泗水関攻略
一人で戦争は出来ない。
一人では出来る事が限られている。
現実は……非情である。
夜の闇が深くなってくる頃、俺は一人で孫策軍のど真ん中に来ている。
孔明達は自陣を動く訳にもいかないのもあるが、これに関わっているのを俺一人の独断に見せつける必要があった。
「ねぇ、少しいいかしら?」
孫策がこちらに近寄ってきて話しかけてくるが、沈黙し続ける。
沈黙を肯定の意と受け取ったのか、そのまま話を続けた。
「その外套を脱いで姿を見せてくれてもいいんじゃない?」
「…………何故、見せる必要がある?」
「だって、あなたの姿を見てみたいだもの」
「…………断る。むざむざそちらに情報をやるつもりは無い」
俺の周りには天幕が無く広場の様な所だが、数人そこらへんに隠れている。
「えー、いいじゃない。何れバレるんでしょ?今でも同じことじゃない」
「…………なら、俺の質問に答えられたら姿を見せてもいい」
「え!ホント!いいわよ、答えてあげる」
「…………お前らの所に居る筈の"天の御使い"について」
天の御使い
その言葉を口にした瞬間、空気が凍った。
孫策だけでなく、少し離れた所にいる周瑜や間諜と思われる隠れている奴らも。
「…どこで知った」
孫策の口調が、雰囲気が、表情が一気にガラリと変わる。
周瑜はポーカーフェイスをしているが、逆にそれが肯定の証拠になっている。
図星…か。
「…………流星が2つ、落ちたと聞いた。一つは"幽州"に、一つは"陽州"に」
「………」
孫策の纏う氣が周りの空気を冷やす。
実際に冷えてはいないが、体がそう錯覚する。
「…………陽州に落ちた、ならお前らが拾っててもおかしくない」
「実際に拾って無いかも知れないわよ?」
「…………その可能性も合った……が」
「が?」
「…………諜報員なら殺気を消せ」
「っ!?」
気づかれてないとは思って無かったのだろう。
しかし、諜報員の微かな殺気を感じ取った事に驚いてる。
そんな所だろう。
「あの子達の殺気が分かると言うの?」
「…………そのせいで居場所がバレバレだ」
すると殺気が収まる。
素直な行動に笑いそうになる。
するとそこに、まるでいきなりそこに表れたかのように一人の小柄な女性が姿を現した。
足首まで届く黒い長髪、背中にこれまた長い直刀を背負った少女。
だれもが小動物をイメージするであろう雰囲気を醸し出している。
「だたいま戻りました!」
「ありがと明命、それで砦の状況は?」
「はっ!砦内に兵は一兵たりとも居ませんでした」
「…………俺が頼んだ事は?」
「えっ?あ、はい。言われたとおり井戸は潰されてませんでした」
確証は得た。
相手は相当な実力者だ。
油断など最初からしていないが、余計に油断できなくなった。
「…………そうか」
そこに周瑜もこちらに近づいてきたが顎に手を当てながら考え事をしているので沈黙したままだ。
「どうしたの?冥琳」
「いや、もしかして。だが、そんな事は…」
「ちょっと冥琳!無視しないでよねー」
周瑜も孔明達と同じ結果に辿り着きかけているのか?
しばらく周瑜は下を向いたままだったが、顔を上げて話をしだした。
「雪蓮、今回は袁術に一番乗りの功を譲ったほうがいいだろう」
「えー!?どういうことよ!なんで私たちまであのおこちゃまに譲らなきゃいけないのよー」
「これが罠だとしてもか?」
「罠?だって明命が調べてきたのよ?罠があったら報告してくれる筈じゃない」
恐らく、いや確実に仕掛けている筈だ。
しかし、諜報や潜入に長けた人物まで欺くような所に仕掛けるとなると何処だ?
