拠点2 雛里√(前編)
軍師って無駄に頭回りますよね
拠点2 雛里√ 『気づかぬ恋心』
私は無風さんの事が気になっているのは本当です。
朱里ちゃんに「好きなの?」と聞かれた事がありましたが、正直この気持ちが恋という感情なのか私には分かりません。
以前、水鏡先生に恋というモノとは何なのか聞いたことがある。
その時に先生からは、ずっとその人の事が頭から離れずにいつも思い浮かべてしまったり、
会ったら今度はどうしていいか分からず頭の中が真っ白になってしまうほど緊張して心臓が破裂しそうなほどドキドキする事だと。
しかし、同時に先生はこれは自分が体験した恋の事であり、雛里にはまた違った恋があるかもしれない、恋とは人の数だけ定義があるのだと。
先生の恋の体験を元に考えるならば、私のこの感情は恋のそれとは若干異なる。
いつも無風さんと会っただけでドキドキはします、しかしいつも無風さんの事を考えているという事は無いです。
仕事をしている時は仕事の内容以外考えないし、普段でも違うことで頭がいっぱいになる事だってあります。
先生は私には私の恋があると言っていたから、もしかしたら先生の恋と少し異なっているだけで恋をしているのかもしれない。
確かに、無風さんに会うことが出来たら嬉しいです。
私たちはまだ平原の相を任されて間もないので全員忙しく、時によっては朝議でしか会わない人だっています。
そんな中で特定の人に会うのは難しいですが、そう言う意味では無風さんとは会いやすいほうです。
あの人は客将という立場なので仕事と呼べるほどの仕事はなく、いつもどこかでフラフラとしています。
そして大抵の場合は中庭・厨房・城壁・街の4箇所にいるので、こちらの都合次第で会うのは簡単です。
気になっている理由の一つは何故か無風さんは私にだけ優しいのです。
自分で言うのもおかしいですが、桃香様や朱里ちゃんに話しかける時と私に話しかける時の雰囲気が違うのです。
最初は私にだけ厳しいのかと思っていましたが、前に執務室の前で部屋の中から朱里ちゃんと無風さんの話を偶然聞いてしまい、
その時の無風さんは何か言葉に威圧的な物を感じました。
私が執務室に入った瞬間もまだその状態は続いていましたが、無風さんが私に気がついた素振りを見せた途端に威圧的な空気が霧散しました。
他の人の時も同様で、私以外の人にとる雰囲気と私の時の雰囲気が違うのです。
それで気づかないほど私は馬鹿ではありません。
無風さんは私に気を使ってくれているんだとわかりました。
一人の人としてはもっと皆と仲良くして欲しい面もあるが、一人の女の子としては自分だけ特別である事の嬉しさで顔が熱くなりました。
もう一つの理由は、平原に引っ越して来た頃の事です。
鈴々ちゃんにいつも無風さんが夜になると城壁の上で過ごしていると聞いてから、夜には城壁の上を注意してみる事にしました。
平原に来てからも、無風さんは城壁の上で夜を過ごす日々でした。
そして、不可解なのが彼に割り当てられた部屋に数人の文官が出たり入ったりするのを何度か目撃したことです。
あの人が部屋に居ることは稀です。
いつも外をほっつき歩いているような人なので部屋に行っても彼は居ない筈です。
なのに1刻くらいするまで彼らは出てこず、出てきたと思ったら周りを注意しながらまるで逃げていくかのように行ってしまいました。
流石に彼の許可を取らずに部屋に入るのは失礼だし、彼が個人的に頼んだ物を持ってきた文官を私が偶然見ただけかもしれない。
でも、心のどこかで嫌な空気がざわめいていました。
早く何とかした方がいいような気がして、夜に城壁の上にいる無風さんに会いに行きました。
「…………珍しい客だな」
「無風さん……」
「…………どうした?元気が無さそうだな?」
この時はまだ目隠しをしていなかったので、月の光に照らされた彼の目が私をまるで射抜くかのように鋭く見てきました。
その頃はまだ無風さんと喋るのが怖かったのですが、どうしても聞いておきたくて勇気を振り絞って訪ねました。
「あ、あの!無風さんは何故夜はいつもここにいるんですか?」
「…………ここが好きだからでは駄目なのか?」
「あからさまに目を逸らして言われても説得力がありません!」
「…………お前には関係ない」
無風さんは視線を強くして私を睨みました。
恐らく、私に向けてそんな目をしたのは最初で最後です。
危うく怖くて逃げてしまいそうになりましたが、前も何かと理由を付けて有耶無耶にされたと桃香様から聞いていますし、
私の知ってる無風さんなら怖いことをするような方じゃないので、何とか踏みとどまることが出来ました。
そして私と無風さんの視線が数秒交差し続け、無風さんが先に折れてくれたのか目を閉じて軽く溜息を吐いて月を見上げました。
