拠点2 朱里√(後半)
お菓子作りの所を細かく書いてたらそれだけで2万8千字とかなってしまい、省くのに時間かかった…
何をやってるんだと思うかもしれないが、自分でも何してんだと思っている。
拠点2 朱里√ 『恋とお菓子の方程式』
雛里ちゃん・無風さんと共に城に帰ってきて、私と雛里ちゃんは先に本を私室に置いて無風さんが向かった厨房に向かいました。
厨房に入ると夕飯の支度をしている女官の人が数名居て、無風さんの様子を興味津々に見ていました。
それはそうですよね、いきなり大量の豚の皮を持って入ってきたら誰でも何をしてるのか気になります。
しかし無風さんは女官たちの視線など気にもせずに黙々と作業を続けていました。
大きい鍋に水を7割ほど入れて火を付けて沸騰させるみたいです。
「無風さん、何か手伝う事はありますか?」
「…………孔明、お前は疲れてるだろうから休んでいろ」
「あれくらいで疲れませんから大丈夫です」
「…………なら、豚の毛を剃って綺麗にしてくれ」
女官の人に厨房の一角を借りますと断わって雛里ちゃんと一緒に毛の処理をします。
途中から火加減を調整して沸騰するまで時間が出来た無風さんも手伝ってくれたので2刻ほどで処理を終えました。
お湯もちょうど沸騰するかしないかぐらいにグツグツと音を立てて来ました。
そこに処理した豚の皮を全部放り込んで……そこからどうするんでしょうか?
「あの、無風さん?この後は何を?」
「…………あとは一晩油を取りながらこのまま煮続けるだけだ」
「はわわ、一晩もですか!?」
とても根気が要る作業に驚いてしまいました。
「天の世界でもそんなに時間かかるお菓子を作っていたんですか?」
「…………いや、向こうには濾過板という物がある。それがあればもっと楽なんだが」
「ろかばん…ですか?」
聞いたことの無い道具です。
でも、それがあれば楽になるのなら作れないものでしょうか。
しかし、無風さんに聞くとろかばんの製法も分からない上にこちらでは作るのは不可能らしいです。
そしてすることも無くなり、椅子に座って無風さんの後ろ姿を見ながら雛里ちゃんと小声で会話します。
「ねぇ、雛里ちゃん。雛里ちゃんは無風さんの事どう思ってるの?」
「あわわ、きゅ、急にどうしたの?朱里ちゃん」
「だって、雛里ちゃんの無風さんを見る目が完全に恋する乙女のそれだったよ?」
「あわわ、そ、そんな事は……」
顔を真っ赤にしてゴニョゴニョ呟き続ける雛里ちゃんをみて確信した。
雛里ちゃんは無風さんに恋をしている。
やっぱり無風さんとは戦いたくない。
公私の私の部分で悪くない人だと思ってはいるが、私はそこで止まっている。
でも雛里ちゃんは既に無風さんを好いている。
その雛里ちゃんを思う部分が公私の私で戦いたくない理由だ。
戦うことになったら、雛里ちゃんは確実に心を痛める。
最悪の場合、私と雛里ちゃんが敵対同士になることも考えられる。
でも心がそんな最悪の場合は考えたくないと拒絶する。
そこで意識を思考の底から浮上させて無風さんを見る。
お玉で一生懸命に灰汁を取っている。
雛里ちゃんはこの人の何が好きなんだろうか。
雛里ちゃんには見えて、私には見えないものがあるのだろうか……
・・・・・・
次に意識した瞬間、私と雛里ちゃんの上に黒い布がかぶせられていた。
窓の外を見ると、既に空は真っ暗になっており星が輝いている。
意識してみれば厨房はほぼ真っ暗になっており、未だに無風さんはお玉を使って腕を動かしていた。
ただ無風さんは上着を着ておらず、これまた真っ黒な中着姿だった。
そこで意識がハッキリしてくる。
考え事をしている途中で疲れて寝てしまった事に気がついた。
意識がプツリと糸が切れるかのように途切れてしまったのだろう。
気がついたら寝ていたなんて事はあまり無いので、やってしまったと思った。
そこまで疲れているとは思っても居なかった。
政務で心身ともに疲れが溜まっていたのか。
