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洛陽攻略戦(前編)

前回のあらすじ

・劉備軍に帰宅!

・北郷とお話

・海苔って案外そのまま食べると美味くね? ←

 結論から言おう。

 俺たち劉備軍は既に洛陽の門前に着いている。

 そう、"劉備軍は"である。

 寝ていた劉備が起きたのは、北郷と話し終えてから、約2刻ほどで起き、寝起きでまだ何も理解できていない劉備を馬に乗せて進軍した。

 最初はかなり戸惑っていたが、そこは孔明が詳細を説明してくれたお陰で直ぐに理解してくれたのは幸いだった。

 そして、北郷と会話をしている時に俺が危惧していた落とし穴が案の定、無数に張ってあった。

 だが、それを見越して俺が先行し穴の位置を氣で調べ、其処らに落ちていた木の棒を使い、安全ルートを引いて誘導した。

 だから俺のいる劉備軍は無傷だが、それに続く袁紹軍はモロにその罠に引っかかり、その後ろに続く軍が立ち往生を食らっている。

 その為に俺らがかなり先行する形で洛陽前に来てしまった。

 そしてもう一つ気になる事がある。

 

「敵がいませんね」

「…………あぁ」


 そうなのだ。

 あれだけの罠を仕掛けて置きながら洛陽前に一兵たりとも敵が見当たらない。

 となると、相手があれだけの手を打った意味が自ずと限られてくる。


「…………士元、劉備に伝令を出せ」

「はい、なんでしょう?」

「…………『これより俺は洛陽に忍び込む、2刻後までに何らかの合図が無ければそのまま袁紹、又は曹操の到着を待て』とな」

「……孫策軍はいいのですか?」

「…………分かってるだろう。孫策はまだ袁術配下だ。迂闊に共闘など出来はしない」

「わかりました。…あの!無風さん」

「…………お前は着いてこい、士元」

「はい!」


 士元が伝令に持たせるための書状を書きに走ってゆく。

 そして伝令を士元に頼んでいる間に剣を3本用意する。 

 一本はこの前、遂に姿を現したダイヤモンドの剣、二本目はこの世界に来てからずっと使っている木刀、

3本目は兵士が使う柳葉刀の中で、一番細い剣を借りる。

 それらを右の腰にはダイヤの剣と柳葉刀を挿し、左の腰に木刀を挿す。


「無風さん、伝令を出しておきました」

「…………分かった。行くぞ」


 士元が伝令を残して戻ってきたので早速出発する。

 俺が移動用で使う馬車を使い、遠目からは民に見せかけて接近する。

 兵を持たないってのは楽だなー。

 そんな馬鹿な考え事をしながら門のある正面では無く、水路を引いている側面の壁を目指す。


「あわわ、流石に都の中の都ですね。城壁も大きいでしゅ」


 士元が城壁の上を見上げようと真上を向く。

 しかし、数秒もしない内に首が痛くなったのか、首を摩りながら顔を戻す。

 しばらく進んでいると水路の入口を見つけ、いざ中に入ろうとした所で足を止める。


「無風さん?」

「…………静かにしろ」


 士元の口に人差し指を立てて黙らせる。

 静かに耳を澄まして水路の中の音を聞くと複数の声が聞こえる。

 女性が2人……いや、3人か。

 まだ声がかなり小さいのと、氣で感知できる範囲外にいる為にどのような人物であるかはまだ分からない。


「…………女が3人、護衛はいないみたいだな」

「おかしいですね」


 人数だけでもと士元に伝えたら、彼女は魔女帽子の鍔を深く下ろし呟く。


「洛陽の水路は町全体に巡らせる為にかなり入り組んでいる筈です。

途中で外に出れますが、恐らくその3人はこの出口に向かってると見ていいでしょう。入り組んだ水路を女性3人だけで歩くなんて危険すぎますし」


 そこまで言って士元は俺の方を向く。

 