なんとか持ちこたえる事が出来ましたが、私は立っている事が出来ずそのままペタリと座り込んでしまいました。
下邳よりも北に位置する平原は夜ではまだ寒く、地面は凍る用に冷たい。
「…………そんな所にいると風を引くぞ、こっち来い」
「あっ…」
「…………酒は飲めるのか?」
「少しだけ…」
いつの間にか目の前にいた無風さんに起こされて城壁に敷かれている茣蓙の上に座らせられた。
その際に用意していたと思われる毛布を掛けてくれる。
毛布は夜の風を遮断してくれて体が温まる。
無風さんから貰ったお酒は酒精が弱めだと言うことでそれを貰い、何故か二つあった猪口の一つを受け取ってちびちびと飲む。
桃の風味が口の中に広がり、ほんの少しだけお酒の風味がある程度だったので私でも普通に飲める軽めのお酒でした。
しかし、同時に用意がよすぎるという疑問が湧いた。
毛布や猪口、お酒のどれもが誰か他に来ても大丈夫な様に用意されている。
毛布が用意されているという事はご主人様はありえない。
ご主人様だって男の人ですから多少の寒さで無風さんから毛布を貰うほどヤワでは無いでしょう。
そして次に鈴々ちゃんも除外します。
鈴々ちゃんは無風さんの言うことを疑ってませんからここに来る意味がありません。
次に桃香様と愛紗さんも除外できます。
桃香様や愛紗さんが来るのなら、もう少し強めのお酒でも良かった筈です。
酒精の強さから恐らくお酒への耐性があまり強くない人。
つまり私か朱里ちゃんのどちらかを待っていたと考えるのが妥当でしょう。
そして私は無風さんの所に行くとは言っていませんので恐らく朱里ちゃんを待っていたのでしょう。
その答えにたどり着いたら、何故か少し落ち込んでしまっている自分がいるのに気が付きました。
「…………何を落ち込んでいるんだ、士元」
「無風さんは……朱里ちゃんを待っているんですか?」
「…………なぜ孔明が出てくる?」
「え?違うんですか?」
「…………誰も来る予定など無いが」
「まさか、ただ単に用意してただけですか?」
もしそうだと自分の考えが根本から間違っていた事に頭から湯気が出そうなほど恥ずかしいです。
「…………いや、来るとしたら士元が来るだろうなと思って用意してただけだ」
「え……それってもしかして…」
違う意味で頭から湯気が出てきそうです。
あ、あれ?私何のためにここにきたんでしたっけ?
恥ずかしさと緊張で忘れてしまいました。
あわわ、ど、どうしましょう。
あ!そ、そうでした。
無風さんの隠している事についてでした。
危うく忘れてしまうところでした。
「…………何を勘違いしてるか知らんが、もしバレるとしたら士元だろうと思ったまでよ」
「っ!?やっぱり部屋に戻らない訳があるんですね」
「…………あぁ、来るか?」
断る理由がありません。
他人の隠し事を暴くのは気が引けますが、これは知っておかなければいけない気がします。
無言で城の廊下を歩く無風さんの後ろを歩いていますが、夜の暗さに同化して少し離れただけでどこかに消えてしまいそうです。
すぐ近くにいるのに無風さんがどこか遠くに行ってしまうような気がして無性に寂しさを覚え、服の端っこを掴みかけました。
「…………着いたぞ」
「ひゃい!?」
「…………何を驚いている。ビックリさせるな」
「あわわ、ご、ごめんなさい」
ガチャっとドアを開けて部屋の中に入り、明かりを点けてから私を招きました。
一片すると他の部屋と何も違わない、というより私物も何も無いので逆に殺風景な部屋でした。
あるのは机と椅子、寝具に箪笥だけ。
梨風さんが本当にここを使っている様子が無い事がわかりました。
"見た目"だけは。
「…………そこらへん調べてみれば俺が隠している事がなんなのか分かるはずだ」
「えっ?でも…いいんですか?」
「…………机の中も見て構わない」
「で、では。調べさせて貰います」
机の引き出しを開けた瞬間、それは酷い状態でした。
引き出しにはどの部屋も共通して書道具と紙が一月分入れてあります。
確かに無風さんの引き出しにも入っていました。
入ってはいましたが、正確には書道具と紙の"残骸"が入っていました。
筆は半分に折られ、墨はバラバラに砕けており、紙は墨で汚れたり破られたりしていました。
他の引き出しを開けてもあまり大差はありませんでした。
箪笥を開けると部屋着には汚い文字で「死ね」「消えろ」「自殺して」などの字が書かれていました。
それ以外にも書かれていましたが、余りにも酷い言葉すぎて見るに耐えられなかった。
寝具は見た目こそ普通ですが布団をめくると布がビリビリに裂かれていて、オマケに先程砕かれていた墨がばら蒔かれています。
「無風さん!これは何ですか!」
