第15話
ヘヴン・ヘルタウンのコンビニエンスストアフロア。
下の階層であるものの、建物を支える柱を破壊してしまったため、デパートが全体的に斜めになっていた。
その何とも危険な場所の中に、佇む二人組。
犯罪者、四賀憲太郎と正義感溢れる、宇都忠。
二人はこのデパートの中で熾烈な戦いを繰り広げていた。
戦闘状況は、一進一退。
攻撃に回ったり、攻撃をくらったり、防いだり。
四賀は覚醒アビリティを所有していたというものの、戦力は互角であるように見えた。
四賀と宇都の距離はおよそ一五メートル。
だが。
四賀は宇都の不意打ちを防ぎきれず、背中にナイフで刺されたような傷を負っていた。
「く、ククククク」
不意に四賀が笑い始める。
今までとは少し違う、本当の笑いがこもった感情のある笑い方であった。
「四賀、何がそんなに面白い」
宇都はまっすぐと四賀を見つめる。
四賀はゆっくりと手を背中に伸ばすと、血を少し拭い取った。
そしてその血をまじまじと見ている。
「宇都君、VRって言葉聞いたことあるかい?」
VR。バーチャルリアリティーとも言われるこの言葉。
意味は仮想現実、だったか。
五感をすべてダイブさせることによって形作られる、もう一つの作られた現実。
一昔前までは、この仮想現実を体感するというゲームが爆発的にヒットした。
五感をすべて仮想現実へとダイブさせ、自らのアバターを、自らが動かすことによって、もう一つの現実をゲームとして楽しむことができたのが大流行だったみたいだ。
特に人気だったのが、RPG、格闘、レーシングゲーム。
仮想現実により自分の強化された体を動かす爽快感が、人々の心を掌握したのだ。
老若男女、楽しむことができるものとして開発されたもの。
それがVR技術だ。
宇都はこのことをよく知っていた。
なぜならば、大学で専攻しているものが、このVR技術に関する事だからだ。
ただ、数回さぼったり怠けたりしてしまったので少々知識が欠けている部分も存在する。
「ああ。大学で学んでいるから、大体分かるが、それがどうしたんだ?」
「それならば話は早い。実はね。僕は仮想現実で暴れるのが好きでねえ。」
「なんだと?」
「仮想現実なら、いくらそこで物を壊したって、殺害したって、人を傷つけたって、何も罪に問われることはないんだよね。アハハハハ!」
四賀は高校生の当時を語っているようであった。
仮想現実のゲームが主流になったのは、宇都達が高校に入学した頃。
今より四年ほど前だ。
ちなみに、今は主流になっていない。
なぜならば、VRによる事件が後を絶たなかったからである。
たとえば、五感をすべて仮想現実にリンクさせるには、専用の端末が必要である。
その端末を、仮想現実にリンクしている途中に誰かに無理やり引き抜かれたりしたら。
はたまた、仮想現実に夢中になりすぎて現実に戻ってくるのを忘れ、現実での体が栄養不良により餓死してしまったら。
他にも、仮想現実によって人格が捻じ曲げられ、強くなったと思いこんだり、犯罪を現実世界で起こしても大丈夫という錯覚に陥ることによって犯罪が起きたとしたら。
これらは実際に起きたVRに関する事件である。
政府はVR専用のルームを持った施設を建設したり、メンタルケアを受けさせるという対処をしたりして対応をとった。
現在もなお人気は衰えないが、事故によって死亡する者も実際に存在しているのが現実だ。
そんな仮想現実で暴れまわっていたと思われる四賀。
ゲーム管理者から罰を受けたのではないだろうか。
「ちなみに、オンラインゲームってのは不便だったよ。ウックククク。管理者から目をつけられるとすぐにキック(強制ログアウト)されるしねえ」
「なぜそこまでして傷つけるのが好きなんだ」
「壊れた方がいいものが、沢山あるのさっ! アハハハ」
四賀は笑っていた。
手に拭い取った血をまた見つめ始める。
宇都には、何を言っているのか分かりかねない。
辺り一面四賀による破壊活動が行われていたため、もはや何のフロアなのか見分けがつかなくなっていた。
その中に佇んでいる二人。
決闘の凄まじさを、フロアが物語っていた。
「いやあ。それにしても。安心したよ」
四賀は近くに合った瓦礫を足で蹴散らして、ゆったりと話し始めた。
「何がだ」
「この今僕たちがいる世界は、仮想現実じゃないんだね。こうして痛みを感じるし、こうして誰かと話して、戦う。犯罪を犯せばVRよりも凄く生生しい逃げ惑う人々の声を聴くことができる。これがリアルってやつだねえ。キャキャキャ」
「お前、VRと現実の区別もつかなくなったのか!? 志賀、お前って奴は......!」