起きようとした時に私達にかかっていた無風さんの上着を退けようかと思ったが、冷たい空気が入ってきてまた上着を体にかけ直す。
黒い上着だからなのか暖かさが保たれており、まだ眠気が取れきれてないのもあってとても気持ちがいい。
雛里ちゃんは未だに気持ちよさそうに眠っている。
「…………起きたか、孔明」
「はい、知らぬ間に寝てしまったみたいで、すみません」
「…………だから疲れているから休めと言ったではないか」
鍋の方を向いたまま話しかけてくる無風さんは私達の体の疲れを見抜いていた。
そして無風さんはお玉を洗い、それで何かを掬い上げてボウルに移しました。
寝ていた為に工程が短く感じてしまいます。
まさがずっと立ったまま先程まで灰汁取りをしていたのでしょうか。
ボウルに移した中身が何なのか気になり質問します。
「何を取っているんですか?」
「…………豚の皮を煮出したのを冷やして、上に浮かんだ部分を取ったのだ」
「それが、材料ですか?」
「…………ああ、これを湯煎にかけて油を極力取り除いて乾燥させる」
そして、皮を取り出し残り汁を捨てて新しい水を入れて沸騰させる無風さんの姿をみて、一つ分かった事がありました。
こんなに大変な作業をして、得より損の方が大きいはずなのに続ける姿。
そして何より"作り慣れている"姿をみてわかりました。
この人は天才だ。
しかし、ただの天才という訳ではない。
この人は努力を惜しまない。
努力に努力を重ねて今の実力を身につけた"努力の天才"なのだと。
決して最初から上手く出来ていた訳ではない。
想像もできない程の努力の果てに掴んだ実力。
今になって思えば服屋で見た無風さんの体にある無数の傷跡が何よりの証拠だ。
そんな私の思考に気づくはずもなく、無風さんは黙々と湯煎にかけて油を取り除く作業を何回も何回も続け、乾燥させる工程に入る頃には朝日が顔を出してくる頃だった。
日が完全に顔を出した頃に雛里ちゃんも起きてきました。
「んにゅ?朱里ちゃん?」
「おはよう、雛里ちゃん」
「なんで?朱里ちゃんが私の部屋に?」
随分と寝ぼけているようです。
ということは雛里ちゃんも私と同じように寝てしまったのでしょう。
「雛里ちゃん、ここ厨房だよ?昨日のこと覚えてる?」
「昨日?………。………?………!!あわわー!」
「…………朝からうるさいぞ、士元」
「あわわ、無風さん!?何で起こしてくれなかったんでしゅか!」
「…………起こそうとしたが起きなかったお前が悪い」
炭火の前で団扇をパタパタと仰いでボウルの中の液体を乾かしている無風さんは、ため息をついてそう答えました。
次に、自分にかかっている布が無風さんの上着だと分かると、雛里ちゃんはまた慌てた叫び声をあげています。
そんな雛里ちゃんを見るのが久々すぎて心がほっこりしていましたが、
厨房が騒いでいた為に何事だと城の警護兵から女官の人まで、沢山の人が集まってしまい、のんびりしている暇が無くなりました。
「はわわ、すみませーん。お騒がせしましたー」
「あわわ、すみませんー」
「叫ぼうが叫ばまいがうるさい事には変わりないな」
むぅ、無風さん一言余計です。
どうしてそこで要らない一言を言うのでしょうか、まったくもう。
雛里ちゃんは注目されてるのに恥ずかしくなったのか、帽子のつばを下ろして顔を隠しています。
そこは一言、言ったほうがいいと思います。
と、朝からドタバタして椅子で寝てしまったからか重たい体に鞭を振って業務をこなしにかかりました。
ご主人様は休んだほうがいいと仰ってくれましたが、そんな事を言ってられるほどの余裕は私達にはありません。
ちなみに、厨房で注意してくれた無風さんはそれ以降何も言ってくれなかったです。
ご主人様みたいに何か言ってくれてもいいじゃないですか。
その代わりちょうど休息時にお菓子を持ってきてくれました。
無風さんの持っている皿の上にはプルプルと何やら柔らかそうな物でした。
飴のように透明なのに無風さんの歩く振動で震えて、今にも崩れそうです。
