ツンデレラ
昔々、とても姿は美しいが性格が絶対零度という少し変わった娘がいました。
娘のお母さんは早くになくなってしまいましたが、娘は身内の死にも全く持って関心を示しませんでした。
ただ趣味のブレイクダンスを無表情で踊り続けるだけです。
そこでお父さんが二度目の結婚をしたので、娘には新しいお母さんと二人のお姉さんが出来ました。
その人たちはとてもとても親切で、お父さんのお願いでなんとかして一切笑わない娘を楽しませようと思いました。
新しいお母さんは、自分の二人の娘よりも綺麗であるのに全く笑わない娘を可哀想に思いました。
「まあ、あんたは何て、可哀想な娘でしょう」
お母さんと二人のお姉さんは、辛い仕事をみんな娘にさせませんでした。
娘の寝る布団だけは他より豪華で、娘の着る服だけは他より美しいものにしました。
お風呂に入る事も自由で、娘はとてもとても快適で幸せな生活を送りました。
でも、娘は一切笑いません。常に冷たく、ろくに会話もしてくれません。
会話が弾んだことは全くなく、外へ出て遊ぶこともありません。
家の中でブレイクダンスの腕をひたすら磨くだけです。
そこで三人は娘の事を、『常にツンとしているが、いつかはデレさせてやる』と言う決意の下にツンデレラと呼んだのです。
可哀想なツンデレラでしたが、それでも美しさだけはお姉さんたちの何百倍も上でした。
お姉さんたちはそれを僻むわけでもなく、必死にそんな美しいツンデレラをデレさせようと心に誓ったのです。
ある日の事、お城の王子さまがお嫁さん選びの舞踏会を開く事になり、ツンデレラのお姉さんたちにも招待状が届きました。
「もしかすると、王子さまのお嫁さんになれるかも」
「いいえ、もしかするとじゃなくて、必ずお嫁さんになるのよ……ツンデレラが」
二人のお姉さんたちとお母さんははしゃぎましたが、ツンデレラの分だけ招待状が無いことに気付いてしまいました。
ツンデレラは実の子ではないし、超インドア派で目立たなかったために王子さまの目に留まらなかったのです。
そんなツンデレラをどうしても舞踏会に行かせようと、お姉さんたちは必死に策を練りました。
自分たちも行きたいのは事実ですが、それよりも前の母を亡くしたショックからツンデレラを立ち直らせたくなりました。
このままでは一人で生活することもできないでしょうし、早くお婿さんを迎えるためにも舞踏会へ行かせなければなりません。
性格はともかく、お姉さんたちからしてもツンデレラの顔だけは世界一とも言えるかもしれません。
そこまで顔がいいのだから、性格が多少悪くとも王子さまも惚れてくれるかもしれません。
やがてお姉さんたちとお母さんは舞踏会に出発したふりをし、ツンデレラを行かせるための策を実行します。
「舞踏会? 面倒臭いし、正直行く気にもならないわ……」
当のツンデレラは全く行く気が無く、ただ一人でそう呟きました。
ツンデレラは、今日も家の中で一人ブレイクダンスを踊るのです。
しかしその時、どこからか声がしました。
ツンデレラは自分の幻聴かと疑います。
「ツンツンするのはおよし、ツンデレラ」
「……? 誰?」
するとツンデレラの目の前に、羽を生やした妖精のおばあさんが現れました。
実はこれはお母さんの必死の変装なのですが、ツンデレラは気づきません。
「ツンデレラ、お前はいつも仕事をがんばらない、ダメな子ですね。でもそろそろ結婚も考えなくちゃダメです。あなたは舞踏会へ行かなければいけません……そうしないと死んでしまいます」
「本当に?」
「ええ、本当ですよ。ではまず、ツンデレラ、畑でカボチャを取っておいで」
「嫌よ」
面倒くさがり屋のツンデレラはもちろん拒否します。
そんなことよりブレイクダンスだ、というブレイクダンス魂です。
「ダメです。それでは悪魔の魔法で死んでしまいますよ……私はあなたを助けに来た魔法使いの妖精です」
「信じられないわ。あなたが本物の魔法使いかもわからないし」
「……証拠を見せましょう」
妖精(のふりをしたお母さん)が杖を振りかざすと、一つの木が爆発しました。
ツンデレラは、目の前でいきなり隣の家の人が大切にしていた木が吹き飛んだことに驚きです。
この不可思議な現象を見て、一応目の前の人物が魔法使いの妖精と信じることにしました。
……本当は大量の爆薬を発火装置を利用して爆破しただけなのですが、ツンデレラは気づきません。
「……分かったわ」
ツンデレラは仕方なくカボチャを取りに行きました。
シンデレラが畑からカボチャを取ってくると、妖精はそのカボチャを魔法の杖で叩きました。
すると白い煙に包まれて、視界が晴れた頃にはそのカボチャは何と黄金の馬車になったではありませんか。
「ぜぇ……ぜぇ……」
「つ、疲れたあ」
……本当は煙幕で隠した間にお姉さんたちが全力で馬車を引っ張ってきたのですが、ツンデレラは気づきません。
「ゴテゴテの装飾の馬車ね。ありきたりな」
