覇王の涙
圧倒的だった。
暗殺集団とはいえ、素人が大半を占める奴らに俺と孟徳の二人だけでもお釣りが来るくらい差があったと言うのに。
そこに司馬懿までもが加わって来たら逆に相手へ同情してしまいそうだ。
俺が最初の奴と同じように喉を突こうと迫る相手の更に下へ潜り込み、一本拳を鳩尾に叩き込み肋骨を折る。
相手を倒して隙が出来た俺を背後から殺そうと、今度は二人掛りで飛び込んできた相手に孟徳が滑り込み、一人を胴体から両断し、もう片方を蹴り飛ばす。
そして孟徳が蹴り飛ばした相手が起き上がる前に頭を司馬懿が突き刺して絶命させる。
司馬懿が剣を引き抜いている所を狙った奴を、俺が肘鉄で即頭部を突いて倒れゆく所をトドメに剣の柄で文字通り叩き落とす。
その繰り返しで暗殺集団の大半は絶命、少数は三半規管をおかしくした上に気絶させている。
「ふぅ、これで恐らく全員ね」
「そうですね、しかし解せません」
そう言って司馬懿が俺の方を睨む。
「どうして殺さなかったんですか。相手は無風さん、貴方を狙っていたんですよ」
そういって司馬懿は手に持っていた紙を俺に向けて突き出す。
それは敵を倒してから、無駄だと思いながらも持ち物を調べた結果、暗殺集団の頭と思われる人物の懐から出てきた紙だ。
そこに描かれていたのは、俺の推測通りに俺の横顔が描かれていた。
目隠しをして真っ黒に描かれていたその紙を俺に突き付けながら司馬懿は密着しそうなくらいに近づいて真意を問いただしてくる。
「…………まぁ、理由は幾つかあるが」
そう言ってまだ倒れている奴らの氣をもう一度意識を取り戻してない事を確認してから孟徳に片手で手招きをする。
孟徳をこちらに呼んで3人で頭を突き合わせ、円陣を組むようにして話を戻す。
「…………孟徳、恐らくあの生き残りの誰かは暗殺を頼んだ相手の所に戻る筈。それを突き止めろ」
「は?何を言っているの無風。暗殺者は仕事に失敗したら直ぐに死んでしまうわ。痕跡を残さないためにも」
「そうです。今は気絶しているから生きては居るものの。目を覚ましたら自害してしまいます」
「…………だから"素人"だけを生かしたんだ」
その言葉を聞いて二人は同時に気絶している数人を見てからこちらに向き直り頷く。
「なるほど、素人ならば依頼者の元に戻って報告をする。そういう事ね」
「…………あぁ。確かに全員自害する可能性もあるが、帰還する可能性もある」
「だから生かしたのですね。…それにしても素人だけを生かしたって言いましたけど、無風さんは全員殺してないですよね」
「確かにそうね、無風に向かってゆく全員が全員素人だなんて都合が良すぎるし、何故素人だけ生かしたと断言したのかしら?」
「…………そいつら以外には氣を放ったからだ」
氣をズブの素人以外の奴らに特定して放ち、圧力をかけた。
だからこそ、恐れを知らずに飛び込んでくる相手を限定させて誘い込み、態と気絶させた。
三半規管をおかしくさせたのは、孟徳の追跡を少しでも容易にする為。
「わかりました。そういう事で納得しておきましょう」
そう言って司馬懿は俺から半歩離れてこちらを見上げてくる。
話してない部分も多いが、頭が切れる人物と話すと察してくれるのでありがたい。
それでこの件は片付いた。
あとは………
「…………孟徳、やはりまだ戻るわけには行かないようだ」
「そうみたいね。はぁ、どうして私たちの前にはこんなに障害が多いのかしら」
孟徳が呆れた様に呟いて、今後どうするのかを考えている。
そしてもう一つ、伝えておかなければいけない件を持ち出す。
「…………孟徳、"袁紹"には気をつけろ」
「あら、どうしてここで麗羽の名前が出てくるのかしら?」
「あ、その事ならば私も気になってました」
「司馬懿まで、どうして麗羽に気をつけなければいけないのよ。確かに麗羽の軍は強大だけれども、私の敵じゃ…」
「孟徳」
「っ!!?」
俺は目隠しを外し、孟徳と同じ覇王の氣を放つ。
俺の雰囲気がガラリと変わった事で、余裕を見せていた顔に緊張が走った。
以前にも一度だけ、孟徳の前でこの状態になった事があった為、耐性が付いていたのか。
それとも司馬懿の目があるからか、足が震える事は無かったが顔から血の気が無くなって蒼白になっている。
司馬懿の方は、俺の氣を間近で浴びて足が震えてその場に座り込んでしまった。
いずれ魏を担う者だが、今はまだ花が咲く前の蕾、といった所か。
