拠点2 北郷√
北郷の何気ない一日
拠点2 北郷√ 『無風の扱いにはご用心』
無風が俺たちの軍に来てくれてから1ヶ月ほどたったが、無風の評判は悪くなる一方だった。
それは無風の独自判断によるものが大きい。
皆が一生懸命働いているにも関わらず、昼間から昼寝をしていたり酒を飲んでいたりとしている姿が多数目撃されている。
そりゃあ皆頑張ってる時にのんびりしている人がいたらイラッと来るのも分かるが、あまりにも敵視しすぎている気もしなくもない。
この状況を早く何とかしたほうがいいと考えて、無風の居そうな所を歩いていた。
数刻ほど探してみたが、城の中にはどこにもいないので街に出てみることにした。
桃香が街を収めるようになってからは街の活気も前より良くなり、人々の笑顔が絶えない。
どこもこの街のように笑顔の絶えない街にしたいなと考えながら、目的の人物を探すと直ぐにわかった。
身長がそれなりにあるので見つけるのは簡単だったが、彼は黒い波の中の真ん中にいた。
近づいてみるとその黒い波は子供の頭だった。
無風を中心にして子供が集まっていた。
「なしかぜしょーぐん!今日は何をして遊ぶのー?」
「しょーぐんさまー、だっこしてー」
「なしかぜさまー、今日はお菓子持ってきてくれたー?」
子供たちが彼の手を取りあったり頭によじ登ったりして、とても微笑ましい雰囲気だ。
「…………今日は警邏だけだ。離れろ」
「えー、やだやだー。遊んでー」
「おにごっこしようよ、なしかぜしょうぐん!」
無風はマイペースな感じを崩さずに子供一人一人遊んでやっていた。
「…………高い高ーい」
「うおぉぉぉぉぉ!?」
無風が男の子を頭上に投げた。
軽く5m近く上がったぞ今!?
危ないって、地面に激突したり他の子供に当たったらどうすんだ!?
だが、俺のそんな心配などどこ吹く風で、見事に落ちてきた子供をキャッチして下ろす。
打ち上げられた子供は大興奮でもう一回とねだっているが、無風が順番だと言い聞かせている。
「あっ!ほんごうさまだー」
「ほんとだ!ほんごうさまー」
「ほんごうしゃまー、だっこー」
一人の女の子が俺の存在に気付くとそれに釣られて他の子供たちも俺に気づき近寄ってくる。
近寄ってきた最初の女の子を肩車して、抱っこを迫られた女の子と男の子を片腕ずつ持ち上げる。
無風も俺に気が付いたのか近寄ってくる。
無風は男の子を肩車して両腕を二の腕の筋肉を見せるボディビルダーみたいなポーズで男の子と女の子がぶら下がっている。
その姿はさながら三児の父だ。
それなのに表情はいつもと変わらず無表情と来ていて、ポーズと表情が会ってないギャップに笑ってしまった。
「…………そんなに笑うな」
「む、無理だって、ぷぷっ、ポーズと表情が、くくっ、合わなすぎだろ」
「…………そろそろ降りろ、北郷殿とお話があるからな」
その言葉に子供たちが文句を口にするが、素直に帰っていった。
なんか一時の間だけだったのにすごく疲れが出てきた。
子供の相手は体力がいるなぁ。
「…………で、何のようだ?」
「ああ、ここで立ち話もあれだから、どこか店行こうぜ」
少し値は高かったが、個室を使えるという店を見つけてそこに入る。
料理もなかなかな美味しさでいい所を見つけたと思いながら、そこで本題を持ち出す。
「唐突で悪いが、武官や文官たちの無風に対する印象が悪い事を何とかしないか?」
「…………本当に唐突だな」
「皆の印象が悪いのは分かっているんだろ?何とかしないと居心地が悪いだけじゃないか」
「…………確かにそうだな」
無風は俺の言葉に興味なさそうに返事をする。
「なんとかしないと不味いだろ?」
「…………何が不味いと言うんだ?」
「それはだから居心地悪いだろうし、酷くなってからじゃ修復できないだろう?」
「…………芽が出てきた時点で修復も何もあったもんじゃないさ」
「そんなことは無いだろ!」
「…………人はそう簡単には出来ていない」
無風は治す気が全く無いみたいで、俺の言葉を聞いても動こうとしない。
分かっているのに何故動こうとしないのか不思議でしょうがなかった。
街の子供たちとはあんなに仲良くやっているのに、武官文官とは仲良くしようとしない。
それどころか寧ろ態と悪化させているように見える。
そんな事をしてなんになる!