「こほん……まだまだ、魔法はこれからよ」
喜んでもらえると思ったのに、相変わらずのツンとした発言をされてしまってお母さんは心配になりました。
今はお母さんではなく妖精に変装しているのですが、よその人にもそんな口調だとどんな問題を起こすか分からないからです。
でも物は試しなので、魔法と見せかけて手助けを続けようと考えます。
「さてっと、馬車を引くには、馬が必要ね。その馬は、どこにいるのかしら?……ああ、ネズミ捕りには、ハツカネズミが六匹ね」
「ブツブツ言ってないで早くしなさいよ」
妖精は肩をがくりと落としました。
やりたくもないことをやらされたせいか、ツンデレラがいつもよりも冷たかったからです。
このままでは本当に行ってもらえないかもしれません。
妖精はネズミ捕りからハツカネズミを取り出すと、魔法の杖でハツカネズミにさわりました。
するとハツカネズミの周りからまたまた煙が発生して、視界が晴れた頃には立派な白馬になりました。
「はぁ、あの馬かなり高いのよ……」
「仕方ないじゃない。これくらいしないとツンデレラは喜ばないわ」
……実は大金を払って購入した調教された白馬をお姉さんたちがこっそり連れてきたのですが、ツンデレラは気づきません。
別のネズミ捕りには、大きな灰色ネズミが一匹いました。
「このネズミは……」
妖精が魔法の杖で灰色のネズミを触ると、またまた煙で視界が見えなくなり、今度は立派なおひげをした「デブ」の御者に早変わりです。
「ふぅ間に合った間に合った」
「うわぁあの人太りすぎててちょっと走っただけで汗掻いてるよ……怪しまれないかな」
……実はお金で雇った御者を急いで連れてきたのですが、ツンデレラは気づきません。
「ツンデレラ、次はトカゲを六匹集めておくれ」
「いちいち面倒くさいわね」
文句を言いつつも、死にたくないのでツンデレラは仕方なくトカゲを集めました。
ツンデレラが集めたトカゲは、魔法の杖でお供の人になりました。
「あの人そもそも誰よ」
「私の友達のトムよ」
……本当は他の手品と同じようにしたのですが、ツンデレラは気づきません。
「ほらね。馬車に、白馬に、御者に、お供。
さあツンデレラ、これで舞踏会に行く仕度が出来たわよ」
「行くのはやっぱり面倒くさいわ……」
「そこは『うれしい。ありがとう。』と言わなければいけませんよ」
妖精の格好をしたお母さんは、ついつい教育をしました。
ツンデレラが人の心を考えないからです。
「うれしい。ありがとう。……でも、こんなドレスじゃ」
ツンデレラは、かなり高価なドレスにもさらにケチをつけました。
見れば、ブレイクダンスをしたせいで少し汚れています。
「うん? あらあら、忘れていたわ」
妖精のふりをしたお母さんは「それ高かったのに……」と嘆きましたが、仕方ないので新しいドレスを手品で出現させました。
「すごい。あれどうやったの」
「こっそり隠してたのよきっと」
二人のお姉さんたちも、お母さんの手品には驚きです。
もちろんツンデレラはそれを魔法だと勘違いしています。
いったん家の中に入って、ツンデレラはさらに豪華な、それこそどこかの国の姫君のような衣装に変わりました。
そして妖精は、小さくて素敵なガラスの靴もくれました。
「さあ、楽しんでおいでツンデレラ。でも、わたしの魔法は十二時までしか続かないから、それを忘れないでね。もし十二時までに帰らないと、死にますよ」
「はいはい、行ってくるわ」
十二時までというのは嘘です。ツンデレラはこうして時間指定をしないとすぐにサボるので、急がせようと思っただけでした。
ツンデレラは面倒くさそうに馬車に乗りこみます。
さて、お城の大広間にツンデレラが現れると、そのあまりの美しさに、あたりはシーンと静まりました。
でも、それは美しさだけではありません。
貴族階級の女たちは事前に美しい顔の人物に負けないようと情報収集を進めていました。
それなのに、ツンデレラの情報は無かったのです。
実際にツンデレラは本来招待されていなかったので、他の貴族の娘たちが認識できなかったのも当然でしょう。
しかしみんなは、こんな美しい娘がいるという現実に他の方たちは驚天動地でした。
ツンデレラに気づいた王子さまが、ツンデレラの前に進み出ます。
「僕と、踊っていただけませんか?」
ツンデレラは、タップダンスとブレイクダンスがとても上手でした。
でも今履いている靴ではタップダンスは出来そうも無いし、この衣装ではブレイクダンスをすれば下着が丸見えなので、ぎこちない普通のダンスをします。
王子は一時も、ツンデレラの手を離しません。
ツンデレラは相変わらずの無表情で踊りますが、その顔通り暇で暇で仕方ありませんでした。
一度うっかりと躓いてしまい、王子さまの胸に飛び込んでしまう形になりました。
その時の柔らかい感触のせいか、それともただ美しさに釣られてしまったのか、王子さまはあっさりと一目惚れしてしまいます。