「孟徳、慢心するな。お前の行動、思慮の全てがお前に従って着いて来ている者の命運を左右するんだ」
「た、確かに麗羽は兵力も財力も、名声だって持ってる。けどね、あの子は思慮に掛けるわ。全てを使いこなせていない。そんな相手に私が負けると思ってるの?」
「あぁ、今のままで勝負を挑めば勝敗は五分五分。……いや、6割の確率で孟徳、お前が負ける」
そこで、そろそろ氣の放出で疲れてきたので、通常の量にまで戻し、一息つく。
孟徳も、安堵したように息を吐いて気を落ち着かせる。
司馬懿は腰が抜けたのかまだそこに座ったままだ。
「で、どうして私が負けるのか。理由を聞かせてちょうだい」
先ほどの不意打ちに不満なのか、拗ねているのか知らんが、上目遣いに軽く睨んでくる。
「…………実はな、門を開く少し前にここにあの暗殺集団の"数倍"、密偵が潜んでいた」
「なっ!」
「そうなんです。私もそれに気がついて警戒してたのですが、何事も無くどこかへ行ってしまいました」
座ったままだった司馬懿が説明に付け足しをしてくれる。
それに一回頷き、孟徳を見据える。
「…………そんな数の密偵を出せるのは、この連合では袁家のみ」
「仮に色んな諸侯が放った密偵の集団だとしても、争いどころか緊迫した雰囲気一つ感じませんでした」
「…………そして、それからのあの暗殺者達だ。もしもあの連中が袁家に繋がっていたとしたら」
「どんなことをしてでも自分たちがのし上がろうとする。…そういうことね」
孟徳の問いに頷いて肯定する。
今回の連合で、袁家は一つも手柄を手に入れていない。
となれば、これからはどんな卑怯な手を使ってでも自分たちの有利に運ぼうとするのは必然。
孟徳の話から察するに袁紹は袁家当主という椅子に座らされている操り人形なのだろう。
問題はその袁紹の影に入り込んで操っている元老共だ。
今回、兵と兵糧だけ損失して、帝から何の褒美も無かったとしたら、一体何を仕出かすか分からない。
分かっているのは、董卓が消え漢という時代に終わりが告げられ、今度は諸侯が各々の野望を胸にお互いの正義を振りかざして血を血で洗う戦いが幕を開ける事。
その中で兵・食・名声と揃っている袁家が取る行動は一つだけ。
「領地の拡大」
俺が袁家の結論に達するのと同時に司馬懿が声を出す。
そして彼女の目がこちらに向けられて「そうですよね?」といった視線を投げかけてくる。
流石は司馬仲達といった所だ。
その答えにたどり着ける人物はこの大陸の、この連合で恐らく片手で数えるくらいだろう。
自惚れている訳ではない。
その答えに辿り着くには、今を生きている人間にはほぼ不可能だからだ。
俺の居た時代、現実世界ではいろんな事が便利になったからこそ、過ぎ去った過去だからこそ冷静にその時代を見ることが出来た。
しかし、この世界の人間は目の前の現実、それこそ今を生きる事で精一杯な上に、大陸全土の情報を掌握している必要がある。
そんな事が出来る可能性があった人間は、この世界では帝だけ。
だが、その帝も飾りとして置かれているだけ。
その結果、大陸全土の情報を掴んでいる人間は事実上居ない事になり、俺の出した推測に達する事は不可能となる。
だから、その答えにたどり着ける人物は俺を含め、北郷・呉の御使いの3人だけ。
そう思っていた。
孟徳でさえ、今は勝利の余韻に浸ろうという感覚でいたりしていた為に、俺へ単独で挑戦を仕掛けてきたんだから。
でなければ、個を優先する女で無い事は孟徳と過ごしてきた時間の中で知っている。
さらに言えば、司馬懿の言った領土拡大の事も、懸念はしていた様だが確信にまで至れていない。
この時代、世界に居ながらその解に今、辿り着けるとは、油断できない奴だ。
「麗羽が領土を狙うとすれば私のいる陳留を狙うでしょうね」
司馬懿の言葉を聞いて孟徳が思案顔になる。
「はい、しかし直ぐに南下はして来ないでしょう」
「ええ、私が麗羽なら背後にいる公孫賛が邪魔だから、まずは公孫賛を倒して後顧の憂いを払って、それから南下するわね」
「それから南下して曹操殿を狙う所までは、恐らく袁紹も一緒だと思われます」
「そうね、あの麗羽でも恐らくそうするわね。・・・ただ公孫賛を先に倒す理由まで一緒とは限らないけれど」
「…………そんなに袁紹は馬鹿なのか」
「馬鹿……では無いわね。ただ、人の倍くらい目立ちたがりなだけよ」
