一滴のホワイト
『あなたは、自分を例えるとしたら何を挙げますか』
ある人は、面影の似ている芸能人。またある人は、動物に、花に、大切な宝物に例えるかもしれません。
私には忘れられない思い出があります、聞いて下さい。
あれは高校生時代のこと。
私はとある美術デザイン科に所属しておりました。そこは選択教科どころではなく、かなり本格的なカリキュラムの組まれている学校でして、毎日が制作に追われる日々でした。
ですが思い出はそんな制作での一コマではなく、国語の授業中でのことでした。
国語はまだ若い女性教諭。何を思ったのか、授業には関係あるのかないのか、私たちに問いかけます。
「自分を例えるとしたら、何だと思いますか?」
小さなメモ用紙を配られました。
思いつくまま、何でもいいから書いてみようと言われます。教室は一風楽しげにざわつきますが、いざそのようなことを書けと突然言われても、思いつくようなものではなく。私は悩みます。
当時はまだ高校生。テストなどの点だけで言えば国語力は高くても、こういった臨機応変に思考を巡らすのに慣れていなかったように思います。
悩んで悩んで、正直に考え抜いて書いた言葉を、後ろから回収される束に重ねます。
そして教諭が面白そうな回答を選び、発表するという流れとなりました。全てを読み上げられないなら、もっと適当に書いておけばよかったと、後悔先に立たずです。
「これなんかどうかな……」
教諭は面白おかしく読み上げました。
「聞いて、一滴のホワイト!」
教室に、笑いが巻き起こります。それを聞いた生徒各々が口にするのは、随分と偉そうな事を述べたものだと、そのような意味だったと記憶しています。そして、私の席のいくつか前の女生徒が、私を振り返って笑いました。特に隠すことなく重ねられた私の紙を、きっと彼女は見たのでしょう。
私はなぜ笑われるのか、この時になってようやく気づくわけです。ホワイトという呼び名で通常認識されるのは、修正液としての用途だということに。もちろん私は、そんなつもりは微塵もなく。人知れず赤面するはめになったのでした。
実はこの時、呼び名としてのホワイトではなく、私は絵具全般における「白」として、私は書いたつもりでした。
皆さん水彩絵の具を、一度は使われたことあるはずです。
十二色または十八色のそれらは、色をいくつも塗り重ね、深みを増すよう透明感のある絵具だったはずです。例えば赤。赤という名のつく色は、様々にあります。チューブから出した赤だけでは、思い描く赤にはなりません。ほんの少し黄を足せば朱となり、青を足せば紫になります。色は重ねれば重ねるほど深みを増し、そして黒に限りなく近づくのです。
だけど白は違う。
赤に白を足しても、深みは消えるばかり。
まるで濁るかのように、浅くなり不透明となり、そして軽薄となるのです。
ああ、そうです。まさにこの場を濁した私のようではありませんか。
皮肉にも、自ら例えた通りに私は失笑を買い、軽薄さを露呈させたのだと自覚したのです。ある意味、私は自分を正確に例えていたという訳です。
この経験から、私は学びました。言葉には、とても様々な受け取り方があるということを。
確かに「修正液」も「絵具の白」も共に『ホワイト』です。だけどそれらもまた、違う意味でたとえられています。「修正液」は間違いを正すというプラスの意味を。そして「絵具の白」はかなり私の個人的な印象ではありますが、深みを消して濁るというマイナスの意味を。それらは言葉だけで見てしまえば、正反対とも取れる意味を含んでいたのです。
でもそれらは後付けの意味であり、単なる印象であり、比喩なのです。良い悪いでは語りきれません。
そう、良い悪いではないのです。
あの時、私は言い訳をする時間を与えられませんでした。なぜなら、私の回答を含めて、全ての公表された言葉は無記名であり、教諭の何気ない選択により発表されたものにすぎなかったからです。当然、その後においてまで、からかわれることなど無かったですしね。
これがただ、笑われただけの恥ずかしい思い出だったのなら、私はとっくに忘れ去っていたでしょう。ではなぜ今になってもこの出来事を忘れずにいたかといえば、この当時、私は既に表現者でありたいと望んでいたからです。
それは今も変わりません。
昔は芸術を通して人の心に訴えるものを造り出すために。今は方法は違えども、言葉で何かを伝えるために。深く思考を巡らせ様々な意味を探り、そして選び、伝える側でいたい。
今でも自称ホワイトであることは多いのですが、いつまでたっても和を濁すだけの白でいたくはありません。気の利いた機転もある、味のある色をまといたいと願ってやみません。そのための努力を、成果を、表現の中で見つけていけたらいいなと願うばかりです。
そして今もまだ、努力を惜しまぬよう、あの時の私が戒めを込めてこう問うのです。
『あなたは、自分を例えるとしたら何を挙げますか』と────。