「無風さん、その目隠しを外してください」


 士元がいつもとは違う、軍師の声で俺に問い掛けてくる。


「…………何故だ?」

「ここで無風さんの様な異様な方が居ては怪しまれます。ここは民を装って様子見をするべきかと」

「…………なるほどな」


 少々、いやかなり不自然だが、相手を確認して置いても損は無いだろう。

 そして、アイマスクを外して士元を見ると、相手の心底を覗こうとする軍師の目をしていた。

 全てを見通そうとこちらを見てくる目を受け止め、見つめ返す。

 1分くらい見つめ続けると、士元から目を逸した。

 そのまま後ろを向いてしまったが、耳が真っ赤なのを見て軍師としての士元がいつもの士元に戻ってしまったのを確信した。

 その行動に微笑ましくなるが、同時に怖くもなる。

 軍師の時の士元は既に気迫が今までのそれとは別物になってきている。

 出会った当初の頃は、確かに軍師の目になる事があっても、思うところなんて無かった。

 しかし、今の士元の目で見られた時、確かに背筋に怖気が走るのを覚えた。

 士元も鳳雛として成長してきているのだな、と父親だったらこんな感情なのかもしれないなどと思ってしまった。

 

「あわわ、無風しゃん見つめないでくだしゃい~」

「…………お前から見てきたんだろうが…」


 そんな馬鹿な事をやってると、聞こえてくる声が大きくなってきた。

 一人はとても張りのある声、もう一人はおっとりした声、最後の一人は澄んだ涼しげな声をしていた。

 どれもまだ少女ぐらいの声だ。

 そこで予想外の出来事が起こった。

 ちょうど俺の感知できる氣の範囲内に3人が入ってきた時、一人が立ち止まったのだ。

 それだけならばただ立ち止まっただけだが、殺気を含んだ気が一度飛んできた。

 俺の存在に気づいたのだろう。

 そうでなければ殺気をこちらに飛ばしてくる筈がない。

 なので、試しに極々微量の殺気を送ってみた所、向こうからくる殺気が止まること無く伝わってきた。


「…………おい、士元。策は失敗だ」

「えっ!?何故ですか?」

「…………氣を見破られた。もう俺らの存在はバレてる」

「……そうですか」


 士元は一言だけ呟くと帽子を深く被り直した。

 相手にバレてるなら隠す必要ないな。

 その相手も今から戻るのは危険と判断したのか、こちらに向かってきている。


「ではどうしますか無風さん。私たちがここで待ち伏せている事がバレた以上、逃げられてしまいますね」

「…………いや、今更入り組んだ地下水路を引き返すのは危険だ。それにこの手の脱出通路はこっちにこれてもこっちから入るのは不可能だろう」


 そうで無ければ向こうの奴らがこっちに来るなんていう行動を起こすはずが無い。

 危なく士元共々通路に迷い込んで罠に掛かる所だった。

 まさか水路が脱出通路にも使われているとは思ってもいなかった。

 ため息を吐いて士元に苛立ちを悟られないようにする。

 隠し通路は誰にも悟られない様に、極少数の人間だけが知ってるものという固定概念を逆手に取られた。

 これを考えた人物はかなりの博打好きだな。

 ある面だけで考えれば頭の回る人物への対策用として素晴らしい。

 脱出用の隠し通路と言えば大抵は誰も知らなくて、出口はかなり遠い場所へと作る。

 それを逆手に取り思考を誘導させる事で時間稼ぎをすることができる。

 しかし、それを成功させるには条件がいる。

 まずは、民に顔を知られすぎていると直ぐに正体がバレてしまうこと。

 それに出口が洛陽城壁の水路口と、出口が近い為に出るタイミングを考えなければいけない。

 大きく分けるとその二つは絶対条件だ。

 更に言うならば、俺たちみたいに逆から入った時、万が一にその通路が露見してしまったら、もう其処でその通路は使い物にならない。

 しかもその通路を逆に通られて間者が洛陽に近づく事も有り得なくはない。

 ただ、洛陽の城から外に出る事は出来ても、その逆は出来ないように成ってるだろうから間者を送り込む場合はその点を考えなければいけないだろうが。


「…っ!無風さん!出てきました!」


 これから使えるであろう通路の使い道を考えていたら、士元の声で思考の海から現実に引き戻された。

 