「同じじゃないんですか?」
最後の最後に袁家の危険性から袁紹の残念会みたいになってしまった。
そして、そろそろ"アイツ等"が来てもいいとは思だが・・・・・・・・・
「「華琳様!!ご無事ですか!!」」
あ、来た。
「華琳様!今こちらで恐ろしいくらいの気を感じたのですが、お怪我はありませんか!?」
「華琳様!凄く邪悪な気配を感じたのですが、まさか妊娠させられて!?」
先程俺が発した氣を察知して元譲と文若がもの凄い勢いで駆けつけてきたが、その二人意外特に来る様子が無いのを見ると、
どういった事か他は察してくれたらしい。
てか元譲、恐らく漢字間違えとる。
俺が出してたのは氣であって気じゃないぞ。
それに文若、妊娠って……その言い方から氣を発してたの俺だと分かってたろ、こら。
そんなどうでもいい事を心の中で呟きながら、3人の様子を少し離れた所から眺める。
「桂花に春蘭、貴方達まで勝手に来てしまったのね、まさか隊を霞に任せて来たんじゃ無いでしょうね」
「いや、あの、それは・・・・・・」
「大丈夫です華琳様。つい先程秋蘭が軍を率いて到着し、直ぐ様に隊の編成を直させています。ただ・・・・・・」
そう言って文若は、こちらをキッと睨む。
「霞が少し興奮気味です。何処かの馬鹿な白濁液量産稼働機が霞の目の前で董卓の屍を晒したせいで」
久々に聞く文若の毒舌に心が折れそうになりながらも、早々にこの場所から退散しなければいけない事を告げられた。
春蘭や文若もそうだが、俺の放った氣に孟徳の危険を察知して来たのだろうから張遼もここに来るのは時間の問題。
一度目の前で元の君主の屍を見せられ、心の整理が付く前に現君主の危険が迫れば、落ち着いた判断をするのは無理だ。
少し時間を置けばは直ぐに収まるが、もしそれが立て続けに起きてしまうと、心理的負荷がかかり過ぎてしまう。
てか、張遼が本当にここまで来てしまったら、本陣にいる将が妙才と流琉に許褚しかいない事になるぞ。
あ……あの三羽烏?とか呼ばれてる奴らと、そいつらと一緒にいるだらし無さそうな奴が一人いたっけか。
だが、将と言う程の経験は浅そうだった。
やはりここにいる孟徳、元譲、文若の誰か一人は本陣に居なければ、事が起こっても妙才一人では荷が重い。
「…………孟徳、そろそろ俺は行くぞ」
「待て!貴様、逃げると言うのか!」
元譲が怒気を隠さずにこちらへ視線を向けてくるのを背中に感じながらも歩みを止めず、振り向きもしない。
「待ちなさい、無風」
元譲の視線を感じなくなったと思った矢先に孟徳から声をかけられ、 仕方なしに振り向くと、元譲は未だに怒っては居るものの、どこか我慢をしているようだ。
孟徳が元譲の前で腕を伸ばしている姿から、止められたのだと理解する。
すると、孟徳が歩きながらこちらに近づいてきた。
実際に孟徳の姿を肉眼で認識した回数は少ない。
それだけに、やはり目で孟徳を見てしまうと心臓が一層早く動く。
遠くからでも可愛いのが分かるのに、近づいて来るにつれて瞳は青なのだが、深みのある青なので本当は瑠璃色だとかどうでもいい様な事を思い浮かべてしまう。
「無風、私は諦めないから」
「…………嬉しい事を言ってくれる」
「逃げるんじゃないわよ?」
「…………今だけは……逃げるがな」
「…辛くなったら帰って来なさい」
「…………誰に向かって喋ってる。それに捕まえるんじゃなかったのか」
「ふふ、それもそうだったわね」
「…………泣くな、大丈夫だ。孟徳が道を間違えない限り、孟徳の味方だ」
「あら、泣いてなんかいないわ」
孟徳の顔は、確かに不敵な笑みをしている。
しているが、どうにも俺には泣いている様にしか見えない。
自意識過剰……ではないと思うが、恐らく俺の勘は当たっている。
孟徳の立場から、泣きたい時に泣けないのだろう。
どんな時でも笑うか怒るかの二択しか許されない。
孟徳の様に自分の行動に責任を感じる奴ならば一層。
だから表では笑い、裏で泣く。
心の内側で。
だからか、孟徳の表情は笑っていても、泣いている様にしか見えない。
「…………孟徳、泣くな」
「っ!……泣いてなんか居ないわ」
明らかに孟徳の表情が曇る。
同時に肩も微かに震えてきている。
ダムが決壊する様に、孟徳の心も破裂寸前なのだろう。
だから俺は、
孟徳を抱きしめた
強く、強く、孟徳の体が壊れそうなくらいに強く。
