第16話
宇都は、走馬灯という言葉を聞いたことがあった。
死ぬ直前になると、今までの記憶が沢山頭の中を駆け巡るという体験の事だ。
宇都は、そんなものと信じてやまなかったが、この瞬間だけは違った。
死ぬ直前に感じるもの。
とても恐ろしく、恐く、冷たい何かを彼の中では感じていた。
犯罪者、四賀憲太郎。
同年齢にして重犯罪に手を出していた。
圧縮者と呼ばれる彼の能力は、何でも圧縮することができる。
宇都は、四賀の能力に巻き込まれることが確定していた。
手に多大なるダメージを負い、地面を掴んで攻撃に巻き込まれないよう耐える事は不可能となり、成す術が無くなっていたのだ。
体が無重力状態になる。
周りの時間が、とてもとても長く感じられた。
まるで、一秒が十秒になったかのような感覚。
「もうだめなのか」
初めて口にしてみた弱音。
ああ、言ってみると良くないな。自分のメンタル、思考がやられてしまう。
彼は頭の中でそう考える。
瓦礫の上で立って、まるで人という存在の上に立っているかのような素振りを見せる四賀。
もう、誰にも止められないだろう。
このままいくと。萌にすべてを背負わせてしまう。
「ハハハハハ! これで御仕舞さあー。正義のヒーローも落ちぶれたもんですねえ。キャキャキャ」
能力を使い、無重力状態になった宇都の姿を見て、四賀は一層興奮していた。
どう見ても異常である。
同級生に傷をつけて、一層喜んでいるこの姿。
どう考えても、普通の学生とは思えなかった。
犯罪者予備軍、というよりもサイコパスに近い状態になっているのかもしれない。
宇都は、ゆっくりと考えた。
生まれた時の事、父親の事、とある決意をしたこと。
ある日突然政府の人間が来て、諸君は選ばれたという発言を聞いた時の衝撃。
超能力開発カリキュラムを受け、超能力を使えるようになった時の感動。
そして、萌と共に過ごした日々のこと。
これらすべてが走馬灯のように宇都の頭を駆け巡っていた。
もうすぐ、圧縮をして固まっているその一点に到達する。
圧縮は一点を中心に行われており、吸い込まれてから潰されるという構造らしい。
さようなら。みんな。
せめて痛みの無い一瞬がいいな。
と考え、攻撃に巻き込まれる。
はずだった。
「!? な、何だあ!?」
四賀の攻撃が止まったのだ。
宇都はべちっとその場で腹を打つ。
体が無重力状態から解放されたが、現実に戻ってきて不思議な間隔に襲われる。
重力を感じる。
ちょうど攻撃に巻き込まれる前に攻撃が止まったので、宇都は四賀のすぐ目の前にいた。
四賀は狼狽している。
なぜこのような事が起こったのか、四賀自身にも理解することができていなかった。
(能力の使い過ぎか?)
何が起こったのか両者理解できていなかったが、宇都にとって最大のチャンスが訪れていた。
なにせ、ぶっ飛ばしたい対象が目の前にいるのだから。
「四賀!! 目を覚ませこの野郎!!」
宇都は、思いっきり右手で四賀を殴り飛ばした。
「ぐああああああっ!!」
四賀は瓦礫の上から地面に墜落した。
フロアがドン、と空しい音を立て、揺れる。
何とか一瞬の隙をついて攻撃に転じることができた。
四賀は、まるで死にかけの蚊のように両手両足をピクピクと動かしていた。
「な、なにをするんだよお! 痛いじゃないかあ、ククク!!」
痛さを感じながらも笑うことを止めない四賀。
四賀の頬が赤くなっていたが、何とも気にしない様子でその場で立ち上がる。
またもや射程距離に入ってしまった宇都。
第二回目の危機が訪れていた。
「くそ、そっちまで間に合うか!?」
宇都は思いっきり殴り飛ばしたことを後悔した。
四賀が能力を発動するまでの暇を与えてしまったのだ。
「遅いよお! ほら、もう一度死の淵を彷徨っちまえよお!!」
四賀が能力を開放する。
が、何も起こらない。
「なんでだよお!! なんでこんな時にっ!! ありえない。なぜだああああ!!!」
二人しかいないフロアは四賀の声で埋め尽くされていた。
「終わりだ、四賀。俺にも良く分からないが、天罰が下ったとでも思っておけ」
「いやだあああああ!!!」
四賀は駄々を捏ねる小学生のように、その場で地団駄を踏んでいる。
「なぜだ! なぜ覚醒アビリティが発動しないんだ! もう少しで終わらせられたのに!!」
「四賀、なぜそこまでして能力に拘るんだ」
「うるせい! 君に何が分かるんだよお!!」
宇都はゆっくりと四賀へ歩み寄る。
「ひっ!」
素っ頓狂な声を上げる四賀。
情けない姿になっている。
背中は宇都の攻撃で赤くなっており、その上頬は素手で物理的攻撃をされたため赤くなっている。