「…………分かった。俺から離れるなよ、士元」


 士元を後ろに下がらせて相手がどう出てきても対処出来るように右手を左腰に挿してある木刀の上に置く。

 すると、水路の中から小さな小舟で3人の少女が流れ出て来る。

 3人とも目を細めて空を見上げていた。

 長時間暗い水路の中を通って来たから当たり前か。

 そして徐々に目が慣れてきたらしく、目を開いてこちらを見てくる。

 船の先頭に乗っていたのは、ツリ目のように尖った目にメガネをかけて、見た目からツンケンしてそうな少女。

 真ん中にいるのは、薄紫のショートヘアをウェーブにかけていて、紫の瞳をした、とてもひ弱そうな娘。

 だが、その佇まいから君主であろうと目星を付ける。

 


「「「「っ!?」」」」


 俺を含めてこの場にいるほぼ全員が驚く。

 脱出してきた船の前と真ん中の2人が驚くのは、勿論俺たちの存在にだろう、後ろの一人だけ冷静沈着だ。

 そして、俺と士元が驚いたのはその冷静にしている、こちらに殺気を放つ少女の姿を見たからである。

 そう、その少女はまさしく……




 鳳士元そっくりだったのだ。




 出てきた時は、士元の帽子と似てる魔女帽子の鍔を下ろし、眩しそうに下げていたから分からなかった。

 しかし、顔を見た瞬間に似てるどころの話では無くなった。

 まさに、その少女と鳳統が双子だと言われても疑わないくらいに、そっくりである。

 そっくり、と言うのは、その少女と士元には大きく違う箇所があるからだ。

 その箇所とは『色』が違う。

 士元は青を基調とした制服のような物に青い魔女帽子で髪の毛も落ち着いた青、瞳は少し黒が入った黄色とでも言えばいいか?

 つまりは落ち着きのある瞳をしている。

 それに比べてその少女は、服は士元と同じ制服で赤を基調とし、髪もまったく一緒だが、色が銀髪。

 瞳は俺から見て左の瞳が碧眼、右が薄色の紫眼で、微妙にオッドアイが入っている。

 それを除いたらまったくの瓜二つ。

 だからこそ俺は戸惑った。戸惑ってしまった。


 士元にそっくりな人間を傷つける事が出来るのか?

 いくら別人といえども、好意を寄せてくれる人間に似た人間を殺せるのか?

 