「…………見ての通りだ」
「こんな……こんな事をどうして放っておいたんですか!」
「…………下手に刺激すれば余計に酷い事をする。いじめとはそういう物だ」
「なんで……相談してくれなかったんですか!?」
「…………士元、今がどれだけ大切な時か。分からぬ筈がなかろう」
「っ!」
確かに、平原に越して来たばかりの私達は統治にまだまだ時間がかかります。
忙しく駆け回って、のんびりとお茶をしている時間も限られています。
「でも!だからってこのような事を放って置いて言い訳がありません、無風さんは……仲間なんですから」
「…………だから言わなかった」
「えっ?」
「…………仲間だと思ったから、こんな事で皆の頭を悩ませたくなかった」
「……いいえ、それは違います!仲間だと思うのならもっと信じてください。もっと頼ってください」
今度は私が無風さんの目を見てキッと睨み付けます。
そしてヨロヨロと歩いて無風さんの腰に抱きつきました。
無風さんは微動だにせず立ったままで、何の反応もしてきません。
「無風さんの言っている事は一辺すると仲間思いの言葉ですが、それは仲間を信じていない言葉です」
「…………」
「そんなに私は頼りないですか?無風さんの足を引っ張ってばかりですか?」
「…………士元」
「もっと頼って欲しいです。もっと私に悩みをぶつけて欲しいです。もっと無風さんに……近づきたいです」
帽子ごしに頭を撫でられる感触がして、私は視線を真上に持って行って無風さんの顔を見ます。
火の光に照らされて見る無風さんの顔には薄らと微笑みが刻まれていました。
そしてゆっくりと無風さんがしゃがみこんで、視線が私より低くなりました。
「…………その気持ちは嬉しい、けどな士元」
「なんですか」
「…………仮にこの事を話したとしても、いじめというものは無くならない」
「いいえ、無くしてみせます」
「…………無理だ。そしてもし更に過激になれば、俺だけの問題では無くなる」
「私達にも……被害が出る」
「…………そうだ。過激になればいずれ報告書の改ざんも出てくるかも知れない」
「そんな!ありえません」
「…………ありえない事など存在しない。全て有り得る」
「……じゃあ、どうするんですか。無風さんは」
「…………このまま放っておく」
「…………」
「…………俺が部屋に戻らない理由、誰にも言うなよ?これは俺からの頼みだ」
「無風さんは………全て背負うつもりですか?」
「…………全ては無理だな」
嘘です。
無風さんは全てを背負って、全部自分のせいにする気です。
何故、そこまでするんですか。
何故頼ってくれないんですか。
悲しくなり無風さんの目を見ます。
その時、目を見た瞬間に林で会った時の無風さんの目に浮かんでいた感情が垣間見えた。
悲しみに染まり、何かに怯えている瞳のそれを。
もう、何も言えませんでした。
何か言った所で無風さんは首を縦に振ることはないでしょう。
悲しくもありましたが、やはりどこか嬉しい気持ちもありました。
無風さんがずっと隠してきた事を私だけに教えてくれた。
それにこの事を黙っておきたいのならば誰にも教えなければいい。
いずれバレるだろうが、その可能性を最小限に抑えて置ける。
なのに私にだけは教えてくれた。
それは私を少しでも信用してくれている事と、誰かに知って貰いたいという無風さんの心の弱さを見せても大丈夫だと思って貰えた事に
女の子としてはとても嬉しい。
悲しさと嬉しさがごちゃまぜになって複雑な気持ちになる。
無風さんの背負っている物を一緒に背負ってあげたい。
なのに無風さんはそれを拒む。
まるで傷つくのは自分だけでいいと言うかの様に。
少しだけ無風さんの事が分かって良かったが、この状況はあまりよろしくない。
なんとか出来ない物だろうかとその日から考えているが、一向に答えは出ない。
朱里ちゃんに相談したいが無風さんに止められているし、ここで無風さんの信用を失うのは嫌だ。
それに無風さんのあの目。
あんなに怯えているのに怖がっているのに平然として私たちと接している。
それが悲しく見えるようになった。
無風さんには笑っていて欲しい、もっと私たちに色々と教えて欲しい。
そして……私の隣に……。
何故かそう考えた日は一日中顔を真っ赤にしてしまい、仕事に手が付かない。
私、人見知りが更に激しくなったのかなぁ。
今日も顔を真っ赤にしながら仕事を頑張る日々である。
雛里の帽子に似ている帽子が売っていたので買おうかと思ったのですが、値段が異様に高くて手が出せなかった。
何かのアニメキャラの帽子でしょうかね?
まぁそんな事はどうでもいい。
次回作で拠点ラスト…かな?
うん、だな。
では皆様、次回作もよろしく~




