第1話
学生寮の一角。
外から見れば変哲のない団地であろう。
現代は西暦三千年である。
この時代でもなお「学生寮」と呼ばれるものが存在していた。
名は「変哲荘」。
いや、何をもって変哲というのであろうか。
千年前までも同じような、学生寮と呼ばれるアパートが存在していたが、その時のフォルムとほとんど変わっていない。
どこからどう見ても普通の学生寮であろう。
フザケンナヨコラ、と思わず突っ込みを入れたくなるネーミングセンスだ。
その変哲荘の中で暮らす一人の男子学生。
年は二十歳。身長は百七十ほどであり、体重は六十ほどの、普通の体型である。
成績は中の上、これといって大した特技も持っているわけでは無かった。
強いて言えば、彼は武術を幼少の頃に習っていたそうだが。
彼の名は宇都忠。パッと見、どこにでもいそうな平凡な学生だ。
しかし、彼は。
他の人と少々違う特徴がある。
この時の時刻は深夜をまわっていた。
辺りは静まり返り、学生寮の中ではお忙しい学生様方が睡眠タイムに入っていることだろうが、隣から爆音で音楽を流したり、レッツパーティー! ウエーーイ!! と言いながら何か良く分からない集まりをしている声が学生寮のどこからか聞こえていた。
宇都は、そんな状況に心底うんざりしていた。
コノヤロウ! 俺もマゼロオオ!!
と言いながらキチガイっぷりを発揮して迷惑な学生の部屋へ突撃してもいいのだが、それだと普段から学生寮に住んでいらっしゃる方々から変な目で見られることは間違いなかった。
宇都はどうしようもない状況にため息をつく。
その時。
外から何か聞こえてくるのを彼は感じた。
「うお! 外で誰かが喧嘩している! 止めなければ!!」
さて。
彼が他の人とは違う特徴があると言ったが。
まず第一に、正義感が人一倍強く、困っている人がいたら放っておけないスキルを持っている。
彼は叫ぶやいなや裸足で自室を飛び出し、駆ける。
彼は、正義感が強いが故に、悪事を止めることしか考えていない性格であった。
目の前にダイヤモンドが落ちていれば、拾って自分のものにするというよりも、警察に届けるという馬鹿正直な正義を貫く人間だったのだ。
「ああ!? なんだてめえは。邪魔をするんじゃねえ!」
喧嘩は一対一の殴り合いだった。
二人とも男子学生のようであった。
一人は茶髪が印象的な、キツネ目が特徴の男、もう一人はスキンヘッドが印象的な男であった。
恐らく、お互いがぶつかったか、ガンをとばしたか。
どちらかが喧嘩発生の原因かもしれない。
正直、睡眠タイム真っ最中の学生様方から見たら、この騒ぎは迷惑極まりない状況であっただろう。
喧嘩は学生寮の前の駐車場で発生し、お互いの怒鳴り声はいい騒音であった。
「まあまあ、落ち着けよ。ちょっと静かにしないか? 周りの人、迷惑してるみたいだし」
「だから、邪魔をするんじゃねえよ!」
スキンヘッドが怒鳴り散らす。煩わしい。
暗い駐車場の中は静寂で包まれていたが、不良の声が団地中をこだましている。
なんだ、という雰囲気で野次馬が団地の窓から事の経緯を観察し始めた。
スキンヘッドがてめえには関係ねえよコンチクショーという感じて手を振り上げた。
そして宇都はその手をじっくり見つめた。
「くたばれ!!」
スキンヘッドが振り上げた手を、宇都に向かって振り下ろす。
宇都はその手を見つめ続けた。
宇都は、人一倍強い正義感と、それとは別に一般人とは違うものを持っている。
それは。
「ぐっ!? な、なんだ!?」
「......」
彼は超能力者である。
「どうした?」
宇都は冷静に彼ら二人に言い放つ。
相手二人は何が起こったのか理解ができていないようであった。
相手の手が宙に止まり、そのまま動かなくなったのだ。
いわゆる、念力を使って相手の手を制止させたのだ。
スキンヘッドは顔を真っ赤にして必死に腕を動かそうともがくが、なぜか一ミリも動かない。
「ど、どうなっているんだ!?」
彼はわけわからない事と言わんばかりに、声を大にして叫ぶ。
それはそうだろう。
超能力については未だ一般公開されていないのだから。
何が起きているのか、このような喧嘩っ早い学生に理解できるはずなかろう。
かくして事態を収拾した宇都は、無事自室へと戻っていった。
喧嘩していた二人は、宇都を心底怖がって逃げ出してしまったのだ。
ひとまずこれで一安心、だろう。
「うーん、仕事した!」
宇都は満足そうに部屋の中で一人呟く。
(超能力開発カリキュラムを受けたクラスメイトは、今はどうしているんだろう。この超能力を生かした生活をしているのだろうか?)
宇都はそんなことを考えながら部屋のソファに寝っ転がる。
宇都は学生寮でありながら、1LDKの部屋で暮らしていた。
月々に親からもらう仕送りで毎日をしのいでいると言っても過言では無い。
「はあ」
彼はため息をつくと、気晴らしのためにテレビの電源をつけた。
勿論、彼自身の超能力を使用してだ。
電源に向けて念力をポチっとぶつければ、それだけで電源をつけることができる。
なんだかんだ言って、彼は超能力を持て余していたのだ。
テレビでは様々な番組がオンエアされていた。
がやがやした音が、宇都の部屋を包んでいた深夜の静寂を突き破る。
「飛ぶなよ、飛ぶなよ!」という掛け声とともに崖から飛び降りる人たち。
華麗な歌声を披露する若き歌手たち。
真面目な顔をして原稿を読むニュースキャスターたち。
VRに関した事件の報道。
宇都は寝っ転がったソファから一歩も動こうとせず、テレビを凝視する。
この時は、まだ普通の、人間らしい生活を送っていた。
彼の取り巻く日常が、少しずつ非日常へと変化していくことは、誰が予想できたであろうか。
勢いで更新してしまいました。
何してんだ俺。 2015/01/04
更新 2015/02/23