 と。

 戸惑い迷ってしまったが最後、こんな状態で剣を握った所でブレが生じる。

 ブレが生じれば剣への負担が大きくなる。

 つまり、俺はダイヤと木刀の二つの剣が使えなくなった事を示す。

 思わずチッと舌打ちを打ってしまう。

 それを聞いた士元は不安そうにこちらを見上げてくる。


「…………大丈夫だ」


 そう言って帽子の上から士元の頭をポンポンと軽めに叩く。


「戯れ合ってる所申し訳ないです。先程の殺気はあなたですか?」


 船を降りて、そのオッドアイをこちらに向け、

涼しげな澄んだ声で問い掛けてくるその少女に頷き、肯定の意を示す。


「そうですか。ではもう一つ、あなたはあの洛陽前に陣を敷いている軍の者ですね?」


 質問というより確認に近い問いを返され、その問いには士元が応える。


「あわわ、そうです。私たちは桃香さま、劉備軍に仕える将でしゅ」

「なるほど、最近巷で有名な、あの劉備軍の方達でしたか。お噂はかねがね」


 噂と言う事は、あの黄巾党の事だろうか。

 すると彼女に続いて降りてきた二人の少女の内、メガネの方が怒鳴りかかってきた。


「アンタ達は私たちをどうしようっての!」

「…………悪徳董卓を殺しに」


 動揺を隠して無表情を装い、メガネの女の子に答える。


「っ!月は何にも悪いことしてないわよ!何で月が殺されなくちゃいけないのよ!」


 その子が真ん中に居た気の弱そうな子を庇う形になりながらそう抗議してくる。

 月……董卓の真名だろう、を守ろうとするその行動が、彼女が董卓だと証明してると何故分からないのか。 

 それか、董卓の偽物をまるで本物のように庇い、董卓の逃亡時間を稼いでるのかもしれないが。

 しかし、真名を口にしてまで偽物を守るフリをするとも思えない。

 俺は真名がそれほど重要なものだとは思ってないが、それは俺が外から来た人間だからそう思えるのだ。

 しかし、初見の相手である俺がいわゆる外の世界の人間だと知ってる筈も無いので、相手がそこを突いてくる筈がないと断定する。

 まぁ、そんな事を考えなくても彼女の必死さを見れば一目瞭然なのだが…


「…………何故?あたり前だろ」

「殺されることにあたり前も何も無いでしょ!」

「…………あたり前だ。全てお前の責任なのだから」

「えっ!?ど、どういう事よ!」

「お前は恐らく、董卓の軍師なのだろう?お前の力不足のせいで連合が組まれ、董卓がお前の代わりに死ぬんだ」

「そ、そんな。そんな訳無い!」

 

 俺の少ない言葉から、自分の実力が無かったせいで董卓を死に追いやってしまった事まで理解したのだろう。

 しかし、その現実を受け止められないらしく、耳を抑えてイヤイヤをするように頭を横に振る。

 この手の人間には力ずくでは無く、精神的に追い詰めた方が効果が大きい。


「詠ちゃん………」


 庇われていた女の子が目の前のメガネの軍師を心配そうに見ている。

 

「すみませんが、そういった話には乗らせません」


 二人を纏めて庇う形で士元似の少女が前に出る。

 士元とは対照的に冷たく尖った攻撃的な目をこちらに向け、手を前に差し出す。

 手には一枚のカードが握られていた。

 その奇怪な行動を警戒してると、カードが淡く光だし、光が瞬間的に強くなったと思ったら、次の瞬間には彼女の手にひと振りの長剣が現れた。

 長さからして1mはあるだろうか。

 それを軽々と振り回し、突撃の構えを取っている。


「…………っ!?」


 今まで見たことの無いその現象に戸惑う。


「何を驚いているのです?"これ"の原理は氣とほぼ一緒ですよ」


 表情を変えずに剣を構えながらそう告げる。

 そしてこちらに向かって瞬歩を使って突撃してきた。

 見た目が士元そっくりだからか、戦いには向かないという固定概念のせいで対応が少し遅れる。


ザシュッ!!


「…………くっ!?」


 体格的には俺より40cmも低いが剣の長さにより、斜めに切り下ろされた剣が右肩に直撃する。

 異物が皮膚、肉を切り裂いて体内に侵入してくる激痛が体を襲う。

 後ろで士元が叫んでいるが、そちらに気を向けたら殺られると分かっている為に目の前に集中する。



「…………よく……そんな長い剣が…振り回せるな」

「この剣には物質と言うものが存在しませんので、重量は変えられるんですよ」


 答えながらも剣を構えて、再度突撃してくる。


ガキィンッ!