「しかし、ここで相手が引く理由が他に無い。これは確実に罠だ」
「…じゃあ、どうすんのよ。もうこの時間じゃあのおこちゃまは起きて無いでしょ?」
「袁術内に噂を流せばいい、そうすればあの張勲の事だ。袁紹に負けじと行動に移すだろうさ」
孫策は現状、客分として袁術の配下にいる。
しかしそこで終わるような孫呉では無いだろう。
早く独立するためにもここで袁術の力を削いでおく必要があるのだろう。
なら、ここに俺がいる必要も無いだろう。
「…………なら俺は帰る」
「あら?どうしてよ」
「…………袁術なら兵も多い、砦もすぐ占拠出来るだろう」
そう言って俺は自陣に戻っていく。
自陣に戻ると真夜中にも関わらず玄徳以下全員が揃っていた。
「…どこに……行ってたんですか?」
玄徳が真剣な雰囲気で問うてくる。
他のほぼ全員も同じように真剣な空気だ。
ただ二人、孔明と士元を除いて。
(隠しきれずに喋ったか)
俺は肩を竦めて正直に答える。
「…………孫策の所にいた」
「…そこで、"何"を話してきたんですか?」
何の部分を強調して聞いてくる。
なのでニヤリと笑いながら答える。
「俺が孫策軍に寝返るはなs――」
「巫山戯ないで!!!」
いきなり玄徳が叫んできた。
その空気に全員が黙り、一時の静寂が訪れる。
「無風さん、あなたが私たちを裏切る筈が無い」
「…………ほぅ、何を根拠に?」
「無風さんがどんな人か見てれば分かります。でも、今はそんな話をする為に皆で集まってる訳じゃない」
「…………」
「無風さんは……死ななくていい兵を殺すんですか?」
怒気を纏っていた玄徳の声が今度は震えている。
悲しみを堪えた声だ。
「罠があると知ってて、味方を騙すんですか?」
味方……か。
確かに今のこの連合軍は一つの事に対して集まっている。
一見すれば味方だ。
しかし……
「…………全員が同じ思いでいると思うな、玄徳」
「だって、この連合軍は―――」
「…………自惚れもいい加減にしろ!」
「「「「「っ!!!!!」」」」」
恐らくここまで怒ったのはこっちの世界に来て初めてだろう。
「…………確かに今は皆仲間だ。だがな、それぞれの軍にはそれぞれの思惑がある」
「………」
「…………のし上がる為に来た者、家族を危険に晒さない為に参加した者、ここで……民の為を本気で思って来た者」
俺の怒気を浴びてか臥龍鳳雛の二人は立っていられなくなりしゃがみ込む。
そして核心を付く一言を放つ。
「…………この連合は、偶々利益が一致して出来ただけに過ぎない。いずれ敵になる者も現れる」
「そ、そんな事ない!話し合えばきっと!」
「…………既に話し合いを放棄してるのにか?」
「放棄してなんか無い!」
劉備は必死に俺の言葉を否定する。
「…………ならば、何故この連合に参加した。片方に肩入れをした?」
「えっ?」
「…………お前がこの連合に参加すると言った時点で、玄徳が言葉で否定しても行動は肯定した事になるんだぞ」
「っ!」
話し合うというのなら、まずは董卓に会いに行くべきだった。
そして連合に真実を伝えるべきであった。
だが、玄徳が取った行動は董卓を否定するもの。
討伐軍として董卓の話を聞かずにそちらを悪と決め付ける行動を玄徳は選択した。
願うならば、本当に董卓が悪政を行っていれば結果論としては玄徳の行動は"正しい"物になる。
しかし、もし董卓が悪政をしておらず、むしろ善政を行っていれば…
「…………逆賊なのはこちらだったら、どうする」
玄徳に止めを指す。
正義や悪は後に決まる事だが、あちらが正義ならこちらは悪だ。
足の震えから全身の震えに変わり、前越になる。
そのまま玄徳が膝から崩れる。
それを雲長と翼徳が支える事で倒れる事はなんとか防いだ。
「…………一度、己の理想を考え直せ、玄徳」
今度は優しく問いかける。
確かに玄徳は間違いを犯した。
しかし、彼女とて一人の人間だ。
間違える事はある。
これからどんな結論をするのか分からないが少しは現実を正しく見る事ができるだろう。
ドガァァーーン!!
泗水関からもの凄い爆音が響き渡る。
熱い熱風がここまで届いてくる。
やはり、そうなったか。
しかし、相当な爆発だった。
そんな量の爆薬をどこに隠して置いたのか。
行ってみれば分かるだろう。
直ぐにでも動きたい物だが、玄徳も精神的に参っている状態だ。
あまり迂闊には動けない。
それに玄徳ほどでは無いが少なからず他の奴らも影響が出ている。
まだ矛盾ばかりだが、これ以上追い打ちをかけたら玄徳自体再起不能になりかねない。
一つ一つやっていくしかないか。
翌日、袁術の兵の多くが亡くなった。
相手の策が成功して、爆死と毒殺により袁術軍はもうこの連合に参加してられる余裕は無いかもしれない。
悲しみが無いわけではないが、これが現実、これが戦場と割り切って行くしかない。
というより、そうしなければ心が持たない。
自分一人で出来る事などたかが知れているし、今、玄徳に現実を見させなければ玄徳の理想どころかその理想を信じている民が犠牲になりかねない。
民に被害が行くのは避けなければいけない。
それが力ある者の義務だから。
泗水関攻略
はい、というわけで泗水関攻略終了です。
劉備の理想を正すのって案外難しいですね。
どう書けばいいか全然わかんない!
さて、ここでまさかの袁術軍リタイア!
一度も出ること無く終わりましたね。
この恨みがいつか……何かあるかも
さてさて、遂に皆様お馴染みの虎牢関に進軍ですよー。
でわでわ皆様、また次回ー