そう言いかけたが無風が鋭い眼光で射抜いて来た為に、声を発する事が出来なかった。
「…………北郷、俺がどう見える?武を極めた男か?知が秀でた奴か?」
「俺には……」
「…………なんでも出来る完璧超人か?」
「っ!?」
なんでもという訳ではないが、ほとんどの事をやらせれば出来てしまう男。
それが無風であり俺の憧れだ。
しかし何故それを聞いてくるのか分からなかった。
「…………俺がどうして文官たちと仲良くしないかはそこに一片だけある」
「一片……なのか?」
無風がそれに頷く。
他に一体いくつの理由が重なっているのか。
それが分かっているのは無風本人だけだろう。
「…………自分を天才だとは思ってないが」
いきなり言い回した言い方で話し始めた無風を俺は黙って聞いていた。
天才が傍に居すぎると周りがダメになる。
それは一つに妬み。
その才を妬んで相手を引きずり落とそうと悪事に手を染めてしまう。
だったら尚更、関係を修復したほうがいいと思ったのだが、無風の次の言葉を聞いて顔をしかめた。
もう一つに"憧れ"。
あまりにその才が素晴らしく崇拝してしまうあまり、その人の判断を仰がないと何も判断できない人間になってしまう。
その人の判断は絶対だと自分に暗示をかけてしまう。
だったらまだ関係は悪いままでいた方が悪事に手を染めるのはいけないが、判断を自分でできるだけマシだと。
聞いていて自分が愚かだった事を知った。
確かに無風に「これ」と言われてしまったら、それが本当なのだろうと決めつけかねない。
それだけに崇拝してしまっている。
剣道大会でいつもトップに君臨する人への憧れ。
憧れという眩しい光のせいで周りが見えなくなっていてもおかしくはない。
だが、それでも仲良くしたほうがいいとは思うが、今回は無風と話せてよかった。
今話して居なかったら崇拝し続けたままの俺でいたであろう。
しかもそれが一片に過ぎないのだ。
一体いくつの問題が積み重なっているのだろうか。
考えても一向に答えが出てこない。
考えて出てくるとすれば無風が俺に暴力を振った事ぐらいだが、それも既に過去の事だし俺自身許すと皆の前で公言した。
多分聞いても答えは帰ってこないだろう。
無風は必要以外の事はあまり喋らない。
それを既に知っている為に口を出せないでいると無風が席を立った。
「…………もう正午を過ぎた」
窓の外を見ると確かに日が真上から傾き始めていた。
そろそろ戻らないと愛紗に怒られそうだ。
それから店を出て城に戻る途中に、もう一つ言いたかった事を思い出した。
「なぁ、無風。俺に稽古をつけてもらえないか?」
「…………なに?」
「いや、だからって前線に出て戦うなんて事はしないけどさ。自分の身は自分で守れるくらいには力をつけたいんだよ」
「…………」
それから無風は考える素振りで手を顎にやり考えていた。
しかし半刻もしないぐらいの時に口を開いてOKを貰った。
城に帰り自分の部屋に置いといた剣を片手に訓練所に行く。
訓練所ではまだ大勢の兵が陣形の練習などを行っているが俺が来た瞬間に全員が止まり、その陣の中から愛紗と鈴々がこちらに向かってくる。
二人に訓練所の隅を借りるように言って向かおうとするが、俺が無風と稽古することに不安なのかチラチラとこちらを気にしている。
いつまでもその視線に苦笑いしていては無駄に時間を過ごすだけなので、早速お願いする。
「…………まずは剣を振ってみろ」
無風に言われた通りに真剣で剣道の素振りをするが、木刀で頭を叩かれた。
「…………アホか、実践で剣道の様な戦い方してたら死ぬぞ」
確かに相手が一人だけとかならばなんとかなるかも知れないが、複数いた場合に対処が出来ない。
だが、一対多数の経験など全く無い。
どうすればいいのか聞いたら、まずは視野を広げろと言われた。
対象のものだけを認識するのではなく、光景を認識するように切り替えろとの事らしい。
そして素振りをする時は目の前に数人の人をイメージして、その全員が襲ってくるのを対処するように動くように言われた。
そこで相手としてはまずは兵卒を二人想像して目の前に出す。
最初は距離を取っていたが、一人が斬りかかってきたのでそれを防ぐ。
防いだ時に動いたもう一人の兵に対して、受け止めた兵の剣を流して襲ってきた二人目の剣を躱す。
そして体制が崩れた二人目に向かって突っ込むが、一人目に邪魔をされてしまった。
そんな攻防をどれくらい続けていただろうか。
無風が「止め!」と言って俺の前に歩いてくる。
無風が歩いてきたことで兵卒の像がすーっと消える。
「…………なかなか良かった。だが…」
「だが?どうかしたのか?」
「…………自分の状態を見てみろ」
無風にそう言われて、自分の状態を確認する。
汗が滝のように流れて服がびしょびしょだった。
想像をし続けながら素振りをするのはかなりの精神力と体力を持っていかれるから、慣れない内は誰かに付き添ってもらって貰えと忠告される。
そして渡された水を飲んでタオル替わりの布で汗を拭く。
無風はそこで俺に塩を渡してきた。
何故とも思ったが、汗は水分だけ飛ばすわけでは無いと言われ、それはそうだと塩を一摘み分口に入れる。
しょっぱい塩の味が口の中に充満したので水で流し込む。
一息ついた所で無風が稽古の相手をしてくれるとの事になった。
どこからでもかかってこいと挑発してきたので、その挑発に乗って真正面から剣を叩き込む……訳もなく、
剣を振る直前に回り込むように背後をとって打ち込むが紙一重で避けられる。
次にまた正面から突撃するが今度は回り込まず、間合いに入ったところで手首の返しで剣を無風の手に当たる様に素早く振るったが、
それを剣の鍔で受け止められる。
どうやっても何をやっても躱されるか受け止められる。
これが実力の差かと悔しかった。
無風の家と同様でウチの家系も剣の家系で、そこいらの剣道部員とはやり込んでいる時間も覚悟も練習量も違う。
なのに無風よりも桁が二つも三つも違う。
何がこうも格の違いを生み出すのだろうかと、正直考えられずにはいられなかった。
「…………こんどはこっちから行くぞ」
そして稽古して初めて無風が構えと取る。
どこから来る?どう狙ってくる?