 左手で右腰に挿してある柳葉刀を半分抜いて防御する。

 今度はなんとか防御が間に合ったが、中途半端な防御だった為に反動の衝撃を殺しきれずに体に響く。

 

「そんな実力で月ちゃんを狙うなど、言語道断です」


 冷たい炎を目に宿してこちらを見つめてくる少女は、剣を高速で振り、剣に付いた血を振り払う。


「…………なら……見せてやるよ………俺の実力を」


 少女のオッドアイを見つめながら肩の激痛を根性とやせ我慢で抑え、ニヤリと口角を上げる。

 俺の挑発的な言葉に眉をピクッと動かし、目を更に細めて冷たさを増す。

 相手の動きに最新の注意を払って立ち上がり、左手で柳葉を抜く。

 そして、拡散させていた氣を脳に集め活性化させる。

 脳に氣を送る事で、肩の傷口から出る出血が増すが、直ぐ命に別状が出ないと判断し放置。

 手の甲を顔の目の前に持ってきて、剣先を地面に向ける。

 その異様な構えに警戒してか、今まで片手で持っていた剣を両手持ちに切り替えた。


「視線を隠して私の氣の動きを読み取る方法で逆転を狙う算段ですか?無駄な事を」

「…………やってみなきゃ……分からないだろ」

 

