうするの? 今からでも遅くないぞ? 返してきた方が身の為ではないか」
「ふざけるな! 折角手に入れた金だ! どう使おうと俺の自由だ」
「何に使う?」
「ほっとけ」
逢沢は目立つのが嫌いな男だった。
身長は百五十五センチほどであり、髪は短髪。
いつも黒のTシャツを愛用していた。
彼の拘りとも言える、象徴とも言える彼のカラーだ。
逢沢は宇都に見られたことの動揺を隠しきれていない。
口調が少し早口になっている。
「なあ、逢沢。俺たちは人類を超越した力を手に入れたけど、このような使い方って良いのか? 誰かを不幸にしてまで幸せになりたいのか?」
「またいつものお説教か。正義のヒーローさんよ」
「まあそう言うな。聞いてくれ。この数日間の銀行から現金のみ抜き取られる事件、犯人は君だな?」
「そうだよ。何が悪い」
「悪いに決まっている。人のものを盗むなんて!」
意識はしていないであろうが、宇都の声量が増える。
逢沢はやれやれというような顔つきで、言う。
「人のものを盗む、ねえ」
「何?」
「僕たちだって盗られるじゃないか。国に。税金とやらを」
「それは盗られてるとは言えないだろう。私たちが払うという義務じゃないか」
「その義務を課している時点でおかしいんだ。払わなければ、いけない。払わなければ逮捕される。不平等じゃないか?」
「何を言っている」
逢沢は一刻も早くこの場から立ち去りたいのであろう。
周りを見渡したり、そわそわしたりと落ち着きが無いのが見て取れた。
「何が、金だ。くだらねえ」
その刹那。
逢沢が何かを宇都に向かって飛ばしてきた。
ピストルの弾丸より少し遅い程度ではあるが、確実に宇都の心臓部を狙ってきたと言える。
「あぶねえ!」
宇都は咄嗟の判断でそれを回避することができた。
それは、ガラスの破片であった。
野球ボールほどの大きさであり、当たると大けがの危険性を孕んでいた。
ガラスの破片は宇都のすぐ横を通過し、コンクリートの地面に着弾し粉々に砕け散った。
「念力で凶器を飛ばすなよ!」
宇都は怒りの声をあげた。
逢沢は全く悪びれの無い様子を見せている。
それを見た宇都。ある決意を思い出す。
絶対に、どんな手を使ってでも改心させる。
戦闘もやむを得ない。
逢沢は高校生時代では悪い人物ではなかった。
直接的な関わりは無かったものの、彼の行動や言動は悪の要素を含んでいないことを宇都は覚えている。何か事情があるはずだ。
辺りは相変わらず静寂としていて、住宅街を照らすのは広い間隔で置かれている電柱の蛍光灯である。
静かな夜。
今、二人の非日常的な喧嘩が、幕を開けた。
2015/01/07
勢いで書きまくってしまいました。
明日は休みの日。
今日と明日、頑張ってみよう。
2015/02/15 更新