聞いてみた所、私達が作っていた豚の煮出しから作っていたアレで作ったそうです。
最後に見た時は、乾燥してサラサラしていた粉末が、このような物に変わるなんて私も雛里ちゃんも驚愕しました。
無風さん曰く、これは"ぜりー"と言う食べ物らしいです。
果物の汁にあの粉を混ぜて冷却すると固まってこのような個体が出来るなんて、毎回の事ですが無風さんの天の知識には驚かされます。
季節的に桃が旬という事で、桃のぜりーを二つ持ってきてくれました。
スプーンで刺してみると、簡単に掬えてその上で微振動していました。
そのまま見ていたら無風さんに乾燥しない内に食えと言われ、勢いで口に入れるとその味につい笑顔になってしまいました。
桃の味がしっかりと残っているのに食感は今までの桃のお菓子とは全くの別物で、口の中でスーッと溶けるかのように消えていく。
まさに魔法のような食感でした。
よく味わうと若干ですが豚油の風味が邪魔をしていますが、それを入れてもすごいの一言です。
食べ終わってから雛里ちゃんの方を見ると、雛里ちゃんのほうはまだ3割ほど残っていて食べてる本人も顔から幸せが溢れ出さんばかりです。
ご主人様や無風さんはこのようなお菓子より、もっと美味しい物を食べていたのかと思うと羨ましすぎます。
ぜりーの評価が好評だった事に胸を撫でおろしているのか、表情は分からないものの雰囲気が穏やかでした。
そして、食べ終えた私達のお皿を片付けながら次に義兄弟、桃香様やご主人様に食べて貰うためにと厨房に戻って行きました。
「美味しかったね、朱里ちゃん」
「うん、やっぱり無風さんってお菓子作りも結構出来る方なんだね」
「あぅ~、また食べたいなぁ」
「大丈夫だよ雛里ちゃん、また無風さんに作ってもらお?今度はあのお菓子の作り方を教えて貰いながらね」
「そうだね、朱里ちゃん」
親友の顔が満面の笑みで飾られています。
きっと自分も今は同じような顔をしているのかもしれません。
そこで一つの決意というか覚悟というか、をしました。
雛里ちゃんと笑顔で残りの休憩時間を喋りながら、私は雛里ちゃんの恋を応援しようと思った事です。
無風さんとは昨日と今日合わせて二日しかお互い理解し合えてないのはわかっています。
でも無風さんは確かに一言多い、要らない事を言う、言う事がきつ目な事をいう人ですが、私達の事を考えてくれる。
ちゃんと向き合ってくれる。
そんな部分がご主人様に似ているし、何より雛里ちゃんが無風さんの事を信じている様子です。
私は無風さんを信じる雛里ちゃんを信じよう。
心にそう決意しました。
いくら親友でも、好いた相手を否定する権利があるはずもありません。
少しだけ、ほんの少しだけ心にモヤっとした感じが心臓付近に貯まる。
今はただ、親友の恋が成就しますように祈るだけです。
朱里「無風さん、やっぱりどうやっても豚油の風味が取れきれないですよ」
無風「…………濾紙が欲しい」
雛里「あわわ、無風さん落ち込まないでください。これでも結構美味しいですから」
up主「正直、俺が作った手作りぜりーよりかは断然美味い」
朱里「up主さんは根気が足りないだけです。ちゃんと油を取るようにすればいいだけじゃないですか」
up主「全部一から、しかも全部家庭でやる方法なんて今やらないから!」
無風「…………小学校ではよく作った」
up主「小学の家庭科実習ではやったけど、それを今のこのご時世に再現とかする必要が分からない」
雛里「手作り感満載で、作った後とても美味しいじゃないですか」
朱里「そうですよ!私達の時代ではそんな便利な道具なんてありません。贅沢はダメです」
up主「濾紙を使ったりするのって贅沢だったのか(驚愕」
無風「…………贅沢は敵」
up主「いやまぁ、適度には必要でしょ?」
雛里「あわわ!?up主さん、そろそろ切り上げないと」
up主「おお!?お、おう。そうだな」
無風「…………皆、また次回。じゃね」
up主「お前が言うんかい!」