 彼女はただの悪あがきと判断したのか、足に力を溜め一気に突撃してくる。

 今度は先程とは逆の左肩を切りにかかってくる。

 左腕で死角になっている上、攻撃を防御するにしても一番遅くなる左肩を狙ってくる辺りを見ると、相手は戦闘に関して素人だと分かった。

 本当は怪我を負ってる右肩を再度狙わせようと、相手にあえて左をノーガードにし、左が罠だと思わせて右を狙う、相手の裏の裏をかく心理を逆手にとった

構えだったが、相手は左を攻撃してきた。

 油断していたとはいえ、俺に怪我を負わせるほどの実力を持っている人間が、どうしてそんな行動に出たのか分からなかった。

 もしかしたら俺の思考を読んだ上で、あえてそう出たとも考えられるが、どう考えても相手に不利だとしか結論は出なかった。


「これで……終わりです」


 彼女の瞳と交差する一瞬。

 その一瞬を逃すはずもなく、剣を握った腕を横に振り下ろす様に回転させる。

 剣が弧を描くように動き、剣と剣がぶつかり合う瞬間、瞬間的に脳の活性化を早める。

 脳の活性化を早めたお陰で世界がスローモーションになり、コマ送りのようになる。

 俺の体を切りかかろうとしてた剣の横に剣を叩き込み、機動を反らす。

 さらに剣を振った時の遠心力で彼女の剣を更に反らし弾く。

 そして剣が弾かれて無防備になった体の鳩尾に掌底を打ち込む。

 もちろん、肋骨が折れない程度に。


「がはっ!?」


 掌底を打ち込まれた少女は、瞬歩で突撃してきた時とは正反対に、後方にものすごい速度で吹っ飛んでゆく。

 そして地面を数回バウンドして転がり、止まる。

 彼女の手を離れた剣は少しして淡く光りだすと、剣が現れた時と同じく、また一瞬だけ眩く光りカードに戻った。


「苺里っ!」

「苺里ちゃん!」


 その董卓とその軍師と思われる二人が、その少女に駆け寄る。


「苺里!しっかりしなさい!」

「苺里ちゃん!」


 鳩尾にそれなりに威力のある一発を入れたんだ、気絶してるか、気絶してないとしても体に激痛が走っていて、満足に返事も出来ないだろう。

 あのカードが剣に変化したのも、先程彼女が"氣と同じ"と言っていた事から推測するに、あれに氣と似た"媒体"を流し込めなくなったから

剣からカードに戻ったのだと見るべきか。

 メガネの少女が憎悪の篭った目をこちらに向けるだけで何も言わない。

 それはそうだ。

 戦争とはそういうモノ。

 言う筋合いも言われる筋合いも無い。

 その視線を無視してカードに戻った彼女の剣を取りに行く。

 カードを拾い上げて絵を見ると、斜めに彼女が使っていた直剣がリアルに描かれていた。


「ちょ、ちょっと!それを、か、返しなさいよ!」


 メガネの少女が倒した彼女の傍で立ち上がり、こちらにキツイ視線を向けてきた。

 特に何かするわけでも無いので、素直に彼女の足元にカードを投げつける。

 その行動に驚いたのが一瞬。

 しかし、裏があるのではないかと更にキツく目をこちらに向けて、恐る恐るカードを拾い上げる。

 裏も何もありゃしないんだがなぁ。


「月、詠も、さ、下が……って………」


 そこで苺里とかいう少女が弱々しく起き上がり、董卓の制止も聞かずに立ち上がりこちらに寄ってくる。

 途中で詠と呼んだメガネの少女からカードを受け取り、また具現化する。

 俺はその場を動かずに彼女の行動をジッと見つめる。

 そして、お互いが一歩でも近づけば手が届く範囲まで彼女が近づいて来る。

 彼女の後ろから「逃げて、下がって」という制止の声をも聞かず。

 そして彼女は剣を振り上げて俺の首を……




 切りはしなかった。




 ギリギリの所で剣が止まる。

 もしも動いていたら剣が首を刎ねていただろう。

 しかし、どうしてそれを避けなかったのかというと、彼女の目が既に戦意を失っていたから。


「……どうして………殺さなかったんですか?あなたなら、私が倒れている間に全員を殺せたでしょう?」


 澄んだ声で問いかけてくる問いに簡潔に答える。


「…………殺す必要が無いからだ」

「どういう……意味ですか」

「…………そのまんまの意味だ。本当に悪政をしているのなら殺しているが、彼女らはそんな事していないのだろう?」

「はい、月も、詠もそんな事していません」

「…………それに彼女は逃げなかった」


 そう、董卓はこの娘を置いて逃げなかった。

 洛陽から逃亡しようとしては居たが、仲間を置いて逃げようとした訳ではない。

 もしもそんな腐った根性をしていたら一刀のもと切り捨てていた。


「そうですか……ではもう一つ聞かせてください。何故………避けなかったんですか?」

「…………目だ」

「目……ですか?」

「…………目に戦意が無かった」


 その言葉に苺里という少女は目を見開いた。

 その表情は、本当に士元とそっくりだとまたまた場違いな事を考えてしまった。

 すると少女は剣を地面に落とし、まだ体が痛むであろうに片膝をついて右手を握り、左手の手のひらで右拳を包む、いわゆる抱拳礼に似た姿勢を取った。

 