これは王子さま本人しか知らないことですが、王子さまはツンツンとした性格が大好きだったので、ツンデレラがドストライクでもありました。
ですが相変わらずツンデレラはそれに気づかず、ツンとした表情のままです。
王子にとって楽しい時間、ツンデレラにとっては暇でしかないその時間は、あっという間に過ぎてしまいました。ハッと気がつくと十二時十五分前です。
「あっ、そろそろ帰らないと」
制限時間きっかりになってもここにいれば、自分は死んでしまいます。
なんというデスゲームなのでしょう。
ツンデレラは礼儀とは無縁なので、適当にお辞儀をすると、急いで大広間を出て行きました。
ですが、慌てた拍子にガラスの靴が階段にひっかかって、ガラスの靴が脱げてしまいました。
十二時まで、あと五分です。
ガラスの靴を、取りに戻る時間がありません。
「どうせ魔法で生み出したものだし、いらないわね」
ツンデレラは待っていた馬車に飛び乗ると、急いで家へ帰りました。
ツンデレラの後を追ってきた王子さまは、落ちていたガラスの靴を拾うと王さまに言いました。
「ぼくは、このガラスの靴の持ち主の娘と結婚します」
王子の一目惚れは止まりませんでした。
次の日から、お城の使いが国中を駆け回り、手がかりのガラスの靴が足にぴったり合う女の人を探しました。
お城の使いは、ツンデレラの家にもやって来ました。
「さあ娘たち。この靴が足に入れば、あなたたちは王子さまのお嫁さんよ」
「はい。お母さま」
(って、これお母さまがツンデレラのために買ったやつじゃない……)
(私たちにも簡単に履けるけどあえて履けないふりをしなければ……)
二人のお姉さんたちは小さなガラスの靴に足をギュウギュウと押し込みましたが、どう頑張ってもガラスの靴は入りません。……という演技を必死でしました。
「残念ながら、この家には昨日の娘はいないようだな」
そう言ってお城の使いが帰ろうとしても、ツンデレラはソファーで紅茶を啜っているだけで反応する様子はありません。
「ちょっと、ツンデレラ。履いてみなさい」
「どうせ私なんかじゃ履けませんわお母さま」
ツンデレラは慣れない丁寧な口調を使いつつ、お母さまのいう事を聞きません。
ツンデレラはあの王子がヘタレな童貞臭かったためにあまり興味が無いのです。
「あなたもそろそろ将来の心配をしなさい。あの王子さまを手玉にとれば大金持ちよ?」
「世の中は金じゃないわ」
「……」
どうすればツンデレラはデレるのか、今までお金で解決してきたお母さまには分かりません。
お姉さんたちも、どうしようどうしようと慌てます。
「とにかく、一度会ってみなさい」
「じゃあ今日の夕食はステーキで。あとブレイクダンスの本も買って」
「はいはい」
結局食べ物と本で納得させ、ツンデレラを強引に行かせます。
ツンデレラが靴を履くと、そのガラスの靴はぴったりとツンデレラの足を包み込みました。
「おお、間違いない! お前があの娘だ」
お城の使いは感動すると、早速ツンデレラを城へ連れて行きました。
相変わらずツンデレラは無表情で、内心では面倒くさいとしか思っていません。
(どうせ私の顔目当てで結婚したがるだけなんだわ……)
世の中では顔がいいから、体格がいいからという理由だけで結婚する人が多いと聞きます。
ツンデレラは、心から自分を愛してくれる人としか結婚したくはないのです。
「ツンデレラ、私が必ずやあなたを癒して見せましょう! だから、僕と結婚してください!」
「はあ」
こういう最初だけ口が達者な人間も多いのよね、とツンデレラは呆れてしまいます。
ですが……。
「あなたの顔は、見ていて可哀想なんだ。だから私が支えてあげたいんだ!」
「かわい……そう?」
王子さまはかなり真剣な顔つきで叫びました。
面と向かって可哀想と言われたことのないツンデレラは、思わず止まってしまいます。
家族の中でもいつも褒め言葉ばかりしか貰わなかったので、そんなことを言われるとどう反応していいのやら……ツンデレラは悩みます。
「私には一つの趣味があるの。それを見てから決めてくれるかしら?」
「はい!」
仕方ないので、ツンデレラは得意のブレイクダンスをすることにしました。
ツンデレラが主にするのはパワームーブ。
全身を使って回ったり跳ねたりして、おまけにヘッドスピンなんてものも決めていきます。
「すごい……」
「ま、これくらい普通だけど。……これを認めてくれるなら結婚を考えてあげてもいいわ」
そして最後にぽつりと、そういいました。
王子さまの顔がぱっと明るくなりました。
これでよかったのだろうかとツンデレラは一人で悩みますが、王子さまはそんなことお構いなしです。
こうして二人は仲好く暮らしていくのですが、ツンデレラのデレを見る事は王子さまでも中々叶いませんでした。
この後、世界は「ブレイクダンスをするツンデレ」の大ブームになるのですが、それはまた別のお話。