「っ!!な、何をするの無風」
強く抱きしめているために、孟徳が俺の胸に顔を埋めて声がくぐもり、抱きしめている俺でさえよく聞こえない。
そして周りの確認、元譲と文若は遠くで固まっている。
恐らく俺が孟徳を抱きしめたことへの憤怒が処理しきれなく思考停止した、という所か。
そして司馬懿だが、彼女の姿がいつの間にか無い。
逃げたのかもしれない。
つまり、俺の周りには誰もいない事を確認し、孟徳に語りかける。
「…………孟徳、今なら……泣いても誰にも聞こえんぞ」
「!」
抵抗を続けていた孟徳が俺の声で固まり、少し経つと弱々しく俺の背中に腕を回して服を千切れるくらい強く握り締められる。
次いで孟徳の肩が震えるが、声は聞こえない。
くぐもって聞こえないのか、孟徳という人間が泣き声を聞かれたく無く声を殺しているか。
俺にも分からない。
しばらくして、元譲達が思考停止状態から復活したが、再度俺と孟徳の姿を確認した途端にまた固まった。
忙しい奴らだ。
「……もう、いいわ。無風」
「…………ん、そうか」
ゆっくりと力を抜く。
しかし、孟徳は離れたりせずにその状態のままこちらを見上げてきた。
少々、泣いた形跡が残っていたが、ポッケに入れていた予備のハンカチで拭うと、跡形もなく消えた。
「…それは?」
「…………ハンカチという、携帯式の汗拭きみたいな物だ」
「…そう、汚してしまったわね。後で新しく買って返すわ」
「…………あぁ」
「ふふ、これで本当に貴方を取り戻したくなったわ」
「…………誰にも他言はしない」
「違うわよ、馬鹿。本当の私を見つけてくれた人だからよ」
「…………そうか」
「あら、妬いてる?大丈夫よ、こんな事するのは……」
そう言って孟徳はいつの間にか伸ばした腕を俺の首の裏で組み、力を入れる。
それでバランスを崩すような俺ではないので、必然的に孟徳が浮き上がり、俺の唇にキスをしてくる。
「…………!!」
「貴方だけよ」
「…………孟徳」
「ついでに無風が驚いた表情も貰うわ。恐らく、私が初めてでしょ?」
まるで「私は分かってるわ」と言うような満面の笑みで言われてしまっては、何も言えない。
俺も恐らくだが、こちらの世界へ来て目隠しを外した状態で驚いた顔をしたのは初めてだと思う。
そして孟徳はそのままスルリと猫のように俺から離れ、自陣の方に歩いてゆく。
「無風、また会いましょ?…今度は乱世の中で」
途中で振り向きざまにそう言って笑顔を見せてくる。
それにニヤリと笑い返し、俺も踵を返して走り出す。
乱世の中で、また会う事を確信しながら。
華琳「ちょっと!なんでここ書いたのよ!」
up主「え?ああ、それね。それ、無風からのリクエストだと」
華琳「なっ!他言しないって言ったじゃない!あの大嘘つき!」
up主「大丈夫、華琳も対して変わらないから」
華琳「ふーん、up主あなた、私を敵に回すのね」
up主「へ?」
華琳「いいわ、やってやろうじゃない。この世界ででも乱世を引き起こしてやるわ」
up主「アカン!それはアカン!大惨事どころか第三次の方が勃発しちゃうから」
華琳「何を訳の分からない事を言ってるのよ。まぁいいわ、なら無風の家にだけ狙いを定めるから」
up主「(さりげなく俺が標的から外れるのは華琳の優しい所だよね、俺戦えないし)」
華琳「なんか言った?」
up主「いいえ、何も。ところで無風の家に何をするんで?」
華琳「そうね、まずは家の前に潰した空き缶を置くわ」
up主「地味!?めっちゃ地味!ちゃんと潰してあるのはいい事だけれども!」
華琳「そしてベランダにマタタビを敷くわ」
up主「猫が湧いてやばい事になりそうですね」
華琳「仕上げにエアコンと扇風機を盗む」
up主「また地味だけど、この季節にそれは致命傷すぎる!」
華琳「これで無風も懲りて反省するでしょ」
up主「ああ、地味すぎて相手の怒りを買いそうだけどな」
華琳「そしたら私が直接、無風に引導を渡してやるわ」
up主「ラストが一番物騒だ……」
華琳「まぁ、そんなことしたらこの家、まず原型を保てないわね」
up主「ここか!戦闘するのここなのか!」
華琳「ここ以外でやったら近所迷惑になるでしょ?」
up主「だからって自宅でする事ないでしょ!?」
華琳「うるさいわねぇ、貴方は早く締めをしなさい!」
up主「お、おう。そ、それでは皆様、また次回~」