「完敗です。負けました」


 その少女はその姿勢を崩さず、白旗を宣言する。

 そして、同時に顔を上げて悲痛とも取れるような、今にも泣き出しそうな顔で頼みごとをしてきた。


「私はどうなっても構いません。だから……だからっ!どうか月……董卓と賈詡だけは逃がして上げて頂きたく!」

「苺里っ!」

「苺里ちゃん!」


 苺里とかいう少女が膝まづいた所から、こちらに近寄ってきた董卓と、もうひとりはあの有名な賈詡、が声を荒げる。

 同時に少し離れていた士元も、こちらの状況が落ち着いたのを見て近づいてきている。


「何言ってるのよ苺里!あなたを置いて行けるわけないじゃない!」

「そうだよ、苺里ちゃん。3人で一緒に逃げるって約束したじゃない。苺里ちゃんを一人置いてけないよ」


 董卓と賈詡が少女の両脇に膝をついて励まし合っている。

 少ししてから、膝を付いた二人も抱拳礼の形を取り降伏を宣言する。

 しかし、それに少女は反対する。


「駄目です。月と詠は早くここから逃げるべきです。捕まったら殺されるんですよ!」


 必死に二人を逃がそうとするが、二人の意思は固いようで動かない。


「私たちはいつでも一緒だよ。苺里ちゃん」

「そうよ、それにここまで精一杯悪あがきもしたし、思い残す事といえば、月を守れなかった事だけね」

「ううん、詠ちゃんは私をここまでちゃんと守ってくれたじゃない、苺里ちゃんも」

「いえ、私は軍師としても武将としても中途半端で……」

「あの~、すみません」


 3人がお別れムード全開な所に、士元が声を挟んで中断させる。


「私と無風さん、あ、無風さんってのはこの人の事なのですが、私たちは貴方たちの保護をする為に来たのです…けれ……ど………」


 保護とう言葉を口にしてから、苺里とかいう少女と賈詡は険しい顔になっていき、それに比例して士元の声が小さくなっていく。


「ほ、保護って、なら最初からそういいなさいよ!苺里が怪我を負った意味無いじゃない!」


 それを言うなら俺も怪我させられたんだが、この娘よりも深手なのを。

 まぁ、ちょうど"一芝居"打つのにちょうどいいが。


「詠、それ以上は言っちゃ駄目です。勘違いして攻撃を先にしかけたのは私たちの方ですから。それに一番大変なのはこの人たちなのですから」


 そして、その涼しげな声と同じ、涼しげな視線をこちらに向けてくる。

 確かに大変なのはこちらの方だ。

 一歩間違えれば董卓を生かしてたのがバレて周りのほぼ全ての諸侯が攻撃を仕掛けてくるだろうし、これからどう誤魔化すかを考えなければいけない。

 と言っても、既にその方法は考えてあるが。

 