色んなパターンが頭の中で展開され、それのどれにでも対処できるような姿勢で待ち構える。
「…………左の横腹」
「っ!?」
無風がボソリと呟くのを聞き逃さなかった。
左の横腹を狙うといった。
ならば峰で受け止めれば……
そこで俺の意識がアウトした。
・・・・・・
「……ん、うーん」
「あ、ご主人様起きられましたか?」
「愛紗?」
「はい」
「俺は何を?」
「無風殿に剣で一撃を受けて気を失ってしまったんですが、覚えていらっしゃいませんか?」
無風に稽古をつけてもらっていたのは覚えている。
それから無風と勝負して、全部攻撃が外れて、それで……
「あぁ、一撃で倒れちゃったのか」
俺は体を起こしながら攻撃を受けた瞬間を思い出そうとするが思い出せなかった。
いや、思い出せないのでは無い。
分からなかったのだ、剣が、無風の動きが。
早すぎて認識出来なかったのだろう。
それも悔しく思った。
剣道を他の人よりやっているのにそれでも剣が見えなかったこと。
「そういえば、無風は?」
「今は桃香様たちに怒られている所でしょう。あと無風殿がご主人様が起きになられたら伝えて欲しいと」
「ん?何を?」
「『北郷と俺の差は感情の差だ』と」
感情の差、思いの差。
俺だって人並み以上に強くなりたい思いは強い。
でも無風はそれ以上だというのか?
無風は俺に何を伝えたいのだろうか。
「でも、ご主人様がご無事で良かったです。もしもの事があったら……。ご主人様と無風さんは違うのですから無茶はしないでくださいね」
愛紗の言葉を聞いて無風が言いたいことが分かった。
俺は俺、無風は無風。
たしかに無風は強い、無風の様に強くなりたいが、無風になる事とは違う。
この微妙な差が分かる人は一体どれだけいるのだろうか。
強くなろうとすることはいいことだが、その人の強さを手に入れることは意味が違う。
少し焦りすぎていた。
焦ったところでいい事など何もないのに、無風が来てから俺も強く賢くならなければいけないという思いに急かされて周りを見失いかけた。
━━━━天才は周りをダメにする
ふいに無風のそんな言葉が蘇る。
無風が何もしないのは、今回の俺のような事が起きないようにと考えていたからだったのだと今更実感が沸いてきた。
無風が動けばそれだけ無風の知勇のせいで俺みたいに焦る奴が増えていくだろうし、崇拝する奴も現れてくるだろう。
そうなっては悪事に手を染める人、自分で判断できない人が本気で出てきかねない。
彼の配慮にありがたく思いながらも恐ろしく思った。
天才とは人にとってまさに劇薬なのだ。
分量を間違えなければ素晴らしい効果を出すが、一歩間違えれば猛毒になる。
それを思い知らされた。
そんな事を思いながら、愛紗に笑いかける。
「俺はもう大丈夫だから、桃香にあんまり無風を怒らないように言ってくれないか?俺から頼んだんだしさ」
「ですが、しかし……」
「稽古をしていれば怪我もする。当たり前の事なのに怒るのは違うよ」
「…分かりました」
「うん、よろしくね」
そう言って愛紗が救護室から出て行った。
そこでため息を一つ吐いて窓越しに空を見上げながらどうしたもんかなぁとこれからの事を考え始める。
春の暖かい陽気を感じながら
次回は誰の√を書こうか。
愛紗もいいし、鈴々も捨てがたいですねー
でわ次回~