VRの世界にのめりこんでいたと思われる四賀は、現実と仮想現実の区別がつかなくなっていたのだろうか。
平気でVRと同じことを現実でする四賀に、宇都は心底腹を立てている。
「このやろう!! 目を覚ませえ!!!」
ついに激昂した宇都は、テレポートを使い、四賀の攻撃範囲へと踏み込んだ。
一瞬のうちにケリをつけてやる。
一瞬よりも、短い時間に。
そして、この手で。改心させるんだ。
宇都は心の中で強い決意をする。
テレポート場所は、四賀の頭上だ。
空中かかと落としで頭を狙って、動けなくしてやる。
四賀はなぜかニヤニヤと笑っている。
その笑みは、何かを見透かしているような雰囲気だ。
だが。
絶対に負けない。ここで、決めてやる。
平気で人を傷つけ、仮想現実と現実との区別をつかないやつを、見逃すわけにはいかない。
萌とも約束したのだ。
絶対に改心させる。そして無事に帰って来て、また買い物へ出かけると。
萌は宇都を信じて待ってくれているのだ。
動けない所を確保し、いっきに片を付ける。
予定であった。
「馬鹿だなあ。本当に君は。怒ると周りが見えなくなるのかい? アハハハハハハハハッ!!!!」
四賀が宇都のテレポートをすると同時に、四賀もテレポートで後ろへと退却した。
単純な作戦だったか。軽率すぎた。
完全に動きを四賀に読まれていたのだ。
四賀は、テレポートを使うのは得意では無かったが、5メートル位ならばテレポートはできた。
故に、四賀にとってテレポートは、緊急回避には十分役に立つ。
四賀は大きい図体を動かし、瓦礫の上へと着地する。
ドスン、とフロアが揺れ動いた。
宇都は不意を突いたつもりが、今度は突かれてしまった。
宇都の着地場所が、何もない場所。
人も、瓦礫も。
宇都は攻撃と共に着地に失敗する。
3メートル上からの落下により全体重が足と手にかかった。
じんじんする。
意外と痛い。動けなくはないが、完全に反撃の隙を与えてしまっている。
その時。
「さようなら、宇都君。覚醒アビリティ、発動だよお!」
犯罪者による圧縮が始まる。
宇都は射程範囲に十分入っていた。
重力によるものか分からないが、ある一点を中心に引っ張られる。
宇都は咄嗟に何かへしがみ付こうとしたが、しがみ付こうにもその辺には瓦礫やゴミしかないし、ましてやそれらが吸い込まれていくのでしがみ付く物は無かった。
「うおおお!」
宇都はフロアの地面にへばりついた。何とか数秒は持ちこたえられるだろう。
そして、考える。
この圧縮者の攻略法を。
まずはテレポート。
しかし、できない。集中できなくて、能力の発動が難しいのだ。
念力も同様だ。
この状況では飛ばせる物体も無いし、能力を発動する余裕も無い。
完全にチェックメイトに近づけられていた。
しかし、四賀の能力に巻き込まれたら、それこそ本当に最後である。
「ほらほらあ。何してんのさっ! さっさと巻き込まれちまえよおおお!!!」
四賀が叫びながら能力を継続して使い続ける。
吸い込みの力は相変わらず変わらない。
全力で床にへばりつけば能力を何とか耐えられることが分かった。
が、そう安堵した瞬間。
グサ。
何かが宇都の両手に何かが突き刺さった。
「痛てえ!! 何だ!?」
ガラスの破片、瓦礫、先ほど念力で飛ばしたアルミ缶の先端部分が、宇都の両手に突き刺さっていた。
「ほら、早くう!! くたばれっちまえよおお! 僕の邪魔をするんじゃねえぞ! アハハハハハ!!!!」
四賀が、覚醒アビリティを発動させながら念力を使ったのだ。
高等なテクニックだ。
右手と左手でそれぞれジャンルの違うゲームを同時にプレイするかのように難易度が高い。
それを平然とやってのけた四賀。
超能力の素質は十分すぎるほどであった。
そして。
宇都のダメージを受けた両手が、地面を離れた。
「う、うわああああ!!!」
宇都が初めて情けない声を出した瞬間であった。
もう捕まる部分は無い。
死亡確定、だ。
『忠君。絶対に、帰ってきてよ?』
秋芽との約束が宇都の頭に浮かんだ。
もしかしたら、これは死亡フラグを立ててしまった瞬間だったのだろうか。
宇都は軽率な自分の行動を大いに反省した。
そうしてゆっくりと、四賀の能力により体が浮遊した。
物体が一点に集まる方向へ、ゆっくりと近づいていくのを宇都は感じる。
さようなら。
ごめん、萌。
約束、守れなかった。
宇都の顔には、一粒、二粒と涙が零れていた。
それを見た四賀は、満足そうな笑みを浮かべ、またもや小さな子どものように両手をバタバタと動かしていた。
宇都は流れに身を任せ、抵抗をするのを諦めてしまった。
プロローグから随時修正中です。
ぼちぼち頑張ります。 2015/01/24