「あわわ、でも本当に私と似てましゅ」


 士元が珍しそうにその少女を見つめる。


「そういえばそうですね、それに服も似てますし……もしかして、水鏡先生が開いてる私塾の卒業生?」

「あわわ、はい、ちょうど去年卒業を貰い、今は劉備軍軍師をしてます。姓を鳳、名を統、字を士元といいましゅ!」


 残念、最後の最後に噛んでしまった。

 士元の自己紹介で賈詡とその少女は驚いた顔をしている。


「鳳統って、あの有名な伏竜鳳雛の片割れ!?」

「水鏡先生が認めたあの鳳雛があなたでしたか」

「詠ちゃん、そんなに有名なの?」

「え、えぇ。水鏡先生の私塾はとても有名だから、そこで水鏡先生に認められた人物はどこの諸侯も欲しがっているわ。苺里もその一人ね」

「私なんか水鏡先生の足元にも及びません」

「そういえば、まだあなた方のお名前を聞いてませんね」


 士元がそう切り出したので、改めてじご紹介する流れになった。


「…………姓を無風、名を雛。字や真名は無い」

「あ、あんたがあの無風なの!?」


 先程も士元が俺の名を言ったと思うが…

 保護という言葉の印象の方が大きかったからかもしれない。


「詠ちゃん、知ってるの?」

「月も兵士の報告で聞いたでしょ?恋を圧倒した人物が居るって」

「う、ううん。まさか……」

「そのまさか。恋を圧倒して撤退させた人物が無風って名前の武将だって話よ」

「誰ですか?その人」


 士元が俺を見て問いかけてくる。


「…………呂布」

「呂布って……あわわ!まさか、あの飛将軍呂布でしゅか!何してるんでしゅか無風さん!?」


 士元がポコポコと殴ってくる。

 案外持続してポコポコやられると痛いんだぞ。


「通りで勝てないわけですね」


 その少女はため息を付いて愚痴をこぼしていた。

 士元については既に自己紹介を済ませてあるので、次は董卓軍の方の自己紹介が始まる。

 なんか、凄くほのぼのしてる感があるが、許してくれ。


「じゃあ、私から。私は賈詡、賈文和よ。真名は詠よ」

「ちょ、ちょっと待って下さい!」


 賈詡が自己紹介を終えた時に士元が意義を申し立てた。


「真名までも預けていいんですか!?」

「えぇ、私たちは敗将。それにここから助かったら、どちらにせよ姓名は名乗れないわよ」


 確かにそうだ。

 いくら俺や士元が知恵を搾ったとしても、もう董卓や賈詡とは名乗れない。

 これから生きていく為の覚悟を一つ問う懸念が減った。


「次は私ですね。姓は董、名は卓、字は仲穎(ちゅうえい)、真名は月(ゆえ)です」


 礼儀正しく腰を折り、こちらに頭を下げるその姿は敗北を認めたとはいえ、王としての風格が垣間見れる。

 そして最後に士元そっくりの少女が帽子を脱いで、こちらにそのオッドアイを向ける。

 それに何故か士元が少し怯えた感じで俺の後ろの方にくる。

 しかし、直ぐにそれが何でかを思い至る。

 俺が居た現実世界では既にあの手のオッドアイは、遺伝子学的なモノで呪いの類では無いと証明されているが、医学がまだまだ発展していないこの世界では

色違いの目は、悪魔に魂を売っただとか、呪われてるだとか言われ、畏怖の対象となっている。

 それを分かってるのか、士元のその行動にその少女は自嘲気味に笑う。

 悲しみに染められた瞳を士元から反らす。


「…………士元、あれは悪魔に魂を売ったとか、呪いとかは一切無い。俺が保証する。だから恐るな」


 心の中で思っていた事を言われたからか、士元が驚きに目を見開く。


「…………お前も謂れの無い事で人から遠ざけられたらどう思うか。それを考えろ」


 その言葉に、今度は少女が目を見開いて俺を見る。

 その視線を真正面から受け止める。

 だから、一々同じような反応をするな。


「あ、あの。すみませんでした」

「いえ、普通なら鳳統殿と同じような反応をしますよ。無風殿と同じ言葉を聞いたのはこれで二人目です」


 そう言いながら少女は董卓を見る。

 なるほど、と何故か納得してしまう。

 

「お詫び……ではないですが、これから仲間になるんですから私の真名も預けますね。私は雛里っていいます」


 この少女を除いた全員が自己紹介を終える。

 少女は目を閉じて下を向き、数秒間そのままジッとしていたが、ゆっくりと顔を上げ、己の名を告げる。


「私の…………私の名は………」


 俺はこの時、思いもしない名を聞いて驚いた。

 それは俺や北郷がこの世界に関与したせいなのか、それとも元々この世界ではこうなる運命だったのか。

 それは分からない。

 分からないが、それは正史だと最終的には曹家を裏切るような形で曹魏を奪った張本人。







「姓を司馬、名を懿、字を仲達、真名を苺里(マイリ)と言います。以後よろしくお願いします」







 まさかこの段階で接触するとは思ってもみなかった人物と接触した事に。


 まったく、これだからこの世界は面白い。


up主「はぁ、なんとか洛陽まで来れたね」

華琳「かなり省いてる部分もある事だし、小説にすると話数がすごいことになるわね」

up主「恐らく4話分は修正と共に消えてる」

華琳「それでいい作品が出来るならいいじゃない」

up主「まぁね、それはそうと華琳さんや」

華琳「何よ、まだ『さん』付けしてるの?もう夫婦なんだから呼び捨てにしなさいよ」

up主「えっ!?前回の流れ続いてるの!?」

華琳「前回の流れって何よ。続いてるも何も当たり前でしょ」

up主「まぁ、もういいんだけどさ。で華琳、あのさ」

華琳「何かしら?」

up主「そのお腹………どうしたの?」

華琳「何って、妊娠したに決まってんでしょ」

up主「早くね!?出来たとしてもまだ精々1週間だぞ、おい」

華琳「バレちゃったわね。実は妊娠してないのよ」

up主「なにその『数週間経ってからのカミングアウト』みたいな切り出し方」

華琳「駄目?」

up主「可愛く言っても何も変わんないし、変えられんし」

華琳「しょうがない、奥の手を使いましょう」

up主「な、なんだよ、奥の手って」

華琳「秘技!添い寝!」

up主「奥の手でも、秘技でも無いし!それに暑い時にするのは止めて!」

華琳「私はそこまででもないわよ?」

up主「俺が暑いんだって、全く。それでは皆様、次回もよろしくねー」


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