そして精神的にも、苦しい状態になっていた。
「俺たちは人を超越した力を手に入れた。しかしお前は、この能力を自分の欲望の為につかった上、関係のない人を巻き込んでまで超能力を使った。何をしているんだ、お前は!」
「う、うるさい!」
「なぜそこまでしてこのデパートに拘っている! そしてなぜ沢山の人を巻き込む必要があったんだ!!」
「そんなつもりは無かったんだよお!! ただ、コンビニに復讐ができればそれでよかったのさあ!!」
四賀は泣きながら、一歩ずつ後ずさりをする。
少しずつ宇都が近づいていく。
一歩一歩。踏みしめて。
宇都は近づく際、念力であたりの瓦礫、通行に邪魔なものを弾き飛ばしていた。
その光景が、四賀にはまるで裁きを下しに来た審判のように見えていた。
四賀はおびえ切っていた。
覚醒アビリティがあれば、能力を使って宇都を一撃で葬ることは容易い。
しかし、覚醒アビリティ無しの、超能力のみの勝負になれば話は別だ。
超能力開発カリキュラムを首席で卒業した宇都には、到底かなわない。
基礎力は、宇都の方が遥かに上なのである。
負け確定である。勿論、四賀の負けだ。
気が付けば、宇都はもうすぐ目の前に来ていた。
四賀は後ずさりしすぎてしまい、辛うじて残っている柱まで追い詰められてしまった。
「ひいいい!! ごめんなさい!!」
焦りにあせった四賀は、笑う事すら忘れて、この状況をいかに乗り切るか全力で考えていた。
とりあえず、四賀は宇都に全力でその場で土下座をした。
「おい、四賀」
土下座する四賀の前に、宇都が立ち、冷静に言い放った。
四賀は、へっ? という顔で宇都の方を向いた。
その顔は、何だか餌がもらえるよう媚びている動物かのように見える。
「お前、謝るってことは、悪さを反省してるってことだよな?」
「そっ、そうだ! 僕が悪かった! 秋芽さんの事も、爆発事件のことも」
「......」
宇都が黙り込む。
四賀はその微妙な間に不思議なものを感じていた。
宇都の表情は、読めなかった。
やがて、宇都が話し始める。
「お前、最後に謝るんなら、悪いことだってもともと知っていたよな? 最後に謝ればすべておしまい、で済む話じゃないんだよ!! 何人の人が犠牲になった!? まだ逃げ遅れている人もいるかもしれないんだぞ!! お前の自分勝手な理由で、何人もの人を巻き込んだ。最初からそんなことをやるんじゃねえ!!」
宇都は声を荒げた。
このフロアでは宇都の声がこだましている。
四賀は、今にも泣きだしそうな目で宇都の方をまっすぐ向き、こう言った。
「仕方なかったんだよお。もう、こうするしか! お前、僕の邪魔をするんじゃねえよおお!! このやろー!!!!!」
最後の逃げ場を失った動物のように、大声で咆哮する四賀。
持てる力をすべて使って宇都に殴りにかかった。
しかし、彼の図体は大きい。且つ、体にダメージを負っている。
故に、スピードは対して速くない。
武道を幼少の頃から習っていた宇都にとっては、避けることなど容易い事であった。
「目を覚ませ、四賀。どんなことがあっても、人を傷つけてはいけないんだ。俺たちだって、完全には無理かもしれないけれど、分かり合える日が来るさ」
宇都は軽々と四賀の拳を交わす。
宇都はもう一度、手をゆっくりと後ろへ引く。
予備動作だ。
そして、その手をためらいなく、四賀の改心することを願いながら、拳をまっすぐと四賀へ飛ばす。
本当に一瞬の出来事だった。
四賀に拳が直撃し、彼は辛うじて立っている柱へと激突した。
ガラガラガラ、と音を立てて柱が崩れ落ちる。
そしてその破片が、四賀の体を包み込んだ。
フロアが一層揺れる。
柱の一部分を失ったデパートは、さらに傾く。
もう、体で感じることのできるぐらい傾いている。
ビー玉を転がして傾きを確認する必要のない位。
宇都は、四賀を助けようと思ったが、一瞬にして柱に巻き込まれてしまった上、デパートが崩壊直前の状態にまで来ていたため、止むを得ず離脱することを決めた。
初めて宇都に訪れた危機であったが、運よく助かることができた騒動。
宇都はこの事件から、今までに強くなることを決意し持てる力をすべて使用して下の階へとテレポートする。
宇都の背中には、何か蟠りが残っていることを感じさせる雰囲気を漂わせていた。
気晴らしに執筆です!
趣味程度が一番ですな。
今年の目標は小説を一作品完結させること。
てかこれの完結を目標に趣味を極めたいと思います。
稚拙ですが、暖かく見守って下さると幸いです! 2015/01/29